グランジができるまで 第1回 ~Black Flagによる「遅いハードコア」の衝撃~

◎グランジという音楽の特異性


これから90年代初期から中期にかけて世界のロックシーンを席巻した
「グランジ」がどのように形成されていったかを紹介していきます。

グランジと呼ばれる音楽は他のジャンルと比べて様々な点で違いがあります。

その最大の点は「音楽がメインストリームを支配する以前は、
ほぼシアトル周辺というごく一部の地域のみで局所的に発展してきたこと」
にあります。

普通はどのようなロックでも、どこかでその音楽が生まれてからは、
様々な地域の間で影響を与え合い、相互に発展していくものです。

しかしこのグランジは1991年にNirvanaがブレイクする以前は、
ほぼシアトルのアンダーグラウンドシーンにしか存在しなかったのですね。

もっとも厳密に見ると、他の地域で似た音楽が一部生まれてはいましたが、
それも「シアトルシーンとの相互の影響」と言うよりは、
「たまたま同時代に似た音楽が生まれた」と言ったほうが近く、
やはり他の都市のシーンと互いに影響を与え合った形跡が非常に薄いのです。

そしてもう一つはグランジという音楽が生まれたきっかけというか、
そのルーツがほぼ一つのバンドに絞り切れてしまうというものです。

普通はどのような音楽も様々なバンドの影響を組み合わせて咀嚼して、
そこから新しい音楽のスタイルが生まれてくることが多いのです。

しかしグランジはそれぞれのバンドはいろんな音楽から影響を受けつつも、
「グランジの直接的なルーツ」はBlack Flagというバンドに絞れてしまうのです。

このBlack Flagというバンドがシアトルのアンダーグラウンドシーンに与えた衝撃が
そのままグランジという新しい音楽を生み出す結果へとつながったわけですね。

しかしながらこのBlack Flagの影響はシアトル以外ではそれほど目立たず、
それゆえに「シアトル周辺だけの局所的な動き」になったと言えるのです。

◎Black Flagがシアトルシーンに与えた衝撃


さて、そのグランジのルーツとなったBlack Flagとはどのようなバンドなのでしょう。

Black Flagはもともとパンクロックのテンポをものすごく速めて
攻撃性を強めたハードコアパンクを代表するバンドの一つでした。

世界のパンクロックのシーンは、最初にSex Pistolsなどが台頭してから、
だんだんと無機的なサウンドと実験性を追求したポストパンクのスタイルと
パンクの攻撃性と速さを追求したハードコアパンクの2つに分化していきます。

しかし1980年代中期頃になると、ハードコアパンクのバンドもまた
単なる「速いパンク」とは違う音楽性をしばしば提示するようになります。

Black Flagは1983年頃から新しい音楽性を模索するようになり、
従来の「速いパンク」とは正反対の、Black Sabbathなどのドロドロとしたヘヴィなメタルの
影響なども取り入れ、「引きずるような遅いハードコアパンク」を作り上げていきます。

それが結実したのが1984年のアルバムである"My War"ですが、
1983年の段階でシアトルでライブを行い、この「遅いハードコア」を提示し
シアトルのパンクシーンを形成していたミュージシャン達がこれに衝撃を受けます。

「パンクは速くして攻撃性を追求していくものだとばかり思っていたが、
むしろどんどん遅くしてヘヴィにするほうがいいんじゃないか」と
シアトルのパンクシーンの面々は考えるようになっていくわけです。

まずはそのBlack Flagの"My War"からの曲を2つ見ていきましょう。

Black Flag - Can't Decide (1984) [Proto-Grunge / Post-Hardcore]


この曲は決して「ズルズルと引きずるようなヘヴィネス」は見せてないですが、
少なくとも従来のハードコアパンクのような性急な速さは全くありません。

しかし普通のパンクとも異なる、ひねくれた地下臭があり、どこかダーティである、
こうした新しいダークなパンクがグランジが生まれるうえでの一つの土台となりました。

後にグランジの元祖と呼ばれるGreen Riverなどはその影響が顕著に見えます。

Black Flag - Scream (1984) [Proto-Grunge / Proto-Sludge Metal / Post-Hardcore]


「遅くてBlack Sabbathの香りもする引きずるようなパンク」という点では、
"My War"を象徴するこうしたズルズルとしたヘヴィな曲が何より強烈でした。

長いギターソロはいかにもBlack Sabbathなどの香りがするメタル寄りのもので、
それまであまり交わらなかったパンクとメタルの融合の先駆けでもありました。

そしてこうした「速さ」よりも「重さ」と「遅さ」を打ち出したサウンドが
シアトルのパンクシーンの人達に「遅くてヘヴィな音楽をやろう」と思わせ、
これがグランジの形成へとつながっていくことになるわけです。

◎10 Minute Warning - Black Flagとグランジのミッシングリンク


こうしたBlack Flagの「遅いハードコア」をシアトルにおいて
誰よりも早く取り入れたのが10 Minute Warningというバンドでした。

彼らはBlack Flagの1983年のシアトルのライブで一緒にステージに上がってもいました。
それゆえにBlack Flagの先進的なサウンドの影響を誰より顕著に受けたのですね。

このバンドは非常にマイナーで知っている人もかなり少ないのですが、
「Black Flagの遅いハードコアによって、シアトルのパンクがどう変わったか」
を示す好例ということで取り上げることにしました。

このバンドは後にGuns N' Rosesに加入することになるダフ・マッケイガンが
シアトル時代に在籍していたバンドということで知っている人もいるでしょう。

まずはBlack Flagの「遅いハードコア」の影響を受ける前の音を聴いてもらいましょう。

10 Minute Warning - Buried Alive (Demo 1982) [Hardcore Punk]


10 Minute WarningはThe Fartzというハードコアバンドの後身ということもあり、
初期の頃はハードコアパンクとしか呼びようのないサウンドを鳴らしていました。

この曲なんてどこからどう切り取ってもハードコアパンクでしかないですね。

「パンクをひたすら速くして攻撃的にした」ということがよくわかる音です。
ポップな音楽にしか馴染みのない人には聴くのが少々辛いとは思いますが。

それがBlack Flagの「遅いハードコア」の洗礼を受けてからは次のように変わります。

10 Minute Warning - Stooge (1984) [Proto-Grunge]


ハードコアパンク由来の「速さ」はすっかりと消え失せ、
ミディアムテンポで「ダーク」で「ヘヴィ」なサウンドへと変化しています。

この「地下臭を感じるダークさ」と「ズッシリとくるヘヴィさ」こそが
グランジにつながる要素となったわけですね。

「ダークでヘヴィなパンク」、この追求からグランジが始まっていきました。

さて、次回記事ではグランジの元祖と呼ばれるGreen Riverが誕生することになります。

にほんブログ村 料理ブログ おうちごはんへ おうちごはんランキング このエントリーをはてなブックマークに追加
(クリックしてくださる際にはCtrlキーを押しながらすると非常に楽です。)

テーマ : 洋楽ロック | ジャンル : 音楽

コメント

 

コメント

 
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

Powered by FC2 Blog
/ ある事件の記録ブログ版
Copyright © He can eat anything but himself! All Rights Reserved.