自分の人生観と哲学 その3

自分の人生観に最も強烈なインパクトを与えた出来事は1997年にありました。

とはいえ、1997年に先に述べたような価値観が完成したわけではなくて、
そこから2、3年ほど思考する時間を要したうえでのことでしたが。

自分の価値観を強烈に揺るがしたのは実はMr.Childrenでした。

でもそれはMr.Childrenの歌全般でもなく、ファンだったからでもないです。

ここでもしかしたら気付いた人もいるかもしれませんが、
ブログ休止の直前頃に「Mr.Children 深海・BOLERO考察」シリーズを始めたのは、
自分の人生観、というか死生観に強烈な爪痕を残した存在だったからなのですね。

だからブログの休止直前期、「死とは何か」を考えていた自分にとって、
『深海』『BOLERO』の2枚のアルバムの考察記事を書くことを通じて、
自分の死生観を間接的に表現しようと思ってあのシリーズを始めたのですね。

Mr.Childrenというと、ポップなイメージを持っている人が大半でしょうが、
1996年から1998年にかけてひどく暗くなっていった時期があったのですね。
(厳密には1995年からですが)

最初に「あれ、Mr.Childrenに何かあったのかな」と思ったのは、
問題作とされるアルバム『深海』がリリースされたときでした。

ただこのときは「何か暗いアルバムを作ってみたくなったのかな」
ぐらいにしかとらえず、アルバムも買わずそこまで関心は持たなかったのですね。

この『深海』には以前に出していたシングル曲があまり入っておらず、
そこに収録しなかった曲を含めてシングル曲を5曲含んだ
『BOLERO』というアルバムが出たのが1997年でした。

自分は別にその時点では「暗いMr.Children」に興味を持っていたわけでもなく、
「シングルも大量に入ってるし、ジャケットも明るい感じだしお得そうだから買うか」
と思って、その『BOLERO』を買いました。

これがある意味では自分の人生にとって、最大の「罠」だったのです。

シングル曲以外の収録曲はあまりにギスギスしていて絶望に満ちているわ、
アルバムと一緒に渡されたインタビュー記事は恐ろしく暗いわでひどく困惑しました。

その中でも封入されていたインタビュー記事の内容には価値観を大きく揺さぶられました。

「僕は音楽で成功するっていう夢に向けて、10代の頃からずーっとそれだけを
目がけてやってきたところがあって、じゃあそこに行き着いた時に何があったかといえば、
そこにはやっぱり描いていたような夢があったわけでもなく。そこで一度絶望している」
「もう死のうと思うこともある」
といったことが語られており、目にも明らかに生気がないのです。

人間って普通は何かしらの成功を手にしたいと思うものですし、
夢を描いてそれを叶えれば幸せになれると思うものです。

でもそこには日本で最大とも言えるほど成功した人物が
「夢を叶えた先には何もなかった」と絶望して、
人生や人間のあり方への絶望ばかりを歌っているのですね。

これには今まで自分が大切と思っていたものに本当に価値はあるのか、
人間が本当に大切にすべきものは何なのかを強烈に突き付けられた思いになりました。

『深海』だけなら「一時の気の迷いだったのかな」とも思えたでしょう。

でも続くアルバムでもあれだけ強烈な絶望を見せつけられると、
「これは本当に絶望の淵に落ちて死にたいと思っている人が絞り出している言葉だ」
と正面から受け止めるほかなく、それが多大に自分を揺さぶったのですよね。

もちろん人によっては、「シングル曲は好きだけど、アルバム曲はなんか暗くて嫌だ」
と思う人も多かったでしょうが、自分はそのアルバム曲に込められたものに引き込まれ、
単に好きかどうかを超えて、自分はこれを受け止めて人生や人間というものを
もっと真面目に考えなければいけないとそういう思いに駆られたのですね。

当然ながらそのために『深海』も当時のB面曲なども全て集めました。

今でも印象に残っている歌詞を少しだけピックアップしてみます。

「やがて来る“死の存在”に目を背け過ごすけど
残念ですが僕が生きている事に意味はない」
(「マシンガンをぶっ放せ」より)

「安定した暮らしに 老いてくだけの自分ならいらんのだ」
(「タイムマシーンに乗って」より)

「生きる意味」って、結局誰もが目を背けて考えないフリをするけど、
本当はそんなものなんてないということを突き付けてくる言葉ですね。

とりわけ“ただ生きるだけ”のことに意味なんてあるのか考えさせられました。

「安直だけど純粋さが胸を打つのです 分かってながら僕らは猥褻」
(「旅人」より)

「愛さえも手に入る自動販売機さ 屈折した欲望が溢れる街
とことんやってくれ 僕を飲み込んでくれ
でないとこんな歌 明日も作んだろう 夢も希望もありゃしないさ」
(「傘の下の君に告ぐ」より)

愛という美辞麗句を語りながら、実際にしているのは単なる欲望の撒き散らしでしかない、
そういう人間の愚かさを正面から突き付けるものでした。

「人生はアドベンチャー たとえ踏み外しても 結局楽しんだ人が笑者です」
(「タイムマシーンに乗って」より)

人生にあるべき生き方を見出しても、
何も考えずに楽しんだほうが幸せになれてしまう矛盾がここにはあります。

かといって、今更もう「じゃあ何も考えずに楽しもうぜ」とは思えないのです。
この矛盾の中でただもう苦しむ以外に道はないのです。

『深海』や『BOLERO』の巨大なテーマは
「自分達人間は愛という理想にたどり着ける存在なのか」
ということでしたが、とりわけ印象に残ったのは次の言葉でした。

「大人を気取れど 自我を捨てれない」
(「ありふれたLove Story」より)

注:ここでの「自我」は「エゴ」の意味

愛というものを目指すとき、それはどうあるべきかを考えると、
ほぼ必然的に「無私の愛」「無償の愛」というところにたどり着くと思います。

しかし実際に人間が行うものは、そこからは程遠く
エゴと密接に結びついてしまう、そうした愛を取り巻く人間の現実、
そうしたものを端的に突き付ける言葉です。

ここからもわかるように、この当時のMr.Children(というか桜井和寿氏)の苦悩の源泉は
「どんな理想を掲げようが、それとは程遠いことしかできない人間と自分の愚かさ」
に起因してるわけです。

そこから導き出そうとしてる結論は複数あったのでここでは横に置きますが、
この苦悩は私の中に当時うっすらとできあがっていた
「人間は欲望やエゴから解放されて理性的な存在になろうとすべきである」
という価値観と強く共鳴することになったのですね。

ただ当然ながらそこには強烈な副作用もありました。

こうした人間の醜さ、愚かさという現実を突き付けられることによって、
「自分は何とかして理性を突き詰めた人間を目指すんだ」
という前向きな気持ちではなく、
「人間というのは理性的な存在なんてものからはあまりにも遠く愚かで、
そんなものは目指すだけ無駄だし、そう願うだけ苦痛にもがくだけなのだ」
という葛藤にさいなまれるようになってしまったのです。

もっともこれは『深海』や『BOLERO』と出会わなくても、
いずれどこかでその壁にぶつかった可能性はあります。

なんせ「理性的な人間でありたい」「人間は理性的な存在を目指すべきだ」
という思いを強く持てば持つほど、他人の見え方が必然的に変わってくるからです。

「人間なんてどうだっていいじゃん」と思いながら暮らしているときと、
「人間はどうあるべきか」が確立した後では他人の生き方や価値観の見え方が変わる、
そうなるとどこかで人間というものに絶望するのは避けられないのですよね。

そしてもちろん同じく人間でしかない自分への絶望も避けられないわけです。

次回の記事ではその絶望の淵に最も深く落ちていた時期について書いていきます。

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テーマ : ひとりごとのようなもの | ジャンル : 日記

コメント

 
人それぞれよねー。今はもう爺のジュリーちゃんは未だに、僕は夢を見ない、なぜなら16歳のころからずっと憧れていた夢の世界に今もいるからって言っているからなぁ。夢が叶った時、絶望するかまだ先に行こうと考えるか、それはもともとの性格なんだろうねー
かーとさま

ミスターチルドレンの桜井さんのこと,私はよく知らないのでかーとさんの情報やwikiなどから得た情報で書いてます。自分のやりたい音楽性と一致しない方向でものすごく売れてアイドルみたいになってしまったことにずいぶん悩んでたみたいですね。
広く自分の音楽を聞いてもらいたい、そのためには商業性のある戦略も妥協し受け入れなければならない。その結果売れ続けるとギャップを感じる、悩むというのは海外のバンドでもかなり多く例がありますね。

この深海のころはダークな雰囲気だそうでかーとさんの心に響くものがあったんでしょうね。桜井さんが死にたくなった時期はうつ状態だった可能性があるそうですが事実は不明のようですね。実は私は自分の健康問題の中の1つにうつ病も発症したことがあります。そんなこともありメンタルの病については関心があります。この世から消え去りたい、いなくなってしまいたいという死への誘惑にかられることが多いですね。私の場合、死への誘惑まではありませんでしたがとてつもない底なし沼に落ちていくような絶望感を経験し大変でした。死への誘惑に至る前に抗うつ薬がきき、よくなったので助かりました。

桜井さんのこと、メンタルを病んでいるときにはもちろん楽曲を作る気力もないはずですからよくなってから自分が経験した辛い時期を曲にしたとは思われます。(時期的なものが間違ってるかもしれません)

この桜井さんの死生観、うつが関係してる場合はそこに意味を求めるのは危険だと思います。自分の普段の意思とは無関係に病気としてそういう感覚におちいるからです。実際の経緯が分からないので、私としてはかーとさんにようには考えられません。ただ精神的に崩壊しかけた苦悩の時期を曲作りへ昇華させているというのはわかります。かーとさんとは違うかもしれませんがご理解ください。
鳥天さん、こんばんは!

Mr.Childrenの桜井氏はおそらく夢を描いている中で「売れることで自由になってこういう音楽をしたい」みたいな、「売れた後に何をしたいか」というビジョンがあまりなかったというところはありそうでしたね。そのかわり「もう売れなくったっていいから好きにやるわ」みたいな逆転した開き直りが今回紹介した『深海』『BOLERO』といったアルバムでは出てもいましたが。とはいえ、それで解放感を得られたかと言えばそうでもなかったみたいですね。

あとはやっぱり「夢が叶った結果への期待の強さ」もものすごく影響していたとは思いますね。恋愛をテーマとした曲ではあるのですが、「夢のような毎日が手を伸ばせばそこに立ってる そんなふうに自分に言い聞かせて過ごしてたけど」「限りなく全てが上手くいってるように思ってた 幸せってあまりに脆く儚いものなんだね」という言葉は桜井氏自身が自分の叶えた夢の先に見たものでもあったのでしょうね。

ただ、人間が一般的に価値のあるものとして扱っている「夢」について、「夢さえ叶えれば本当に幸せになれると言えるのだろうか」「人間の幸せとは本当はもっと別のところにあるのではないだろうか」というこのときの問いは今でも意味のあるものだとは思いますね。

ではでは、コメントありがとうございました!(゚x/)
とら次郎のとうちゃんさん、こんばんは。

>自分のやりたい音楽性と一致しない方向でものすごく売れてアイドルみたいに
>なってしまったことにずいぶん悩んでたみたいですね。

ここはちょっと難しいところなのですが、ある程度売れることを意識した曲作りはやっていて、
ただそれで売れたけど何も幸せに感じられることはなく、一方で「Mr.Childrenの桜井」という
有名人としての代償を背負わされることへのウンザリ感は当時吐露していますね。

そのあたりの心情は「デルモ」という曲で自分をモデルの女性にたとえて語られていますね。
https://fairysbible.com/blog-entry-5549.html

>その結果売れ続けるとギャップを感じる、悩む

ただこの点については、逆に『深海』『BOLERO』を通じて解消されつつはあったのですよね。
このときの桜井氏は「別に売れなくてもいい」と割り切ってしまってましたから。

だから堂々と暗い曲を書けてしまったところもあるでしょうし、
音楽性もこの時期はかなり洋楽の方向に寄っていたのですよね。

「日本的なポップロックの枠」を気にしなくなってるきらいがありました。

>桜井さんのこと、メンタルを病んでいるときにはもちろん楽曲を作る気力も
>ないはずですからよくなってから自分が経験した辛い時期を曲にしたとは思われます。

いえ、これは完全に精神的な転落とリアルタイムに書かれていましたね。

というのも、売れた時期から暗くなっていく時期に関して活動休止期間が全くなく、
活動を休止したのは最も暗いアルバムの一つだった『BOLERO』の後で、
活動休止からの回復後は曲や歌詞も明るくなる過程を書いたものになったので、
うつによって無気力状態になるというのはなかったようです。

私自身も人生の中で何度か精神的にひどい状態になったことはありますが、
振り返ると無気力を伴ったケースとそうでないケースに分かれるのですよね。

次回の「その4」の記事ではその時期の話になりますが無気力は伴っておらず、
一方で比較的最近の精神的な転落を起こした時期は無気力を伴っているので、
おそらく前者はうつではなく、後者はうつであったみたいなところはあると思います。

桜井氏の『深海』『BOLERO』のときは無気力や思考能力の低下は特になく、
むしろ「ひたすら物事を考えているうちに闇に踏み込んだ」感じでしたね。

当時桜井氏は哲学書なども多く読んでいたようで、最初に「夢を叶えたけど
そこに幸せはなかった」と感じた後、「じゃあ夢などの人間の考えたことに意味はあるのか」、
「じゃあそうであるならば人間は何を原動力にすべきなのか」などを精神分析学なども通じて調べるなど、
無気力とはむしろ正反対で、「エネルギーは強いけどそれがマイナス方向に振り切ってる」
というような異質な雰囲気がありましたね。

むしろインタビューなどでも、他の時期よりも理路整然としているなど、
悪く言うならひどく「頭でっかち」なぐらいに考え事ばかりしていたようです。

桜井氏が当時精神的に落ちているのにそれだけ活動的になれていたのは、
「曲や歌詞を書いて苦悩を吐き出すことが自己救済になっていた」
という側面が強かったからというのも大きく影響はしていたでしょうね。

それはちょうど20歳頃の自分にもモロに通じるものがありましたが。
無気力になるのではなく、苦悩や苦痛を外に出すことを自分を救おうとしていました。

自分自身の経験でもありますが、哲学的な思考に入り込み過ぎることで、
絶望や希死念慮などが湧き上がってくることはあるので、
おそらくうつではなく、そのあたりが要因だったように思います。

>この桜井さんの死生観、うつが関係してる場合はそこに意味を求めるのは危険だと思います。

おそらく当時の桜井氏は活動力などから見てうつとは別だったと思いますが、
うつか否かよりも、「その死生観が理に適っているか」が一番大事だとは思います。

人間は誰しも人生の持つ負の部分を目にしたくない習性はありますが、
でも現実問題として人生が大きな負の部分を持ってはいるのですよね。

そこで(人間が目にしたくないものでも)納得いくものを出したり、
話として筋が通っているのであれば意味はあるものだと思います。

もっとも当時の桜井氏の価値観はかなり深い思考の後がうかがえるなど、
ひどく暗くはあっても、混乱の結果として生まれたものではなさそうなので、
思考の病として出たものではないようには見えますが。

それでは、コメントありがとうございました。

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