Everything (It's you) / Mr.Children 深海・BOLERO歌詞意味解説

◎アルバム『BOLERO』の前に問うべきことがある


アルバム『深海』に関する考察は前記事において完結したので、
この記事から『BOLERO』期への考察に入っていくことになる。

となると、本来であればまずは『BOLERO』のアルバムタイトルの由来や
『BOLERO』のアルバムコンセプトなどをまとめた記事を作るべきだが、
この『BOLERO』に関してはどうしてもその前にすべきことがあるのだ。

『BOLERO』というのは、コンセプトが非常に伝わりにくいアルバムである。
しかも桜井氏を含むメンバーもその点についてはあまり深く言及していない。

その謎を解き明かすためには、いきなりアルバムコンセプトに触れるよりも、
その核となる2つの曲について知っておかないといけないという事情がある。

そこで今回は『BOLERO』のアルバムコンセプトの解説記事に先駆けて、
『BOLERO』を解析するうえで最も重要な2曲を先に取り上げていく。

まずその1曲目となるのが、アルバムの先行シングルともなった“Everything (It's you)”だ。

◎理性的な存在としての人間としての理想の「無私の愛」


“Everything (It's you)”のテーマは「無私の愛」、「無償の愛」である。

「ちょっと待て。あれだけ『深海』で『愛なんて存在しない』と歌っておいて、
どうしてここにきて『無償の愛』をテーマにした曲が出てくるのか」
と言いたくもなるだろう。

実はそれこそがアルバム『BOLERO』のコンセプトと密接に結びついてるのだが、
これは決して桜井氏が再び「愛の賛美」を歌おうとしたというわけではない。

しかし、“Mirror”や“名もなき詩”がそうであったように、
この“Everything (It's you)”もまた当時の桜井氏が考えていた
「愛の理想形」の表現したこの時期の数少ない曲の一つであるのも事実だ。

むしろ『BOLERO』というアルバムを出す直前であったからこそ、
自らの考える「愛のあるべき形」を表現しておく必要があったとも言える。

一方でこの“Everything (It's you)”を聴かせることによって、
「あぁ、桜井氏はもう『愛は幻想だ』という苦悩からは抜けたのだな」
と勘違いさせる狙いも全くなかったわけではないのかもしれないが。

◎真実の愛は「エゴからの解放」の先にある


この“Everything (It's you)”が単なる恋愛の歌ではなくて、
いかに徹底して「無私」を、「エゴからの解放」を歌っているかは、
歌詞の様々な部分を読むことによって伝わってくる。

その最もわかりやすいのが最後のサビに登場する、
「自分を犠牲にしても いつでも 守るべきものは ただ一つ 君なんだよ」[0]
という箇所であろう。

「自分を犠牲にしても君を守る」というのは、
「自らのエゴよりもあなたを大切にしますよ」と伝える言葉である。

もっと言うなら、「自分なんてどうでもいいから、あなたを守るんだ」という、
自分がエゴから解放された先の地点から相手を愛していることを伝えているのである。

“Everything (It's you)”の歌詞が秀逸なのはここだけではない。
むしろその前段との対比こそがこの曲の真骨頂であると言っていい。

「何を犠牲にしても 手にしたいものがあるとして
それを僕と思うのなら もう君の好きなようにして」[0]という箇所である。

ここは自分ではなく、愛する人(=相手)の立場から書いたものである。
そしてこれは自己犠牲や無私ではなく、むしろ「欲求」であり「エゴ」である。

すなわち、「私はあなたに対しては全てのエゴを捨てて向き合います。
でもあなたの欲求は、たとえそれがエゴでも全て受け入れますよ」という宣言である。

前段で相手に「あなたのエゴも受け入れる」という想いを示し、
後段で「私はエゴを捨て、いくらでもあなたのために尽くします」と歌う。

この対比によって、主人公の「無私の愛」が強調されているのである。

◎人間誰しもある「執着」すらからも離れた先にある愛の姿


しかしこの“Everything (It's you)”で最も美しいのはここではない。
桜井氏自身も気に入ってる[1]と語る二番のサビに勝るものはないであろう。

「僕が落ちぶれたら 迷わず古い荷物を捨て
君は新しいドアを 開けて進めばいいんだよ」[0]

「古い荷物」が指すのはもちろん「落ちぶれた僕」である。

人間愛情を持つ相手には誰しも一定の執着心を持つものであろう。
たとえ執着が良くないことであると知っても、それを消すのは困難だ。

しかしこの歌詞はその「執着の放棄」をも示唆し、
「(自分はあなたを愛しているから本当はそばにいたいけど、)
君が僕を価値のある存在だと思えなくなったら、
迷わず捨てて旅立ってくれればいいのだよ」と伝えるのだ。

この「執着」すら捨てる「無私の愛」にどれほどの美しさを感じればいいだろうか。

また同時に桜井氏の考える「あるべき愛の形」がこうであったからこそ、
そこから程遠い地点にいる人間や自分自身に絶望したことをもこの曲は映し出している。

そしてもう一つこの曲において欠かすことができないのが、
「愛すべき人よ 君に会いたい 例えばこれが 恋とは違くとも」[0]
の部分だ。

我々は愛情で結ばれた関係をことを「恋愛」とまとめて呼んでしまうが、
果たして“Everything (It's you)”で綴られる「無私の愛」までも
この「恋愛」という軽々しい言葉で呼んでしまっていいのだろうか。

「愛」の究極の形はこの曲で描かれたような「無私の姿」であり、
エゴから解放された先にはじめて到達することができるものである。

それに対して「恋」はむしろエゴと直結した感情であると言っていい。

だからこそ桜井氏は“シーソーゲーム ~勇敢な恋の歌~”を通じて、
「恋なんて言わばエゴとエゴのシーソーゲーム」[2]と歌ってきたのだ。

そう考えるなら、本当に「無私の愛」を突き詰めた先に到達するのは、
「愛」ではあっても、「恋」とはもはや別のものなのかもしれない、
そうであるからこそ桜井氏はここで「例えばこれが 恋とは違くとも」[0]
と歌うのである。

◎もう一つの姿 - 疲弊しきった自分


この“Everything (It's you)”の歌詞はほぼ2つの部分に分かれていて、
1つは「無私の愛」に書かれ、もう1つは「疲弊した自分」が描かれている。

『深海』のリリース後に“マシンガンをぶっ放せ”のシングルは出たものの、
“マシンガンをぶっ放せ”は『深海』と一連の形で出たという印象が強く、
最も強く「『深海』の次」を意識する形で出たのはこの曲となるであろう。

言い換えるなら、「死の淵まで行きながら、何とか踏みとどまった自分」の姿が
ダイレクトな形で表に初めて出たのがこの曲であったと言うこともできる。

そこに描かれるのは、「夢」などに前向きな希望を持ったものではなく、
ただ疲弊して、ただ生きているとも言える桜井氏の姿であった。

「世間知らずだった少年時代から 自分だけを信じてきたけど
心ある人の支えの中で 何とか生きてる現在の僕で」[0]
という冒頭の箇所では、
もはや「自分という存在が自分の力で生きていない」姿を連想させる。

続く「弱音さらりたり グチをこぼしたり
他人の痛みを 見て見ないふりをして」[0]というのは、
『深海』などをはじめ、自分の苦しさとしか向かい合うことができない、
そうした自分の状態を俯瞰的な視点から描き出したとも読むことができる。

「幸せすぎて大切な事が 解りづらくなった 今だから」[0]における
「幸せ」は個人的な幸せや、桜井氏自身の幸せという意味ではなく、
文明が進み、便利なものが増えたという意味での「幸せ」だろう。

そしてその一方において「愛」や「夢」に関しては桜井氏は信じられなくなり、
「友情」にしても「人情」にしても大切なのかだんだんわからなくなってくる、
そういう時代のあり方を切り取ったのがこの部分であると言えるだろう。

「歌う言葉さえも見つからぬまま 時間に追われ途方に暮れる」[0]と、
そういう時代であるがゆえに「何を歌うべきかもわからない」と吐露するのだ。

そして2番における「夢追い人は旅路の果てで 一体何を手にするんだろ
嘘や矛盾を両手に抱え 『それも人だよ』と悟れるの?」[0]というのは、
この当時の桜井氏の意識をあえて裏側から映し出したようにも読める。

というのも、『深海』期の桜井氏は、
「人間なんてどうしようもないものなんだよ。
もうそういうものだっていうふうに受け入れてしまおう。」
というように、「所詮愚かな動物でしかない人間」を
受け入れることで苦悩している自分の救いを見出そうとしていた。

そうした考え方についてはインタビューにおいても、
「だからその辺から何が起こっても、どんなことがあっても
当たり前のように思うっていうか。
『しょうがない、人間はそうだよ。そういうこともあって人間じゃん』
っていう風になっていくんですよ。
だからもう感動したりとか、驚いたりすることもないし。」[3]
と答えている。

ここで書かれているのは、まるでそうした「夢追い人だった自分が、その旅路の果てで
嘘や矛盾を両手に抱えながら悟ろうとしているその姿」を俯瞰的な視点で見て、
それをさらに「本当にそれでいいの?」と問うている姿にも見える。

「人間は所詮愚かな動物でしかないと受け入れよう」というのは、
いわば桜井氏の中にある「不純になってしまえ」という悪魔の部分に根差しており、
この“Everything (It's you)”はあえて逆に100%天使の視点から書いた曲でもある。

そうした曲であるからこそ、「それも人だよ」と悟ろうとしている自分を
あえて俯瞰的な視点から書くことができたのかもしれないと言えるだろう。

◎当時の桜井氏はこの曲への思い入れは非常に浅かった


当時の桜井氏の価値観を考えれば何となく想像がつくことではあるが、
桜井氏はリリース時にこの曲のことをあまり語りたがっていなかった。

桜井氏の中ではもう「愛なんて幻想である」という意識が固まっており、
いくらそれと同時に「本来は愛とはこうあるべきなのに」という思いがあっても、
それを積極的に語るというのは無理があったのだろう。

この“Everything (It's you)”に関するインタビューでは、
「これシングルっぽいでしょ? メロディーがすごく強い。ホイットニー・ヒューストンの
♪アンダ~イヤ~とウルフルズの♪バンザーイ、を足して2で割ったような。
♪ステ~イ……(笑)。逆プロモーションですね、これじゃ。」[1]
とあからさまにふざけて答えている。

意味を読み取りやすい歌詞だったとはいえ、桜井氏が真面目に語る場面はほぼなく、
「あぁ、あまり語りたくないんだろうな」と雰囲気ではっきりわかるほどであった。

◎音楽的に見て


この曲の仮タイトルが「エアロ」(エアロスミスのこと)であったことはよく知られており、
それゆえ「ハードロックバンドがやりそうなバラードをしたい」という意思があったのだろう。

ただし桜井氏はもともとエアロスミス以外のハードロックを嫌っていたが、
アルバム『深海』の“深海”で(エアロスミスの)ジョー・ペリー風の
ギターソロを弾いたことなどもあり、ハードロック的なサウンドも
一つの方法論としてありえるのではないかと浮かんできた可能性はあるだろう。

インタビューでも音楽的にはエアロスミスの名前を積極的に出している。

「アレンジは最初からこういうイメージでしたね。
スケールがでっかくて、エアロスミスのような。」[4]

「ここ最近の自分の傾向として、ハード・ロックが割と好きになった、
というのはあるかもしれないですよ。この曲にしても、ハード・ロックのバンドがやる
バラードをやってみたら、みたいなことでもありましたから。
ハード・ロックって実はちょっと前まで大嫌いだった。それがここのところ、変わって…。」[5]

また、曲の構成としてはもともと大サビも作っていたそうだが、
最近のシングルに大サビをつけるケースが多かったことも鑑みて、
あえて大サビをカットしてシンプルにしたことが語られている。

「これ、最初は大サビもあったんですけど、それが途中でなくなったんです。」
「大サビへ行く展開って、“【es】”でも他の曲でもやってたので。
歌の内容もシンプルだから、大きな展開へ行かないで、
むしろ最後まで個人的な感じのほうがいいのかなぁ、ということでした。」[6]

◎おわりに


この曲がリリースされるまでは、
「アルバム『深海』で桜井氏は愛について深く悩んでいるようだが、
桜井氏が『愛とはどうあるべきか』を考えているのかがわからず、
恋愛への不信感だけが先に立ってる」と感じる人も多かっただろう。

しかし、この曲が出たことにより、
桜井氏の考えている「理性的な人間としての理想の愛の形」が明確になり、
この曲の歌詞を通したうえで他の曲の歌詞を読むことができるようになった。

たとえば「愛って本当はこうあるべきなんですよ。それを理解したうえで、
“シーソーゲーム”や“ありふれたLove Story”で書いた恋愛のあり方を見てください」
となれば、「なるほどこのように恋愛への不信感が肥大化したのか」と理解することができる。

しかし、そうではあってもこの曲のリリースには一つの謎が付きまとう。

すでに愛への不信感が極限を超えていた『深海』リリース後のタイミングで、
なぜここまで「理想的な無償の愛の形」を書いた曲を出したのかということだ。

それは『BOLERO』というアルバムの真の姿を映し出す鍵となる謎でもあるのだ。

◎出典


[0] “Everything (It's you)”の歌詞より
[1] 『PATi・PATi』 1997年3月号より
[2] “シーソーゲーム ~勇敢な恋の歌~”の歌詞より
[3] 『ROCKIN'ON JAPAN』 1997年6月号より
[4] 『CDでーた』 1997年2月号より
[5] 『WHAT's IN?』 1997年3月号より
[6] 『月刊カドカワ』 1997年4月号より

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