にゃんこが空に旅立ちました (3/4)
(2 から続く)
夜が明けて、その日の診療時間の終わり頃にれいんちゃんを病院に連れて行きました。
最後にれいんちゃんを先生に診てもらって、お別れの挨拶をするためでした。
自分はもう治療をしてもらうわけではないので、
他の患者さんが来ている時間帯に行って時間を圧迫すると迷惑なので、
それを考慮したうえでもう患者さんがいないであろう時間を選んで行きました。
れいんちゃんが亡くなったことを伝えると驚きをもって受け止められました。
たしかに前回の診察の段階では、ほんの数日で亡くなるようには見えなかったですし。
そこの動物病院に初めて行ったのもれいんちゃんを保護したその日でした。
なので、この病院とも17年間ずっと通っていたということになります。
先生もれいんちゃんと僕が初めて来た日のことはよくおぼえていました。
先生はなきがらになったれいんちゃんをきれいにブラッシングして、
強制給餌の際に体に少しこびりついたご飯などを取ってくれるとともに、
硬直した体を少しほぐしてきれいな姿勢にしてくれ、体全体を拭いてくれました。
亡くなると眼球がどうしてもくぼんでくるなどの変化が出てくるのですが、
それをできるだけ防ぐための薬なども塗ってもらいました。
そのときに先生が言ってくれた「れいんちゃんは亡くなっても、
どうしてもお兄ちゃんのことを見つめていたいんやね」という言葉は特に胸に残っています。
そして先生にこの4日間にどういう変化があったのかなどを伝えつつ、
17年間の思い出、そして足繁く通ったこの10ヶ月の話などをしました。
この日、先生は自分とれいんちゃんのために無料で30分ほども時間を取ってくれ、
僕とれいんちゃんが帰るときには、外まで出て見送ってくれました。
自分とれいんちゃんはここの動物病院以外に通うことは全くなかったので、
こちらの先生には17年間、最後まで本当にお世話になりました。
そして家に帰って30分ほどすると、電話がかかってきたので、
何だろうと思って取ってみると、お花屋さんからの電話で
先生がれいんちゃんのために花を贈ってくれたとのことでした。
すごくきれいなお花が届き、れいんちゃんの横にすぐに飾ってあげました。

(動物病院の先生がれいんちゃんに贈ってくれたお花)
れいんちゃんには、最後に必ずちゃんとしたお葬式をしてあげたかったので、
そこからは自分が納得できるペット葬儀社を探し始めました。
病院からも一つ紹介してもらったのですが、
そこは少し遠くまでこちらから行くか、
出張でもれいんちゃんだけを預けなければならず、
希望の条件とやや合わなかったので改めて探すことにしました。
そして徹底して3時間ほど調べたうえで、
火葬車で出張してくれるところで、信頼できそうなところを選びました。
ただどうしても実際に電話しようとすると戸惑いが出てきます。
電話をして予約するということは、
命が失われながらもまだそばにあるれいんちゃんの体と
完全にお別れする日を決めるということでもあります。
その踏ん切りをつけるのに、どうしても数時間はかかりました。
ですが、夕方には電話をかけ、翌日(10月24日)の午後3時に予約を取りました。
これぐらいの時間になると、れいんちゃんの体に少し変化が出てきました。
お腹の中にあるものの発酵が進むことでお腹がパンパンに張ってきて、
その影響か、鼻から少し体液が出てくるようになりました。
それに対応するために、れいんちゃんの体はペットシートに乗せました。
そして明日の火葬の際に一緒に供えるために、
お花とれいんちゃんが好きだったまぐろを買ってきました。
れいんちゃんの体と少しでも長い時間一緒にいたいと思いながらも、
体の変化を見ると、「もうお空に返してあげるべき時間が来てるのだな」
という実感も強まってきました。
だけどやはり「もう半日ぐらいしかこの姿を見てあげることはできない」
と思うと辛く、動かなくなったれいんちゃんの目を見ながらいろいろと話しかけ、
また涙を流しながら、今も、そしてこれからも愛していることを伝えました。
れいんちゃんは布団の横に寝かせて自分も眠りにつき、葬式の日を迎えました。
午後3時に火葬車が到着し、れいんちゃんをまず台に寝かせて、
その近くにお供えするためのものを簡単に並べました。
そして火葬車は本来はここで単独で人のいない空き地などに移動して、
そこで45分ほどかけて火葬をするという段取りになるのですが、
自分の要望で火葬する場所まで自分もついていくことにしました。
ずっと火葬車の横にいて、手を合わせながら見送ってあげたかったのです。
火葬する場所に到着してから、お供え物をきれいに整えたうえで、
れいんちゃんにお別れのお話をし、頬や頭に最後のキスをしてあげました。
火葬が終わると、自宅近くまで戻ってそこでお骨上げをします。
動物の火葬に立ち会ったのは初めてだったのですごく驚いたのですが、
それぞれの骨の部位がどこなのかわかるほど形がきれいに残るものなのですね。
まず僧侶さんがそれぞれの部位がどこにあたるのか説明してくださり、
全てのお骨を自分が骨壺へと入れていく作業が始まりました。
お骨になってしまったことには寂しさももちろんありましたが、
ただの灰になったわけではなく、れいんちゃんの面影がはっきりとあり、
それゆえにどこか温かい気持ちを持ちながらお骨上げをしていきました。
そして最後から二番目に頭の骨を入れ、最後に喉ぼとけの骨を収めました。
少し驚いたのが、骨だけでなく、うんちも炭化して残ることでした。
それによって、「あぁ、やっぱり最後はあまりうんちが出なくなっていて、
お腹の中にけっこう残っていたのだな」ということがわかりました。
1年ぐらい前には、もしれいんちゃんが亡くなったらどうしようかと考え、
亡くなった後で剥製葬にするということも考えたのですよね。
でも、実際にこうしてなきがらになってからの数日を過ごしてみると、
剥製にするということは決して生きていたときの姿を残すのではなく、
この命が失われた体の状態を永遠に続けさせてしまうことなのだと、
そしてそれは自分としては何か違うことのように感じました。
命が失われたなきがらと過ごすのはほんの数日だからこそ意味がある、
この数日間はそうしたことを感じさせてくれるものでもありました。
なので、火葬してお骨になったのは、
あるべき形に帰してあげられたことなのだとも思っています。
(4 に続く)
夜が明けて、その日の診療時間の終わり頃にれいんちゃんを病院に連れて行きました。
最後にれいんちゃんを先生に診てもらって、お別れの挨拶をするためでした。
自分はもう治療をしてもらうわけではないので、
他の患者さんが来ている時間帯に行って時間を圧迫すると迷惑なので、
それを考慮したうえでもう患者さんがいないであろう時間を選んで行きました。
れいんちゃんが亡くなったことを伝えると驚きをもって受け止められました。
たしかに前回の診察の段階では、ほんの数日で亡くなるようには見えなかったですし。
そこの動物病院に初めて行ったのもれいんちゃんを保護したその日でした。
なので、この病院とも17年間ずっと通っていたということになります。
先生もれいんちゃんと僕が初めて来た日のことはよくおぼえていました。
先生はなきがらになったれいんちゃんをきれいにブラッシングして、
強制給餌の際に体に少しこびりついたご飯などを取ってくれるとともに、
硬直した体を少しほぐしてきれいな姿勢にしてくれ、体全体を拭いてくれました。
亡くなると眼球がどうしてもくぼんでくるなどの変化が出てくるのですが、
それをできるだけ防ぐための薬なども塗ってもらいました。
そのときに先生が言ってくれた「れいんちゃんは亡くなっても、
どうしてもお兄ちゃんのことを見つめていたいんやね」という言葉は特に胸に残っています。
そして先生にこの4日間にどういう変化があったのかなどを伝えつつ、
17年間の思い出、そして足繁く通ったこの10ヶ月の話などをしました。
この日、先生は自分とれいんちゃんのために無料で30分ほども時間を取ってくれ、
僕とれいんちゃんが帰るときには、外まで出て見送ってくれました。
自分とれいんちゃんはここの動物病院以外に通うことは全くなかったので、
こちらの先生には17年間、最後まで本当にお世話になりました。
そして家に帰って30分ほどすると、電話がかかってきたので、
何だろうと思って取ってみると、お花屋さんからの電話で
先生がれいんちゃんのために花を贈ってくれたとのことでした。
すごくきれいなお花が届き、れいんちゃんの横にすぐに飾ってあげました。

(動物病院の先生がれいんちゃんに贈ってくれたお花)
れいんちゃんには、最後に必ずちゃんとしたお葬式をしてあげたかったので、
そこからは自分が納得できるペット葬儀社を探し始めました。
病院からも一つ紹介してもらったのですが、
そこは少し遠くまでこちらから行くか、
出張でもれいんちゃんだけを預けなければならず、
希望の条件とやや合わなかったので改めて探すことにしました。
そして徹底して3時間ほど調べたうえで、
火葬車で出張してくれるところで、信頼できそうなところを選びました。
ただどうしても実際に電話しようとすると戸惑いが出てきます。
電話をして予約するということは、
命が失われながらもまだそばにあるれいんちゃんの体と
完全にお別れする日を決めるということでもあります。
その踏ん切りをつけるのに、どうしても数時間はかかりました。
ですが、夕方には電話をかけ、翌日(10月24日)の午後3時に予約を取りました。
これぐらいの時間になると、れいんちゃんの体に少し変化が出てきました。
お腹の中にあるものの発酵が進むことでお腹がパンパンに張ってきて、
その影響か、鼻から少し体液が出てくるようになりました。
それに対応するために、れいんちゃんの体はペットシートに乗せました。
そして明日の火葬の際に一緒に供えるために、
お花とれいんちゃんが好きだったまぐろを買ってきました。
れいんちゃんの体と少しでも長い時間一緒にいたいと思いながらも、
体の変化を見ると、「もうお空に返してあげるべき時間が来てるのだな」
という実感も強まってきました。
だけどやはり「もう半日ぐらいしかこの姿を見てあげることはできない」
と思うと辛く、動かなくなったれいんちゃんの目を見ながらいろいろと話しかけ、
また涙を流しながら、今も、そしてこれからも愛していることを伝えました。
れいんちゃんは布団の横に寝かせて自分も眠りにつき、葬式の日を迎えました。
午後3時に火葬車が到着し、れいんちゃんをまず台に寝かせて、
その近くにお供えするためのものを簡単に並べました。
そして火葬車は本来はここで単独で人のいない空き地などに移動して、
そこで45分ほどかけて火葬をするという段取りになるのですが、
自分の要望で火葬する場所まで自分もついていくことにしました。
ずっと火葬車の横にいて、手を合わせながら見送ってあげたかったのです。
火葬する場所に到着してから、お供え物をきれいに整えたうえで、
れいんちゃんにお別れのお話をし、頬や頭に最後のキスをしてあげました。
火葬が終わると、自宅近くまで戻ってそこでお骨上げをします。
動物の火葬に立ち会ったのは初めてだったのですごく驚いたのですが、
それぞれの骨の部位がどこなのかわかるほど形がきれいに残るものなのですね。
まず僧侶さんがそれぞれの部位がどこにあたるのか説明してくださり、
全てのお骨を自分が骨壺へと入れていく作業が始まりました。
お骨になってしまったことには寂しさももちろんありましたが、
ただの灰になったわけではなく、れいんちゃんの面影がはっきりとあり、
それゆえにどこか温かい気持ちを持ちながらお骨上げをしていきました。
そして最後から二番目に頭の骨を入れ、最後に喉ぼとけの骨を収めました。
少し驚いたのが、骨だけでなく、うんちも炭化して残ることでした。
それによって、「あぁ、やっぱり最後はあまりうんちが出なくなっていて、
お腹の中にけっこう残っていたのだな」ということがわかりました。
1年ぐらい前には、もしれいんちゃんが亡くなったらどうしようかと考え、
亡くなった後で剥製葬にするということも考えたのですよね。
でも、実際にこうしてなきがらになってからの数日を過ごしてみると、
剥製にするということは決して生きていたときの姿を残すのではなく、
この命が失われた体の状態を永遠に続けさせてしまうことなのだと、
そしてそれは自分としては何か違うことのように感じました。
命が失われたなきがらと過ごすのはほんの数日だからこそ意味がある、
この数日間はそうしたことを感じさせてくれるものでもありました。
なので、火葬してお骨になったのは、
あるべき形に帰してあげられたことなのだとも思っています。
(4 に続く)
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