2023年を振り返って

今年も大みそかはこの1年を振り返る記事で締めたいと思います。

まず2023年は何と言っても5月に起きた幻覚などの症状と、
11月の母の死の2つが大きなターニングポイントとなりましたね。

それではそれぞれの月末記事を読み返していきながら、
この1年を一か月ごとに振り返っていきたいと思います。

[1月]
当時の月末記事を読み返すと、いきなり「虚無」と書いていて苦笑しました;

まぁ、それはともかくこの時期は母の介護が生活の中心でしたね。

思い返すと昨年の8月に入院した際に一気に身体機能などが弱って、
昨年10月に退院したときには要介護5にまでなっていたのですよね。

そして退院してきて2週間後にはまた入院したのですよね。

なので、昨年10月から12月までは母の入院でひたすら混乱していました。

それがやや落ち着いてきたのが今年の1月だったと言えるのですよね。
だから介護生活が安定軌道に入った1ヶ月と言ってもいいかもしれません。

[2月]
当時の月末記事を読んでも、どうも何もない1ヶ月だったようです;
2ヶ月連続で「虚無」という、特に大きなイベントはなかったようですね;

この時期は3月から何かを始めようとしていたらしいですが、
それがいったい何のことだったのか自分でも思い出せません;

[3月]
ここからは自分としてもけっこう記憶が鮮明になってくるのですよね。

この3月は過敏性腸症候群の再発や吐き気が起き始めたのですよね;

でも当時はそれが過敏性腸症候群の再発だとは気付いていなかったのですよね;

というのも、過敏性腸症候群というのはストレス性のものですから、
強いストレスを感じている状況でないとならないものなのですよね。

でも当時は自分が強いストレスを受けている自覚がなかったのです。

なので、「なぜか下痢になって、そこから派生して吐き気が出ている」
というぐらいにしかとらえていなかったのですね。

この吐き気もなかなか厄介で、これで気分が落ちることも多かったですね。

そして3月31日に花見に行って、そこで気分転換をしているうちに、
そのとき感じていた吐き気が途中で消えているのですよね。

実はこれが本当は自分にとって大きなヒントだったのですよね。

要はこれ、気分転換による一時的なストレス解消によって
吐き気が消えた(=吐き気はストレス性)ということですからね。

でも残念ながらこのときはそのことには気付けていなかったですね。

この3月から5月までが今年の前半の転落期だったと言えるでしょう。

[4月]
4月の目標は3月末の花見の中で感じたことを踏まえて、
「日常的な気持ちのリフレッシュ」を行うことでした。

この時点ではそれが上手くできたとけっこう好感触だったのですね。
ただ5月への流れを考えると、実はそこまで上手く行ってなかったのでしょう;

造幣局の桜の通り抜け、ひさしぶりの一人カラオケや銭湯に行くなど、
ちょっと停滞していたものを取り戻そうとする動きがあったようですね。

このときの月末記事などでは特に触れられていないのですが、
お菓子をもらいに来る近所の小学生姉妹との交流が始まったのが
おそらくはこの4月ぐらいだったように思うのですよね。

このときは単にお菓子を渡してあげるぐらいの交流でしたが。

[5月]
この5月はもう急激な精神の転落と幻覚の発生、そしてそこからの回復に尽きますね。

自分が思っている以上に母の介護でプレッシャーを感じていたのですよね。
これが最大の原因で、過敏性腸症候群や吐き気を生み出していたのです。

この頃は頻繁に吐き気がしていて、ごみ箱に向かって嘔吐していましたからね。

そしていつもの訪問看護師さんがコロナにかかってしまって、
別の看護師さんが来てくれていたもののややチグハグ感があり、
それがプレッシャーに拍車をかけて一気に壊れていったのですね。

ある時期から記憶が曖昧になり、外界への認識がおかしくなってきたのですね。
周りのものをまともに認識できない状態へと陥っていきました。

そして5月15日や16日には主に時間や日付に関する幻覚を見るようになります。
明らかに自分の見ている数字などが見るたびにコロコロ変わってましたからね。

これを引き起こした最大の原因がストレスだったのは確実ですが、
症状の急激な悪化を引き起こしたもう一つの原因は極度の睡眠不足だったように思います。

当時の記憶をおぼろげながら思い出すと、ある時期からほぼ寝てないのですよね。
父からも「最近起きっぱなしやろ」と言われることがありましたしね。

自分は普通に生活しているつもりが、実際は無睡眠状態になっていたのです。

たしかにこの時期、ベッドに横になると異様に目がさえたのです。
だからベッドでまともに寝ていたという記憶が1週間ほど抜けています。

眠くなったときはベッドに座ってうつらうつらとしてたのですね。

その状態が最も寝やすい(これを寝ていると言っていいのかどうか謎ですが)ので、
そのようにしていたのですが、こんな状態でまともな睡眠がとれるはずがありません。

この極度の睡眠不足の加速もまた幻覚に大きく関わったように思います。

そして5月17日の夜にやっとまともに8時間ほど寝たのですよね。
そうすると急に頭がクリアになって幻覚なども消えたのです。

とすると、やはりストレスとともに極度の睡眠不足の影響があったのでしょう。

このとき非常に気持ちも頭の中もすっきりして、
かなり充実した日々を送れるようになったのですが、
そこから数ヶ月もしないうちにまた停滞状態に戻りましたね;

どうもそう簡単には悶々とした状態からは抜け出せないようです。

[6月]
当時の月末記事を読んでも、ハマっているyoutube動画の話ばかりで、
この6月にいったい何をしていたのかはイマイチよく思い出せません;

ただおおむね気持ち良く過ごせた1ヶ月ではあったと思うのですよね。
5月下旬からの好調をそれなりに維持できてはいたと思います。

[7月]
どうもこの7月も特に振り返るべきことはなかったみたいですね;

いや、本当は何かそれなりにあったのだとは思いますが、
自分としても何があったのかはイマイチ思い出せません;

この7月の月末記事ではお菓子をもらいに来る小学生姉妹の話題が出てますね。
このあたりからうちのブログの話題の定番になっていったみたいですね。

[8月]
8月は何があったのが、当時の月末記事を読んでも全く不明です;
しかもその月末記事すら翌月の19日にまでズレこんでいますしね;

いかに書くことがなかったのかを物語っています。

[9月]
今振り返ってみると、この9月が大きなターニングポイントだったようですね。

それは9月に父がまずコロナにかかったということでした。

最初はやや高い熱が出て咳をしているという感じだったので、
自分は特にコロナを疑っていなかったのですが、
訪問看護師さんがその症状を聞いて「コロナでは?」と感じ、
その場で検査してくれて父は陽性が出たのですよね。

その時点では母は陰性で、もしかしたら父だけを隔離すれば、
コロナは父だけで済むかもしれないという希望もありました。

ただたしかその日の夜ぐらいに母も発熱し始めたのですね。
そしてその翌日か翌々日ぐらいから自分もコロナの症状が出てきます。

父がコロナになってから隔離をするまでの間に接触していたので、
母も自分もコロナから逃れることができなかったわけですね。

そして父と自分は1週間ほどでコロナの症状もおおむね治まりましたが、
母は体が弱いこともあって、発熱などがずっと続いていたのですね。

そうなったことで母は食事などもほとんど取ることができなくなり、
当面は症状が回復して、体力が回復するのを待つ状態になりました。

ですがこれが10月以降の話へと繋がっていくことになるわけですね。

そしてそれとは別に9月はウェブ活動のターニングポイントにもなりました。

たしかあるウェブ活動をこの時期に終了させたはずなのですよね。

さらにそこにコロナになったことでの自宅療養の間に
洋楽ロックの動画を見る機会がそれまで以上に増えて、
洋楽ロック熱の高まりがブログ更新に繋がっていったのですよね。

要するに一つのウェブ活動が終わって浮いた時間が
ブログの洋楽ロック方面での復活に繋がっていったわけです。

[10月]
まずは良かった話題から振り返っていきます。

良かったことは何と言ってもブログが事実上の復活を遂げたことですね。
約1年に渡る休止状態からやっと復活できたわけですね。

これは9月の月末記事が大きなきっかけとなっていて、
そこから完全に洋楽ロックブログへと発展したわけですね。

この流れは今もしっかりと続くことができています。

そして10月は母が入院して状態が悪化したのが最大の出来事でした。

入院するときに「高度脱水」ということは聞いていたのですが、
「入院して輸液すれば治るだろう」と楽観視していたのですよね。

しかし体がひどく弱かったのか、脱水の症状があまりにひどかったのか、
10月中旬に面会したときにはすでに意識は完全に飛んでいて、
尿もあまり出なくなり、体が巨大にむくんだ状態だったのですね。

9月にコロナにかかってから入院まで自宅療養を続けていましたが、
このときに水分が取れなくなり、ひどい脱水になってしまったのです。

そうした状態だったこともあり、10月の月末記事を書くときはかなり不安でした。

10月中に何かあったら月末記事にそれを含める必要がありますし、
「10月中は大丈夫」という確信がないと投稿できなかったですからね。

それで何とか10月は月末記事を無事に書くことができて終わったのですが・・・。

[11月]
11月に入った初日の午前3時、スマホに電話がかかってきました。
もうこの時間に電話があった時点で覚悟はできていました。

すぐに兄に連絡して、父と兄と自分で病院へと向かい、
その途中で再び病院から「心臓が止まった」と連絡がありました。

そこからはひたすら母が亡くなったことにともなう
手続きなどに追われて1ヶ月が過ぎたという感覚です。

とにかくやるべき手続きが多いですし、仏壇などもそろえないといけない、
そうしたことをあれこれ調べながら進めていった1ヶ月でしたね。

それと同時に母が亡くなった後の生活をどう過ごすべきか、
ということも考えさせられる1ヶ月になりましたね。

当然ながら母が亡くなって最もショックを受けているのは父ですし、
父は母の世話という最大の生き甲斐がなくなった喪失感もあるはずで、
その分だけコミュニケーションの時間や機会を増やすようにはしています。

父とどこか外食に行く機会などもちょくちょく作っていますしね。

[12月]
12月は完全に11月の流れをそのまま引き継いだ感じですね。

要は残っていた手続きを済ませていったという感じです。
主に納骨や四十九日関連、そして四天王寺でのお経木流しなどですね。

ただ四十九日も過ぎて、一段落ついたという感覚はありますね。

12月に四十九日が終わったというのは良かったように思います。
年が変わることで、気持ちを新たに入れ替えられますからね。

ただまだ母が亡くなった時間が乏しいところはありますね。
ときどきふと「あぁ、亡くなったんだな」と感じるような感覚です。

できるだけのことはしてあげられたようには思うのですけどもね。
このあたりはまた別の機会にでもまとめて書きたいと思います。

ブログに関してはおおむねいい流れが続けられていると思います。

そしてお菓子が好きな小学生姉妹さんですが、
納骨の後にうちの家で兄も含めた3人で鍋をしているときに
来たときが非常に面白かったですね。

兄が自転車で来ていたので、姉妹がそれを見て、
「これ誰の自転車? 誰か来てるの?」と聞いてくるので、
「今にぃに(←僕のこと)のにぃにが来てるねん」と言うと、
「そうなん! 見たい!」と積極的に言ってきたのですよね。

さすがは誰にでも平気で懐く姉妹です笑

それで兄を呼んでくると、いろいろと話しかけていました。
「にぃにのにぃに、あんまりしゃべれへんなぁ」とも言ってましたが笑

「明日もおるの?」と聞いてきたので、
「いやもう明日には帰ってるよ」と答えると、
「えー! 明日もおって!」と無茶なことを言っていました笑

この姉妹さんが今後の自分の生活でもキーになる可能性があり、
楽しいだけでなく、なかなかいろんな意味で重要な存在になりそうです。

------------

なんかいろいろと大変なことばかりだった1年の振り返りのはずが、
最後の小学生姉妹のお話で一気に笑いに変わってしまいましたね笑

でもほんとこの姉妹には自分達としても助けられているのですよ。

母が亡くなってどうしても気持ちが沈むこともあるわけですが、
それをこの姉妹がいい具合に明るく照らしてくれているのですよね。

このあたりはこの子達に感謝しないとなと思っています。

[今月の1曲]
1年を締める最後のyoutubeはいつもThe Beach Boysを選んでいるのですよね。
・・・と言いつつ、なぜか昨年だけはThe Beach Boysじゃなかったですが;

The Beach Boysを選ぶのは自分が好きだからというのもありますが、
1年を締めるにふさわしい、神秘性を曲が秘めているからなのですよね。

The Beach Boysならではの優しくしっとりする感覚、これがいいのですよね。

そこで今回は1969年の"I Went to Sleep"という曲を選びました。

例年は曲の説明をせずにただ曲を貼るだけだったので、
そのときに思いついた曲をそのまま貼っていたのですが、
今年は曲の解説をすることも考慮して選びました。

The Beach Boysって、一般にはすごく偏見を持たれてるバンドだと思うです。
「いかにも夏と海向けのひたすら陽気なサーフィンバンドでしょ」というふうに。

でも自分にとってThe Beach Boysとは、
神秘的なほどに優しさに満ちていて温かく、聴く人を包み込むハーモニーがあり、
ポップでありながら商業主義的ではなくアーティスティックな感性が備わっている、
そういうバンドなのですよね。

今回選んだ"I Went to Sleep"はまさにそうした側面がよく出た曲で、
聴いているだけで優しい気持ちになり、ふと眠りに落ちそうになります。

1966年から1973年ぐらいのThe Beach Boysはこうしたスタイルの曲が多く、
自分の中ではこうした雰囲気こそがThe Beach Boysらしさとなっています。

そしてこの時期のThe Beach Boysの曲は洋楽に特に興味のない人でも
すごくとっつきやすい、インパクトはないものの非常に優しさに満ちていて、
「あ、BGM的に朝にかけるのにいいな」と思える曲がすごく多いのです。

一度The Beach Boysに対する先入観を横に置いてみて、
「まぁ1回ぐらいは」とこの曲に触れてみてほしいですね。

1分40秒ぐらいの曲ですからあっさりと終わりますしね。

そしてこの曲の大きな特徴はワルツであるということですね。

この時期のThe Beach Boysは優しいワルツの良曲をたくさん作っています。
ワルツであることで、より温かな雰囲気が強まっているのが良いですね。

この優しい雰囲気に包まれながら、この1年を締めくくってみてくださいませ。

The Beach Boys - I Went to Sleep (1969) [Sunshine Pop]

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サイケデリックロックができるまで 第3回

サイケデリックロックを代表するスタイルの一つに、
「異様にカラフルでファンタジー的なサウンド」があります。

そのため、こうした楽曲を何の予備知識もなしに聴いたときには、
「ずいぶんときれいでファンタジーな曲だな」と思うのですが、
実はこれは「LSDによって生じるカラフルな幻覚作用」の表現なのです。

さて、この「サイケデリックロックができるまで」の第2回記事までは、
こうしたカラフルでファンタジー色の強いサイケデリックロックへの流れは
まだ全く登場していませんでした。

こうした「ファンタジー系サイケ」が生まれた土壌には、
「ロックによるバロック音楽や室内音楽への接近」があります。

要するにバロック音楽的なカラフルなサウンドを導入することが、
ファンタジー的なLSDによる幻覚への表現に繋がったわけですね。

そしてこの動きもまた「ロックによる新しい音楽要素の導入」の側面を持っています。

インド音楽への接近が新しいロックの表現として求められたように、
クラシックへの接近もまた新しいロックの表現として取り入れられたわけです。

「後のファンタジー系サイケの土台となるスタイルとしての
ロックへのバロック音楽への導入」において非常に大きな役割を果たしたのが、
ここで紹介するThe Rolling Stonesの"Lady Jane"(1966年4月15日)です。

The Rolling Stones - Lady Jane (1966) [Baroque Pop]


ロックへのバロック音楽の要素の導入はThe Beatlesが
"In My Life"(アルバム"Rubber Soul"収録)において行っていましたが、
このときはまだ断片的にその要素を取り込むものだったのですね。

それに対して、この"Lady Jane"はもはや完全にバロック音楽であり、
こうしたスタイルの特徴であるハープシコードの導入も極めて大胆でした。

またこの"Lady Jane"ではダルシマーという楽器が大幅に取り入れられてもいます。
「新しい楽器のロックへの導入」という点でも踏み込んでいた曲だったのですね。

1966年にはこうしたバロックスタイルの音楽が他のバンドからも生まれていますが、
時期的にもその音楽的にもこのThe Rolling Stonesの"Lady Jane"は画期的でした。

ただしこの時点では「サイケ的なトリップ感の表現のためのバロック音楽の導入」
という色は薄く、あくまで「ファンタジー系サイケが確立される過程で生まれた曲」
というふうにとらえたほうが適切であろうとは思います。

「ストーンズ=不良バンド」みたいなイメージでとらえている方は
こうしたストーンズの音楽性を見ると意外に感じてしまうかもしれませんね。

そして「バロック音楽的でカラフルなサイケデリックロック」とは異なる形で、
「キラキラとして浮遊感のあるサイケデリア」を確立したアルバムが生まれました。

それが今なお語り継がれるThe Beach Boysの"Pet Sounds"(1966年5月16日)です。
そこからその浮遊感が非常に伝わりやすい"You Still Believe in Me"を紹介しましょう。

The Beach Boys - You Still Believe in Me (1966)
[Psychedelic Pop / Psychedelic Rock / Chamber Pop]


このアルバムもクラシカルな室内音楽の要素を取り入れていることから、
「室内音楽的なロック」ということでChamber Popなどと呼ばれることがありますが、
この作品に関してはそうした枠組みだけではとらえきれないところがあります。

この"Pet Sounds"は従来のロックで用いられてきたスタイルを
全部解体してしまおうとしながら、その中で新しい音楽を確立し、
それを極めて高いレベルで実現したところに凄味があるのです。

まずドラムなどは完全に不規則ですし、この曲の最後では自転車のベルの音を使ったり、
普通のロックではやってこなかったことをサラリといくつも導入しています。

そしてこのアルバムでよく言われるのがベースの使われ方です。

ベースは基本的にはそのコードのルート音を中心に弾くのですが、
このアルバムではどの曲でもずっとベースがルート音をわざと外していて、
それが特有のふわふわと浮かぶようなトリップ感を生み出しています。

それゆえある程度音楽に詳しい人ほど、
「なんだかこのアルバムはいやに異質だぞ」と感じる内容になっています。

ところでビーチ・ボーイズというと、
「はぁ、ビーチ・ボーイズ? サーフィン音楽のバンドだろ?」
と軽く見られてしまうことがありますが、
バンドの中心人物でもあったブライアン・ウィルソンは完全なインドア派で、
ずっと芸術性だけを突き詰めた作品を作りたいと考えていたのですね。

そして歌詞などからもサーフィン的な要素を完全に取り払い、
100%自身の音楽的な創造性だけで作り上げたのがこのアルバムなのです。

この"Pet Sounds"はポール・マッカートニーにも強烈な影響を与え、
さらにこのアルバムの影響を受けたソフトサイケバンドも大量に生まれました。

このアルバムがそのまま「サイケデリックの一つのスタイル」として確立されたのですね。
それをほぼThe Beach Boysのブライアン・ウィルソンが一人でやってのけたのもすごいことです。

この作品が作られるまでは、他のバンドは似たような音を全く作ってなかったですからね。

またこの"Pet Sounds"がThe Beatlesの"Revolver"よりも先にリリースされているのも注目点です。

The Beatlesが"Revolver"でサイケ方面に大きく踏み出すより前に、
The Beach Boysは彼らなりの独自のサイケデリアを完成させたわけですね。

そしてこの"Pet Sounds"を受け継ぎ、同年10月10日には、
The Beach Boys流サイケの決定的な曲である"Good Vibrations"がリリースされ、
全米1位と全英1位を同時に獲得します。

The Beach Boys - Good Vibrations (1966) [Psychedelic Rock]


ポップでありながらサイケデリックでいて、極めて高い創造性を誇っている、
まさにこの時代が生み出したロックの一つの金字塔であると言っていいでしょう。

さて、まだファンタジー系サイケの完全な確立には至っていませんが、
次回記事ではこれまでとは全く違った方向から生まれたサイケを見ていきます。

同時多発的に様々なスタイルが生まれたのがサイケデリックロックの特徴なのです。

ということで、今回はバロック系サイケデリックの土台が作られたことと、
The Beach Boys流の透明感のあるサイケデリアの確立を見ていきました。

◎ここまでのサイケデリックロック形成の年表


1965.6.4 The Yardbirds - Heart Full of Soul (Single)
1965.7.30 The Kinks - See My Friends (Single)
1965.12.3 The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Album "Rubber Soul")
1966.2.25 The Yardbirds - Shape of Things (Single)
1966.3.14 The Byrds - Eight Miles High (Single)
1966.4.15 The Rolling Stones - Lady Jane (Album "Aftermath UK")
1966.5.16 The Beach Boys - Album "Pet Sounds"

1966.5.30 The Beatles - Rain (Single "Paperback Writer")
1966.8.5 The Beatles - Love You To, Tomorrow Never Knows (Album "Revolver")
1966.10.10 The Beach Boys - Good Vibrations (Single)

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サイケデリックロックができるまで 第1回

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テーマ : 洋楽ロック | ジャンル : 音楽

サイケデリックロックができるまで 第2回

「サイケデリックロックができるまで」シリーズの第2回記事です。

前回の第1回記事でロックのインド音楽への接近を紹介しましたが、
今回はそれを踏まえてサイケデリックそのものな音楽が登場します。

1966年3月14日、あらゆる面でサイケデリックな曲が発表されます。
The Byrdsによる"Eight Miles High"というシングルです。

このブログを以前から読んでくださっている人は、
「The Byrds・・・どこかで聞いたような」と思っているかもですが、
以前の「フォークロックができるまで」で登場したフォークロックの開祖的バンドです。

そのThe Byrdsがサイケデリックロックでも重要な役割を果たすのです。

The Byrds - Eight Miles High (1966) [Psychedelic Rock]


シタールそのものではないものの、インド風に演奏されたイントロのギター、
そしてダラーンと溶けるような酩酊感に満ちたヴォーカルなどが非常に印象的です。

また、この曲はもうタイトルからしてサイケデリック色に満ちています。

まず「8マイル」のような大げさな表現はサイケデリックロックの大きな特徴で、
さらに"High"という単語をチョイスしているところもそれに拍車をかけています。

この"high"という言葉、サイケデリック時代には「(LSDで)ハイになっている」ことを
指すためのある種の隠語として多用されているのです。

そのためレコード会社などはこの単語に非常に敏感になっていました。
現在ほど過激な表現が許容されていた時代ではなかったですからね。

少し注意しないといけないのは、そうした時代背景であったがゆえに
当時「これはドラッグソングではないのか?」と問われた際には
わざと知らないフリをして否定していることが多かったことです。

それゆえ当時ドラッグソングであることを否定していたからといって、
本当にそうではないと解釈するのはむしろ避けたほうがいいのです。

わざとそう言い訳できるように歌詞などを書いていたケースも多かったですので。
そのためサイケ時代の曲の歌詞はダブルミーニング的なものがよくあります。

「表面的に読むと普通の歌、でも本当はLSDの歌」みたいな感じです。

この曲も当時ラジオからバンされた際に「ドラッグの歌ではない」と言ってましたが、
80年代にはこの曲についてメンバーが「もちろんドラッグの曲だよ。書いたときもラリってたし」
とはっきりと言ってしまっています。

この曲以前にもサイケデリック的なサウンドそのものは存在していましたが、
「LSDの酩酊感を意図したうえで、そうしたサウンドを作った」というのは、
この曲が初めてに近く、そうした意味で歴史的意義が非常に大きいです。

この1ヶ月前にThe Yardbirdsがリリースした"Shape of Things"も
この"Eight Miles High"と並ぶ最初の「意図的なサイケデリックソング」
として語られることがありますが、そちらはサウンドだけを聴いても
"Eight Miles High"ほど明確なサイケデリック的なトリップ感はないので、
ここではこちらの"Eight Miles High"のほうを重要視することにしました。

ただ、The Yardbirdsの"Shape of Things"は長期化するベトナム戦争に対する
反戦的なテーマが含まれており、これがサイケデリックロックと連動した
ヒッピームーブメント、フラワームーブメントの趣旨と重なるところが大きく、
その点において非常に重要な役割を果たしたことは特筆できるところです。

そしてこのThe Byrdsの"Eight Miles High"に負けじと、
The Beatlesもまた次々とサイケデリックな楽曲を発表していきます。

まずは1966年5月30日にリリースされたシングルの"Rain"です。
(厳密には"Paperback Writer"のB面曲という位置付けですが。)

The Beatles - Rain (1966) [Psychedelic Rock]


"Paperback Writer"もけっこうサイケ色が強い楽曲ではあるのですが、
この"Rain"のほうが極めてはっきりとしたサイケデリックロックですね。

ダラダラとした酩酊感のあるサウンドとヴォーカルもさることながら、
最後にテープの逆回しのような工夫を入れてあるのも非常にサイケです。

そしてThe Beatlesは続く1966年8月5日にリリースした
アルバム"Revolver"でもサイケデリックな楽曲を多く発表します。

その代表とも言えるのが、この"Tomorrow Never Knows"でしょう。

The Beatles - Tomorrow Never Knows (1966) [Psychedelic Rock]


インド風の要素、哲学的でありながらも意味不明な歌詞、無意味なタイトル、
サンプリングなどのテクニックの多用、どこから見てもサイケそのものです。

ちなみにこの曲の歌詞は1964年の書籍である、
"The Psychedelic Experience: A Manual Based on the Tibetan Book of the Dead"
がモチーフとなっているそうです。

この書籍のタイトルにも明確に"Psychedelic"などとあるように、
この曲がLSDと東洋文化などを意識したことは間違いありません。

またこの曲は実際には先に紹介した"Rain"より先にレコーディングされており、
The Beatlesが最初に作った本格的なサイケデリックロックとも言われています。

これは同時にサイケデリックロックが生まれた大きな原動力である
「先進的で新しいロックを作りたい」という意識の結実でもありました。

そしてアルバム"Revolver"でもう一つ外せない曲が"Love You To"です。

The Beatles - Love You To (1966) [Psychedelic Rock / Raga Rock]


これはもう100%どこをどう切り取ってもインド音楽という仕上がりです。

この時期、The Beatlesのジョージ・ハリスンはインド音楽にドップリで、
それゆえ彼が作る曲はこうした完全なインド風な楽曲と増えていました。

この曲はまさに「ロックへのインド音楽の導入の完成形」と言っていいでしょう。

こうしてThe ByrdsやThe Beatlesによってサイケデリックロックが確立されましたが、
サイケデリックロックの音楽性はもっと多様で他にも様々なスタイルがあります。

次回はインド風とは違う方向から模索されたサイケデリックロックを見ていきましょう。

◎ここまでのサイケデリックロック形成の年表


1965.6.4 The Yardbirds - Heart Full of Soul (Single)
1965.7.30 The Kinks - See My Friends (Single)
1965.12.3 The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Album "Rubber Soul")
1966.2.25 The Yardbirds - Shape of Things (Single)
1966.3.14 The Byrds - Eight Miles High (Single)
1966.5.30 The Beatles - Rain (Single "Paperback Writer")
1966.8.5 The Beatles - Love You To, Tomorrow Never Knows (Album "Revolver")


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テーマ : 洋楽ロック | ジャンル : 音楽

サイケデリックロックができるまで 第1回

「新しいロックのジャンルができるまで」シリーズの第3弾は
60年代中期から70年代初期にかけて巨大なムーブメントを起こした
「サイケデリックロックができるまで」の紹介となります!

このシリーズの第3弾にサイケデリックロックを選ぶのは自分でも予想外でした。

サイケデリックロックは自分としても非常に大好きなジャンルですし、
もちろんいずれはこのブログで取り上げたいとは思っていたのですよね。

ただサイケデリックロックは成立過程を書くという点で言うと、
最難関ジャンルでもあるので手を出しにくい印象だったのですね。

難しい理由はいくつかあるのですが、一つはムーブメントの流れをある程度知っていても、
どのバンドがそれを先導したのかが見えてきにくいというところなのですね。

「サイケではこのバンドとこのバンドが有名」ということは知っていても、
「じゃあ誰が始めて誰が完成させたの?」というと途端に見えなくなるのです。

そして最大の難関ポイントは、音楽性があまりに多岐にわたる点です。

ざっくりと分けても6つぐらいには音楽性を分類することができて、
しかも当然ながらそれぞれにその音楽性の成立過程があるわけで、
それを記事化できるぐらいに調べるにはなかなか骨が折れるわけです。

それゆえにサイケはかなり後回しにしようと思っていたのですが、
暇なときに成立過程などをあれこれ調べていると夢中になってきて、
「やる気になってきたなら次はもうサイケでいくか」となったわけです。

でもやはりサイケデリックロックは調べるうえで大変でしたね。

基本的には英語圏の音楽系サイトをもとに調べることが多いのですが、
それだけでは不十分な点も多くあるので、自分の手持ちの音源も調べつつ、
そこからわかった情報も多く加えながら情報を整理するようにしています。

なので、それなりに読む価値のある記事にはできるように思います。

-------------

さて、サイケデリックロックは一言で言うなら、
「LSDによる幻覚作用などを表現したロック」となります。

しかしながら、サイケ的な音楽が最初から
「LSDによる幻覚作用を音楽で表現しよう」
というふうにして始まったというわけではないのです。

サイケデリックロックのルーツは
60年代のロックバンド達が「普通のロックをただ作るだけじゃなくて、
何かそこに新しい実験性のようなものを取り入れられないだろうか」
と考えたところにあります。

そこで目をつけられたのが、外国の民族音楽やそこで使われる楽器、
その中でもインド音楽とそこで使われるシタールなどに注目が集まりました。

この「ロックバンドによるインド音楽への接近」がサイケ的音楽のルーツとなります。

その先陣を切ったのがThe Yardbirdsでした。

このThe Yardbirdsに関しては「ちゃんと聴いたことはないけど、
バンドの存在は知ってる」という人も多いのではないでしょうか。

エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジという
超有名ギタリストが在籍し、Led Zeppelinの前身にもなったバンドです。

それゆえ「存在だけはよく知られている」バンドではあるのですが、
実際には60年代のロックを形成するうえで重要な役割を果たしています。

彼らは他のバンドに先駆け、1965年6月4日に"Heart Full of Soul"の
シングルを発売し、ここでインド音楽の要素とシタールをロックに取り入れます。

The Yardbirds - Heart Full of Soul (1965) [Raga Rock]


その約1ヶ月半後の1965年7月30日には当時のイギリス4大バンドの
1つに数えられるThe Kinksもインド音楽への明確な接近を見せます。

この"See My Friends"ではシタールそのものは使っていませんが、
ギターのサウンドは明確にシタールを模したものとなっており、
曲全体のインド音楽への接近は先のThe Yardbirds以上のものとなっています。

The Kinks - See My Friends (1965) [Raga Rock]


このダラーンとした酩酊感にあふれるヴォーカルは音楽性だけで言えば、
もはやサイケデリックロックそのものと言っていいものとなっています。

ただこの時点では「LSDの酩酊感を表現しよう」とは考えられていなかったと見られることから、
それゆえジャンル形成のうえでは「サイケデリックロックが作られる過程」に位置付けられます。

こうしたインド音楽を取り入れたロックは「ラーガロック」とも呼ばれます。
おおむねサイケデリックロックのサブジャンルとしてとらえていいでしょう。

そしてこの2つのバンドに続けてシタールを取り入れたのがThe Beatlesです。

The Beatlesは1965年12月3日リリースのアルバム"Rubber Soul"の収録曲である
"Norwegian Wood (This Bird Has Flown)"でシタールを取り入れます。

"Rubber Soul"はThe Beatlesがフォークロックに接近した作品としても知られており、
この曲は「シンプルなフォークにシタールを取り入れた」というスタイルになっていて、
結果的にサイケデリックフォークの先駆けという位置付けにもなりました。

The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (1965) [Raga Rock / Folk]


このようにして、外国の民族音楽が徐々にロックへと取り入れられ、
これが新しいロックのスタイルが作られていく土台となりました。

◎ここまでのサイケデリックロック形成の年表


1965.6.4 The Yardbirds - Heart Full of Soul (Single)
1965.7.30 The Kinks - See My Friends (Single)
1965.12.3 The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Album "Rubber Soul")


この「サイケデリックロックができるまで」シリーズでは、
このように最後に細かな年表をつけていくことにします。

というのも、サイケデリックロックの形成は複雑であると同時に
時系列が細かいため、年表がないと理解がかなり難しいのです。

また、その記事で新たに登場した話題の部分は赤文字で記しています。

ということで、第1回ではロックのインド音楽への接近を紹介しました。

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テーマ : 洋楽ロック | ジャンル : 音楽

Blind Melon - No Rain 歌詞和訳

今回は90年代のオルタナティブロックバンドBlind Melonの
最大の代表曲である"No Rain"の和訳をしてみました。

本当は別の曲の和訳をする予定になっていたのですが、
ふとこの曲に気が向いたのでそちらを先に済ませました。

Blind Melonというバンドはものすごく有名というほどではないのですが、
この"No Rain"は非常に知られているため、和訳をしている人も多いです。

でもって、他の方もおおむねきちんとした和訳をされているので、
あえて私が和訳をする特別な意義というのはそれほどないのですが、
単に自分の気が向いたのでこの曲の和訳をすることにしました。

実はこの曲の和訳はブログとは別に以前にしたことがあるのですね。
そのため今回の和訳は非常にすんなりと1時間ぐらいで終わりました。

文法事項なども全部把握していたので特に迷う箇所はなかったですね。
曲が何を意図しているのかということもあらかじめ知っていましたしね。

◎Blind Melonというバンド


Blind Melon - No Rain シングルジャケット

Blind Melonというバンドは90年代の中でも珍しい立ち位置にあります。

実はNirvanaやAlice in Chainsと同じくグランジにもカテゴライズされますが、
一般的なグランジバンドとはその音楽的なルーツが全く異なるのですね。

パンクの影響が非常に薄く、Grateful DeadやLynyrd Skynyrdのような
レトロでおおらかなサウンドを持ったバンドからの影響が非常に顕著です。

そのため、「90年代型アメリカンロックの一つの形」と考えるほうが近いです。

そうしたサウンドはアメリカン・トラッド・ロックと呼ばれるのですが、
Blind Melonはその中でとらえても、微妙に異質な立ち位置になるのですね。

Blind Melonのサウンドはたしかに60年代後半から70年代前半を思わせる
レトロな感覚がありますが、同時にファンクのグルーヴを取り込んだり、
他のアメリカントラッド系にはない独特の陰りを持ってもいます。

この「独特の陰り」がグランジとも呼ばれる理由なのでしょうが、
この「一筋縄ではいかない90年代型アメリカンロック」であるのが、
Blind Melonの「レトロなのに実験的」な凄さを表してもいます。

このBlind MelonはGuns N' Roses経由で知ったという人も多いでしょう。
GN'Rのアクセル・ローズのお気に入りで、GN'Rの一部の曲に参加もしましたし。

ただ音楽性はGuns N' Rosesとはかなり違ったタイプではあるのですよね。

そうしたこともあって、Blind Melonは自分達の音楽を
素直に受け取ってもらうのに苦労したという印象がありますね。

ですが、最終的には1stアルバムがアメリカで400万枚を超えるなど、
十分なセールスを収めることに成功したわけでもありますが。

また、Blind Melonは60年代ヒッピームーブメントの立役者の一つであった
Grateful Deadの影響を非常に強く受けていることもあって、
「ネオヒッピーバンド」というふうにとらえられることもありました。

たしかに「90年代におけるGrateful Dead」と言えなくもないですからね。

それでは、まずは"No Rain"の歌詞対訳を素直に読んでいただきましょう。

Blind Melon - No Rain (1992)
[Alternative Rock / American Trad Rock / Grunge]


Blind Melon - No Rain 歌詞和訳



All I can say is that my life is pretty plain
僕に言えることなんて、僕の人生はひどく平坦だってことぐらい
I like watching the puddles gather rain
僕が好きなのは水たまりに雨がたまっていくのを見ていることぐらい
And all I can do is just pour some tea for two
そして僕にできることなんて、二人分のお茶を入れて
And speak my point of view
僕が何を考えているかを話すことぐらい
But it's not sane
でも、自分の考えがおかしいってことぐらいわかってるよ
It's not sane
おかしいってことぐらい

I just want someone to say to me
僕はただ誰かにこう言ってほしいだけなんだ
"I'll always be there when you wake"
「君が起きている間はずっとそばにいてあげるよ」って
You know I'd like to keep my cheeks dry today
わかるよね、今日は頬を涙で濡らさずにいたいんだ
So stay with me and I'll have it made
だからそばにいておくれ、そしたら涙を流さずにいられると思うから

And I don't understand why I sleep all day
なんで僕が一日中眠っているかなんて、自分でもわからない
And I start to complain that there's no rain
そしたら今度は「雨が降らない」って僕は文句を言い出すんだ
And all I can do is read a book to stay awake
僕のしてることなんて、ただ起きているために本を読むことぐらい
And it rips my life away
そんなことをしてたら人生が壊れるのはわかってるんだけどね
But it's a great escape
でも、それが僕にとってはかけがえのない現実からの逃避なんだ
Escape
逃避なんだ
Escape
逃避なんだ
Escape
逃避なんだ

All I can say is that my life is pretty plain
僕に言えることなんて、僕の人生には何もないってことぐらい
You don't like my point of view
君だって僕の考え方を好きになんてなれないのはわかってるよ
You think that I'm insane
君だって僕の考え方はおかしいって思うだろう?
It's not sane
おかしいって
It's not sane
おかしいって

I just want someone to say to me
僕はただ誰かにこう言ってほしいだけなんだ
"I'll always be there when you wake"
「君が起きている間はずっとそばにいてあげるよ」って
You know I'd like to keep my cheeks dry today
わかるよね、今日は頬を涙で濡らさずにいたいんだ
So stay with me and I'll have it made
だからそばにいておくれ、そうしたら涙を流さずにいられると思うから

◎Blind Melon “No Rain”の歌詞和訳の解説


この曲の意味は和訳を読んでいただければほぼ完全に伝わると思います。

社会から隔絶してしまった存在の人が、
そうであるがゆえの悲哀を語っている歌ですね。

精神的な病気から社会に適応できなくなってしまった人、
肉体的な病気によって社会に出ることができなくなった人、
不登校になって家で過ごすことしかできなくなった学生、
その他にも様々な理由で家から出られない生活になった人、
そういう立場の視点で書かれた曲であると言えるでしょう。

このような立場の人を馬鹿にするのは非常に簡単です。

「何を泣き言を言ってるんだ。自分の努力不足だろ。」と、
この曲の和訳を見てそう言いたくなる人もいるでしょう。

ただこの曲の和訳を見て少しでも感じ取ってほしいのは、
社会から隔絶されてしまった人もまたそのことにひどく悩んでいて、
毎日涙を流さざるをえないぐらいに辛い思いをしているのですね。

決して社会に出ない生活を満喫しているわけではないのです。

そして人間は一度社会に出ない状態に陥ってしまうと、
肉体的にも精神的にもそこから離脱するのが非常に困難になります。

多くの人が思う以上に、こうした立場の人達は袋小路に陥っているのですね。

そんな方々が感じている辛さを表現できるように和訳していきました。

MVは一見すると曲のテーマとは関係ないように見えますが、
蜂の少女は「一般社会から笑いものにされて排除された存在」です。

その少女が最後には自分達の仲間と出会い、居場所を見つけるのですね。

これはもしかすると、社会から隔絶されている人達に向けた
「笑いものにされている立場であっても、同じ気持ちの人達は必ずいるし、
そうした人同士の居場所はある」というメッセージなのかもしれません。

◎文法事項の解説


まずこの曲で頻出するのが
All I can say のような表現です。

これは All (that) I can say のように関係代名詞 that が省略されたもので、
「僕が言えることの全て」という意味になります。

>All I can say is that my life is pretty plain

この文はその"All I can say"が主語で、
補語がthat節(~であること)に導かれた名詞節になっています。

>watching the puddles gather rain

これは原形不定詞の表現ですね。
実は watch も原形不定詞を取ることができます。

watch O(目的語)+動詞の原形 の形で、
「Oが~するのを見る」という意味になります。

すなわち、puddle(水たまり)がgather rain(雨を集める)のをwatch(見る)のですね。

>I just want someone to say to me

ここも第5文型の表現ですね。
この曲は第5文型がけっこう頻繁に使われています。

V+O+to不定詞 の形で「Oが~するのをVする」となります。
すなわちこの文では「誰かが自分に言ってくれるのをwantする」となります。

>I'd like to keep my cheeks dry today

さぁ、この曲の最も鍵となる部分です。
I'd like to は「~したい」だから別にいいでしょう。

肝となるのは keep my cheeks dry です。
これはもう典型的な第5文型ですね。

my cheeks=dry な状態にkeepしたいという意味です。

直訳すると「頬を乾いた状態に保っておきたい」なのですが、
これは要するに「頬を涙で濡らしたくない」の婉曲表現ですね。

>So stay with me and I'll have it made

そしてこの曲の文法事項の最難関箇所がここになります。

まずは命令文+andで「~してくれ、そうすれば」という意味になります。

むしろ鍵は後半の I'll have it made です。
これももちろん第5文型となっています。

しかも have も made も使役ですから解釈が難しいのです。
it made は「it をそうさせる」という強い使役の意味になります。

これはどういうことかと言うと、「it(=自分の頬)をdryな状態にさせる」です。
要するに前文の繰り返しみたいになっているのですね。

そして have は緩い使役で「そうしてもらう」ぐらいの意味です。
I'll には「そうなると思う」という意思の意味が込められています。

なので、結局は「僕は自分の頬を涙で濡らさずにしてもらえると思う」みたいな感じです。

このシンプルな I'll have it made にはそこまで込められているのですね。
使役だらけの第5文型ですから、英語の勉強にも役立つと思います。

文法事項についてはこれぐらいですかね。

極端にひねった表現はないのですが、第5文型が多用されており、
それに慣れていないと訳に困りやすい曲ではあるでしょうね。

◎まとめ


社会から隔絶された人は社会から無視されがちですし、
むしろしばしば多くの人から軽蔑の目すらも向けられます。

中には何らかの歯車が狂ってそうした状態に陥る人もいるため、
同情の感情すら持ってもらえないということが少なくありません。

そうした立場にあえて立ったうえでその人達が抱える悲しさや辛さを書く、
このようなスタンスはまさに90年代のバンドらしいと言えるでしょう。

この「目を向けられにくい弱者にも手を差し伸べる」というのは、
90年代のバンドが自然と身に着けているものでもありましたからね。

きっとこの曲は同じ境遇にある人達に対して、
「あぁ、自分も同じような気持ちで過ごしているよ。
そういう人が自分以外にもいるんだな」
とそう思わせ、勇気を与えることになると思います。

それでは、Blind Melonの"No Rain"の歌詞対訳をお送りしました。

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テーマ : 洋楽ロック | ジャンル : 音楽

麺屋 彩々 清澄淡口醤油らーめんセット

かなりひさしぶりに昭和町の「麺屋彩々」へと行ってきました!

「麺屋彩々」への訪問は2019年以来なので、約4年ぶりになりますね!
しかも前々回の訪問が2016年なので、8年間で3回しか訪問してません;

それ以前はちょくちょく「麺屋彩々」に行くことがあったのですが!

最大の理由は自分がラーメンの食べ歩きをやめちゃったことですが、
もう一つは針中野から昭和町に移転したのが大きかったですね!

自分からすると昭和町はちょっと微妙に行きにくいですからね!

前回は彩々から味噌系がなくなるということで訪問しましたが、
その後新たな味噌が見つかったことで味噌系は復活しています!

なので、未食のラーメンは淡口醤油、激辛系ラーメン、
あとは夜営業のみ提供されているラーメンとなっています!

濃口醤油ラーメンは以前の醤油ラーメンの流れにあるはずなので、
こちらは一応食べたことがあることに数えて良さそうですしね!

麺屋 彩々 清澄淡口醤油らーめん

あら、思っていた以上に淡い色の仕上がりになっていますね!
なるほどこれはあえて「淡口」と名付けるのもわかりますね!

◎スープ - 鶏を主軸にじんわりとくる旨味


まずはスープですが・・・うん、彩々らしい良い鶏だしが出てますね!(●・ω・)

今では彩々というと、鶏白湯のイメージが強くなってますが、
実際には清湯スープにもかなりの強みを持っているのですよね!

自分は特に彩々の塩らーめんが大好きでもありましたからね!

その鶏だしの深みについては間違いなくこのラーメンでも感じられます!

鶏の臭みはなく、じんわりとしつつも強く深みのある鶏の旨味で、
非常に丁寧に鶏のスープを取っているということが伝わります!

鶏油に関してはけっこう控えめで、全体的にすっきり感が強いです!
これについては「淡口醤油」向けの調整と言えるのでしょうかね!

スープを飲んでいると、ここに他のじんわりとした旨味も感じます!

かつおなどの節系とは違う、乾物系あたりか何かが少し加わってる感じですかね!

このあたりははっきりと舌で読み取れたわけではないのですが、
昆布か海老の乾物系がタレのほうに多少入っているかもしれません!

それによって鶏の旨味を少しサポートしているような印象がありました!

そして従来の濃口醤油や塩らーめんとの違いということになりますが、
やや立ち位置が曖昧なところはあるかなとは少し感じはしましたね!

鶏のスープのしっとり感をストレートに味わうなら塩がベターですし、
レトロな醤油ラーメンらしさを味わうなら濃口醤油がオススメです!

なので、その中であえて淡口醤油の持つ存在意義を見出すとするなら、
「スープを味わうという点では塩らーめんがいいんだけど、
自分はもうちょっとタレに少し強さが欲しい」というような、
「控えめなタレの清湯ラーメン」を求める人向けでしょうかね!

自分はそういうときは素直に塩ラーメンに行ってしまうのですが、
塩ラーメンのタレの控えめ感が苦手という人はときどきいますからね!

そういう人にはこの淡口醤油のバランスがちょうどいいのかもです!

◎トッピング - しっとりしたレアチャーシューがおいしい


トッピングはレアチャーシュー、味玉、海苔、ねぎ、ワンタンの皮(?)です!

なんかやたら太い麺の破片のようなものが入っているのですよね!
以前に訪問したときはこうしたものは特に入ってなかったのですが!

まぁ、これについては食感の変化を楽しむためのものという感じですかね!

以前に入っていた鶏皮の唐揚げがまた食べたかったのですが!

味玉は形が面白いですが、まぁこれはたまたまそうだったのでしょう!
味はしっとりとしていて、熱の通り方も絶妙な感じでしたね!

海苔はこのラーメンにはやや存在感が強い感じもしましたが、
しっかりとスープに浸したうえで麺を巻いて食べるとおいしいです!

そしてひさびさに食べた彩々のレアチャーシューですがいいですね!(=゚ω゚)

昨今の新規店のレアチャーシューは過度にピンクだったりしますが、
こちらはそのあたりかなりバランス良く作られていますし、
薄めながらも肉の旨味をきっちりと感じ取れるのがいいですね!

脂身が少ないという点も自分としては高得点になるところです!

麺屋 彩々 清澄淡口醤油らーめん(麺)

◎麺 - かなりプリプリ感の強い縮れ麺


麺はかなりプリ感の強い多加水の縮れ麺となっています!

数年ぶりに食べてはっきりと記憶がよみがえりましたが、
そういえば彩々の麺って意外とプリ感が強いのですよね!

かなり加水が高めで、みずみずしさと食感が重視されています!

それゆえに清湯スープと合わせると、やや麺が立つのですよね!(`・ω・´)

「あぁ、そういえばこういうバランスだったなぁ」と思い出しつつ、
もうちょい加水低めのほうがバランスとしてはいいのかなぁとも思いましたが!

これは淡口醤油ラーメンだからそう感じた部分もあるでしょうけどもね!

あえて麺の食感は強めにするというお店の狙いもあるでしょうしね!

麺屋 彩々 昼セットのそぼろ丼

◎そぼろ丼 - 優しく食べられるセットのどんぶり


今回は昼セットで注文したので、そぼろ丼がついてきました!

セットの価格はけっこう安いので、これはいいと思いますね!

ラーメン屋さんで鶏そぼろ丼ってかなり珍しい気がするのですが、
これはなかなかセットとしてはオススメしやすいところがあります!

というのも、どんぶりってけっこう味が重いものもあったりしますが、
鶏そぼろだと味が軽めなので、サクッと食べられるのですよね!

味は奇抜なところはなく、シンプルに甘く炊かれた醤油味のそぼろです!
でもそうであるだけに安心して食べられるという良さがありますね!

◎まとめ - 「塩」と「濃口醤油」の中間的な位置付け


鶏のだし感をストレートに味わいたいならまずは「塩」を、
レトロな醤油ラーメンを求めるならまずは「濃口醤油」ですが、
その両者を食べたうえで中間的な味を求める人に向いている感じですね!

なので、常連の人向けのラーメンということができるかもしれません!

ひさしぶりに麺屋彩々の鶏清湯スープを味わうことができました!(゚x/)モキーシュ

お店の住所と地図 大阪府大阪市阿倍野区阪南町1丁目46-8

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テーマ : ラーメン | ジャンル : グルメ

音楽データをどうやって管理してるの?

ここ最近いろんなジャンルのロックの紹介をしているこのブログですが、
もしかすると読んでくださっている読者の方々から、
「そんなにあれこれ紹介してるとなると、音楽はどうやって聴いてるの?
CD? mp3? それどうやって管理して、どんなふうに聴いてるの?」
と疑問に思われる方もいるかもしれません!

ということで、今回は私の音楽の管理方法などについてご紹介します!
・・・まぁ、ほぼ自己満足的な記事にはなってしまいますが!

まずどれぐらいの音楽を持っているかということですが、
CDアルバムに換算すると9000枚強ほど持っております!

その音楽をどう管理してるかですが、基本的にmp3にしております!
そのmp3ファイルを外付けハードディスクに入れて保管してるのですね!

これだけの枚数になると、CDでは管理がしきれなくなるのです;
なので、自由に扱えるmp3に全部変換するということになりますね!(=゚ω゚)

音楽フォルダ(全体)

そしてこのようにアーティスト名別にフォルダに分けて格納します!
これはちょうど頭文字がS~Tのあたりのバンドの部分ですね!

有名なバンドも多くあれば、超ドマイナーなバンドまであります!

Theがついているバンドを Smiths, The のように記載しているのは、
Theがつくバンドが全部Tのところに集まらないようにするためです!

このような記法は英語圏でもけっこう普通に使われるものですね!(●・ω・)

音楽フォルダ(アーティスト別)

そして各バンドのフォルダの中は次のような感じになっています!

今回は私の最も大好きなバンドであるThe Beach Boysにしました!
グランジ好きな私ですが、実は最も好きなバンドはThe Beach Boysです!

ポイントはどのアルバムがどの年にリリースされたのか、
そのアルバムが何枚目のアルバムにあたるのかを書いておくことです!

アルバムの枚数が増えてくると、全てのバンドのすべてのアルバムについて、
「いつの何枚目のアルバムか」というのをおぼえるのは難しくなります!

それをちゃんと一目でわかるようにフォルダに記載しておくのですね!(*゚ー゚)

これってそれぞれのアルバムの時期が把握できるというだけでなく、
「あ、これこの時期だからたぶんこんな音かな」
みたいな予想ができるという点でも役に立ったりします!

最後にショートカットがいくつかあるのは、
関連するアーティストのフォルダへとすぐに飛べるようにするためですね!

音楽フォルダ(ジャンル別)

そしてもう一つ重要なのが、各バンドのジャンル別の管理なのです!(`・ω・´)

これだけ持っているアルバムの数が増えてくると、
「このバンドってどういう系統のバンドだったっけ」
というのを忘れてしまうということがよくあります;

でもって、「今プログレのジャンルの曲を聴きたいんだけど、
どのバンドにしようかな」というような気分になったとき、
そのジャンルのアーティストだけをすぐに把握できれば便利ですよね!

そのようにジャンルごとに各バンドへのショートリンクを
まとめたフォルダを作っています!

これはちょうど自分の好きなグランジバンドをまとめたフォルダですね!
ここから「どのグランジバンドを聴こうかな」と探ったりします!

ジャンル別音楽プレイリスト

さて、次はその音楽ファイルを何を使って聴いているかです!
自分が使っているのはこのWinampというソフトです!

このWinampは最近は使用者がかなり減っているとは思いますが、
フォルダの読み込みとかが楽で、なおかつ動画が非常に軽く、
プレイリストの管理などもやりやすいので重宝しております!

その中でもこのプレイリスト機能をかなり活用してるのですね!

というのも、いくらいろんなジャンルのロックが好きとはいえ、
単にそのとき聴きたくなった音楽を聴くという方針だけだと、
聴くアーティストやアルバムに少なからず偏りが出るのです!

そこで、各ジャンルの音楽だけを全部まとめたプレイリストを作り、
それを順番に聴いていって、聴き終わるときには聴いた分だけカットして再保存、
そうして最後までそのジャンルばかりを聴いていけるものを作るのです!

そうするとそのプレイリストを全部聴き終わったときには、
そのジャンルの音楽はほぼ全部聴き尽くしたことになるのですね!

上の画像に見えているのはグランジの全曲プレイリストですね!

なんと、自分の持っているグランジの曲を全部集めると11904曲になります!
実際にはこの時点のファイル数よりもちょっと増えていたりするのですが!

もちろんこの曲数を1回で全部聴き切ることなんてできません!
軽く調べてみただけでも全部で450時間以上ありますからね!笑

なので上から聴いた分だけカットしてプレイリストを再保存、この繰り返しです!
このようなプレイリストを様々なジャンルについて作っているわけですね!

ということで、私なりの大量の音楽ファイルの聴き方や扱い方でした!
大量の音楽を集めたい人にはもしかすると参考になることもあるかもです!

というわけで、自分の音楽ファイルの扱いの紹介でございました!(゚x/)モシーヌ

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テーマ : 洋楽ロック | ジャンル : 音楽

綿麺 つけ麺 並 燻製ハム&レアチャーシュートッピング(2023年11月)

ひさしぶりに綿麺へと行ってまいりました!
無性に綿麺のつけ麺が食べたくなってきていたのですよね!

前回訪問が6月24日だったので、約5ヶ月ぶりの訪問ですね!

というか、6月の時点で「綿麺のつけ麺食べたいモード」だったのに、
そこから5ヶ月もつけ麺を食べに行ってなかったのは良くないですね;

で、本当は11月の初旬ぐらいには訪問する予定だったのですよね!

ただ皆さんもご存じの通り、11月1日に母が亡くなったことで、
11月初旬の予定はいったん全部ご破算にする必要が出ましたからね;

でも「少し落ち着いたらリフレッシュのためにも綿麺に行こう」と思っていたので、
ちょうどそのタイミングが11月の下旬あたりにやってきたということですね!

今回に関しては注文するメニューはもう完全に決まっていました!
つけ麺+燻製ハム+レアチャーシューの追加トッピングです!

もう今は綿麺でつけ麺を食べるときはこれが定番となっていますね!

満足度で言うなら大盛にしたいところではあるのですが、
胃の容量的に大盛を食べると数時間動けなくなるのですよね;

ただ並にするとレアチャーシューの量が少なく感じてしまう、
そういう問題があったのがずっと悩ましいところでしたが、
「もっとレアチャーシュー」のトッピングが始まったことで、
並盛+もっとレアチャーシューができるようになったのですね!

これが自分にはピッタリだという結論になっています!

この形式でのつけ麺の注文は2022年12月にもしていますね!
やっぱりこのスタイルが自分には合っているのでしょうね!

綿麺 つけ麺 並 燻製ハム&レアチャーシュートッピング(2023年11月)

昼に行くと、どうしてもこうしてねぎが光ってしまうのですよね!笑

それにしても燻製ハムに「もっとレアチャーシュー」まで加えたので、
もはや麺が見えず、麺の器が完全に肉具材だらけになっていますね!

肉ばっかりでつけ麺なのか判別しにくいレベルになっています!

◎つけ汁 - 豚骨の厚みと豚脂の太さが光る


まずはつけ汁ですが・・・おっ、今回は豚骨の太さが際立ってますね!(●・ω・)

綿麺のつけ汁は基本的に豚骨スープ+豚脂+魚介だしの構成で、
ヘヴィさよりはバランス感を重視したタイプなのですよね!

豚骨魚介のつけ麺というのは今でも多くありますが、
魚粉などで粘度を高めているケースが多い中で、
綿麺はそうしたスタイルとは全く違うと言えます!

豚骨は太いながらも、魚粉にはほとんど頼っておらず、
魚介の風味はしっかりと取っただしで演出してるのですよね!

なので、豚骨魚介としてはつけ汁の粘度はむしろサラッとしてます!

ただその中で、今回はいつもよりも豚骨のどっしり感が光ってましたね!

「あ、今回はズシッと来るな」という感覚がまずありましたからね!
もしかすると最近はややどっしりしたバランスにしてるのかもです!

そしていい仕事をしているなと思わせてくれたのが豚脂なのですよね!

油脂の重さよりも、豚脂による豚の香りを高める効果が強かったです!
これによって、豚の旨味と香りが一段増してくれていましたね!

そしてそれを魚介だしの旨味によってサポートする感じですね!

今回は豚と魚介は等価というよりは、やや豚に力点が置かれていて、
旨味を魚介がサポートする、そういう組み立てのように見えました!

◎トッピング - やはり綿麺の肉具材は絶品


麺の上のトッピングはレアチャーシュー、味玉、かいわれ、ねぎです!
そして有料トッピングでレアチャーシューの追加、燻製ハムが入ってます!

つけ汁の中にはダイス状にカットされたバラチャーシューが入ります!

つけ汁の中のとろけるバラチャーシューもいい仕事をしますが、
やはり何と言っても綿麺のつけ麺はレアチャーシューですよ!

今では多くのラーメン屋がレアチャーシューを採用していますが、
大阪におけるレアチャーシューの先駆者は綿麺ですし、
レアチャーシューの作り方へのこだわりと質が半端ないのです!

そりゃすでにレアチャーシューが定着している中で採用するのと、
ほとんど誰も知らない段階からレアチャーシューを導入するのとでは、
その具材へのこだわりというのは自ずと変わってきますからね!

熱の入れ方、やわらかさ、下味、そのあたりがとにかく絶妙で、
やはり自分の中では綿麺のレアチャーシューは圧倒的に断トツです!(`・ω・´)

そしてこのレアチャーシューでねぎを巻くのがたまりません!
あぁなんか思い出すだけでまた食べたくなってきてしまいます!

このレアチャーシューと双璧を為す存在が自家製燻製ハムです!

とにかく燻製の香りが高く、ホロッとほどける質感も最高です!
こちらは麺と合わせて食べたときの相性も絶妙なのですよね!

なので、つけ麺だけでなくラーメンと合わせても最高なのです!

そんな綿麺における最強具材の一つである燻製ハムなのですが、
あくまで追加トッピングなので、基本では乗っていません!

でもこれは間違いない味なので、絶対に追加しましょう!
ここを惜しんだら本当にもったいないですから!

綿麺 つけ麺 並 燻製ハム&レアチャーシュートッピング(2023年11月)(麺)

◎麺 - のど越しを重視した全粒粉麺


麺は綿麺のつけ麺らしい全粒粉麺となっています!

昨年あたりから麺の傾向がけっこう変わっているのですよね!(=゚ω゚)

全粒粉麺であるという点はずっと継承されているのですが、
2年ほど前まではむっちりとした食感重視の麺だったのですね!

それが昨年からやや厚みを軽くして、つるりとしたすすり心地や
のど越しを重視したようなバランスへと変化しているのですね!

昨年はみずみずしさも重視していたような印象がありましたが、
今年はそのあたりの質感は2年前ぐらいの感覚に戻っていますね!

今回はつけ汁のどっしり感が高まっていたこともあって、
ややバランス的に麺が後ろに下がっている感はありました!

このあたりの全体のバランスの微調整は今後もありそうですね!

◎まとめ - 肉具材とつけ麺を両方楽しめる豪華仕様


綿麺のつけ麺はシンプルにつけ汁と麺を楽しむ要素がありつつ、
肉具材も同時にたっぷり楽しむのが大きなポイントになっています!

半分ぐらいは肉具材を目的に食べているところすらありますからね!

この両者を同時に楽しめるところこそが大きな魅力でもあります!

綿麺のつけ麺を食べるときは肉具材をたっぷりと追加する、
さっぱりとした具材なので全く飽きることもないですしね!

やっぱり綿麺のつけ麺は定期的に食べに行かないとですね!(゚x/)モシー

お店の住所と地図 大阪府松原市松ヶ丘3丁目6-15

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パンクロックができるまで 第3回

ということで、「パンクロックができるまで」の最終回である第3回です。

前回記事でSex Pistols、すなわちロンドンパンクの始まりまで紹介しましたが、
「Sex Pistolsの影響だけでイギリスでパンクバンドが広まったわけではなく、
実はもう一つ大事なピースがある」ということを書きました。

その大事なピースとなるのが、パブロック(Pub Rock)と呼ばれるシーンです。

パブロック、その名の通りイギリスのパブで演奏されていたロックです。
70年代中期にかけてこのパブロックが一つのシーンを形成していました。

このパブロックにはおおむね次の2つの特徴がありました。

・シンプルでストレートなロックを志向していた
・原初的なロックンロールからの影響を強く受けていた

「シンプルでストレート」、これはまさにパンクロックに通じる要素です。

一方で原初的なロックンロール志向が強かったという点は
実際には過去の音楽から影響を受けながらも、
過去の音楽へのリスペクトをあえて見せないようにしていた
後のパンクロックとは大きく異なるところと言っていいでしょう。

またパブというこじんまりとしたシーンにおいて
演奏していたというのもパンクロックとは異なるところです。

さて、そんなパブロックのバンドの代表格である
Dr. Feelgoodの代表曲"She Does It Right"を聴いてもらいましょう。

Dr. Feelgood - She Does It Right (1975) [Pub Rock / Proto-Punk]


まさに先ほど紹介した音楽性がモロに体現されていますね。

シンプルでストレート、そしてどこか原初的なロックンロールの味わいがある、
またそれなりに強い攻撃性を感じさせてくれるところも大きな特徴です。

ただ、この時点ではまだパンクロックとは一定の距離があるのも事実です。

この曲が出た時点で1975年、Ramonesが登場する1年前ですね。

しかしこのパブロックシーンから次のようなサウンドも顔を出してきます。

Eddie and the Hot Rods - Why Can't It Be (1976) [Proto-Punk / Pub Rock]


この曲が1976年、ニューヨークでRamonesが登場したよりは後ですが、
ロンドンでSex Pistolsがレコードをリリースする1977年よりは前の曲です。

しかしこれはもはやロンドンパンクそのものと言っていい音です。
メロディラインにはいかにもロンドンパンクっぽい箇所すらあります。

言われてみればたしかにパブロック的なロックンロール色はありますが、
それはかなり薄く、もうパブロックからパンクへの脱皮寸前の音です。

それゆえこの曲を含んだ彼らの1976年のアルバム"Teenage Depression"は、
「パブロックとパンクロックのミッシングリンク」とも評されます。

さて、この事実は次の2つの大きなポイントを教えてくれます。

まず一つ目は、一般的にロンドンパンクは、
「ニューヨークの地下シーンにおけるニューヨークパンクが
Sex Pistolsを経由してイギリスに伝わってきて形成された」
と理解されていますが、実はそれと同時期に
イギリスのパブロックシーンからもそれと同様の音が作られ、
この2つの流れが融合してロンドンパンクが完成したということです。

そして二つ目は、イギリスにはパンクと共通性の深い
パブロックシーンがすでに形成されていたことによって、
Sex Pistolsによる影響がパブロックシーンへと急速に広がる土壌があり、
そこからロンドンパンクのバンドが数多く形成され、
さらに大衆的人気を得ることに繋がっていったという点です。

パブロックシーンがあったことで、ロンドンパンクは加速的に広がったのですね。

ただしEddie and the Hot RodsとSex Pistolsの関係性の時系列は
やや難しいところもあり、1976年の2月にはすでに一緒にライブをしているなど、
1976年の段階でピストルズとパブロックシーンが相互に影響を与え合っていて、
それが1977年ぐらいまでの段階には完成していたとも解釈できます。

またSex Pistolsは初期の頃はパブロックバンドのオープニングアクトを務めることが多かったなど、
この点についてもパブロックとロンドンパンクの関係性の深さを知ることができます。

さて、このパブロックと極めて密接な関係にあるロンドンパンクバンド、
それがSex Pistolsと肩を並べる存在であるThe Clashです。

The Clashのフロントマンであるジョー・ストラマーは
もともとパブロックシーンでThe 101ersというバンドをしていたのです。

まさにパブロックがパンクロックへと脱皮していった例なのですね。

他にもエルヴィス・コステロもパブロックからパンクシーンへ移行した人物の一人です。

ということで、記事の締めくくりにそのThe Clashの曲を紹介しましょう。

The Clash - White Riot (1977) [Punk Rock]


ピストルズからの影響とパブロックの融合、
それがロンドンパンクに強烈な勢いをつけたことがわかる例ですね。

というわけで、パンクロックが生まれるまでを紹介いたしました。

【関連記事】
パンクロックができるまで 第3回
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