11月が終わりました!
いつも月末記事を書くときは、先月末の記事を読み返してから
書いているのですが、10月とはまるで別世界に来たみたいです。
10月末と同じ地平に住んでいるという感覚があまりしないですし、
あれから1ヶ月しか経っていないというのもどこか信じられません。
たしかに10月中旬の時点で母は助からない可能性が高いことがわかっていましたが、
それでもまだ生きていたときと、本当に亡くなってしまったあとでは
やっぱり何もかもが違うのだなとこの記事を書きながら感じています。
ちょっと話が前後しますが、今月はまさにその母の死から始まったのですよね。
病院から「もう長くはもたない」と電話があったのが11月1日の午前3時で、
亡くなったのは病院に向かう途中の同日の午前4時30分頃でした。
表面的な形だけを見れば、母が入院した10月3日以降と
母が亡くなった11月1日以降の生活はほぼ同じはずなのです。
どちらも母が家にいない状態での暮らしという点では同じですから。
でもやっぱり母の入院下での10月の生活を過ごした10月末の感覚と、
母が亡くなってからの11月末の今の感覚は全くもって異なります。
一つの時代が完全に終わって、違う時代に入ってるという感覚があります。
普段の生活の中では10月までの延長線上のようにも感じるのですが、
こうして1ヶ月を振り返り、10月はどうだったかも振り返ったうえで、
今を見つめてみると、あまりにも変わっていることに驚くのですよね。
それだけ11月の30日間の歩みは自分に大きな変化をもたらしたのでしょう。
たしかに死期が近くとも母が生きていたときと、母が亡くなった今とでは
交流のあった人と会うときでもその意味というのが全然違いますからね。
そして同時に11月は母が亡くなったことにともなう手続きに追われた1ヶ月でした。
まず4日に葬儀があって、11日に樹木葬の場所の見学に行って、
そして他の記事などでも書いたようにいろいろな手続きをしました。
市役所での手続きに必要な書類などを調べて作業を済ませてきて、
また四十九日までに必要となる仏壇・位牌・仏具もそろえました。
そして最も面倒だった年金関係の手続きについても28日に終わりました。
年金の手続きは住民票の除票や戸籍謄本などが必要になりますからね。
うちの場合は本籍地が奈良県なので、戸籍謄本に関しては
奈良の市役所に郵送で手続きをしないといけないですからね。
ただそれらもきちんと揃えて、年金の手続きも何とか終わりました。
そして公共料金関係などについてもきちんと済ませてきました。
あと残っているのは納骨までの手続きぐらいでしょうかね。
父は四天王寺でのお経木流しもしておきたいとのことなので、
それについても12月の予定には入ってきますね。
ちなみに父と天王寺方面にいろいろな手続きなどに行くときは、
帰りにラーメン屋に寄るようにしています。
そうすることで手続きで気持ちが重くならないようにするとともに、
手続きを済ませる中で少しでも楽しめるものを取り入れたいからですね。
今月に入ってラーメンの食べ歩きが少し増えているのはそのためです。
まぁ父と一緒にラーメンに行くということで、
父の好みにあるラーメンのあるお店には限られますが。
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ブログに関しては母の葬儀後の手続きで一時的に止まりましたが、
その後は10月に作ったいい流れを上手く継承できたと思います。
先ほど書いたようにラーメンの食べ歩きも少し復活しているので、
ラーメンの記事も今後はちょくちょく登場することになりそうですし、
そこそこバランスのいい記事更新ができるような感じがしますね。
洋楽ロック関連の記事はだんだんと軌道に乗ってきた印象ですね。
やりたいことがずいぶんと形に出来てきたという感があります。
問題はここからどのジャンルを扱っていくかということですね。
自分が最も好きなグランジも大きな候補となってきますし、
時系列を調べるのにやや骨が折れる感じはありますが、
ロック史上最大のムーブメントであるサイケデリックロックは
12月か来年1月あたりには取り上げたいとも思っていますね。
また書きやすさに関して言えばサザンロックも候補になりますね。
あとはパンクロックはすでに書いたので、続編的にポストパンクも、
またドゥーム/ストーナー/スラッジも取り上げたくはありますね。
このあたりは自分の気持ちに任せて進めていきたいところですね。
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そして我が家の名物(?)となっている、
お菓子をもらいに来る近所の小学生の姉妹さんですが、
最近はさらにグレードアップして楽しませてくれています!
自分の呼び名も「にぃに」、父への呼び名も「じぃじ」に昇格しました!(●・ω・)
特にお姉ちゃんのほうは自分にベッタリになってきて、
自分が行くと「にぃにー!」と手を引いたりしてきます!
おかげですっかり「大きなにぃに」へとなってしまいました!
そしてこれまではお菓子だけをもらいに来ていましたが、
最近は100均で売ってるおもちゃもねだるようになりました!笑
最初は「折り紙買ってきといて!」だったのですが、
最近は風船などもよく欲しがるようになっていますね!
そしてお姉ちゃんはそうしていろいろこちらが世話をすることに
感謝しているようで、本人なりにお礼をしてくれるのですよね!
ある日にはどこかで見つけた(?)造花の束をプレゼントしてくれました!
そして別の日には、
「これ私のお気に入りのやつをにぃにとじぃじのためにコピーしてきてん!」
と、なんと・・・塗り絵をくれました笑
「小学生の女の子から塗り絵をもらうおじさん」、
という構図だけで我ながら笑ってしまいます!
「何やて、塗り絵やて?
自分達みたいなおっさんが塗り絵をもらってどうしろと!?」
となるのですが、そこを無邪気に
「よし、にぃにとじぃじに塗り絵をプレゼントしよう!」
と思って実行してくれるというのがかわいいですよね!
そして面白いことに父はその翌日にクレヨンを買ってきて、
頑張って塗り絵を1日で完成させていました笑
それをお姉ちゃんに渡してあげると満面の笑顔でしたね!笑
自分はまだ完成させてないので頑張ろうと思います!(`・ω・´)
普通に見ると、こちらがその子達にお菓子やおもちゃをあげて
世話をしてあげているという構図になるのですが、
自分達としてはむしろこちらが元気をもらっている感じですね!
母が亡くなって家全体がしょんぼりしているところもありますし、
でもそこで元気で無邪気な子達がストレートになついてくれると、
それのおかげで気持ちが回復するところがあるのですよね!
なので、自分としてはこの子達にすごく感謝していますね!
ほんと笑顔を届けてくれるわがまま天使さんという感じです!
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[今月の1曲]
ということで、今月も最後に1曲貼って記事を締めようと思います。
今月の曲はもう中旬ぐらいの頃には決めていたのですよね。
Temple of the Dogの"Say Hello 2 Heaven"という曲です。
この曲はもともとMother Love Boneというバンドの
フロントマンであるアンドリュー・ウッドが亡くなった際に
そのルームメイトだったクリス・コーネルと
Mother Love Boneの元メンバーが彼の追悼のために書いたものです。
もちろんここでそのような追悼の意味を持つ曲を選んだのは、
亡くなった母に対する追悼の気持ちを込めてのものです。
ちょっと音楽の話に戻りますと、
この曲で一番聴いてほしいのはクリス・コーネルのヴォーカルなのですね。
クリス・コーネルは長いロックの歴史の中でも5本の指に入るヴォーカリストで、
太くて渋い声質、そしてただごとではないレベルの音域の広さもすごいのですが、
非常に高い音になっても金属的なキンキンとした声になることなく、
中音域と同様の太く艶のある声を維持できるのが素晴らしいのです。
この曲でも後半にかけてハイトーンのメロディになるのですが、
そこでも全くブレることなく太さがそのまま維持されているのですね。
無理をして喉を絞って高音を出しているようなところが全くないのです。
クリス・コーネルもこの曲の前年ぐらいまでは高音ではやや金属的になっていたので、
この1991年以降の声の伸びは丁寧なヴォイストレーニングがあったのでしょうね。
この声だけで聴かせる力、それを一度味わってみてほしいと思います。
ということで、12月もどうぞよろしくお願いいたします!(゚x/)モシュッ
Temple of the Dog - Say Hello 2 Heaven (1991) [Grunge]
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パンクロックができるまで 第2回
前回記事ではMC5やThe Stoogesなどのストレートなガレージロック、
70年代前半のグラムロックがパンクに与えた影響を見てきました。
そしてパンクロックの成立において欠かすことができないのが、
ニューヨークのアンダーグラウンドシーンにおける動きです。
ニューヨークの地下シーンはThe Velvet Undergroundをはじめとして、
実験的で先鋭的な音楽の確立につねに大きな寄与をしてきました。
パンクロックもまたこのニューヨークシーンから生まれたのです。
その中でも最重要とも言えるバンドがNew York Dollsです。
まずは彼らの代表曲である"Personality Crisis"を聴いてもらいましょう。
New York Dolls - Personality Crisis (1973) [Proto-Punk / Glam Punk]
もうすでにパンクのエッセンスが凝縮されていることが伝わるかと思います。
ストレートでラウドで攻撃的、でもガレージロックとは少し異なり、
感覚的にはすでに後のパンクロックに繋がる部分がかなり大きいです。
しかもこの曲が登場したのはパンクロックが成立したとされる1976年の3年前、
The Stoogesの"Raw Power"のアルバムと同時期にあたるわけですね。
さて、ここで少し注目してもらいたいのが彼らの衣装です。
この派手な衣装はパンクではなく、明らかにまだグラムロックの流れです。
またピアノの使われ方に着目すると、これもまたグラムの流れにあります。
すなわち彼らは全く新しいスタイルのものを創造したというよりは、
グラムロックの流れからよりストレートな音楽性を作り出したと言えます。
なので、ここからパンクそのものに至るにはもう一段必要になるのですね。
しかしそうでありながらも、このNew York Dollsにはもう一つ大きな注目点があり、
それがこのバンドのマネージャーを務めていたマルコム・マクラーレンが
後にロンドンへと渡りSex Pistolsの結成へと動いたということです。
すなわち、New York Dollsの音楽性はピストルズなどの
ロンドンパンクの直接的な始祖と言ってもいいわけですね。
そしてついに1976年、同じくニューヨークシーンから画期的なバンドが登場します。
それが最初のパンクバンドと呼ばれることになるRamonesです。
Ramones - Blitzkrieg Bop (1976) [Punk Rock]
これはもうどこからどう見てもパンクロックそのものと言えます。
ただRamonesが最初に目指したのは
「ストレートで攻撃的」なサウンドとは少し異なります。
ミュージックビデオではかなり攻撃的な演奏となっていますが、
アルバムでは他のパンクバンドに比べると演奏は比較的優しいのです。
むしろ彼らが最も志向したのは「極限まで単純化させたロック」です。
70年代はプログレッシブロックを筆頭にロックの複雑化が進んでおり、
それに対するある種のアンチテーゼとしてのロックのミニマル化、
それを目指して実現したのがRamonesだったと言えるのですね。
さて、こうしたニューヨークシーンにおける
RamonesやNew York Dollsのサウンドがロンドンへと渡って
重要なバンドが生まれます。
それがあのSex Pistolsですね。
Sex Pistolsはまさにパンクのイメージを体現しきったバンドです。
ストレートでシンプルで攻撃的、そして社会的なメッセージも強く内包している。
RamonesやNew York Dollsが作り出したものをさらに一段高めたとも言えます。
こうした社会的なメッセージ性は先に触れたMC5などを受け継いでいるとも言えますね。
Sex Pistols - God Save the Queen (1977) [Punk Rock]
ニューヨークパンクは地下シーンでの注目にとどまったところがありましたが、
このSex Pistolsはイギリスにおいて商業的な成功を得ることになりました。
そしてSex Pistolsの影響を受けてイギリスでパンクバンドが増えていき、
イギリスの音楽シーンを席巻することになる・・・はおおむね正しいのですが、
そこに繋がるには実はまだパズルのピースが一つ足りないのです。
イギリスでパンクロックが一気に広がった背景にはもう一つの理由があるのです。
最終回となる第3回では、イギリスのシーンが持っていたその個性を見ていきます。
【関連記事】
・パンクロックができるまで 第3回
・パンクロックができるまで 第2回
・パンクロックができるまで 第1回
サンポー くさいけどうまい豚骨らーめん
ひさしぶりの真面目なカップ麺紹介記事です!
カップ麺の紹介記事はもう書く気はあまりなかったのですが、
この商品は見かけた段階でかなり気になったことに加え、
他のブログでも情報が全く出ていなかったので記事にしました!
どうもこの商品、ドンキ限定のカップ麺っぽいのですよね!
発売日はおそらく11/20かその周辺になると思います!
カップ麺ブロガーの人達もドンキ限定商品はチェックしてないことが多く、
それゆえ新発売に気付かず紹介枠から漏れることが多いのですよね!
だとしたら、ここはこれを見つけた私の出番でしょう!(`・ω・´)
ひさしぶりに元カップ麺ブロガーらしい記事を書きますよ!

とにかく強烈な豚骨臭のする豚骨ラーメンであることをアピールしています!
今の時代でここまで豚骨臭の強さをアピールする商品は珍しいですね!
むしろ最近は「クセのないまろやか豚骨」が主流となっているので、
カップ麺でも豚骨臭の強い豚骨ラーメンの商品は少なくなっていて、
豚骨臭いのが好きな人を落胆させていることが多いぐらいですからね!
それゆえこの商品はそうした時代の流れに真っ向から立ち向かう
「豚骨ラーメンは臭くてナンボ」を前面に出してきていますね!(=゚ω゚)
これは豚骨臭好きの自分としても大いに期待したいところです!
価格はたしか税抜230円ぐらいだったので、安くはないですね!

◎内容物 - 後入れ粉末スープの量がかなり多い
内容物はかやく、後入れ粉末スープ、調味油となっています!
粉末スープが後入れになっているというのが珍しいですが、
これは粉末スープの量がかなり多くなっているからでしょうね!
先入れにすると溶け残りが発生して麺の湯戻しに支障が出るのでしょう!

うん、粉末スープを入れた時点でけっこうな豚骨臭がしますね!
◎スープ - オーソドックスな豚骨スープの豚骨臭を高めた感じ
まずはスープですが・・・うん、これはなかなかの豚骨臭ですね!(●・ω・)
豚骨臭の強さという点ではカップ麺史上1位に近いと言っていいほどです!
ツーンと来る感じではなく、ムワッと臭さを感じさせるタイプの豚骨臭です!
この時点で昨今のまろやか系豚骨スープとは一線を画していますね!
全体の方向性としては博多系や久留米系の豚骨の流れと言えますね!
豚骨臭は強いものの大きな方向としてはオーソドックスな九州豚骨で、
骨粉の骨っぽさを強く感じさせるタイプでもなく、シンプルな白濁系です!
なので、長浜ラーメンのようなややグレーっぽいスープとは異なります!
調味油のラードは多めですが、実はこちらはそこまで臭くはないです!
こちらは普通にラードによる素直な豚の香りとコクを高める役割です!
なので、豚骨臭を担っているのは主に粉末スープのほうですね!
かといって、粘度が高いわけではなく、スープはサラリとしています!
ただこの点に関しては自分としては正解だと思いますね!
変な人工的でギミック的なとろみをつけるよりはこちらのほうがいいです!
そのためトータルとして見ると、おおむねオーソドックスな九州豚骨ながら、
呼び戻しスープを彷彿とさせる豚骨臭はムワッと強く攻めてくる、
だから素直に「豚骨臭の強い九州豚骨が好き」な人にはピッタリですね!
◎スープの原材料
スープの原材料はポークエキス、豚脂、食塩、ゼラチン、しょうゆ、
たん白加水分解物、植物油脂という構成となっています!
非常にシンプルで、変にゴチャゴチャさせなかったのがわかります!
◎麺 - 縮れが強く細くて硬めの豚骨向け麺
麺は縮れが強く細めの油揚げ麺となっています!
今回はサンポーがよく使う「ラー麦」などのアピールはないので、
おそらくはオーソドックスな麺を使っているものと見られます!
なので、そこまでコストはかけていないのでしょうけども、
細めで硬めの質感は豚骨スープとよく合ってはいますね!(*゚ー゚)
麺がスープを邪魔する感じもなく、まとまりもいいですね!
◎麺量と栄養成分
麺量は大盛の85gで、カロリーも527kcalとやや高めです!
脂質は24.8gで、けっこう高めの数字となっていますね!
◎具材 - ほとんどおまけ
具材は細切りのきくらげとフリーズドライのねぎです!
ねぎはジャキジャキ系ではなく、やわらかなタイプなので悪目立ちはしません!
ただこの商品は思い切ってねぎなしでも良かったような気はしましたが!
◎まとめ - スープ特化型豚骨ラーメン
全体の構成を見てもわかる通り、かやくと麺にあまりコストはかけず、
コストをほぼ全部スープに振り切ったという仕上がりになっています!
そしてこの采配は成功していると言っていいでしょうね!
もちろん豚骨臭をウリにしているお店には及びませんが、
カップ麺としてはかなりのラインに到達していますね!
特に油脂頼りでなく、スープの香りで攻めてきたのも好印象でした!
豚骨臭の強い豚骨ラーメンが好きな人はドンキへと走りましょう!(゚x/)モキーシュ
パンクロックができるまで 第1回
70年代中期にイギリスとニューヨークで広がったパンクロックです。
「パンクロックって極端にシンプル化させたロックなのだから、
特にルーツみたいなものはないのでは」と思われがちかもですが、
実際にはパンクロックも成立するまでにいろいろな経緯があります。
決して突然変異的にSex PistolsやRamonesが登場したわけではないのですね。
ちょっとここですでにパンクに詳しい人向けの注意事項を書いておきますが、
今回のシリーズではPatti SmithやTelevisionなどのニューヨークシーンの
アートパンク系のミュージシャンについてはあえて扱っていません。
もちろんこれらのバンドもパンクシーンにおける重要な存在ですが、
こちらはピストルズやラモーンズ的なシンプルなパンクよりは
後のポストパンクに繋がる存在といった意義のほうが大きいので、
いずれ執筆するポストパンクの成立過程記事に回すこととしています。
さて、ということでまた話をパンクロックの成立過程へと戻しましょう。
パンクロックが目指したものはいくつかありますが、
その主要なものの一つが「シンプルでストレートで攻撃的」なことです。
あえてややこしいことは排除して、とにかくストレートに攻める音楽性です。
こうした音楽のルーツは60年代のガレージロックにさかのぼれますが、
ガレージロックはサイケデリックムーブメントが勃発するにしたがって、
サイケと一体化し、攻撃的ながらも実験性も内包するようになります。
要するに「シンプルなストレートさ」からは少し離れるのですね。
しかしこのサイケデリックムーブメントがやや下り坂に差し掛かった1969年に、
サイケ感を排除し、それ以前のガレージロックをさらに過激にしたバンドが登場します。
それがMC5で、彼らの代表曲である"Kick Out the Jams"は、
「シンプルでストレートで攻撃的」なロックに大きな歴史を刻みました。
そしてこれは後のパンクロックにも強い影響を与えることとなります。
MC5 - Kick Out the Jams (1969) [Garage Rock / Proto-Punk]
パンクロックの成立は一般的に1976年であるとされるので、
1969年の段階でこの音を鳴らしたのは驚きというほかありません。
最初の"Kick out the jams! motherfuc*er!"という掛け声からして突き抜けてます。
そしてMC5と同時期に、攻撃的なガレージロックバンドとしてThe Stoogesも誕生します。
The StoogesはMC5ほどではないものの、
1stアルバムから攻撃的なサウンドを鳴らしていましたが、
同時にまだサイケデリックな質感も残していました。
しかしそれが3rdアルバムの"Raw Power"において、
サイケ要素を大幅に減退させ、ストレートな攻撃性を
ひたすら追求したようなサウンドを鳴らします。
この"Raw Power"の名前の通りの「生々しいサウンド」は
間違いなくパンクに巨大な影響を与え、パンクの先鞭となりました。
そのアルバム"Raw Power"の代表曲がこの"Search and Destroy"です。
もう曲のタイトルからして、破壊性が前面に押し出されていますね。
Iggy and the Stooges - Search and Destroy (1973) [Proto-Punk / Garage Rock]
さて、これらのガレージロック系のバンド以外にも
パンクロックの成立に大きな影響を与えたジャンルがあります。
それがDavid Bowieをはじめとしたグラムロックです。
そのデヴィッド・ボウイは1971年の段階で、
パンクロックを先取りするようなスタイルの楽曲
"Queen Bitch"を制作しています。
David Bowie - Queen Bitch (1971) [Glam Rock / Proto-Punk]
攻撃性はあまり前面に出してはいないですが、
このシンプルな組み立ては演奏をもう少しパンク風にすれば
もう完全にパンクロックになりえるような形になっています。
David Bowieなどのグラムロックと、The Stoogesなどのガレージロック、
一見無関係そうですが、実は両者には繋がりがあり、
先に触れたThe Stoogesの"Raw Power"のアルバムのプロデュースには
このデヴィッド・ボウイが直接的に関わっているのですね。
おそらくボウイもThe Stoogesのストレートなサウンドから
少なからず影響を受け、それを取り込んでいったのでしょう。
さて、まだこの段階では「パンクに繋がる音楽」を紹介しただけですが、
「パンクロックができるまで」の第1回記事はここまでとなります。
次回の第2回では、この流れが加速してついにパンクが確立していきます。
というわけで、第2回記事もどうぞお楽しみにしてくださいませ。
【関連記事】
・パンクロックができるまで 第3回
・パンクロックができるまで 第2回
・パンクロックができるまで 第1回
中華そば ふじい 芦原橋本店 かしわそば 大盛り
その流れで駅近くの「中華そば ふじい」に行ってきました!
「中華そば ふじい」への訪問は今回で2回目になりますね!
「中華そば ふじい」と言えば、昭和を思わせるような
懐かしいスタイルの中華そばを提供することで知られてますね!(*゚ー゚)
前回はそのオーソドックスな「中華そば」を食べたので、
今回はもう一つの看板である「かしわそば」にしました!
「かしわ」というのは、西日本の方言で鶏肉のことを指します!
要するに簡単に言ってしまえば「鶏そば」ということですね!
ただこの「かしわそば」はルーツと呼べるものがあって、
それが岡山県の笠岡ラーメンと呼ばれるものになります!
「中華そば ふじい」のサイトでは特に笠岡ラーメンには言及してませんが、
青ねぎのカットの仕方の共通性などを見るに笠岡ラーメンリスペクトでしょう!
まぁ、「笠岡ラーメンをモデルにしました」と説明したとしても、
それで理解できるのはラーメンマニアの人だけでしょうから、
そのあたりの説明にはあえて触れないのはやむなしでしょうけども!

ということで、「かしわそば 大盛り」がやってまいりました!
ビジュアルはまさに笠岡ラーメンといった感じになっています!
◎スープ - 親鶏の優しくも深い味わい
まずはスープですが・・・うん、実に親鶏らしい風味ですね!(●・ω・)
「かしわそば」という名前から鶏スープなのはすぐにわかりますが、
笠岡ラーメンの特徴は若鶏ではなく親鶏を使うという点なのですよね!
親鶏は肉質が硬めでがっしりとしているという特徴がありますが、
そのかわり若鶏と比べて旨味がしっかりとしているのですよね!
旨味が強いとは言っても、若鶏を大量に使ったガツンと来る感じではなく、
しっとりとしつつも旨味が「強い」というのが大きな個性となっています!
だからスープを飲んでいてじわーっと旨味が広がってくるのですね!
でも決して弱さはなく、むしろ強いのですが優しさも持っていて、
これが間違いなくこのスープの最大の特徴となっていますね!
そしてそこに魚介の旨味もほんのりとサポートする感じです!
そこに鶏油が重ねられていますが、これもそこまで多くはせず、
鶏油のパンチではなく、親鶏の優しさで飲ませていく感じですね!
以前に食べたベーシックな「中華そば」の風味も良かったですが、
自分としてはこの「かしわそば」のほうがより好みに合いますね!
スープの味の輪郭がこちらのほうがよりはっきりとしていますね!
◎トッピング - 親鶏具材の旨味がポイント
トッピングは親鶏、メンマ、ねぎというシンプルな組み合わせです!
ねぎは長めのそぎ切りになっているというのがポイントですね!
これは笠岡ラーメンの大きな特徴の一つとなっています!
そこを踏襲しているのは、この「かしわそば」のモデルが
笠岡ラーメンであるということを主張する点でもありますね!
メンマはいかにも昔ながらのメンマらしい風味ですね!
メンマの発酵臭と中華っぽい風味が特徴となっています!
そしてメンマはやわらかめで、シャクッとした食感です!
最近流行のゴリゴリ系のメンマとはタイプが異なりますね!
そして具材の主役はたっぷりと入った親鶏です!(`・ω・´)
親鶏ということで、けっこうしっかりとした食感ですが、
一般的な親鶏と比べるといくぶんやわらかめではあります!
このあたりはちょうどいい食感の年齢の鶏を使っているのですかね!
それでいて親鶏らしい深い旨味はきちんと感じられますし、
このラーメンにはチャーシューよりもこちらが合いますね!

◎麺 - 加水が低めのパツパツ系
麺は加水が低めのストレート麺となっています!
調べてみると笠岡ラーメンの麺もこうしたスタイルのようで、
麺についてもきちんと笠岡ラーメンぽさを踏襲しています!
加水が低めのストレートなので、博多豚骨系の麺と共通性もありますが、
さすがにあそこまで硬めで加水が低いというわけではないですね!
醤油スープと合わせてもバランスがいいラインの低加水の麺です!(*゚◇゚)
茹であがりもやや硬めで、歯切れのいい食感が楽しめます!
以前と比べて全体的に硬めに茹でるようになったのかもですね!
◎まとめ - 親鶏の旨さがしっかり感じられる一杯
「中華そば」と同様の昭和っぽさを志向していると予想していましたが、
たしかに懐かしくはありながらも、現代でもしっかり通じる味わいでしたね!
この深みのある親鶏スープはしっかりとファンをつかみそうですね!
初訪問の際にあえてこちらを注文するというのもアリかもですね!
親鶏ならではのおいしさをしっかりと感じ取れるラーメンでした!(゚x/)モギシュッ
お店の住所と地図 大阪府大阪市浪速区塩草3-9-19
【関連記事】
・中華そば ふじい 芦原橋本店 かしわそば 大盛り
・中華そば ふじい 芦原橋本店 昼飯セットA
Alice in Chains - Down in a Hole 歌詞和訳
というのも、ブログを再開するにあたっては、
どうしてもこの"Down in a Hole"という曲の和訳から始めたかったのですよね。
もともと歌詞対訳コーナーの次の更新予定は別の曲だったのですが、
自分の生活に大きな変化があったことからこの曲が頭に浮かんできて、
「この曲の和訳をきっかけにして再開しよう」と考えたのですよね。
今回の"Down in a Hole"はAlice in Chainsというバンドの曲ですが、
前回紹介したNirvanaと同じく、90年代のグランジシーンで活躍したバンドです。
簡単に言えば、ダークでシリアスな世界観を持ったバンドですね。
自分はそうした世界観を持ったバンドが特に好きということもあって、
Alice in Chainsの曲の和訳はこのコーナーでも取り上げたいと思っていました。
もともとは別の曲を最初に取り上げる予定だったのですが、
今回はどうしてもこの曲がいいということで予定を変更しました。
歌詞の意味については一部の箇所を除いておおむね読みやすいので、
まずは楽曲のリンクを貼りつつ、歌詞の和訳をそのまま書いていきます。
Alice in Chains - Down in a Hole (1992) [Grunge]
Alice in Chains - Down in a Hole lyrics 歌詞和訳
Bury me softly in this womb
僕が生まれたところへとそっと葬っておくれ
I give this part of me for you
僕の一部を君へと捧げるよ
Sand rains down and here I sit
砂が降り注いで、僕は埋められていく
Holding rare flowers
In a tomb... in bloom
そこにしかない咲き誇る花を抱きながら、墓となる穴の中で
Down in a hole and I don't know if I can be saved
穴の中で生気を失い、救われることができるかすらもわからない
See my heart, I decorate it like a grave
僕の心を見ておくれ、墓のように彩ったこの心を
You don't understand who they thought I was supposed to be
君は知らない、皆が僕をどんな存在と思っていたかを
Look at me now I'm a man who won't let himself be
でも今の僕を見ておくれ、僕はもう自分自身であることすらできない存在なんだ
Down in a hole, feeling so small
穴の中で生気を失い、縮こまるような思いで
Down in a hole, losing my soul
穴の中で生気を失い、魂も消え失せそうで
I'd like to fly
ここから飛び立ちたい
But my wings have been so denied
でも僕の翼はとうに消えてしまっているんだ
Down in a hole and they've put all the stones in their place
穴に落ちて生気も失い、皆がそこにたくさんの石を並べていった
I've eaten the Sun so my tongue has been burned of the taste
太陽を食らってしまったがゆえに、僕の舌はもう焼け落ちてしまってるんだ
I have been guilty of kicking myself in the teeth
そして自らの歯を蹴り飛ばして崩した罪も背負ってる
I will speak no more of my feelings beneath
だからもう僕は地中深くで自分の思いを口にすることすらできないんだ
Down in a hole, feeling so small
穴の中で生気を失い、縮こまるような思いで
Down in a hole, losing my soul
穴の中で生気を失い、魂も消え失せそうで
I'd like to fly
ここから飛び立ちたい
But my wings have been so denied
でも僕の翼はとうに消えてしまっているんだ
Bury me softly in this womb
僕が生まれたところへとそっと葬っておくれ
(Oh I want to be inside of you)
(ああ、僕を君と一体の存在にさせておくれ)
I give this part of me for you
僕の一部を君のために捧げるよ
(Oh I want to be inside of you)
(ああ、僕を君と一体の存在にさせておくれ)
Sand rains down and here I sit
砂が降り注いで、僕は埋められていく
(Oh I want to be inside of you)
(ああ、僕を君と一体の存在にさせておくれ)
Holding rare flowers in a tomb... in bloom
そこにしかない咲き誇る花を抱きながら、墓となる穴の中で
(Oh I want to be inside)
(ああ、僕を君と一体の存在に)
Down in a hole, feeling so small
穴の中で生気を失い、縮こまるような思いで
Down in a hole, losing my soul
穴の中で生気を失い、魂も消え失せそうで
Down in a hole, feeling so small
穴の中で生気を失い、縮こまるような思いで
Down in a hole, out of control
穴の中で生気を失い、動くことすらできなくなって
I'd like to fly
ここから飛び立ちたい
But my wings have been so denied
でも僕の翼はとうに消えてしまっているんだ
◎Alice in Chains “Down in a Hole”の歌詞和訳の解説
この曲の大まかな意味は和訳を読むだけでおおよそ伝わるとは思います。
これは「死にゆく存在が、残された大切な人に向けて思いを伝えている曲」ですね。
すなわち、今にも命が失われそうな、あるいは命を失った存在の立場から、
その残された命や魂を通じて残された人へとメッセージを伝えているわけです。
とはいえ、この曲を聴く多くの人はまだ命が残された存在ですから、
この曲は「命が失われそうな人」が自らの立場から感情移入する曲というよりは、
大切な存在(人でも動物でも)を失った、あるいは失いそうになっている人が
「あの子は自分にどんな思いを抱きながら旅立ったのだろう」と考え、
そこに思いを巡らすことに対して寄り添う曲と言ったほうがより適切でしょう。
だから大切な人でも、ペットという家族でも、それを失って間もない人にとって
その心に寄り添ってくれる、救いを与えてくれる曲ということができるでしょう。
私がこの曲の歌詞で最も好きな箇所は、
>Oh I want to be inside of you
なのですよね。
命が失われ、肉体も消えそうになっている存在が、残された人に対して、
「僕はもう命は失われるけど、魂として君の中で一体となって生きたいんだ」
という願いを言葉にしているのですね。
自分はいつもこの箇所を聴くたび、胸がギュッと締め付けられるような思いになります。
ただ、実はこの曲は作者であるAlice in Chainsのジェリー・カントレルによると、
もともとは彼自身のかなり長い間恋愛関係にあった女性との別れがテーマだったそうです。
とはいえ、この曲をストレートに恋愛と別れの歌詞として読むのは難しく、
おそらくはその別れを死にたとえて、別れ行く自分=死にゆく自分の立場から、
大切な相手へのメッセージを送るという歌詞として組み立てたのでしょう。
なので、やはり全体としては「死にゆく存在から残された人へのメッセージ」
として書かれているのは間違いなく、あえてそこまで抽象化していることを考えても、
ジェリー・カントレルの恋愛と別れの話はあくまでこの曲の裏話として受け取り、
歌詞は「死にゆく存在から残された人へのメッセージ」として読めばいいでしょう。
今回の和訳では、いつものように「俺」と「おまえ」という表現を使わず、
「僕」と「君」という表現にしたことも一つの特徴になっています。
これは「自分にとって大切な死にゆく存在」が動物でも女性でも、
自分の中で感情移入しやすくするには「俺」とするよりも、
「僕」としてほうが受け入れられやすいだろうと感じたためです。
「俺」だと、どうしても「人間の男性」のイメージが強すぎますからね。
言葉遣いを普段よりやわらかめにしたのもそのあたりが理由です。
◎文法事項の解説
この曲はなかなか文法的にも厄介なところも多く、
ちょっと悩ませられる言葉のチョイスも多いのですよね。
なので、いくつか迷ってしまったところもありますが、
数行を続けて眺めて読むと意味がわかることもあるなど、
なかなかクセのある表現が多用されているといった印象です。
>Bury me softly in this womb
まずここ、文法事項としては簡単なのですが、
なぜいきなりwomb(子宮)が出るのかに迷いました。
この箇所は基本的に埋葬が描写されている部分ですから、
womb(子宮)はちょっと違和感があるのですよね。
でもこれは「死によって、自分を生まれたところ(=子宮)へと帰してほしい」
というメッセージととらえると、なるほどと思えるのですよね。
そう考えると、womb(子宮)という言葉を選んだことにセンスを感じますね。
>Sand rains down and here I sit
このrainは「雨が降る」という動詞と見ていいでしょう。
すなわち、「砂が雨のように降り注いだ」ということですね。
もちろんこれは命を亡くした者を穴に埋めて砂をかける描写ですね。
>Down in a hole and I don't know if I can be saved
実はこの曲の最も難しいところはdownの解釈かもしれません。
シンプルに「穴に落ちて」と考えてもいいでしょうけども、
もうすでに墓の穴の中には入っている状況とも読めるので、
「その穴の中でdownな状態」と考えるほうがいいのではと、
それで「穴の中で生気を失い」という訳を採用しました。
I don't know if I can be saved の if は「~かどうか」の意味の
名詞節を導く接続詞であると判断すればいいでしょうね。
>You don't understand who they thought I was supposed to be
>君は知らない、皆が僕をどんな存在と思っていたかを
>Look at me now I'm a man who won't let himself be
>でも今の僕を見ておくれ、僕はもう自分自身であることすらできない存在なんだ
ここは今回の訳で特に迷った部分の一つですね。
2つ目の文についてはそこまで難しくはないのですが。
1つ目の文でまず鍵になるのは who の存在ですよね。
先行詞の the man が省略された関係代名詞としてとらえるか、
疑問詞 who に導かれた節としてとらえるかがまず問題になりますが、
前者だと意味が通らないので、これは後者だと考えられます。
そして who 節を眺めると、この who は supposed to be の目的語、
すなわち [they thought I was supposed to be whom] のように考えて、
訳していくべきということになるでしょう。
しかしこうなると supposed to be をどうとらえるかが厄介なのですよね。
supposed to be って、けっこういろんな解釈の仕方がありますからね。
特にこの一文だけを見ると、意図を読むのが非常に難しいのです。
でも次の文を見ると、2文目が「今の自分」を表していて、
1文目が「過去の自分」(生きていた頃の自分)を指しているとわかります。
そのあたりを考慮して、supposed to be はあまり深く考えずシンプルに訳しました。
2文目は let himself be が鍵になりますが、
これは「自分自身のままでいる」というふうに解釈できますね。
let ○○ be の解釈は日本人には慣れないところがありますが、
この曲の場合はけっこうわかりやすい感じで使われていると言えますね。
>I've eaten the Sun so my tongue has been burned of the taste
>I have been guilty of kicking myself in the teeth
>I will speak no more of my feelings beneath
急に解釈が難解な表現が登場する、この曲で最も訳しにくい箇所です。
これは1文ずつ解釈するより、最後の文に着目したうえで、
トータルとして何が言いたいのかを読み取るのがいいでしょう。
この3つの文、よく見ると全部「口」にフォーカスを当てているのですよね。
1文目は「舌」、2文目は「歯」、3文目は「口が発する言葉」です。
すなわち、この3文の趣旨は「もう自分は命が失われて、
舌も歯を含めて口がボロボロになってしまっていて、
そうであるがゆえに言葉を伝えることもできない」
というところにあると読み取ることができるでしょう。
そうすると、1文目の eat the Sun や、2文目の kicking myself in the teeth などの箇所は、
本当に「太陽を食べた」とか「自分の歯を蹴り飛ばした」わけではなくて、
舌や歯がボロボロであることを示すための比喩的な表現だと読めます。
eat the Sun にはあまり使われない熟語表現として、
「ドラッグの大量摂取」という意味があるそうですが、
「舌が焼けた」などの表現も見るにそれとは関係はなさそうです。
be guilty は feel guilty の「罪悪感を感じている」とは異なり、
「実際に罪を負っている」という意味になるので、そちらを採用しました。
kick ○○ in the △△ は「○○の△△を蹴った」という意味です。
こうした表現は英語圏の人はけっこうよく使うのですよね。
kick 以外にも slap me in the face みたいに書くと、
「俺の顔をはたいた」という意味になります。
>I will speak no more of my feelings beneath
ここは beneath の訳にちょっと迷ったのですが、
beneath はあくまで高低の「低い」という意味のみで、
精神的な意味での「低い」は意味しないようなので、
「穴の中で感じている思い」みたいに考えました。
◎まとめ
Alice in Chainsの曲はもっとヘヴィでドロドロしたものが多いのですが、
この曲は彼らの中では比較的しっとりとして聴きやすいですし、
曲のテーマ性もけっこう広く受け入れられやすいとは思うのですよね。
どんな人間でも大切な存在を失うときというのはやってきますし、
そのことについて思いを馳せるときというのは必ずありますからね。
そういうときに支えになってくれる曲があるというのはありがたいことだとも思いますし。
最後にこの曲のアンプラグドライブバージョンも貼っておきます。
アコースティックのみで演奏しているのでより聴きやすいですし、
セットが葬式を模していることもあって、雰囲気がよく合っているのですよね。
この曲の持っている良さがより伝わりやすいのではないかとも思います。
Alice in Chains - Down in a Hole (MTV Unplugged) (1996) [Grunge]
手続きに追われてます;
そろそろブログも平常運転に戻したいと思っていましたが、
思っていた以上に手続きが多く忙しいままとなっています;
葬儀が終わったときは、
「あとはもう市役所での手続きぐらいだろうし、
それも保険証関係の返却とかばかりだから、
大した手間にはならないだろう」
と甘く見ていたら他にもいろんな用事がありました;
まずは仏壇・位牌・仏具セットなどの購入ですね。
どれも基本的には父が納得することが最優先になるので、
自分が勝手に判断するわけにはいかないのですよね。
なので、販売サイトやカタログなどをもとに
それを父に見てもらってどんなデザインやサイズがいいか聞き取って、
それを改めて確認したうえでネットで最も価格が安いところを探して購入、
こんな感じの手続きになるのですよね。
それでも仏壇と仏具セットについてはかなり迅速に決まり、
何とか注文も完了し、手続きについてはとりあえず終わりました。
位牌もデザインと購入するところは決まっているのですが、
位牌は文字入れの詳細を決めたうえで購入する必要があって、
なおかつ文字入れの希望がわかりやすく伝わるように準備しないといけないので、
それが終わったら実際に注文するという段階に移る予定にしています。
でもこれらについてはおおむね順調に進んだ感じですね。
そして次に重要なのが納骨などの手続きですよね。
でもこれはすぐに申込用紙も記入して発送も終わりました。
あとはお寺との間で納骨日に関しての具体的な話をして、
その日に納骨に行くという手続きが残る感じですかね。
納骨日をいつにするかはまた父との相談が必要ですが。
四十九日に近い日にするのか、できるだけ早くするのか決めないといけないですしね。
そして市役所での手続きについては数日後に予約を済ませてますが、
こちらはあと少し必要な書類を整理すれば特に問題はなさそうです。
「じゃあ手続きは多くても、それぞれは意外に簡単なのでは」
と思えてきそうですが、厄介なのが一つあって、それが年金関係です;
最初は年金関係の手続きも市役所で済むと思っていたのですが、
年金事務所に行って年金の受給権者死亡届を提出したうえで、
未支給年金の請求手続きをする必要があるのですね。
年金事務所に行く面倒さもありますが、そんなのは別にいいとして、
必要な書類が市役所での手続きなどに比べてややこしいのですよね;
まず年金の受給権者死亡届を出す際に、
死亡を明らかにすることができる書類として
「戸籍抄本または住民票の除票など」が必要だそうです。
「なんで市役所にちゃんと死亡届を提出してるのに、
改めて別の証明する書類まで持って行かないといけないんだ」感もありますが、
この「住民票の除票」も本人以外が請求する際には
どうもちょっと手続きか証明が少し面倒ぽいのですよね。
そのあたりを事前に調べておかないといけないのもなかなか厄介です。
それでも戸籍抄本を本籍地から取り寄せるよりはまだマシでしょうし、
市役所での手続きに行く日までにそのあたりを調べておいたうえで、
同じ日に住民票の除票(の写し)ももらってきたいと思っています。
そして未支給年金の請求には戸籍謄本が必要になるみたいですね・・・;
未支給年金は家族が受け取ることになるわけですから、
その家族と本人との関係を証明する書類が必要ということで、
それにあたるのが戸籍謄本になるということのようです。
そのあたり市役所でもらえるもっと簡単な書類で済まないのですかね;
本籍地からの戸籍謄本の取り寄せというだけで面倒な感覚が数割増えますね;
年金関係で必要な書類や手続きはまだ完全に調べ切ってないので、
もしかすると他にも面倒な必要書類や手続きがあるのかもしれないですし;
というか、この手続きや必要書類のややこしさを考えるに、
家族が亡くなった後に年金事務所に何回も足を運ぶことになった人って
たぶんかなりいるのではないでしょうかね;
自分はそこはさすがに1回の訪問で済ませてしまいたいので、
必要書類や手続きはしっかりと調べたうえで行こうと思います。
というか、今はそのあたりの情報がネットですぐにわかるからいいものの、
昔の時代の人ってどうやっていたのだろうと考えさせられてしまいますね;
たぶん市役所で「年金事務所にも行かないといけませんよ」と教えてもらって、
年金事務所で「○○と△△の書類が必要です」と言われたうえで、
それらの書類を集めてもう一度事務所に行くみたいな感じだったのですかね。
それを考えれば、自分で調べられる今はまだ恵まれているのかもですね。
ということで、いろんな手続きが一段落ついたらブログも復活しようと思います。
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母の葬儀が終わりました
これから母の死去に伴う市役所などでの手続きが必要になりますが、
とりあえずは葬儀が終わったことで一段落はついたと思います。
母が亡くなった11月1日から葬儀のあった4日までは、
精神的な面よりも肉体的な疲れのほうが大きかったですね。
打ちひしがれてる暇もないぐらいに予定が立て込んでいる感じで、
特に1日は午前3時に病院に電話があって昼の12時から葬儀会社との打ち合わせと、
全く寝ることなくひたすら何かに対応していないといけなかったですからね。
2日も3日の葬儀にかかわる用事があり、
また葬儀当日にお棺に入れるためのものを探しに行ったりと、
この2日間もまたゆっくりできるような感じではなかったですからね。
そして葬儀当日はその後のイベントも含めて時間が非常に長かったですし、
家に帰ったときにはもう完全に疲れ果ててしまっていました。
ただ今後は手続きなどの予定は残ってはいるものの、
この数日のような忙しさになることはないので、
少しは落ち着くことができるだろうなとは思います。
2日は亡くなった母の体をお風呂に入れてあげて、
化粧をほどこしてあげるという儀式だったのですが、
最初はかなり複雑な気持ちでそれを見ていたのですよね。
亡くなった体をバスタブに動かすような場面を見てると、
「遺体には酷なことなのではなかろうか」と思ったのですが、
最終的に髪の毛などもきれいに整えられたことを見て、
「あぁ、天国に出発させてあげられる準備ができたな」と
安堵するような気持ちにたどり着きました。
3日は1時間ほど母のなきがらと時間を共にできる機会でしたが、
1日も2日も4日も葬儀関連のイベントとしてしか母を見られないのに対して、
この日はほぼフリーで母と接することができたので、
自分としてはけっこう貴重な時間を過ごせたと感じました。
4日の葬儀当日はお棺に花を入れたりする場面も印象的でしたが、
最も記憶に残っているのは火葬する直前ですね。
いくらもう命がないとはいえ、まだこの段階では体はありますし、
火葬場に入るということは身体を焼くということですから、
「あぁ、ここに入るともうこの顔は見てあげられないんだな」
「これによって身体はもう完全にこの世からなくなるんだな」
と、そうした感情が強く湧き上がってきたのは事実ですね。
そして葬儀が終わって家に帰ると、
今度は母のものを処分いていく段階に入るわけです。
今はまだ母の生活のためのものが家に多く残っていて、
家での生活そのものは母の入院中とほぼ変わらないのですが、
ものを処分していくと母の生活の面影が家からなくなっていくので、
そのときは否応なく「母のいない生活」の実感が湧いてくるのでしょう。
かといって、もう使わないことがわかっているものを
いつまでも家に置いておくのも違和感がありますからね。
いずれにしても時間というのは進んでいかざるをえないですからね。
この記事をアップしたのが11月7日と葬儀から3日経ちましたが、
葬儀が終わってからもやはり肉体的な疲れが残っていたのでしょうね。
すぐに記事を書く力が出ず、無意識に時間が経ってしまいました。
気付いたら思っていた以上に長時間眠っていたこともありましたし、
やはり11月1日から葬儀までの4日間に疲れがたまっていたのでしょう。
とはいえ、まだ全てが片付いたというわけでもないのですよね。
これから入院費の支払い、役所での手続き、お墓の下見、
仏壇仏具について、介護用品の返却など、やるべきことが多くあります。
それが進むにつれてさみしさも出てくると同時に、
新しい生活への一歩一歩踏み出すことにもなるのでしょう。
ブログについても徐々に更新を復活させていきたいと思っています。
今の段階では決してものすごく塞ぎこんでるとかいうことはなく、
どちらかと言えば肉体的な疲れが残っているという感じなので、
あと数日もすれば再び元気に活動できるようになると思います。
それでは、これからも自分なりに何とかやっていきます。
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母が亡くなりました
11月1日の午前3時頃に病院から電話があり、
「脈が落ちてきていて、いつ心臓が止まるかわからない状態です」
との連絡があり、すぐに兄に連絡を取って一緒に病院に向かいました。
もうすでに「いつ緊急事態になって電話するかわからないので、
いつでも連絡が取れる状態にしておいてください」と言われていて、
そのうえで午前3時という時間に電話がかかってきたので、
もう電話を取る前からそういう意味の連絡であることは覚悟ができていました。
兄からも事前に「そのときはどの時間帯でも電話してきてくれてかまわない」と
言われていたので即座に連絡しました。
正式には自分達が病院に着いて、医師と死亡を確認した午前5時1分が
死亡時刻ということになってはいますが、
実際には病院に向かう途中の午前4時15分ぐらいに再び電話で連絡があり、
脈が止まったと伝えられていたので、最後の瞬間は見届けることはできませんでした。
とはいえ、3週間ほど前からずっと意識が飛んだ状態が続いていたので、
その場にいたとして意思の疎通は出来ず、
ただ呼吸と脈が止まるのを待つだけの時間になったとは思いますが。
10月31日あたりから妙な不安は感じていたのですよね。
もういつ心臓が止まってもおかしくない状態だとは思っていたので、
10月の月末記事を書くにあたって、
「10月中にその連絡がある可能性があるから、
記事を書くのはできるだけ10月31日までは大丈夫だと確信を持ててからにしよう」
と考え、それゆえに10月31日は不安を感じながら過ごしていたのですよね。
それで何とか10月31日は病院からの連絡はなく済みましたが、
その数時間後に連絡があり、嫌な予感は当たる結果になりました。
母が亡くなったことについては、正直なところまだあまり実感がないのですよね。
もう回復は難しいだろうというのは10月19日の面会の時点で強く感じていて、
ある意味ではそのときに覚悟に関してはできていたのですよね。
それゆえ直接的なショックはそのときのほうが大きかったかもしれません。
とはいえ、病院からの電話を受けたときには少なからず動揺はしましたが。
ただ、身近な存在の死のショックって、
必ずしも死の瞬間に全てが訪れるわけではないですからね。
今はまだ実感はなくても、
時間が経つにつれて喪失感にさいなまれることはありえますし、
これから自分がどう感じるかはそのときにならないとわかりません。
ただ現時点で不安なのは自分以上に父の心境ですね。
父はもともとめったに涙を流すタイプではないのですが、
母が亡くなって以降は母のことを誰かに話すたびに涙声になってるのですよね。
やはり母と一番長く過ごしてきたのは父ですから、
その喪失感は自分が思っている以上に大きいものなのでしょう。
今回の母の死のきっかけは母を含む家族全員がコロナになったことでしたが、
肺に持病のある母にはやはりコロナは非常に厳しかったのかもしれません。
全国的にコロナへの警戒心が弱まり、感染する人が増えてくると、
結果として母のような身体の弱い人が辛い思いをすることになるのでしょうね。
そして昨年から導入した在宅酸素も一長一短があったように思います。
在宅酸素がなかったときは、軽い風邪にかかったような状態でも、
急激にSpO2が下がり、家では対処できなくなってしまうので、
すぐに救急車を呼ぶしかなかったのですよね。
しかしながら、そうであることで早めの入院ができて、
病気が重くなる前に対処ができるという利点もあったように思います。
それに対して今回は酸素に関しては在宅酸素で対応できてしまうため、
「何とか自宅で乗り切ることを考えよう」と早期の入院は考えず、
それが高度脱水などの重い状態悪化を招いたのも事実なのですよね。
とはいえ、家族全員がコロナの状態で救急車を呼んで対応してもらえたのか、
在宅酸素があってコロナ以外の異常が見えない段階で対応してもらえたのか、
特に今は病院がどこもベッドがないという状態のようですし、
どうするのが正しかったのかは正直なところ、よくわかりません。
脱水にはもう少し早く気付いてあげるべきだったのだろうとは思いながらも、
昨年の入院以降はほぼ半分寝たきりに近いぐらいの状態の悪さだったので、
もう何かの病気になった時点で回復は難しかったのかもしれません。
今はまだ自分の中で明確なものが言葉に出来ないですが、
時間が経てばそのあたりがクリアになってくるかもしれません。
これまでみなさんには母の状態や自分の心境を心配していただき、ありがとうございました。
こういう結果にはなってしまいましたが、本当に感謝しています。
また母のことについては何らかの機会に報告したいと思います。
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