ブログのあり方についてまだ考えてみる

ブログを休止することを決め、すでに休止に入っているこのブログですが、
今でも「このブログはどうあるべきだったのだろうか」とよく考えています。

そして今年たどってきたブログの経過とは何だったのか、
そうしたことをいろいろと考えたりします。

このブログの進むべき道はいくつもあったと思います。

(1)現状を維持し、アクセス数増加も望まずカップ麺ブログとして継続する
(2)カップ麺ブログとして継続しつつ、アクセス数アップを模索する
(3)続けることを最優先し、カップ麺以外の記事も取り入れていく
(4)「自分自身」をブログに出すことに力を入れ、それと現状をミックスしていく
(5)(4)をさらに進行させ、カップ麺が減ってでも「自分自身」を強く打ち出していく
(6)カップ麺以外でアクセス数が稼ぎやすいテーマを取り入れて変化をしていく

たぶん今年1月時点での読者の人達が望んでいたのは(1)でしょう。
「そのままのブログ」で進んでいくのがおそらく一番だったのでしょう。

一方で自分は昨年10月のにゃんこの死を抱え、死について考えることが増え、
そうした「生々しい自分自身」を表現したいという意欲が強まっていきます。

その結果、このブログは1月あたりから(4)のような道をたどるようになります。
それが最も反映されたのが「Mr.Children『深海』『BOLERO』」シリーズでした。

これが結果的にアクセスにも結びつき、(4)と(6)のミックスになれば、
ブログは変化しつつも休止ではなくソフトランディングできたかもしれません。

ただ(6)の効果は小さく、かといって(6)を単独で目指すほど、
この時点においては「ブログでのアクセス」へのモチベーションはありませんでした。

逆に読者の立場からすると、「(2)はできなかったの?」と感じるでしょう。

自分はアクセス数至上主義者ではなかったもののどこかでアクセスは気にしていた、
ならその折衷的なアイデアとして(2)はありえたはずなのです。

ですが、(2)は物理的に不可能で完全に詰んでいたのですよね。

要は「(1)のままであり続けるか、変化していくかしかない」状態だったのです。

というのも、カップ麺ブログはSEO的に非常に強いブログがすでに3つあり、
今更このブログがWordpressなどに移転してSEOに力を入れたところで、
かなうはずがないし、「今更そんなことしたくもなかった」のですね。

そうなると、理想は(4)の道を続けて「自分自身」をブログに打ち出しつつ、
それをさらに前に進める(5)の道ぐらいしか残っていなかったのですね。

しかしこれは5~6月ぐらいの段階でだんだんと頓挫していきます。

「Mr.Children『深海』『BOLERO』」シリーズの筆の進みも遅くなり、
それ以外の部分で自分自身を強く打ち出す企画を出すこともできず、
(1)へと戻っていき、(1)を続けるのも苦しくなり(3)へと移行します。

一見すると、ブログが休止に至った一つの大きな原因は、
カップ麺を安定的に継続して食べるリズムがだんだん崩れ、
パンの記事などを取り入れないと続けられないようになり、
それが読者とのニーズで乖離が生まれ休止に追い込まれた、
とも言えるのですが、このブログはもともと今年の1月から
変化を模索していて、それによるマイナスは受け入れるつもりだったのです。

だから「変化に伴うアクセスなどの何らかのマイナス」は直接の要因ではなく、
また自分がブログ休止の決断をしたのは「完全に続けることだけが目的化していて、
これ以上は続けても意味がない」と気付いたところにあったのを考えると、
本当の休止の理由は「必要な変化を完遂できなかった」ことだったのでしょう。

やっぱり何度考えてもあのとき休止を決めたことは間違いとは思えず、
今年1月から自分自身を生々しく表現すると考えたことも間違いとは思えない、
とすると、ここから導かれる結論は一つしかなくなるのですよね。

それは「模索はしたけど生々しくなり切れなかったこと」こそが本当の失敗だった、と。

もう自分が2022年にブログを続けるには、その変化によって
これまでの殻を打ち破るということが必須だったのでしょう。

だけどそれが頓挫してだんだんと元の(1)に戻って行ってしまって、
さらには「ただ続いてるだけ」と(3)にまで漂流していってしまった、
本当は変化を見据えた時点で「いずれはカップ麺ブログではなく、
自分自身を素直に出すブログにする」と腹を括るしかなかったのです。

でもそこまでの勇気を持てなかったのが、この1年間だったのでしょう。

再び休止を決めたあたりの時点での心境に戻って考えると、
「もしこの延長線上でブログを続けていった場合、
自分自身もこのブログも『自分』からどんどん離れて行ってしまう」、
そういうことを自分は感じ取ったんじゃないかと思うんですよ。

あそこまで自分とブログが乖離するようになってしまうと、
ブログを続ける中において自分らしさを追求できなくなるし、
ブログの中から自分自身を表現することもだんだんできなくなる、
「それだったら休止しよう」ということだったように思います。

そこで軌道修正の道が見つかればそれで良かったのでしょうが、
ある意味で休止を決めたタイミングは
「自分とブログが離れて行ったピークの瞬間」だったのでしょうね。

それを食い止められる唯一の道が「休止」だったのでしょう。


うちのブログは自分が望むか望んでなかったかにかかわらず、
結果的に「カップ麺ブログ」として運用されていたわけですが、
では「カップ麺ブログでなくなったこのブログ」は何かと問えば、
それは「自分自身の素を出すことのできる場所」なのですよね。

皮肉なことですが、ブログを休止したことによって、
今年1月から求めていたものが手に出来たわけです。

それはある意味ではさみしいことではあるのですけれども。
継続的なブログ更新とそれを両立できるのが理想できたからね。

でも理想とは完全に同じではなくても、
良くも悪くも今のここも自分には十分に意味のある場所になりました。

もちろんこれをもうちょっと再構築したいという思いはありますが。

でも当分の間はこんなふうに自分が今考えていることや、
自分の素をそのまま出すための場として使いたいと思っています。

せっかくやっと自分自身とブログが一つに戻ったわけですからね。

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