グランジができるまで 第3回 ~脱Black Flag化とハードロックへの接近~

◎Soundgardenのメジャー契約の獲得とハードロックへの接近


Green RiverやSoundgardenといったグランジの元祖的なバンドの先導と
Sub Popの成立により、一気に「Black Flagチルドレン」的なサウンドが
シアトルのパンクシーンを彩り、黎明期のグランジはピークを迎えましたが、
1989年から1991年あたりにかけてシーンに大きな変化が生じてきました。

それが「Black Flagの『遅いハードコア』によって始まったグランジシーンが
Black Flag的なサウンドからの脱却を進めていく動きが生じた」ことです。

そしてその動きを先導したのもまたGreen Riverのメンバー達とSoundgardenでした。

まずはそのうちのSoundgardenの動きを見ていきましょう。

Soundgardenは1988年にアルバム"Ultramega OK"をリリースした後、
メジャーレーベルであるA&Mと契約を結びます。

一般的にはこれが最初のグランジバンドによるメジャーレーベルとの契約と言われます。

そして続くアルバムの"Louder Than Love"のレコーディングを開始しますが、
ここでSoundgardenは大幅な音楽性の変化を敢行します。

前作の"Ultramega OK"は明確に「Black Flagチルドレン」の流れにあり、
そこにBauhausなどのポストパンク的なニュアンスを加えていたものでしたが、
"Louder Than Love"では、一気にLed Zeppelin的なハードロックに接近します。

ただし決して「王道ハードロック」そのものといったサウンドではなく、
そこにはサイケデリックな強い粘り気や変拍子の多用など、
一筋縄ではいかない要素がふんだんに盛り込まれてはいましたが、
これが「グランジバンドの脱Black Flag化とハードロックへの接近」への
先鞭となったことは間違いないでしょう。

そこで、"Louder Than Love"からの代表曲を聴いてもらいましょう。

Soundgarden - Loud Love (1989) [Grunge]


この曲を「あえて分類するならパンクとハードロックのどちら」と問うなら、
おそらくほとんどの人は「ハードロックかな」と答えることでしょう。

黎明期のグランジにもLed ZeppelinやBlack Sabbathの要素は見られましたが、
それはあくまで「パンクを基盤としたサウンドの中に
Black Sabbathなどのハードロックの要素が見られる」というものであり、
そのサウンドの中心部にはパンクが据えられていましたが、
この"Louder Than Love"ではハードロック側に力点が移っています。

そもそもグランジはシアトルのパンクシーンで起こったことを考えると、
この変化はシーンそのもののあり方を動かしうるものでした。

◎Green Riverの分裂とMother Love Boneの誕生


次にもう一方のグランジの雄であったGreen Riverについて見ていきましょう。

Green RiverはJane's Addictionというバンドの登場によって岐路を迎えます。

このJane's Addictionはオルタナティブロックの新進気鋭と呼べるバンドで、
ポストパンク的な実験性、Van Halenなどにも通じる都市型メタル的な感性、
そこにファンクのグルーヴをミックスした新しいスタイルのバンドでした。

Green Riverの中でハードロック寄りのサウンドが好みであった
ストーン・ゴッサードやジェフ・アメンはこのJane's Addictionに感銘を受け、
そこにより接近した音楽性をGreen Riverに持ち込もうとします。

しかしパンク畑のマーク・アームはJane's Addictionに感銘を受けず、
その動きに反対したため、バンドの軋轢が強まって解散に至ります。

そしてパンク畑のマーク・アームはGreen River創立時のメンバーであった
スティーブ・ターナーと再合流し、Mudhoneyというバンドを結成します。

こちらはどちらかと言えばBlack Flag的な流れを継承するグランジバンドです。

それに対してハードロック寄りの感性を持っていた
ストーン・ゴッサードとジェフ・アメンは
グラムロック寄りの感性を持ったバンドだったMalfunkshunの
フロントマンであるアンドリュー・ウッドを迎えて、
Mother Love Bone(結成時の名前はLords of the Wasteland)を結成します。

ハードロック畑のメンバーが集まったことで、
Mother Love Boneのサウンドもまたハードロック色が強まります。

ただこちらも一筋縄ではいかず、Guns N' Roses的なハードロックに、
Jane's Addiction的なファンクネス、そしてアンドリュー・ウッドが持ち込んだ
The Doors的なほの暗いサイケ感にT.Rex的なグラムロックの感性が合わさるなど、
「ハードロックを基盤としつつもごった煮的なサウンド」が作り出されます。

いずれにしても、Soundgardenとほぼ同時期にグランジシーンから
「脱Black Flag化とハードロックへの接近」を見せるバンドが登場したわけです。

これもまた当時のグランジシーンに与える影響は非常に強いものでした。

そしてMother Love Boneもまたメジャーレーベルとの契約を獲得し、
1989年から1990年にかけてアルバムをリリースします。

ここでは、その中から代表曲とも言える"This Is Shangrila"を紹介します。

Mother Love Bone - This Is Shangrila (1990) [Grunge / Funk Metal]


ファンクを取り込んだ軽快なグルーヴも目立ちますが、
これもまた基盤は明確にハードロックであると言えるでしょう。

◎他のシアトルバンドによるハードロックへの接近


シアトルのグランジシーンのバンドによるハードロックへの接近は
これまで述べたSoundgardenやMother Love Boneに留まりませんでした。

Nirvanaとほぼ同時期にシアトルのグランジシーンに参入したTadも
アルバムを重ねるごとにハードロック色が強まり、Black Flag色も継承しつつも
1991年の"8-Way Santa"ではその両者を融合したサウンドを鳴らしました。

そしてこの「グランジバンドによるハードロックへの接近」に関して、
もう一つ欠かすことができないのがGruntruckというバンドです。

グランジシーンを代表するプロデューサーと言えばジャック・エンディーノがいますが、
このジャック・エンディーノがギタリストとして在籍していたバンドがSkin Yardで、
このバンドはGreen RiverやSoundgardenと並んで黎明期のグランジを支えました。

そしてこのSkin Yardのヴォーカリストであるベン・マクミランが
よりハードロック色の強いバンドを目指して結成したのがGruntruckでした。

このGruntruckはSkin YardやBlack Flag的なサウンドを一定程度受け継ぎつつも、
軸足はBlack Sabbath的なザクザクとしてヘヴィなハードロックとなっており、
彼らもまた「グランジバンドによるハードロックへの接近」への先鞭をつけました。

彼らの1990年の1stアルバム"Inside Yours"からの代表曲を紹介しましょう。

Gruntruck - Not a Lot to Save (1990) [Grunge]


同時期のSoundgardenやMother Love Boneに比べると、
「黎明期のBlack Flagチルドレン的なグランジ」の流れも感じますが、
そのサウンドの構成の主軸にあるのはやはりハードロック/メタルです。

◎「王道ハードロックへの接近」の究極系としてのTemple of the Dog


「シアトルのグランジバンドによる王道ハードロックへの接近」の
最高到達点とも表現しうるのがTemple of the Dogというプロジェクトです。

そしてここにもずっとグランジシーンを先導してきた
SoundgardenとMother Love Boneが深く関わってきます。

Mother Love Boneのフロントマンであったアンドリュー・ウッドは
1990年3月19日にヘロインのオーヴァードーズによって亡くなります。

そしてこれによってMother Love Boneは解散を余儀なくされます。

これを受けて、アンドリュー・ウッドのルームメイトであった
Soundgardenのクリス・コーネルがアンドリューを追悼する曲を作り、
Mother Love Boneのメンバーと共に彼を追悼するためのプロジェクトである
Temple of the Dogを立ち上げ、彼らは1991年にアルバムをリリースします。

驚くべきは、このTemple of the Dogで提示された音楽性でした。

SoundgardenもMother Love Boneもハードロックに接近はしながらも、
「一筋縄ではいかないオルタナティブな感性」を強く宿していましたが、
このTemple of the Dogでは追悼プロジェクトという側面もあってか、
徹底的に「王道でブルージーなハードロックサウンド」が示され、
オルタナティブな要素やBlack Flagの香りは全くありませんでした。

「グランジバンドによる脱Black Flag化とハードロックへの接近」が
最も顕著な形で現れたアルバムであったと言ってもいいでしょう。

それは実際に曲を聴いてもはっきりと感じ取ることができるでしょう。

Temple of the Dog - Say Hello 2 Heaven (1991) [Grunge]


◎Nirvanaによる「脱Black Flagチルドレン化」


ここまで「シアトルのグランジバンドによるハードロックへの接近」の動きを見てきましたが、
もちろん全てのシアトルバンドが同じ動きをしたわけではありません。

Green Riverの分裂によって生まれたパンクサイドのMudhoneyは
むしろパンク色を強め、Black Flagの流れも少なからず汲んでいました。

またシアトルのグランジシーンで大きな流れとなりつつあった
「ハードロックへの接近」とは異なる動きを見せた代表格がNirvanaでした。

Nirvanaは1990年頃にPixiesというオルタナティブバンドから多大な影響を受け、
従来の「Black Flagチルドレン」的なサウンドから脱却し、
「Pixies的なひねくれたポップネス」とヘヴィなグランジの融合を目指し始めます。

その中で生まれたのが1990年にリリースされた"Sliver"というシングルでした。

Nirvana - Sliver (1990) [Grunge]


1stアルバム"Bleach"で見せた「Black Flagチルドレン」的なサウンドはなくなり、
「Pixies的なオルタナ感をいかに取り入れるか」を模索したことがうかがえます。

このように「グランジバンドによるハードロックへの接近」とは違う動きもありましたが、
これもまた「グランジバンドによる脱Black Flag化」の一つの動きではありました。

このようにして1989年から1990年にかけて、シアトルのパンク/グランジシーンは
「Black Flagチルドレン」一色だった時期を超え、過渡的な状況を迎えていきます。

その中でもとりわけ主要な動きであった「グランジのハードロックへの接近」は
シアトルの音楽シーン全体にある地殻変動を起こしていくことになります。

「グランジができるまで」の第4回記事ではその地殻変動を見ていくことにします。

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グランジができるまで 第2回 ~黎明期のグランジとSub Popの成立~

◎最初のグランジバンドであるGreen Riverの誕生


前回はBlack Flagが提示した「遅いハードコア」がシアトルの
パンクシーンに強烈な衝撃を与えたことを紹介しました。

そうした影響を受けたシアトルのインディミュージシャンの中で
最も欠かすことのできない存在がGreen Riverというバンドです。

Black Flagの1983年のライブに来て衝撃を受けたマーク・アーム、
スティーブ・ターナー、ジェフ・アメン、アレックス・ヴィンセントの
4人によってまずGreen Riverが結成され、そこに先に紹介した
10 Minute Warningの影響を受けたストーン・ゴッサードが加入し、
初期のGreen Riverのラインナップが完成します。

Green Riverの最大の特徴はBlack Flagが提示した
「ダークで遅いハードコア」を継承していたことに加えて、
パンクシーンのバンドでありながらストーン・ゴッサードとジェフ・アメンが
ハードロック/ヘヴィメタルからの影響も強かったこともあり、
それらの要素が自然とサウンドに取り込まれていたことにあります。

サウンドの全体像を見るとBlack Flagの「遅いハードコア」直系の
「ダークでラフで引きずるようなパンクロック」であるのですが、
そのギターリフの構成などを見るとLed Zeppelinや70年代のAerosmithなど、
70年代ハードロックの持っていた要素を見て取ることができるのです。

この遅いハードコア+70年代ハードロックの融合、
これこそがグランジという新しいスタイルを決定づけるものでした。

そしてGreen Riverは1985年11月に"Come on Down"という初のEPをリリースします。
これがグランジとしての最初のアルバムとなりました。

その代表曲である"Come on Down"を聴いていただきましょう。

Green River - Come on Down (1985) [Grunge]


全体として見ればいかにも「Black Flagチルドレン」という感じですが、
ギターのリフだけに耳をやるとハードロックの香りも強く感じます。

これを機にシアトルのパンクシーンでは「遅いハードコア」+ハードロックの
形式を受け継いだバンドが多く生まれてくることになります。

◎Sub Popの成立とSoundgarden


このようにして1984~1985年にかけて生まれたグランジでしたが、
実はここから1年ぐらいはそうしたレコードがリリースされなくなります。

というのも、これまでいくつか聴いてもらったことからわかるように、
このグランジは完全にアンダーグラウンドなインディシーンでの動きだったため、
ヒットする要素はまだなく、メジャーレーベルが食指を動かすことはありませんでした。

となると、そのシーンを支えるインディレーベルが求められることになりますが、
当時のシアトルにはまだそうしたレーベルが十分に発達していなかったのです。

そのため、先に紹介した10 Minute Warningなどは
シアトルで活動していた頃にはレコードを残すことすらできませんでした。

Green Riverが誕生した後、それと共通するグランジ的なサウンドを鳴らすバンドは
SoundgardenやSkin Yardなどを代表として生まれてきていましたが、
レコードをリリースする手立てが生まれていなかったのですね。

1985年にはまずC/Zレコードというレーベルが生まれ、
そこから初のグランジコンピである"Deep Six"がリリースされます。

先に触れたSoundgardenやSkin Yardもそこに曲を提供しています。

しかしC/Zレコードはその後もそこまで活動が大きくなることはありませんでした。

そんな中、シアトルのラジオに関わっていたジョナサン・ポーンマンという人物が
Soundgardenに感銘を受け、「彼らのレコードをリリースしたい」と申し出ます。

それに対してSoundgardenのメンバーが「じゃあレコード会社をやろうとしてる
ブルース・パヴィットという奴がいるので、そいつと一緒にやればいいよ」と提案します。

ブルース・パヴィットはその時点でSub Popというインディロック系ファンジンを発行しており、
その流れからそれをレコード会社として発展させたいと考えていたものの、
資金がなかったことからその動きはなかなか上手く行っていませんでした。

そこにSoundgardenから提案を受けたジョナサン・ポーンマンが資金提供を申し出て、
ブルースと共同でSub Popというレーベルを運営していくことになり、
無事にSoundgardenの初のEP"Screaming Life"が1987年にリリースされます。

また、Sub Popもここから軌道に乗り、シアトルのパンクシーン(グランジシーン)で活動する
バンドの多くのレコードをリリースするようになり、グランジシーンは一気に活性化します。

まずはそのSoundgardenのEP"Screaming Life"からの曲を聴いてもらいましょう。

Soundgarden - Hunted Down (1987) [Grunge]


Green Riverと同じくBlack Flag的な「遅くてダークで引きずるようなパンク」の
流れを汲んでいますが、よりBlack SabbathやLed Zeppelinを思わせるような
70年代的なヘヴィなハードロックの要素が強く打ち出されているのが特徴です。

◎シアトルシーンへのNirvanaの参加とMelvins


Black Flagの「遅いハードコア」の洗礼を受けたシアトル周辺のバンドとして
欠かせない存在としてMelvinsというバンドが挙げられます。

MelvinsはもともとBlack Flagが「遅いハードコア」を提示する前から
活動していましたが、その頃は速いパンク、いわゆるハードコアパンクのバンドでした。

それがBlack Flagの"My War"アルバムにおける「遅いハードコア」に衝撃を受け、
「遅くてヘヴィで引きずるようなサウンド」へと一気に傾倒していくことになります。

その後Melvinsは他のグランジバンドとは異なり、さらにアングラ色を強め、
グランジとはまた異なるスラッジメタルというジャンルの創始者的存在となりますが、
「Black Flagの洗礼を受けて黎明期のグランジを支えたバンド」であることも間違いありません。

ここではそのMelvinsがグランジコンピ"Deep Six"に提供した曲を聴いてもらいましょう。

Melvins - Grinding Process (1986) [Grunge / Sludge Metal]


Green RiverやSoundgardenと比べてもさらにアンダーグラウンド臭が強く、
ズルズルと引きずるような重さを持っていることが特徴となっています。

さて、このMelvinsが大きな影響を与えた人物にカート・コバーンがいます。
カート・コバーンといえば、もちろんあのNirvanaの中心人物ですね。

カート・コバーンはもともとワシントン州アバディーンで活動しており、
Melvinsのメンバーでもあるデイヴ・クローヴァーとFecal Matterというバンドをしていました。

そしてMelvinsのメンバーからBlack Flagの"My War"を紹介され、
カート・コバーンもまたBlack Flagから強烈な影響を受けることになります。

そこからカート・コバーンもシアトルに移ってNirvanaとして活動をすることになります。

Nirvanaは一般的にグランジを最も代表するバンドとして語られますが、
グランジ形成の歴史から見るなら、実は二番手集団的な時期にシーンに登場しています。

まずGreen River, Soundgarden, Melvins, Skin Yardなどが黎明期のグランジを支え、
そこにSub Popレコードが成立してインディーシーンとして活気を見せてきたところに、
NirvanaやTadといった第二世代的なグランジバンドが加わってきたという感じです。

そのNirvanaももちろん初期はいかにもBlack Flagチルドレン的なサウンドを鳴らしています。
例によってBlack Flag+70年代ハードロック(Aerosmith, Led Zeppelinなど)という感じです。

Nirvana - Negative Creep (1989) [Grunge]


この曲を含むアルバム"Bleach"のリリースが1989年ということで、
これまでに紹介したバンドに比べると台頭してきた時期がやや遅めですね。

このようにしてシアトルのパンクシーンは一気にBlack Flagの洗礼を受けた
「遅いハードコア+70年代ハードロック」的なバンドであふれかえることになります。

こうして黎明期のグランジが完成しますが、ここからシーンは変化を見せていきます。

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グランジができるまで 第1回 ~Black Flagによる「遅いハードコア」の衝撃~

◎グランジという音楽の特異性


これから90年代初期から中期にかけて世界のロックシーンを席巻した
「グランジ」がどのように形成されていったかを紹介していきます。

グランジと呼ばれる音楽は他のジャンルと比べて様々な点で違いがあります。

その最大の点は「音楽がメインストリームを支配する以前は、
ほぼシアトル周辺というごく一部の地域のみで局所的に発展してきたこと」
にあります。

普通はどのようなロックでも、どこかでその音楽が生まれてからは、
様々な地域の間で影響を与え合い、相互に発展していくものです。

しかしこのグランジは1991年にNirvanaがブレイクする以前は、
ほぼシアトルのアンダーグラウンドシーンにしか存在しなかったのですね。

もっとも厳密に見ると、他の地域で似た音楽が一部生まれてはいましたが、
それも「シアトルシーンとの相互の影響」と言うよりは、
「たまたま同時代に似た音楽が生まれた」と言ったほうが近く、
やはり他の都市のシーンと互いに影響を与え合った形跡が非常に薄いのです。

そしてもう一つはグランジという音楽が生まれたきっかけというか、
そのルーツがほぼ一つのバンドに絞り切れてしまうというものです。

普通はどのような音楽も様々なバンドの影響を組み合わせて咀嚼して、
そこから新しい音楽のスタイルが生まれてくることが多いのです。

しかしグランジはそれぞれのバンドはいろんな音楽から影響を受けつつも、
「グランジの直接的なルーツ」はBlack Flagというバンドに絞れてしまうのです。

このBlack Flagというバンドがシアトルのアンダーグラウンドシーンに与えた衝撃が
そのままグランジという新しい音楽を生み出す結果へとつながったわけですね。

しかしながらこのBlack Flagの影響はシアトル以外ではそれほど目立たず、
それゆえに「シアトル周辺だけの局所的な動き」になったと言えるのです。

◎Black Flagがシアトルシーンに与えた衝撃


さて、そのグランジのルーツとなったBlack Flagとはどのようなバンドなのでしょう。

Black Flagはもともとパンクロックのテンポをものすごく速めて
攻撃性を強めたハードコアパンクを代表するバンドの一つでした。

世界のパンクロックのシーンは、最初にSex Pistolsなどが台頭してから、
だんだんと無機的なサウンドと実験性を追求したポストパンクのスタイルと
パンクの攻撃性と速さを追求したハードコアパンクの2つに分化していきます。

しかし1980年代中期頃になると、ハードコアパンクのバンドもまた
単なる「速いパンク」とは違う音楽性をしばしば提示するようになります。

Black Flagは1983年頃から新しい音楽性を模索するようになり、
従来の「速いパンク」とは正反対の、Black Sabbathなどのドロドロとしたヘヴィなメタルの
影響なども取り入れ、「引きずるような遅いハードコアパンク」を作り上げていきます。

それが結実したのが1984年のアルバムである"My War"ですが、
1983年の段階でシアトルでライブを行い、この「遅いハードコア」を提示し
シアトルのパンクシーンを形成していたミュージシャン達がこれに衝撃を受けます。

「パンクは速くして攻撃性を追求していくものだとばかり思っていたが、
むしろどんどん遅くしてヘヴィにするほうがいいんじゃないか」と
シアトルのパンクシーンの面々は考えるようになっていくわけです。

まずはそのBlack Flagの"My War"からの曲を2つ見ていきましょう。

Black Flag - Can't Decide (1984) [Proto-Grunge / Post-Hardcore]


この曲は決して「ズルズルと引きずるようなヘヴィネス」は見せてないですが、
少なくとも従来のハードコアパンクのような性急な速さは全くありません。

しかし普通のパンクとも異なる、ひねくれた地下臭があり、どこかダーティである、
こうした新しいダークなパンクがグランジが生まれるうえでの一つの土台となりました。

後にグランジの元祖と呼ばれるGreen Riverなどはその影響が顕著に見えます。

Black Flag - Scream (1984) [Proto-Grunge / Proto-Sludge Metal / Post-Hardcore]


「遅くてBlack Sabbathの香りもする引きずるようなパンク」という点では、
"My War"を象徴するこうしたズルズルとしたヘヴィな曲が何より強烈でした。

長いギターソロはいかにもBlack Sabbathなどの香りがするメタル寄りのもので、
それまであまり交わらなかったパンクとメタルの融合の先駆けでもありました。

そしてこうした「速さ」よりも「重さ」と「遅さ」を打ち出したサウンドが
シアトルのパンクシーンの人達に「遅くてヘヴィな音楽をやろう」と思わせ、
これがグランジの形成へとつながっていくことになるわけです。

◎10 Minute Warning - Black Flagとグランジのミッシングリンク


こうしたBlack Flagの「遅いハードコア」をシアトルにおいて
誰よりも早く取り入れたのが10 Minute Warningというバンドでした。

彼らはBlack Flagの1983年のシアトルのライブで一緒にステージに上がってもいました。
それゆえにBlack Flagの先進的なサウンドの影響を誰より顕著に受けたのですね。

このバンドは非常にマイナーで知っている人もかなり少ないのですが、
「Black Flagの遅いハードコアによって、シアトルのパンクがどう変わったか」
を示す好例ということで取り上げることにしました。

このバンドは後にGuns N' Rosesに加入することになるダフ・マッケイガンが
シアトル時代に在籍していたバンドということで知っている人もいるでしょう。

まずはBlack Flagの「遅いハードコア」の影響を受ける前の音を聴いてもらいましょう。

10 Minute Warning - Buried Alive (Demo 1982) [Hardcore Punk]


10 Minute WarningはThe Fartzというハードコアバンドの後身ということもあり、
初期の頃はハードコアパンクとしか呼びようのないサウンドを鳴らしていました。

この曲なんてどこからどう切り取ってもハードコアパンクでしかないですね。

「パンクをひたすら速くして攻撃的にした」ということがよくわかる音です。
ポップな音楽にしか馴染みのない人には聴くのが少々辛いとは思いますが。

それがBlack Flagの「遅いハードコア」の洗礼を受けてからは次のように変わります。

10 Minute Warning - Stooge (1984) [Proto-Grunge]


ハードコアパンク由来の「速さ」はすっかりと消え失せ、
ミディアムテンポで「ダーク」で「ヘヴィ」なサウンドへと変化しています。

この「地下臭を感じるダークさ」と「ズッシリとくるヘヴィさ」こそが
グランジにつながる要素となったわけですね。

「ダークでヘヴィなパンク」、この追求からグランジが始まっていきました。

さて、次回記事ではグランジの元祖と呼ばれるGreen Riverが誕生することになります。

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サイケデリックロックができるまで 番外編

ここでは「サイケデリックロックができるまで」シリーズを書くうえで、
紹介候補に挙がったものの惜しくもボツになった4曲を紹介します。

今回は全7記事と大規模なシリーズになったこともあって、
候補に挙がった曲やバンドはけっこう多かったのですよね。

ただそれを多方面から見て紹介すべきかどうかを考えて、
その中でやむなく枠から外した曲がいくつかありました。

まずはThe Five Americansというバンドの"I See the Light"という曲です。
1965年の後半の段階でシングルとしてリリースされています。

The Five Americans - I See the Light (1965) [Garage Rock / Psychedelic Rock]


サイケを語るうえで難しいのは、ガレージロックとの境界線なのですよね。

この曲は間違いなくガレージロックではあるのですが、
サイケと呼んでいいのかどうかを厳密に考えるとやや迷いがあり、
「ガレージ系サイケの先駆的存在」として紹介するには
ちょっと難しいかなと思って枠からは外したのですよね。

オルガンの使い方はなかなかサイケに通じるものがあるのですが。

次はThe Associationというバンドが1966年3月にリリースした
"Along Comes Mary"というシングル曲です。

これもどうすべきかずいぶんと迷ったのですよね。

The Associationというバンドは一般的には
サンシャインポップ(Sunshine Pop)というジャンルで語られます。

このサンシャインポップはサイケデリックポップの兄弟的ジャンルで、
「サイケ感が薄まったソフトサイケ」みたいなスタイルなのですよね。

そしてこの"Along Comes Mary"はサンシャインポップとしてはやや激しく、
なおかつ"Mary"がマリファナを指しているなどドラッグソングなのです。

とすると、サンシャインポップとしてはサイケに近い存在なのですよね。

それゆえ迷ったのですが、音の系統はやはりサンシャインポップで、
サイケの中にはこの路線の純粋なフォロワーが特にいないこともあり、
時期はそこそこ早いもののサイケとして語る枠からは外しました。

The Association - Along Comes Mary (1966) [Sunshine Pop]


このいやに上品っぽいムードがサンシャインポップらしくもありますね。

続いて紹介するのもサンシャインポップ寄りのバンドのThe Cyrkleです。

ただThe Associationが「サイケと呼ぶのは難し」かったのに対して、
こちらのThe Cyrkleは曲によっては完全にソフトサイケと言えるものです。

「The Beach Boys系ソフトサイケのフォロワー」といった位置付けですね。

このバンドはSimon & Garfunkelのポール・サイモンから提供された
"Red Rubber Ball"というサンシャインポップを代表する曲で
全米2位を獲得し、シングルヒットを成功させてデビューします。

それに続けて同名のアルバム"Red Rubber Ball"をリリースし、
その中にはなかなかクオリティの高いサイケポップが多く含まれていました。

アルバムリリースも1966年6月30日と比較的早かったので、
「比較的早い段階で登場したThe Beach Boys系サイケのフォロワー」
として紹介するか迷いましたが、このアルバムはあまり売れなかったこともあり、
シングルが1曲有名なもののバンドそのものもマニア以外には無名だったため、
やむなく紹介枠から外したものです。

ただこのタイプのThe Beach Boys風ソフトサイケポップは
このバンドに限らずこの後かなり多く登場していくのですよね。

とはいえ、あまり売れなかったバンドのほうが多くはありましたが。

でもこの系統の音楽がものすごく好きという人はそこそこいると思います。
春にこういう曲を聴きながら公園の芝生で横になったら最高でしょうね。

The Cyrkle - Why Can't You Give Me What I Want (1966) [Psychedelic Pop]


最後に紹介するのはThe Turtlesの有名曲"Happy Together"です。
1967年1月にシングルリリースされ、全米1位を獲得しました。

系統としてはThe Beach Boys系サイケポップと言えるでしょうかね。

ファンタジー系サイケにも近くはありますが、クラシック色がなく、
こうした透明感重視のサウンドはThe Beach Boysぽくはありますね。

このThe Turtlesは以前にフォークロックとしても紹介していますね。

この曲は紹介枠に含めるかどうかかなり迷ったのですよね。

タイミング的にもこの曲の存在はインパクトはあったでしょうし、
フラワームーブメント的なキラキラとした雰囲気は強く持っている、
ではなんで外したかですが、単に流れの中で浮いてしまったからです;

1967年1月の雰囲気を表現するうえでは最適な曲の一つではあるのですが、
この曲の直接的なフォロワーがあまり見当たらないところもありましたし、
またこの曲はバンドメンバーが書いた曲じゃないのも引っかかりました。

でも最大の理由は記事を作るうえで浮いてしまったためですね。
ファンタジー系サイケの流れに入れるには少々流れが違いますからね。

でも時代の持つキラキラした雰囲気を感じ取るには最高の曲だと思いますね。

The Turtles - Happy Together (1967) [Psychedelic Pop / Psychedelic Rock]


ということで、この番外編の4曲の紹介をもって、
「サイケデリックロックができるまで」のシリーズは終了となります。

いやぁ、さすがにロックの歴史上最大のムーブメントなだけあって、
全7回+番外編とかなりの長編となりましたね。

でもその分だけきっちりと紹介できたかなという自負はありますね。

ということで、サイケデリックロックが形成されるまでの経緯でした!

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サイケデリックロックができるまで 第3回
サイケデリックロックができるまで 第2回
サイケデリックロックができるまで 第1回

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サイケデリックロックができるまで 第7回

これまで様々なスタイルのサイケデリックロックを紹介し、
そのピークが1967年にかけて訪れたことを紹介しましたが、
まだ触れていないスタイルのサイケデリックロックがあります。

それが後のハードロックやヘヴィメタルの基盤ともなり、
同時に煙(=ドラッグ)の匂いがプンプンとするような
そうしたタイプのブルージーなヘヴィサイケです。

ブルーズロックを単体として見るとこの記事だけでは収まらない
非常に幅広い歴史がありますが、ブルーズの持つこってりとした感覚を
ドラッグを連想させる煙臭さに重ねることでサイケデリアを表現した
そうしたスタイルの一番手と言えるのはおそらくはCreamでしょう。

Creamはあのエリック・クラプトンを中心としたグループですね。

まずは彼らの最初期のシングル"I Feel Free"を紹介しましょう。
1966年の12月にリリースされ、アメリカ版アルバムにも収録されました。

Cream - I Feel Free (1966) [Blues Rock / Psychedelic Rock]


この曲がどれぐらいサイケデリックを意識して作られたのかは
実のところよくわからないところがあるのですよね。

"I Feel Free"というタイトルもLSDによる解放感とも解釈できますし、
別にそうしたことは意図せずにつけたというふうにも読めますからね。

ただこの時点で「ブルーズロック的ヘヴィサイケ」の形はかなり確立されています。

このもやもやとした煙でもやがかかったようなサウンド、
これがブルーズロック系のサイケデリックの特徴なのですね。

これまで紹介したタイプのサイケデリックとはかなり異なりますが、
これもまたLSDやマリファナの効果の表現の一つではあったわけです。

このシングルが発売されたのが1966年の12月であったことを考えると、
この系統のサイケは確立されるのが比較的遅かったとも言えるでしょう。

そしてこうしたスタイルを完成させたのがあのJimi Hendrixです。

1967年3月17日にあの"Purple Haze"のシングルがリリースされます。

The Jimi Hendrix Experience - Purple Haze (1967) [Psychedelic Rock]


この曲はタイトルの「紫のもや」からして実にドラッグ的ですが、
公式としてはこの時点ではLSDはまだやってなかったらしいですが、
ただそれがこの時期によくある「知らんぷり」なのかは謎です。

とはいえ、あまりにもあからさまなこのタイトルですから、
LSDによる幻覚表現と解釈して聴いた人が大半ではあったでしょう。

このあたりのサウンドはハードロックと解釈する人も多いですが、
ロックの歴史としては「ハードロックの源流となるヘヴィサイケ」
として位置付けられることが一般的となっています。

そしてThe Jimi Hendrix Experienceの1stアルバムとなる
"Are You Experienced"はアメリカで500万枚以上を売り上げ、
サイケデリックロックを代表するアルバムの一つとなりました。

そして先に紹介したCreamに明確にサイケデリックを志向していきます。

1967年11月にリリースした"Disraeli Gears"では、
いかにもサイケデリックアート的なジャケットデザインを施します。

そこからの代表曲である"Sunshine of Your Love"です。

Cream - Sunshine of Your Love (1967) [Psychedelic Rock]


"Sunshine"や"Love"という言葉のチョイスもいかにもサイケです。
完全に「ヘヴィサイケ」であることを意識して作られた曲ですね。

「以前に紹介されたサイケとはあまりに違っていて、
ハードロックに近すぎて戸惑う」と感じる人も多いと思いますが、
これもまたLSDの表現の一形態であったととらえてみてください。

そしてヘヴィサイケを語るうえで外せないのがBlue Cheerです。

彼らはハードロックやヘヴィメタルの源流となっただけでなく、
90年代のドラッグロックであるストーナーの源流にもなりました。

彼らは1968年1月16日に1stアルバム"Vincebus Eruptum"をリリースします。

Blue Cheer - Summertime Blues (1968) (Eddie Cochran cover) [Psychedelic Rock]


この"Summertime Blues"はもともとエディ・コクランの曲ですが、
彼らはそれをファズをブリブリにかけたギターでメタメタにしてしまいます。

あまりに曲のスタイルが変わり果てていて驚愕してしまうほどですし、
ここから漂う強烈なドラッグ臭は嫌でも感じてしまうほどですね。

ということで、ブルーズロック系ヘヴィサイケの代表格を紹介しました。

これまで紹介したサイケデリックとはスタイルがあまりに違うので、
「これもサイケと考えていいのか?」と思われるかもしれませんが、
良くも悪くもLSDを志向したロックはどれもサイケとして扱われるので、
「これもひっくるめてサイケ」ととらえてもらえるといいですね。

さて、これでサイケデリックロック形成の歴史はほぼ全部紹介しましたが、
最後に「紹介するか迷ったけどボツにした曲をまとめた番外編」を記事化します。

ということで、ラストの番外編は軽い気持ちで楽しんでみてくださいませ。

◎ここまでのサイケデリックロック形成の年表


1965.6.4 The Yardbirds - Heart Full of Soul (Single)
1965.7.30 The Kinks - See My Friends (Single)
1965.11 The Seeds - Pushin' Too Hard (Single) (Album 1966.4, Re-release 1966.7)
1965.12.3 The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Album "Rubber Soul")
1966.2.25 The Yardbirds - Shape of Things (Single)
1966.3.14 The Byrds - Eight Miles High (Single)
1966.4.15 The Rolling Stones - Lady Jane (Album "Aftermath UK")
1966.5.16 The Beach Boys - Album "Pet Sounds"
1966.5.30 The Beatles - Rain (Single "Paperback Writer")
1966.7.1 Donovan - Sunshine Superman (Single)
1966.8.5 The Beatles - Love You To, Tomorrow Never Knows (Album "Revolver")
1966.8.26 Donovan - Album "Sunshine Superman"
1966.10.10 The Beach Boys - Good Vibrations (Single)
1966.10.17 The 13th Floor Elevators - Album "The Psychedelic Sounds of the 13th Floor Elevators"
1966.10 The Deep - Album "Psychedelic Moods"
1966.11 Blues Magoos - Album "Psychedelic Lollipop"
1966.11 The Electric Prunes - I Had Too Much to Dream (Last Night) (Single)
1966.12 Cream - I Feel Free (Single)
1967.1.4 The Doors - Album "The Doors"
1967.1.13 The Rolling Stones - Ruby Tuesday (Single)
1967.2.1 Jefferson Airplane - Album "Surrealistic Pillow"
1967.2.13 The Beatles - Strawberry Fields Forever / Penny Lane (Single)
1967.3.17 The Jimi Hendrix Experience - Purple Haze (Single)
1967.5.26 The Beatles - Album "Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band"
1967.11.2 Cream - Album "Disraeli Gears"
1968.1.16 Blue Cheer - Album "Vincebus Eruptum"


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サイケデリックロックができるまで 第6回

1967年に入るまでにファンタジー系サイケ、ガレージ系サイケなど、
様々なサイケデリックロックが多くのバンドによって確立されてきました。

それが1967年に入ると、それぞれのサイケデリックロックにおいて、
巨大なムーブメントが起き、全体が一気にピークへと向かっていきます。

まずは1967年1月4日、新進気鋭のサイケデリックロックバンドである
The Doorsが1stアルバムとなる"The Doors"をリリースします。

これが巨大なセールスを記録し、アメリカだけで400万枚以上ヒットします。

そしてこのアルバムからシングルカットされた"Light My Fire"もまた
全米で1位を記録するなど、サイケデリックムーブメントを盛り立てます。

The Doors - Light My Fire (1967) [Psychedelic Rock]


音楽的にはThe Electric Prunesなどが作り上げてきた
「ガレージ系サイケの薄暗いダークネスを帯びたサウンドから
ガレージロック的なラフさを取り除いたもの」の延長線上にあります。

それがこのThe Doorsの登場によって完成させられたと言ってもいいでしょう。

この曲のオルガンのイントロはけっこう多くの人が聴いたことがあると思います。
世界的に見てもこのイントロはかなり有名な部類に入るでしょう。

この曲はしばしば「間奏が異様に長い」と思われてしまいますが、
実際にはこの間奏こそがこの曲のサイケデリアを最も表しています。

このオルガンソロをそのまま脳に流し込むような感覚で聴いてみると、
いかにLSDによるトリップ感を音で表現しているか伝わるかと思います。

ここを楽しめるようになると、サイケの世界にドップリとハマっていきます。

そしてこうしたThe Doorsのサウンドは多くのフォロワーを生み出します。

どの代表格とも言えるのがJefferson Airplaneでしょう。

彼らもThe Doorsに続いて1967年2月1日に
アルバム"Surrealistic Pillow"をリリースします。

アルバムタイトルからしてサイケデリックな香りが漂っていますね。

ここでは、その代表曲である"Somebody to Love"を紹介しましょう。

Jefferson Airplane - Somebody to Love (1967) [Psychedelic Rock]


"Don't you want somebody to love"といった歌詞は
まさにこの時代の"Love & Peace"を象徴しているとも言えますね。

The Doors的なスタイルのサイケデリックロックはこの後も多く登場します。

ここではその代表的なバンドとアルバムを紹介しておきましょう。

[The Doorsに近いタイプのサイケデリックロックの代表的作品]
Pink Floyd - The Piper at the Gates of Dawn (1967.8.4)
Vanilla Fudge - Vanilla Fudge (1967.8)
Procol Harum - Procol Harum (1967.9)
Traffic - Mr. Fantasy (1967.12.8)
Quicksilver Messenger Service - Quicksilver Messenger Service (1968.5)

そして今度はファンタジー系サイケでも大きな変化が起きます。

The Beatlesが従来のインド音楽寄りのサイケデリックから方向転換し、
ファンタジー系サイケを強く志向したシングルである
"Strawberry Fields Forever / Penny Lane"を1967年2月13日にリリースします。

このシングルがファンタジー系サイケに与えた影響は極めて多大でした。
これによってファンタジー系はサイケの最も重要なスタイルとして確立されます。

The Beatles - Strawberry Fields Forever (1967) [Psychedelic Rock]


そしてThe Beatlesはこの"Strawberry Fields Forever / Penny Lane"の
流れを汲んだアルバム"Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band"を
1967年5月26日にリリースします。

このアルバムの名前は洋楽ロックに詳しくない人でも聞いたことがあるでしょう。
それだけ世界的に強烈な影響を与えたアルバムです。

これによってサイケデリックロックムーブメントは揺るぎないものになりました。

このアルバムは大ヒットし、アメリカだけで1100万枚ものセールスを記録します。
ここから最もファンタジーサイケな"Lucy in the Sky with Diamonds"を紹介しましょう。

The Beatles - Lucy in the Sky with Diamonds (1967) [Psychedelic Rock]


この曲はファンタジー系サイケの見本と言っていいような作風です。

それはもうよく語られるこの曲のタイトルが物語っています。

タイトルから前置詞と冠詞を外して名詞だけをピックアップすると、
Lucy, Sky, Diamonds、頭文字がLSDになっているのですよね。

もちろん公式には「LSDを意図したわけではない」ことになっていますが、
それは例によってこの時代にありがちな「知らんぷり」と見ていいでしょう。

音楽的には先行したThe Rolling Stonesの"Ruby Tuesday"などの流れにありますが、
LSD的な酩酊感を極限にまで高めているところがこの曲の強烈な個性となっています。

そしてこのアルバムも極めて数多くのフォロワーを生み出しました。
ここでそうしたファンタジー系サイケの代表的アルバムを紹介しましょう。

[サージェントペパーズ的なファンタジーサイケの代表的作品]
Bee Gees - Bee Gees' 1st (1967,8.9)
The Hollies - Butterfly (1967.11)
The Lovin' Spoonful - Everything Playing (1967.12.6)
The Rolling Stones - Their Satanic Majesties Request (1967.12.8)
The Who - The Who Sell Out (1967.12.15)
The Zombies - Odessey and Oracle (1968.4.19)
Manfred Mann - Mighty Garvey! (1968.6.28)
Status Quo - Picturesque Matchstickable Messages (1968.9.27)

さて、こうして様々なサイケデリックロックがピークを迎えたことによって、
サイケデリックロックが形成されるまでの歴史は終わり・・・となるはずですが、
実はまだこの6記事の中で全く取り上げていないサイケのスタイルがあるのです。

次回はその残されたサイケデリックロックのスタイルを見ていきましょう。

◎ここまでのサイケデリックロック形成の年表


1965.6.4 The Yardbirds - Heart Full of Soul (Single)
1965.7.30 The Kinks - See My Friends (Single)
1965.11 The Seeds - Pushin' Too Hard (Single) (Album 1966.4, Re-release 1966.7)
1965.12.3 The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Album "Rubber Soul")
1966.2.25 The Yardbirds - Shape of Things (Single)
1966.3.14 The Byrds - Eight Miles High (Single)
1966.4.15 The Rolling Stones - Lady Jane (Album "Aftermath UK")
1966.5.16 The Beach Boys - Album "Pet Sounds"
1966.5.30 The Beatles - Rain (Single "Paperback Writer")
1966.7.1 Donovan - Sunshine Superman (Single)
1966.8.5 The Beatles - Love You To, Tomorrow Never Knows (Album "Revolver")
1966.8.26 Donovan - Album "Sunshine Superman"
1966.10.10 The Beach Boys - Good Vibrations (Single)
1966.10.17 The 13th Floor Elevators - Album "The Psychedelic Sounds of the 13th Floor Elevators"
1966.10 The Deep - Album "Psychedelic Moods"
1966.11 Blues Magoos - Album "Psychedelic Lollipop"
1966.11 The Electric Prunes - I Had Too Much to Dream (Last Night) (Single)
1967.1.4 The Doors - Album "The Doors"
1967.1.13 The Rolling Stones - Ruby Tuesday (Single)
1967.2.1 Jefferson Airplane - Album "Surrealistic Pillow"
1967.2.13 The Beatles - Strawberry Fields Forever / Penny Lane (Single)
1967.5.26 The Beatles - Album "Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band"


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サイケデリックロックができるまで 第5回

これまでインド音楽系、ファンタジー系、ガレージ系と
様々な方面からサイケデリックロックが生まれてきましたが、
今度はさらに新しい方向へとサイケの波が広がっていきます。

それがフォークとサイケとの出会い、サイケデリックフォークでした。

その先鞭をつけたのが、Donovanというフォークシンガーでした。

彼はもともとシンプルなフォークを演奏していたのですが、
1966年7月1日にリリースしたシングル"Sunshine Superman"において、
サイケデリックな要素を取り入れたフォークソングを発表します。

Donovan - Sunshine Superman (1966) [Psychedelic Folk]


決してゴリゴリのサイケデリックサウンドというわけではないですが、
インド音楽的な要素をフォークに取り入れたのは間違いなく革新的でした。

これは商業的にも大成功し、全米1位、全英2位という記録を打ち立てます。
これがさらにサイケデリックロックの勢いを高めたのは間違いないでしょう。

そして何とこの曲、サポートミュージシャンとして後にLed Zeppelinを結成する
ジミー・ペイジとジョン・ポール・ジョーンズが参加しているのですよね。

そう考えると非常に豪華なメンバーで演奏された曲だと言えます。

また、この曲はタイトルも非常にサイケデリックなのですよね。
というのも、"Sunshine"という単語はサイケ方面でよく使われていましたので。

この後もDonovanはサイケフォークの第一人者として長く活躍しますが、
彼がサイケデリックロックに残した功績は決してこれだけではありません。

1966年8月26日にリリースしたアルバム"Sunshine Superman"において、
サイケデリックロックの形をさらに推し進める曲を作っているのです。

Donovan - Legend of a Girl Child Linda (1966) [Psychedelic Rock / Psychedelic Folk]


この曲を聴くと、自然と中世ヨーロッパを舞台にした
ファンタジー映画などの映像が浮かび上がってきます。

これはまさにファンタジー系サイケの新しい形でもありました。

これまでThe Rolling Stonesなどが作り上げてきた
ファンタジー系サイケはバロック音楽からの直接的な影響が濃かったですが、
ここではそうした路線は少し離れた形からファンタジー的サイケデリアを演出しています。

これによって、ファンタジー系サイケのあり方はさらに広がりを持ちました。

サイケフォーク、ファンタジー系サイケ、この2つの方面において、
Donovanは大きな仕事をしたというふうに言えるわけですね。

さて、ファンタジー系サイケの先鞭をつけたThe Rolling Stonesも負けていません。

1967年1月13日に"Ruby Tuesday"というシングルをリリースし、
これによってバロックポップ的なサウンドをさらに進化させ、
バロック風ファンタジー系サイケのスタイルを完成させます。

以前に紹介した"Lady Jane"よりもサイケポップ感が数段増しています。

The Rolling Stones - Ruby Tuesday (1967) [Psychedelic Rock]


こうしてサイケデリックロックの土台はほぼ完全に作り上げられました。
そして1967年に入ってから、サイケデリックロックは一気にピークを迎えます。

次回の記事ではそのサイケムーブメントがピークに達する場面を見ていきましょう。

◎ここまでのサイケデリックロック形成の年表


1965.6.4 The Yardbirds - Heart Full of Soul (Single)
1965.7.30 The Kinks - See My Friends (Single)
1965.11 The Seeds - Pushin' Too Hard (Single) (Album 1966.4, Re-release 1966.7)
1965.12.3 The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Album "Rubber Soul")
1966.2.25 The Yardbirds - Shape of Things (Single)
1966.3.14 The Byrds - Eight Miles High (Single)
1966.4.15 The Rolling Stones - Lady Jane (Album "Aftermath UK")
1966.5.16 The Beach Boys - Album "Pet Sounds"
1966.5.30 The Beatles - Rain (Single "Paperback Writer")
1966.7.1 Donovan - Sunshine Superman (Single)
1966.8.5 The Beatles - Love You To, Tomorrow Never Knows (Album "Revolver")
1966.8.26 Donovan - Album "Sunshine Superman"
1966.10.10 The Beach Boys - Good Vibrations (Single)
1966.10.17 The 13th Floor Elevators - Album "The Psychedelic Sounds of the 13th Floor Elevators"
1966.10 The Deep - Album "Psychedelic Moods"
1966.11 Blues Magoos - Album "Psychedelic Lollipop"
1966.11 The Electric Prunes - I Had Too Much to Dream (Last Night) (Single)
1967.1.13 The Rolling Stones - Ruby Tuesday (Single)

時系列を見ると、Donovanもまたサイケの先駆者であったことがよくわかりますね。

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サイケデリックロックができるまで 第4回

これまでインド音楽を導入することによるサイケデリックロックの形成と
バロック音楽や室内音楽を経由したファンタジー系サイケを見てきましたが、
それとは全く異なった形で生まれたサイケデリックロックもあります。

今回はそのガレージロック系サイケデリックロックの形成を見ていきます。

そしてこの動きがサイケデリックロックをさらに幅広い形に広げ、
巨大なムーブメントとなる土台となっていくことになります。

ガレージロックは60年代前半に勃興したラフで攻撃的なロックですが、
1965年あたりになるとここにサイケデリックな感覚が乗っかるようになり、
ガレージロックとサイケデリックロックの境界がだんだん曖昧になってきます。

その先鞭をつけたのがガレージサイケバンドThe Seedsによる
1965年11月のシングル"Pushin' Too Hard"となります。

The Seeds - Pushin' Too Hard (1965)
[Psychedelic Rock / Garage Rock]


この時点ではおそらくThe Seedsは
「サイケデリックな酩酊感の表現を目的としたロック」
としてこの曲を作ったわけではなかったと思われます。

また、歌詞を見てもドラッグを意識したような表現は特にありません。

しかしこのサウンドはガレージ系サイケデリックのど真ん中を突いており、
後のガレージサイケバンドのサウンドは完全にこの曲の影響下にあります。

従来のガレージロックに比べてヘロヘロとしてルーズなサウンド、
頭がどこかに飛んでるのではないかと思うようなトリップ感に満ちたヴォーカル、
地下室でドラッグをやってるかのような薄暗さに満ちた空気感、
これはもうガレージ系サイケデリックとしか呼びようのないものです。

そして何より注目してほしいのがこの曲がリリースされた時期です。

1965年11月ですが、この時点ではまだThe Byrdsの"Eight Miles High"もリリースされていません。
The Beatlesがフォークにシタールを導入した"Norwegian Wood (This Bird Has Flown)"よりも前です。

すなわち、この曲はサイケデリックロックの歴史を語るうえで、
極めて早い段階で作り出されているのですね。

言い換えるなら、
「LSDの酩酊感の表現を直接的に意識していたわけではないが、
サイケデリックロックとしか呼べない最初の曲」
がこの"Pushin' Too Hard"であると言ってもいいでしょう。

ただそれゆえ、最初のリリースの段階ではこの曲はほぼ売れませんでした。
サイケデリックロックとしてあまりに早すぎたのでしょうね。

そのかわりこの曲が1966年7月に再度リリースされた際にはけっこうヒットしました。
それだけこの曲が時代を先取りしていたというふうに言うことができるでしょう。

さて、このThe Seedsが切り拓いた道を多くのガレージバンドが進むこととなります。

そして1966年10月から11月にかけて、
サイケデリックロックの大きな転換点となる出来事が起きます。

ガレージ系サイケバンドが続けて、タイトルに"Psychedelic"と冠した
アルバムを次々とリリースしていくという動きが起きるのです。

まず1966年10月17日にはガレージ系サイケバンドThe 13th Floor Elevatorsが
"The Psychedelic Sounds of the 13th Floor Elevators"というアルバムをリリースします。

このアルバムの代表曲である"You're Gonna Miss Me"を紹介しましょう。

The 13th Floor Elevators - You're Gonna Miss Me (1966)
[Psychedelic Rock / Garage Rock]


サウンドは完全にThe Seedsの"Pushin' Too Hard"の流れにあることがわかります。

このバンドの曲では大抵全編に渡ってヒュコヒュコという謎の音が鳴っていますが、
これはエレクトリック・ジャグというこのバンドだけが使っている変な楽器です。

アルバム名に堂々と"Psychedelic"と冠しているということは、
「これはLSDによる酩酊感の表現した音楽である」
という表明に他なりません。

こうして自分達から"Psychedelic"と名乗る音楽が出てきたことによって、
サイケデリックロックは本当に確立されたと言ってもいいかもしれません。

そして1966年11月にはBlues Magoosというガレージ系サイケバンドも
"Psychedelic Lollipop"というアルバムをリリースします。

ここではその代表曲である"(We Ain't Got) Nothin' Yet"を紹介します。

Blues Magoos - (We Ain't Got) Nothin' Yet (1966)
[Psychedelic Rock / Garage Rock]


ここで注目してほしいのが、この曲全体で強調されているオルガンです。

オルガンをロックに使うのはこれ以前からも普通に行われていましたが、
ここではサイケデリックな酩酊感の表現のためにオルガンが使われています。

このあたりを一つのきっかけとして、オルガンはサイケを代表する楽器の一つとなります。

また1966年10月にThe Deepというバンドも"Psychedelic Moods"という
"Psychedelic"を冠したアルバムをリリースしていますが、
このバンドは活動期間も短かったことから、ここでは割愛しておきます。

そしてこうしたガレージサイケの流れはさらに進行していくこととなります。
ここで非常に重要なバンドとしてThe Electric Prunesを紹介します。

もうバンド名がすでにいかにもサイケデリックな雰囲気を漂わせてますが。

The Electric Prunes - I Had Too Much to Dream (Last Night) (1966)
[Psychedelic Rock]


ここで紹介した他の3曲とはやや雰囲気が異なることが伝わるかと思います。

先に紹介した3曲はどれもけっこうラフな雰囲気であったのに対して、
こちらの曲はもうちょっと整合性を感じさせる仕上がりとなっています。

すなわち、「ガレージ系サイケの音楽性を受け継ぎながら、
ガレージロック的な荒々しさが薄まったサイケデリックロック」
がこのあたりから徐々に確立されていくことになるのです。

この方向性は後にさらに発展して、サイケの主要スタイルの一つとなっていきます。

とまぁ、今回はガレージ系サイケデリックが確立されていく流れを見ていきました。

◎ここまでのサイケデリックロック形成の年表


1965.6.4 The Yardbirds - Heart Full of Soul (Single)
1965.7.30 The Kinks - See My Friends (Single)
1965.11 The Seeds - Pushin' Too Hard (Single) (Album 1966.4, Re-release 1966.7)
1965.12.3 The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Album "Rubber Soul")
1966.2.25 The Yardbirds - Shape of Things (Single)
1966.3.14 The Byrds - Eight Miles High (Single)
1966.4.15 The Rolling Stones - Lady Jane (Album "Aftermath UK")
1966.5.16 The Beach Boys - Album "Pet Sounds"
1966.5.30 The Beatles - Rain (Single "Paperback Writer")
1966.8.5 The Beatles - Love You To, Tomorrow Never Knows (Album "Revolver")
1966.10.10 The Beach Boys - Good Vibrations (Single)
1966.10.17 The 13th Floor Elevators - Album "The Psychedelic Sounds of the 13th Floor Elevators"
1966.10 The Deep - Album "Psychedelic Moods"
1966.11 Blues Magoos - Album "Psychedelic Lollipop"
1966.11 The Electric Prunes - I Had Too Much to Dream (Last Night) (Single)


この年表を見ると、いかにThe Seedsが先駆的であったかがわかりますね。

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サイケデリックロックができるまで 第3回

サイケデリックロックを代表するスタイルの一つに、
「異様にカラフルでファンタジー的なサウンド」があります。

そのため、こうした楽曲を何の予備知識もなしに聴いたときには、
「ずいぶんときれいでファンタジーな曲だな」と思うのですが、
実はこれは「LSDによって生じるカラフルな幻覚作用」の表現なのです。

さて、この「サイケデリックロックができるまで」の第2回記事までは、
こうしたカラフルでファンタジー色の強いサイケデリックロックへの流れは
まだ全く登場していませんでした。

こうした「ファンタジー系サイケ」が生まれた土壌には、
「ロックによるバロック音楽や室内音楽への接近」があります。

要するにバロック音楽的なカラフルなサウンドを導入することが、
ファンタジー的なLSDによる幻覚への表現に繋がったわけですね。

そしてこの動きもまた「ロックによる新しい音楽要素の導入」の側面を持っています。

インド音楽への接近が新しいロックの表現として求められたように、
クラシックへの接近もまた新しいロックの表現として取り入れられたわけです。

「後のファンタジー系サイケの土台となるスタイルとしての
ロックへのバロック音楽への導入」において非常に大きな役割を果たしたのが、
ここで紹介するThe Rolling Stonesの"Lady Jane"(1966年4月15日)です。

The Rolling Stones - Lady Jane (1966) [Baroque Pop]


ロックへのバロック音楽の要素の導入はThe Beatlesが
"In My Life"(アルバム"Rubber Soul"収録)において行っていましたが、
このときはまだ断片的にその要素を取り込むものだったのですね。

それに対して、この"Lady Jane"はもはや完全にバロック音楽であり、
こうしたスタイルの特徴であるハープシコードの導入も極めて大胆でした。

またこの"Lady Jane"ではダルシマーという楽器が大幅に取り入れられてもいます。
「新しい楽器のロックへの導入」という点でも踏み込んでいた曲だったのですね。

1966年にはこうしたバロックスタイルの音楽が他のバンドからも生まれていますが、
時期的にもその音楽的にもこのThe Rolling Stonesの"Lady Jane"は画期的でした。

ただしこの時点では「サイケ的なトリップ感の表現のためのバロック音楽の導入」
という色は薄く、あくまで「ファンタジー系サイケが確立される過程で生まれた曲」
というふうにとらえたほうが適切であろうとは思います。

「ストーンズ=不良バンド」みたいなイメージでとらえている方は
こうしたストーンズの音楽性を見ると意外に感じてしまうかもしれませんね。

そして「バロック音楽的でカラフルなサイケデリックロック」とは異なる形で、
「キラキラとして浮遊感のあるサイケデリア」を確立したアルバムが生まれました。

それが今なお語り継がれるThe Beach Boysの"Pet Sounds"(1966年5月16日)です。
そこからその浮遊感が非常に伝わりやすい"You Still Believe in Me"を紹介しましょう。

The Beach Boys - You Still Believe in Me (1966)
[Psychedelic Pop / Psychedelic Rock / Chamber Pop]


このアルバムもクラシカルな室内音楽の要素を取り入れていることから、
「室内音楽的なロック」ということでChamber Popなどと呼ばれることがありますが、
この作品に関してはそうした枠組みだけではとらえきれないところがあります。

この"Pet Sounds"は従来のロックで用いられてきたスタイルを
全部解体してしまおうとしながら、その中で新しい音楽を確立し、
それを極めて高いレベルで実現したところに凄味があるのです。

まずドラムなどは完全に不規則ですし、この曲の最後では自転車のベルの音を使ったり、
普通のロックではやってこなかったことをサラリといくつも導入しています。

そしてこのアルバムでよく言われるのがベースの使われ方です。

ベースは基本的にはそのコードのルート音を中心に弾くのですが、
このアルバムではどの曲でもずっとベースがルート音をわざと外していて、
それが特有のふわふわと浮かぶようなトリップ感を生み出しています。

それゆえある程度音楽に詳しい人ほど、
「なんだかこのアルバムはいやに異質だぞ」と感じる内容になっています。

ところでビーチ・ボーイズというと、
「はぁ、ビーチ・ボーイズ? サーフィン音楽のバンドだろ?」
と軽く見られてしまうことがありますが、
バンドの中心人物でもあったブライアン・ウィルソンは完全なインドア派で、
ずっと芸術性だけを突き詰めた作品を作りたいと考えていたのですね。

そして歌詞などからもサーフィン的な要素を完全に取り払い、
100%自身の音楽的な創造性だけで作り上げたのがこのアルバムなのです。

この"Pet Sounds"はポール・マッカートニーにも強烈な影響を与え、
さらにこのアルバムの影響を受けたソフトサイケバンドも大量に生まれました。

このアルバムがそのまま「サイケデリックの一つのスタイル」として確立されたのですね。
それをほぼThe Beach Boysのブライアン・ウィルソンが一人でやってのけたのもすごいことです。

この作品が作られるまでは、他のバンドは似たような音を全く作ってなかったですからね。

またこの"Pet Sounds"がThe Beatlesの"Revolver"よりも先にリリースされているのも注目点です。

The Beatlesが"Revolver"でサイケ方面に大きく踏み出すより前に、
The Beach Boysは彼らなりの独自のサイケデリアを完成させたわけですね。

そしてこの"Pet Sounds"を受け継ぎ、同年10月10日には、
The Beach Boys流サイケの決定的な曲である"Good Vibrations"がリリースされ、
全米1位と全英1位を同時に獲得します。

The Beach Boys - Good Vibrations (1966) [Psychedelic Rock]


ポップでありながらサイケデリックでいて、極めて高い創造性を誇っている、
まさにこの時代が生み出したロックの一つの金字塔であると言っていいでしょう。

さて、まだファンタジー系サイケの完全な確立には至っていませんが、
次回記事ではこれまでとは全く違った方向から生まれたサイケを見ていきます。

同時多発的に様々なスタイルが生まれたのがサイケデリックロックの特徴なのです。

ということで、今回はバロック系サイケデリックの土台が作られたことと、
The Beach Boys流の透明感のあるサイケデリアの確立を見ていきました。

◎ここまでのサイケデリックロック形成の年表


1965.6.4 The Yardbirds - Heart Full of Soul (Single)
1965.7.30 The Kinks - See My Friends (Single)
1965.12.3 The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Album "Rubber Soul")
1966.2.25 The Yardbirds - Shape of Things (Single)
1966.3.14 The Byrds - Eight Miles High (Single)
1966.4.15 The Rolling Stones - Lady Jane (Album "Aftermath UK")
1966.5.16 The Beach Boys - Album "Pet Sounds"

1966.5.30 The Beatles - Rain (Single "Paperback Writer")
1966.8.5 The Beatles - Love You To, Tomorrow Never Knows (Album "Revolver")
1966.10.10 The Beach Boys - Good Vibrations (Single)

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サイケデリックロックができるまで 第2回

「サイケデリックロックができるまで」シリーズの第2回記事です。

前回の第1回記事でロックのインド音楽への接近を紹介しましたが、
今回はそれを踏まえてサイケデリックそのものな音楽が登場します。

1966年3月14日、あらゆる面でサイケデリックな曲が発表されます。
The Byrdsによる"Eight Miles High"というシングルです。

このブログを以前から読んでくださっている人は、
「The Byrds・・・どこかで聞いたような」と思っているかもですが、
以前の「フォークロックができるまで」で登場したフォークロックの開祖的バンドです。

そのThe Byrdsがサイケデリックロックでも重要な役割を果たすのです。

The Byrds - Eight Miles High (1966) [Psychedelic Rock]


シタールそのものではないものの、インド風に演奏されたイントロのギター、
そしてダラーンと溶けるような酩酊感に満ちたヴォーカルなどが非常に印象的です。

また、この曲はもうタイトルからしてサイケデリック色に満ちています。

まず「8マイル」のような大げさな表現はサイケデリックロックの大きな特徴で、
さらに"High"という単語をチョイスしているところもそれに拍車をかけています。

この"high"という言葉、サイケデリック時代には「(LSDで)ハイになっている」ことを
指すためのある種の隠語として多用されているのです。

そのためレコード会社などはこの単語に非常に敏感になっていました。
現在ほど過激な表現が許容されていた時代ではなかったですからね。

少し注意しないといけないのは、そうした時代背景であったがゆえに
当時「これはドラッグソングではないのか?」と問われた際には
わざと知らないフリをして否定していることが多かったことです。

それゆえ当時ドラッグソングであることを否定していたからといって、
本当にそうではないと解釈するのはむしろ避けたほうがいいのです。

わざとそう言い訳できるように歌詞などを書いていたケースも多かったですので。
そのためサイケ時代の曲の歌詞はダブルミーニング的なものがよくあります。

「表面的に読むと普通の歌、でも本当はLSDの歌」みたいな感じです。

この曲も当時ラジオからバンされた際に「ドラッグの歌ではない」と言ってましたが、
80年代にはこの曲についてメンバーが「もちろんドラッグの曲だよ。書いたときもラリってたし」
とはっきりと言ってしまっています。

この曲以前にもサイケデリック的なサウンドそのものは存在していましたが、
「LSDの酩酊感を意図したうえで、そうしたサウンドを作った」というのは、
この曲が初めてに近く、そうした意味で歴史的意義が非常に大きいです。

この1ヶ月前にThe Yardbirdsがリリースした"Shape of Things"も
この"Eight Miles High"と並ぶ最初の「意図的なサイケデリックソング」
として語られることがありますが、そちらはサウンドだけを聴いても
"Eight Miles High"ほど明確なサイケデリック的なトリップ感はないので、
ここではこちらの"Eight Miles High"のほうを重要視することにしました。

ただ、The Yardbirdsの"Shape of Things"は長期化するベトナム戦争に対する
反戦的なテーマが含まれており、これがサイケデリックロックと連動した
ヒッピームーブメント、フラワームーブメントの趣旨と重なるところが大きく、
その点において非常に重要な役割を果たしたことは特筆できるところです。

そしてこのThe Byrdsの"Eight Miles High"に負けじと、
The Beatlesもまた次々とサイケデリックな楽曲を発表していきます。

まずは1966年5月30日にリリースされたシングルの"Rain"です。
(厳密には"Paperback Writer"のB面曲という位置付けですが。)

The Beatles - Rain (1966) [Psychedelic Rock]


"Paperback Writer"もけっこうサイケ色が強い楽曲ではあるのですが、
この"Rain"のほうが極めてはっきりとしたサイケデリックロックですね。

ダラダラとした酩酊感のあるサウンドとヴォーカルもさることながら、
最後にテープの逆回しのような工夫を入れてあるのも非常にサイケです。

そしてThe Beatlesは続く1966年8月5日にリリースした
アルバム"Revolver"でもサイケデリックな楽曲を多く発表します。

その代表とも言えるのが、この"Tomorrow Never Knows"でしょう。

The Beatles - Tomorrow Never Knows (1966) [Psychedelic Rock]


インド風の要素、哲学的でありながらも意味不明な歌詞、無意味なタイトル、
サンプリングなどのテクニックの多用、どこから見てもサイケそのものです。

ちなみにこの曲の歌詞は1964年の書籍である、
"The Psychedelic Experience: A Manual Based on the Tibetan Book of the Dead"
がモチーフとなっているそうです。

この書籍のタイトルにも明確に"Psychedelic"などとあるように、
この曲がLSDと東洋文化などを意識したことは間違いありません。

またこの曲は実際には先に紹介した"Rain"より先にレコーディングされており、
The Beatlesが最初に作った本格的なサイケデリックロックとも言われています。

これは同時にサイケデリックロックが生まれた大きな原動力である
「先進的で新しいロックを作りたい」という意識の結実でもありました。

そしてアルバム"Revolver"でもう一つ外せない曲が"Love You To"です。

The Beatles - Love You To (1966) [Psychedelic Rock / Raga Rock]


これはもう100%どこをどう切り取ってもインド音楽という仕上がりです。

この時期、The Beatlesのジョージ・ハリスンはインド音楽にドップリで、
それゆえ彼が作る曲はこうした完全なインド風な楽曲と増えていました。

この曲はまさに「ロックへのインド音楽の導入の完成形」と言っていいでしょう。

こうしてThe ByrdsやThe Beatlesによってサイケデリックロックが確立されましたが、
サイケデリックロックの音楽性はもっと多様で他にも様々なスタイルがあります。

次回はインド風とは違う方向から模索されたサイケデリックロックを見ていきましょう。

◎ここまでのサイケデリックロック形成の年表


1965.6.4 The Yardbirds - Heart Full of Soul (Single)
1965.7.30 The Kinks - See My Friends (Single)
1965.12.3 The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Album "Rubber Soul")
1966.2.25 The Yardbirds - Shape of Things (Single)
1966.3.14 The Byrds - Eight Miles High (Single)
1966.5.30 The Beatles - Rain (Single "Paperback Writer")
1966.8.5 The Beatles - Love You To, Tomorrow Never Knows (Album "Revolver")


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