謎の「きのこの山」と白昼夢

さて、今回は前回時期の幻覚話の続きということになります。
今月の精神転落期に見た幻覚の中でも一つのハイライトとなります。

でもって、今回からちょっとギャグテイストというか、
笑えるような雰囲気が強まっていくと思います。

ただそれは別に笑えるように脚色してるわけではなく、
素直にそのときに見えた幻覚を表現しているだけではありますが。

さて、今回も幻覚がピークを迎えていた5月16日の話となります。

このところうちの家には近所の小学生がおやつをねだりに来るのですが、
5月16日には自分と兄がメンタルクリニックに向かう直前に来たのです。

そこで自分は買っておいた「きのこの山」をあげたのですね。

そしてメンタルクリニックに向かったのですが、
そのときにこの時期は時間の感覚が変になってる自覚はありつつも、
「なんかタイムパラドックスの中にいるみたい」みたいに
変な解釈をしていたので、それがそのときも頭の中をよぎって、
「今回のきのこの山をあげたことでもタイムパラドックスが起きそう」
と思っていたのです。

そして家に帰ってくると、門の中に子どもの自転車が1つあり、
さらに家の中に入ると渡したはずの「きのこの山」が玄関に残っていたのです。

しかもご丁寧に箱をちょっと開けたような状態になっていました。

この子どもの自転車と玄関に残った「きのこの山」を見て、
自分は「あぁ、やっぱりタイムパラドックスが起きた」
みたいに思っていたのです。

そして家に戻ってきて1時間ぐらいした後にまたその小学生の子が来て、
そのときに玄関にあった「きのこの山」を再び(?)渡したうえで、
外に出てその子達を見送ったのです。

でもまた少し後に玄関を見ると、まださっきの「きのこの山」があるのです。
ただし帰宅時に見た子どもの自転車についてはなくなっていました。

そしてその日は寝て、翌日の5月17日になると玄関の「きのこの山」は消えていました。
5月17日にはまだその子達は来ていなかったにもかかわらずです。

さて、いったいこれはどういうことだったのでしょうか。

     笑い話というよりホラーになってないか;(・ω・*)
(*・ω・)改めて文章にすると怖い;

おそらく事実は「メンタルクリニックに行く直前にきのこの山を渡したのは本当で、
それ以降に見た子どもの自転車や玄関に残ったきのこの山は幻覚だった」でしょう。

もちろん「翌日の5月17日にきのこの山を渡した」ということもないでしょう。

そう判断できる理由はいくつかあって、まずは門の中で見た子どもの自転車は
明らかにお菓子をもらいに来る子達の自転車とは別物だったことです。

かといって5月16日だけ見知らぬ子どもがうちの家に自転車を置くわけはなく、
そのときの自分の状態も含めて総合的に判断すると、
「帰宅時に見た自転車は幻覚だった」と考えるのが妥当と思えるのですね。

そして夕方の二度目のその子達の訪問と「きのこの山」を二回目に渡した場面ですが、
これも今思うといやに記憶がおぼろげで、病院に行く直前に渡した場面の記憶が鮮明なのに比べ、
明らかに奇妙な差があるうえに、その子達も同じお菓子を二度も素直にもらうのはおかしく、
やはりこれについても幻覚だったと考えるのが適切なのだと思います。

さらに付け加えると、この子達は1日に2回来たことは今までないのですよね。

なので、「5月16日だけ2回来て、2回とも同じお菓子を受け取っていった」
と考えるのは難しく、やはり幻覚だったと結論付けるべきなのでしょう。

とすると、なんでそんな奇妙な幻覚を見たのかということが問題になります。

もちろん最大の原因はそのときの自分の精神状態が非常に悪くなっていて、
それによって幻覚を見るようになっていたということなのですが、
直接の引き金はこのときの自分が「タイムパラドックスが起きるに違いない」
という考えに支配されていた点です。

今回の精神転落期になんで幻覚をいくつも見ることになったかというと、
当時の自分のおかしな感覚に脳が順応して反応してしまったことで、
「あなたが思い込んでいることは事実ですよ」と脳が自分に見せかけてしまう、
そういう現象が起きていたと思うのですね。

だから「タイムパラドックスが起きるに違いない」と思ってしまった時点で、
「はい、本当にタイムパラドックスが起きてますよ」
と思わせるような反応を脳がしてしまう、
それによって「タイムパラドックスできのこの山が子どもの自転車が残っている」
と自分に見せる結果になったというふうに解釈できます。

なので、今回の様々な幻覚の直接的な要因をまとめると、
「精神状態の悪化による感覚のズレと、脳のそれに対する順応」
ということだったと思います。


さて、ここからは少し話が変わります。

前回記事では記事中で少し触れたものの、
その後ほとんど説明をしなかった話がありました。

それは単に文章量の問題ではあったのですが。

>・5月15日と16日にかけて見えた時間や日付に対する幻覚
>・5月13日ぐらいから頭の中で自動再生されていた不思議な話

精神転落期に見た2タイプの幻覚についてこう紹介したのですが、
今回の「きのこの山」の話で前者については全部紹介したものの、
後者についてはまだ全然触れていなかったのですよね。

ここに書いているように、自分の認識がおぼろげになっていった
5月13日のあたりから奇妙な記憶がいくつも残っているのです。

自分は「何かで見た」というふうにそのとき認識していたのですが、
頭がクリアになった5月17日以降にそれらの記憶を改めて調べてみても、
どこにも情報がなく、どうもこれは映像や動画で見たのではなく、
自分の頭の中で自動的に再生されていたもののようなのです。

とはいえ、「目に見えていた」というよりは脳内再生的なものなので、
幻覚というよりは白昼夢に分類したほうが適切なのかもしれません。

5月13日と14日は自分で何をしていたのかよくわかっていないのですが、
大量に白昼夢を見ながら過ごしている間に時間が過ぎて行った、
と考えると辻褄が合うところもあるのですよね。

そしてこれらの白昼夢の中には、必殺仕事人の中村主水が出ていて、
いろいろな物語について語るというものがなぜかよくありました。

中村主水が出てきた理由はたぶん時代劇チャンネルをよく見てるせいだと思います。

次回以降の記事ではこの時期に見た白昼夢を少しずつ紹介していきます。

面白いのは記憶がおぼろげな時期に見たものだと、
認識がクリアに戻った時点で忘れてしまいがちだと思うのですが、
おそらく起きていた時間帯に脳内再生されていたっぽいためか、
これらの白昼夢はどれもけっこう鮮明におぼえているのですね。

そんな白昼夢話が今後は登場しますが、どうぞ見守ってやってください(゚x/)

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精神転落期に見た幻覚話とその時期の意味不明な行動

前々回と前回の記事で精神転落期に幻覚を見ていたことをお話ししましたが、
今回の記事ではそれがどういうものだったかについて触れていきます。

読むにあたっては別に深刻にとらえてほしいということは全然なく、
むしろもう笑ってほしいというつもりで記事にしています。

あまりにも変な幻覚が目白押しで、それをけっこう記憶しているので、
ブログのネタにでもしようというふうに思ったのがきっかけですしね。

さて、これまでは幻覚を見ていたというふうに一言で言ってましたが、
この精神転落期に見ていた幻覚はおおむね次の2パターンがありました。

・5月15日と16日にかけて見えた時間や日付に対する幻覚
・5月13日ぐらいから頭の中で自動再生されていた不思議な話

前者はたとえば「5月15日」と書かれている日付が
自分にはなぜか「5月16日」と見えていたみたいな話です。

特に強烈だったのは5月16日の午後11時以降で、
目の前の時計の針は11時を指しているのに、
テレビ画面の時計は「午前0時30分」とか「午前1時20分」
とかに見えていたという話です。

これは決して時計の針のほうが止まっていたとかではなく、
テレビ画面のほうの時間が自分には見るたびに
進んだり戻ったりしてるように見えていたのですね。

もちろん見ながら「あぁ変な感じに見えているな」という自覚はあるのですよ。

でも見てるときは「何かタイムパラドックスの中にいるみたい」みたいな感じで、
それを幻覚というふうにはとらえていなかったのですよね。

幻覚だと明確に認識したのは、意識がはっきりした5月17日以降でしたね。

他にも周りの人がおかしな行動をとってるように聞こえたりしていました。

特に印象に残ってるのが、これも5月16日の午後11時台の話ですが、
風呂に入っていた父が出る直前に風呂のカバーの開け閉めを何度も繰り返していたことです。

他にも桶に入っていた水かお湯を何度もはらっているように聞こえたりしました。

これはそのときは「なんか父が変なことをしてるな」「変なふうに聞こえるなぁ」
なんて思っていたのですが、今思うと父がその日だけ変な行動をとったというのは
ちょっと奇妙なのですよね。

おそらくこれは自分がまるで時間が前後しているような感覚に陥っていて、
それゆえに1つの行動が何度も発生しているように認識していただけで、
幻覚や幻聴の類いだったと解釈したほうが正しいはずなのですよね。

なんでこんなことが起きていたのかということを今自分なりに解釈すると、
記憶や認識がこの時点ではおかしくなっていたので、
そのときの自分なりに辻褄を合わせるために「これは5月16日のはず」
みたいな感覚ができていて、脳が勝手にそれに合わせていたのでしょうね。

人間の脳の順応性ならでは、という現象だったとも言えるのですが、
それで周りに対する認識がズレてしまうとしたらかなり困りますよね。


さて、今回の記事ではこの精神転落期に自分でもよくわからないままにしていた
いくつかの支離滅裂な行動についても紹介していきます。

幻覚とは別物ですが、周りのものや自分の行動に対する認識が
すごく変になっていたことがよくわかる事例ではありますからね。

・サプリメントをキャンディ代わりに?
まずはサプリメントをよくわからない使い方をした話です。

自分が飲んでいたサプリメントにものすごく苦いものがあったのですが、
何を思ったのかそれを口に入れてキャンディのように舐め始めたのですね。

そしたら当然異様に苦いわけで、ティッシュに吐き出したりするわけです。

でもそれをまた口に入れて悶えて、また出してみたいなことを繰り返して、
最終的にそれを自分の部屋のテーブルに置きというよくわからないことをしていました。

今思えばなんでそんなことをしたのかはさっぱりとわかりません。

・口内炎パッチの無駄遣い
自分は口内炎ができると、そこに貼るシールタイプのパッチを使うのですが、
今回の精神転落期には、口内炎も何もできてないのでそれを口の中に貼っては
舐めて剥がして捨てるというよくわからないことを繰り返していました。

そのおかげで正気に戻ったときにはそのパッチを全部使い果たしていました;

ほんとこれも訳の分からない行動で、いかに自分のやっていることなどについて
正常な判断ができない状態になっていたのかというのがよくわかりますよね。

ただ興味深いのはその行動の記憶がないわけではないということですね。
せん妄のように記憶の無い状態で意味不明な行動を取っているのではなく、
その時点では普通の判断のつもりでこれをやっていたということです。

なので正常に戻ったときにもちゃんとその行動を覚えていたわけですね。

・ごみ袋の中にごみ袋
自分はもともと部屋にあるごみ箱にごみ袋を1枚かぶせて使っているのですが、
今回の精神転落期には、そのごみ箱の上にさらにごみ袋を何枚もかぶせたり、
それを繰り返してごみ箱の中が一杯になったら、ごみ袋の中にごみ袋が何枚も
かぶさっているだけの状態でくくって捨てたりと、ひたすらごみ袋だけを使って、
この時期だけでごみ袋を50枚ぐらい消費するという行動をしていました。

もちろん意味不明な行動なのですが、正気に戻ったときに
その「ごみ袋だけを詰めたごみ袋」が部屋に一つ残っていて、
それを見たときに我ながら苦笑いをしてしまいましたね。

「何これ? 俺こんなことしてたの?」って笑ってしまいました。
今でもこのごみ袋を思い出すとドン引きするより笑ってしまいますね。


文章量がそれなりになったので、今回の記事はいったんここで締めますね。

次回は幻覚話の続きで、今回の幻覚の中でのハイライトを紹介します。

「今回の幻覚のハイライト」って何なんだ、と自分でも思ってしまいますが。

当分はこの精神転落期に見た幻覚をブログのネタにしていきます。

それでは、また次回記事でもよろしくお願いしますね(゚x/)

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今回の精神的転落と回復についてつらつらと

今回は一応は前回の精神的転落と回復についての記事の続きです。

とはいっても、今回は思いついたことをつらつらと書いていくだけですが。

前回記事では5月初めからの急転落に絞って書いていきましたが、
普通に考えれば訪問看護師さん関連のことだけで落ちるはずはなく、
自覚はなかったものの5月初めの段階で危ない状態ではあったのでしょうね。

その傍証とも言えるのが3月の中旬ぐらいに再発した過敏性腸症候群ですね。

その前に過敏性腸症候群にかかったときはかなりストレスフルだったので、
今回もそれが再発した時点でいろんなものが心の中に溜まっていたはずなのですよね。

ただ3月時点ではそれに全く気付かず、4月に過敏性腸症候群と診断を受けても、
「そんなにひどい状態じゃないはずなのに、なんで再発したんだろう」と
自分でよくわかってなかったのですよね。

一方で今回の流れの大きな特徴の一つが回復の異様な早さだったのですが、
これはおそらく次のあたりのことがポイントだったのように思うのですね。

・5月17日にストレスの原因などについて一気に気付いて自覚できたこと
・5月16日に父や兄といろいろ話したことで肩の荷が下りたこと
・5月16日にいつものメンタルクリニックの先生の診察を受けることができ、
 また数日ぶりに薬についても再開できたこと

この中でもとりわけ上の2つが大きかったようには思いますね。

そう考えると、「ストレスやプレッシャーに関して自覚できること」というのは、
この手の精神的なものから来る身体症状にはものすごく重要だということですね。

そのことに気付いて「あぁこれだ!」という発見があるだけで全然違う、
だから体からのサイン、「どうもこれは精神から来てる身体症状では」
と思うようなものがあったら、自分の中で探るのがすごく大事なのでしょうね。

だから自分は本当は3月の過敏性腸症候群のときに考えるべきだったのですよね。

「なんで過敏性腸症候群がこのタイミングで?」と思うだけに終わらず、
「過分性腸症候群が来たということは、今は自覚はないけど何かあるはず。
自分にストレスを与えてるのは何だ?」ということをきちんと考えて、
そのタイミングで発見できていれば5月の転落はなかった可能性がありますね。

ただ今思うなら、5月の転落と回復は自分として必要な出来事だったようにも思うのですね。

というのも、5月17日からの頭のフレッシュ感がものすごくて、
「この回復は5月の転落がなかったら起きなかった」のも事実で、
結果的に転落が自分を一気に空の上まで運んでくれたとも言えるのですよね。

でもそう思えるのは、結果的に運良く転落から回復できたからなのですが。

転落状態が続いていたら、想像以上に危険な状態になった可能性がありますからね。

5月13日ぐらいからは周りのことがまともに認識できなくなっていたので、
そんな錯乱状態が数ヶ月単位で続いたら何をしでかしていたかわからないわけです。

自分でわからないうちに事件を起こす可能性もありますし、
場合によっては命を絶ってしまった可能性もあったと思います。

だからひどい転落状態が数日で済んだのは非常に運が良かったですね。
この点は兄の存在も非常に大きかったので、大いに感謝していますね。


さらに振り返ってみると、昨年6月ぐらいからときどき起きていた24時間睡眠とか、
もうこのあたりからたぶん精神的に正常じゃなかったのでしょうね。

もちろんこのときは変な錯乱とかはなかったですし、
日常の行動も普通にはできてはいたのですが、
24時間寝ようと思うとか、それを実行してしまうとか、
その時点で異変としてとらえるべきではあったのでしょうね。

ただこの24時間睡眠は数ヶ月前からできなくなってきたので、
今ではもうあの状態に戻ることはないとは思うのですが、
いずれにしても変な状態は5月初めからだけでも、ここ数ヶ月だけでもなく、
もっと長いスパンで起きていたと見るのが正しいのでしょうね。

さらに昨年2月頃から海外輸入品の向精神薬に手を出していましたが、
これも確実に自分としてはマイナスにはたらいていたでしょうね。

ちなみにこれらの薬については5月16日にきっぱりやめました。
精神的に回復して意志が強くなってる今が大きなチャンスですからね。

今の間に生活のいろんな贅肉をそぎ落としていくとともに、
気持ちの安定を保つための方策を確立するのが大事でしょうからね。

今思えば、なんで市販の向精神薬などに手を出したのかと思いますね。

そもそも向精神薬って依存性があるものも少なくないわけですから、
医者から処方されるもの以外に手を出してしまうと、
ずっとコンスタントに続けなきゃいけくなったり、
あるいは1日の飲む量をきちっと調整しないといけないとか、
さらにはその薬で高額のお金が飛ぶとか悪影響が多方面に及ぶわけです。

そして手元に何個もあるがゆえに起こしがちなのが「薬の飲み過ぎ」ですよね。

自分が購入していたのは主にバスピン(抗不安薬系)、ハイプロン(睡眠薬系)、
ルネスタ(睡眠薬系)の3種でしたが、バスピン以外は飲み過ぎてましたからね。

飲む→効かない→さらに飲む、みたいなことをやってしまうわけですね。

でも病院で処方された薬だと、これは基本的にしないわけです。
というのも、飲み過ぎると当然ながら足りなくなるからですね。

こういう点も含めて、海外輸入の向精神薬に関しては
「絶対に手を出さないほうがいい」と自分の経験として断言します。

ほんと「お金をドブに捨てる」とはこのことだと今では大いに反省してますね。

それでは今日はこのあたりで。
次回は精神転落期に見ていた幻覚について詳しく触れていきます。

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過去最大の一つと呼べる精神的転落から何とか帰ってきました

おひさしぶりです、かーとです。

5月7日から8日にかけてコメントをもらいながら長い間放置しているなど、
ちょっと今までにない動きを見せてしまっていた自分ではありますが、
実はこの間に過去最大の一つに近いほどの精神的な落ち込みがあって、
さらにそこから驚くほど一気に復活して戻ってくる出来事がありました。

今回はそのことについて、できるだけまとめて書き進めていきます。

まず問題はいったい何が原因でそこまで急速に落ちたのかということです。

これは復活した5月17日以降に気付いたことではあるのですが、
一言で言ってしまうと「母の介護関連のプレッシャー」です。

と言うと「あぁ、そういえば記事でもときどき触れてたよね」
と感じられると思いますが、たしかに母の介護には触れていながら、
5月の最初の段階ではそれが巨大なプレッシャーになっていることに
自分では全然気付けていなかったのですよね。

そして、5月の始めからこのように急速に転落をしていきました。

5月2日
母の訪問看護師さんから、
訪問した患者さんにコロナの人がいたため、
当分の間はそちら訪問できなくなり、
その間は同じステーションの訪問看護師が対応する、
という旨の連絡がある

5月3日・4日
かわりの訪問看護師さんが来てくれるが、
やはりどうしてもいつもの看護師さんほど母とは噛み合わず、
どことなくチグハグな印象を受けてしまい、
母も上手くリラックスできなかったのか疲れた様子を見せる

5月7日
母の普段の訪問看護師から、
「私自身もコロナ陽性が判明したので、14日までは訪問できない」
という旨の連絡がある

このあたりから自分のブログにもらったコメントに対して
返事ができなくなる。

厳密に言うと、自分の行動が徐々におかしくなっていき、
できない行動が少しずつ出てきて、
放置状態になるものが表れてしまう。

また、このあたりから部屋のごみ箱に嘔吐することが増えている

5月12日
この日を最後に友人のブログなどへの訪問が途絶える
要はブログ訪問などの認識ができない状態に陥っていた

このあたりで食事や水分摂取も曖昧になり、ひげそりや歯みがきも認識できなくなり、
ほとんど記憶の無いよくわからない日々を過ごすようになる

5月13日
本来は普段のメンタルクリニックに通う日だが、
そのことも認識できず、通わない状態が続いてしまう

5月14日
例年は必ず花を買ってきて母にあげるはずの母の日なのに、
今年はその認識も全くなくなり、記憶も曖昧になっていて、
何かを買いに行くという意識もないまま過ごしてしまう

5月15日
母のいつもの訪問看護師さんが復帰する

その人に顔を見せると、顔色がすごく良くないと心配され、
聴診器を当ててもらい、腸が全く動いてないと言われ、
「近くの病院に行ってみたら」と提案される

夕方に父と一緒にその病院に向かうが、
そのときにまともに歩けないことに気付き、
父の手を握りながらフラフラの状態でその病院に行く

その病院では字を書く際にも手が震えまともに書けない状態
そこで「何か自分がおかしくなってる」と気付く

しかしその病院で先生に診察してもらうも、
「所見で言われるほど、何か状態が悪いようには見えない」
「(腸の動きをチェックされたうえで)腸も動いている」
「いつものメンタルクリニックにまず行ってくれないと話にならない」
と基本的にはかなり冷たく対処され、
とにかくいつもの病院に行くことを強く念押しされる

この日あたりから時間・日付に関する幻覚や幻聴が発生する
ただしこの日の段階ではそのことへの自覚はなかった

5月16日
昼に兄が家に訪問してきたので、父と3人で話をする

しかし自分の時間や日付に関する記憶が曖昧になっていることから
自分のする話は支離滅裂なところがあり、そのことが兄にはすぐに伝わり、
「何かおかしくなってるな」というところはすぐに理解される

そこでの話し合いの結果、「いつもの病院に自分と行こう」と兄から提案され、
そこにもともと気持ちが傾きつつあった自分もそれを承諾し、
夕方に兄と一緒にタクシーでいつもの病院(メンタルクリニック)へと向かう

メンタルクリニックで先生、兄、自分の3人で話をする
先生に「最近何かストレスに感じることとかありましたか?」と聞かれるも、
そのときは特に思い当たる節がなく、その点については何も答えずに終わる

夜になると外部の世界への認識がだいぶ奇妙になっていて、
父が同じ行動を何度も繰り返しているように聞こえたり、
目の前の時計の針とテレビに表示されてる時刻が違うように見えるなど、
とりわけ日付や時間に関する幻覚が強く発生するような状態になる

午前3時台に父に促されて自分の部屋に行くも、
寝る前に飲む薬を上手く出せず、薬を飲むだけで30分以上かかる

5月17日
朝起きるとずいぶんと気持ちがすっきりしていて、
おにぎりを食べてみるとものすごくおいしく感じ、
味覚に対する鋭敏さが戻っていることに気付く

夕方にスマホなどを確認しながら振り返っているうちに、
「そうだ、5月2日の訪問看護師さんからの連絡や、
5月7日の訪問看護師さんからのコロナ陽性の発覚などの連絡が
どうも大きなきっかけになったんだ」ということや、
「そうか、母の介護関連のことがすごい重圧になってんたんだ」
ということに気付き出し、すごい勢いで頭の中がクリアになっていく

そしてこの日には幻覚は消え、足取りなども含め一気に普通に戻っていく

5月18日
ほとんどの感覚が普通に戻り、2日前までの状態が嘘だったように正常化していく

数年前どころか、ここ20年ぐらいの中でもトップクラスに入るぐらいの
精神的なフレッシュさに戻り、2日前まで幻覚を見ていたことなども記憶が戻るなど、
驚くようなスピードであらゆるものが普通へと戻っていった


ということで、もちろん今はすごく安定的な状態に戻っています。

今でこそ笑い話にもできるものの、5月16日までは本当にとんでもない状態で、
それがこんなに数日程度で戻ることがあるのかと自分でも驚いています。

当時の幻覚を見ていたときの話などは今後のブログでも紹介していきます。

とりあえず今日はここまでということにして、また今後ともよろしくお願いします。

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