1月が終わりました!

ついに2023年の最初の月が終わりました!

なんだかあの初詣から1ヶ月も経ったとは思えないですね;

うーん、今回は悪く言ってしまうなら「虚無」で、
よく言うなら「ゆっくりとしたウォームアップ」ですね!

良くも悪くもこの1月はものすごく悪いことはなかったのですね!

一番大きかったことを挙げるなら、母の状態の安泰ですよね!

10月末に1回目の退院をしたときは毎日ハラハラとしていて、
それがそのまま11月中旬の入院へと入っていったのですね!

ただ11月下旬の退院以降は少しでも家で楽に暮らせるように、
いろいろ工夫したり、訪問看護師の人も知恵を出してくれて、
病院も家に訪問してくれるタイプのものにしたのですよね!

そうしたことで、母の状態もずいぶん落ち着いた感があります!
酸素の状態あたりも以前に比べればかなり波が減りましたしね!

だから「虚無」と言っても、良くも悪くも「ゼロ」なのですよね!
要するに「マイナス」の印象はあまりない1ヶ月だったと言えるでしょう!

ここ数ヶ月はバタバタだったのを考えれば良かったと言えるかもですね!(●・ω・)

あえて1月を「虚無」とは違う言い方で言うなら「停滞」でしょうかね!
ただ「ブレーキ」みたいに言ったほうがいいのかもしれないのですが!

というのも、もともと11月から12月にかけて続いていくはずの予定が、
アクシデントで12月で止まって1月もまだ止まったままなのですよね;

2月は良くも悪くもちょっとそこにもう一度関わる必要がありますし、
でもこれはたぶんストップしちゃいそうな雰囲気がプンプンしてますが;

そのかわり4月以降に繋がるような形にできればまだいいとは思うのですが!

そして3月ぐらいから自分としては本丸への頑張りが必要になるのですよね!

ゴールへのルートは約3つぐらい、これがどれか成功してくれれば・・・、
1つゴールへの穴が開くと一気に進めるという強みはあるのですが、
その最初の1つが難しいというのがいつもながら課題になるのですよね!

そうした前向きなエネルギーが少なからず自分の中にあるという点は、
完全に「死」に飲み込まれていた昨年とは違うと言っていいでしょうね!

「死」の問題はある意味ではブログ休止で一段落ついたのかもしれません!

もう一つはにゃんこの問題以上に母の問題が日常的になってきたことで、
生活のフェーズが切り替わったというのも大きいとは言えるでしょうね!

では、2月もどうぞよろしくお願いいたします!(゚x/)モキヌーヌ

Our Lady Pace - Hope (1994)

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2023年、あけましておめでとうございます!

2023年、あけましておめでとうございます!

2023年、あけましておめでとうございます!(遠くを見るくらるちゃん)

ん、早速くらるちゃんが登場しましたね!
でもなんだか一人で遠くのほうをじっと眺めていますね!

くらるちゃんはもしかすると一人で旅にでも出るのでしょうか!(*・ω・)

2023年、あけましておめでとうございます!(左を見るくらるちゃん)

今度は少しこちらのほうを振り返ったりしていますね!
やはり旅立ちへのムードを感じさせる素振りですね!

2023年、あけましておめでとうございます!(右を見るくらるちゃん)

左を見て右を見て・・・、このままくらるちゃんは一人で旅立つのでしょうか!
旅立つのだとしたら、くらるちゃんは何を求めて旅立つのでしょう!(*゚ー゚)

2023年、あけましておめでとうございます!(アヒルさんと遭遇)

そしてこちらを振り返って、あれ!?

いつのまにかしわくちゃなおじいさんっぽいアヒルが登場しましたよ!
まさかくらるちゃんはこのアヒルさんを旅のパートナーにしたのでしょうか!

2023年、あけましておめでとうございます!(アヒルさん撤収)

あら、「違う、違う」とアヒルさんが追い出されていますね!
どうやらアヒルさんは例によってギャグのつもりで登場したようです!(=゚ω゚)

アヒルさんはとりあえず出てくるだけで変な絵になりますからね!

2023年、あけましておめでとうございます!(金魚さん達が来た!)

おっと、ここに3匹の金魚さん達に乗ったくらげさんがやってきました!

「君一人では行かせない! 君には僕もいるし、金魚さん達もいる!」
そういう声が聞こえてきそうな場面になってきました!

2023年、あけましておめでとうございます!(にゃんこも来た!)

さらに、にゃんこさんに乗ってもう1匹のくらげさんもやってきました!

最初はさみしい一人旅が始まるのかと思わせましたが、
やっぱり最後はオールスターになって集まってきましたね!(●・ω・)

2023年、あけましておめでとうございます!(かがみもち2023)

そして今年も締めくくりはかがみもちさんでございます!

ブログも昨年10月に一段落を終え、小休止状態に入っていますが、
そこからの今年の旅はどこかさみしさを匂わすようなものでありながら、
やっぱりくらげさんみんなと金魚さん、にゃんこの力が一緒になるのですね!

やはりみんなの力があってこそ、このブログは前に進んでいけるのでしょう!

今年はちょっぴりシリアスでしたが、今年もどうぞよろしくお願いいたします!(゚x/)モキュッ

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2022年を振り返って

さて、今年も各月の月末記事を読みながら、
それぞれの月を振り返っていくこととしましょう!

[1月]
1月の記事を読み返すと、まさにもう
「2022年の葛藤、そして迷走の始まり」
だったことがわかりますね;

このときから自分のテーマは「死」になりつつあって、
「死について語りたくて仕方ない」という心理状態だったようです!

というか、それが完全に表に出てきたのが2022年1月だったのですね!

もちろんそのきっかけは2021年10月のにゃんこの死だったのですが、
「死への思い」として芽を出してきたのは今年だったわけですね!

さぁ、ここから坂道を転がるようにゴロゴロと進んでいくわけです;

[2月]
そしてここで今年のブログ最大の迷企画「Mr.Children 深海・BOLERO」が始まりました!

でも自分としては、間違いなくこれこそが今年最大のブログの成果だと思っています!

自分の死に対する葛藤が一段落ついたことによって、
途中で筆が止まってしまうという問題も起きたのですが、
「自分の本気の文章がひさびさに書けた」と思えたのですよね!

言うなれば、「物書きとしてのかーと」の目覚めがあったのですね!

普段のブログの記事って、勢いで書いていることもあって、
書き終わっても「よし、いい分析ができた」みたいな
手ごたえってほとんどないのですよね!

それに対して「Mr.Children 深海・BOLERO」企画の記事は、
資料も徹底的に調べ、文章も練りながら書き進めたことによって、
書いた後の手ごたえという点では抜群のものがあったのですよね!

これはある意味では「ブログ後」の別活動での動きのほうへと繋がっています!

[3月]
3月はどうもスマホを購入したのが最大のニュースだったようですね!笑

いろいろ「死」について考えたりもがいたりしてる毎日ながらも、
必要なことも前に動かしていかないといけないという意識も強く、
そこからポンと出てきたのは「いい加減スマホを買おう」だったのですよね!

あと何年かするとガラケーも使えなくなるという話でしたからね!

そこでスマホにしたらパソコンとの併用でいろいろと使いやすくなり、
さらに通信料金そのものまで下がってすごくお得になりましたね!

むしろ「なんで今までガラケーだったんだ!」と思うほどでしたので!

[4月]
4月も基本的には1月からの延長線上にある過ごし方をしていたようですね!

ただ2月の大阪城梅林、4月の造幣局と、このあたりのイベントは押さえて、
それなりに縮こまり過ぎないように、注意しながら過ごしてはいたようです!

ただ当時の月末記事を見るに、かなり内面的なところに潜り込んではいますね;
これは今の自分にもずっとのしかかっている、大きな大きなテーマなのですが;

「にゃんこにかわる存在」「自分を必要としてくれる存在」、
そうしたものに関しては結局今年のうちには答えは出せなかったですからね。

[5月]
この5月に関しては月末記事からは本当のところが見えないのですよね;
ただ表面的には不調を感じていなかったということはたしかなようです!

この月に独自ドメインと広告の排除をしていることもあって、
ブログの在庫記事がたまっていたというのはあるようです!

この年の「第1次在庫過多」がこのときに来たのは間違いないようです!
主に花の記事や、Mr.Childrenの記事によって在庫が増えたのですよね!

[6月]
そして今年のもう一つの問題、過眠・無気力問題が出てきたのがこの6月です;

そう、これが出たタイミングでMr.Childrenの記事が停滞していったのですよね;

Mr.Childrenの記事はかなり労力が必要ということもあって、
一週間のリズムをきちんと整えながら進めていたのですが、
過眠によってそのあたりが崩れてきたという問題が起きたのです;

それ以前は24時間起きて24時間寝るという「48時間1単位制」でしたが、
この6月からそれが崩れて、いつ寝てるのかもよくわからなくなりました;

しかも市販睡眠薬に頼るなどの今年最大の悪癖も生まれてきたのですよね;

自分の中では6~8月ぐらいは市販睡眠薬に溺れた時期という意識が強いです;

[7月]
7月はもともと6月の過眠状態から脱することを目標にしていましたが、
逆に7月上旬に軽い体調不良と希死念慮の大幅が悪化があったことによって、
それをさらに過眠によって回復させるというサイクルに入ったのですよね;

でも7月という1ヶ月の過ごし方としてはそれは間違ってなかったようです!
そのかわり過眠・無気力問題の先送りになってしまったのはたしかでしたが;

今年を見ると1~5月と6月以降で一つの断絶があるのが見て取れますが、
これが「死」をモチベーションとしていた1~5月、
それが電池切れになったのが6月以降というふうにも言えるのですよね;

でも長い目で見れば、6月以降のほうが平常状態とも言えるのですよね;

[8月]
そして今年を語るうえで欠かせない、母の入院の1回目が8月13日にきます;

これが今年の2つめのターニングポイントだったと言っていいでしょう!

もうこの時点でブログへのモチベーションは切れてしまっていましたね;
今振り返ると、ここまでトラブルが続くうえにモチベーションが落ちてると、
「そりゃ最終的にブログ休止に至るよな」というのも理解できてしまいますし;

そして今回の入院は過去のものとは違って非常に大きなものとなります;

知らせが入るのは9月以降になりましたが、「要介護5」ということになり、
家に帰ってきたからの介護が非常に負担の重いものになったのですよね。

それと同時に今度は母の「死」とも向かう合う必要が出てきたわけです。

それを考えると、ほんと今年って激動の1年だったなと痛感しますね。

[9月]
9月はずっと母が入院してたこともあり、平凡な1ヶ月でしたね;

ただ8月31日に子ども達とやった話はものすごく楽しかったですね!
自分の中でThe day of the yearを選ぶなら間違いなくこの日になりますね!(●・ω・)

ただ実は9月13日に心の中で「ブログ休止」を決定していたのですよね。

パンの解禁によって「第2次記事在庫過多」が起きたことによって、
「あ、これは何かが違う」と悟ってブログの休止を決めたのですよね;

今となっては、この決断は間違いなかったと自信を持って言えます;

自分のウェブ活動はこのブログだけというわけではなくて、
他にもあってそちらに力を向けたいという思いもありましたし、
それがさらに軌道に乗ってることを考えれば正解だったのでしょう;

厳しい言い方ですが、ブログのほうは停滞していたのはたしかですしね;

一方でブログは「自分の思いを綴るための場所」としては非常に有効で、
この使い分けが今の自分にとっては一番だというふうに感じてますからね!

[10月]
10月はやはり「ブログ休止」を実際に実行に移した月として印象が強いです;
何と言ってもそれを公にするというのは、大きなアクションになりますからね;

他の問題に関して言えば、無気力問題はおおむね回復傾向だったのですよね!
とにかく起きる時間をしっかり作ることによって解消に向かっていきました!

そして母が月末に退院したのも大きなイベントでしたが・・・これは11月に続きます!

[11月]
11月はもうとにかく退院から2週間での母の再入院に尽きましたね;
ただ11月末には退院できたので、それはありがたかったのですが;

というか、10月の退院時はそのときからちょっと調子が悪かったのですかね;

11月の退院以降はもう少し食欲なども回復していて全体的に良くなってますし、
ちょっと1回目の退院のタイミングが早かったというのもあるかもしれません;

ただやはり一度たった2週間での再入院というのをやらかしてしまうと、
つねに「また入院になってしまわないだろうか」という怖さが出てくるので、
毎日ヒヤヒヤしながら過ごすことになるというのがちょっと怖くありますね;

ただ訪問看護師さんの協力もあって、「できるだけ毎日疲れない態勢を作る」
ことが成功しつつあるので、これで少しでも長持ちしてほしいものですね!

無気力問題は10月22日のにゃんこの命日がちょっと大きかったですかね!

今まではにゃんこの死=「死について考えるしかない」だけでしたが、
「いつまでも引きずりすぎていると、お空にいるにゃんこを悲しませてしまう」
という一段落つけたいという思いができたのは大きかったですかね!

かといって、にゃんこのかわりになる存在が見つかったわけでもないですが;

[12月]
12月はこの記事を書いてる12月20日時点ではおおむね平和ですかね!

一応は来年に向けてのビジョンもそれなりには描けていますし、
無気力状態もそこそこ解消、母の状態も安定していますし、
2023年は今年より良くできればいいなぁという思いですね!

このブログもなんだかんだで自分を内面を吐露するような
そういう場としては機能していきそうな感はありますしね!

それではみなさん、良いお年を!(゚x/)モキシュッ

Mad Season - Wake Up (1995) [Grunge]

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ヒマリとくま

今日はいつものブログとは毛色が大きく変わった記事となります!

最近の記事は自分の内面的な問題を扱った記事になっていました!

しかし今回は純粋に自分が好きなものを紹介する記事となります!

それは「ヒマリとくま」というサカイタカヒロさんという
アニメーターの方が作られているアニメシリーズです!

もともとはtwitterをメインに展開されていましたが、
現在ではむしろyoutubeのほうがメインになりつつあります!

ジャンルで言うなら、一応は「児童向けアニメ」なのでしょうね!(●・ω・)

NHKのETVで放送されていても全く不思議でないような内容です!

最近の男性向けアニメにありがちな男性向けサービス的な要素はなく、
とにかく優しく、ほのぼの、観ていて心が洗われるような作品ばかりです!

見て見て「ほっこり」と笑顔になってしまうようなものもあれば、
逆にちょっとジーンと涙腺を刺激するような作品まであったりします!

まずはこの総集編動画を見るとおおよその雰囲気がつかめると思います!



「ヒマリとくま」の主要な登場人物は以下の4人になります!

・ヒマリちゃん
主人公。一応は未就学児だが、大人になったり小学生になることも
・くま
謎のしろくま。ヒマリちゃんを守る役目
・コテツ
茶色いくまのぬいぐるみ
・おばあちゃん
ヒマリちゃんのおばあちゃん

心が疲れているときって、どういうものに触れるべきか難しいのですよね。

ものすごく前向きな歌とかは、逆に疲れてしまうことが多いですからね。
それゆえ暗い歌のほうが沁みるものの、辛さを共有してしまうこともあり、
受け止めてもらえる安心感はあっても、そこから温かさを得るのは難しいですからね。

それに対してこの「ヒマリとくま」はどんな精神状態のときに見ても、
ほっこりとした癒しを与えてくれる、本当に不思議なパワーがあります!(*・ω・)

気持ちがつかれている寝る前などに、
「あ、そうだ、ちょっとヒマリちゃんを見よう」
と見ると、ふっと優しい気持ちが芽生えるのですね!

だからこの精神的に辛かった数ヶ月間、
この「ヒマリとくま」に助けられたものは大きかったです!

そして何より面白いというのがいいのですよね!

現在youtubeのチャンネル登録数は57.6万人、
コメント欄を見ると外国のファンも非常に多く、
最も人気のあるショートたこ焼き動画は
再生回数が4200万回を超える人気を誇っています!

この「ヒマリとくま」のコンテンツは確実にまだまだ伸びていきますよ!

ぜひ今のうちに「サカイタカヒロさんのチャンネル」をチェックしておきましょう!(゚x/)

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ブログの忙しくない12月

さて、12月が始まって5日ぐらいが経ちましたが、
これまで12月というと自分にとっては
「ブログがものすごく忙しくなる月」
だったのですよね!

でももちろん今年はそれもなく、静かな12月になります!

12月はとにかく特別記事がものすごく多かったのですね!

12/24と12/25 クリスマス用のネタ記事
12/28~12/30 カップ麺Award
12/31 年末の1年振り返り記事
1/1 新年のお祝い記事

この中でも特に手間がかかるのが「カップ麺Award」でした!

その年に食べた全てのカップ麺の過去記事をチェックしたうえで、
ベスト20と特別賞を選んで、3記事に分けてランキングするものです!(●・ω・)

自分にとっては年末のハイライトは間違いなくこの記事だったのですね!

この記事でブログ村で「注目記事1位」を連続して取ると快感でしたし、
実際にここ数年はそれを達成することができていましたからね!

もちろん今年はこの「カップ麺Award」も開催されないですが、
「まぁやるだけやりきったからいいか」という思いがあります!

だから今年の12月は例年のバタバタ感があまりないのですよね!
良くも悪くもいつもの月と変わらない雰囲気で過ごすでしょうね!

クリスマスだけを楽しみにしながら過ごすような感じですかね!

ちょっと次の話に移る前に母の話にも触れておきますかね!(=゚ω゚)

これまでは入退院を繰り返すたびに少しずつ体が弱ることから、
今回はどうなるのだろうと緊張しながら退院の日を迎えたのですが、
退院して数日過ごした体感からすると、今回はむしろ弱ることなく、
この2週間ぐらいで1段階ほど改善したような印象が強いですね!

見ていても食欲なども1段階ぐらい良くなってるように思います!
この点については正直なところけっこう安堵しましたね!

とはいえ、いつまた入院するかという不安感はありますが;


さて、ブログを不定期更新にしてから1ヶ月半ほど経ちましたが、
やっぱりその間にブログに対する印象というものも変わりますね!

以前は完全に「日課」でしたが、
今は「1日の中の余剰時間にやることの一つ」へと変わりました!

要するに「あぁ、今日はこれぐらい時間が余っているなぁ。
じゃあブログを書いてもいいんじゃないかな」みたいな感じです!

自分の感触としては、「これでいいんじゃないかな」という感じです!

前回あたり「ブログ休止までの流れの話はもう完結」と書きましたが、
考えていると、またちょっと思い浮かんでくることもあったりしますね!(*・ω・)

一言で言えば、「人生観が変化したことでブログと合わなくなった」
というところに集約できるのかな、という気がしたのですよね。

もちろんそのうちの一つがにゃんこの「死」であることは間違いありません。

それによって「死」が自分の人生観の中でだんだんと強くなって、
それがブログ更新の中で葛藤を生んだのは確実に言えるのですよね。

また、昔は「社会に目を向けても自分は無力で見ていても腹が立つだけだから、
意図的に目を逸らして自分のことにだけ集中しよう」と思っていたのですね。

でもこれがこの数年ぐらいで徐々に変わってきたのですね。
そしてそれはブログとは別枠のウェブ活動にも繋がっていきました。

ただそれは「社会的なテーマを取り込みたい」というよりは、
「意義のあることをしたい」という思いと言ったほうが近いです。

社会的なものでもいいし、今のこのブログのように個人的なことでもいい、
「何か意義のある、考えさせられるようなもの」を生みたくなってきたのですね。

そうすると、カップ麺ブログのような「あえて何も考えずに読めるブログ」は、
自分の人生観とは徐々に合わなくなってきたんだろうなぁと思うのですね。

その問題がピークを迎えたのが2022年だったと言えるのでしょうね。

だから当分はこのブログは自分自身の個人的な考えをもとにした、
「パーソナルではあるけど考えさせられるブログ」
として続けていきたいと思っています。

ただ来年1月からは友人と会ったりしたときの記事も作る予定ですし、
ちょっとは気楽に読めるような要素も増えてくるとは思いますが!

なんだかやっと不定期更新のペースに慣れてきた感じですね!(゚x/)モキンッ

Candlebox - Happy Pills (1998) [Grunge]

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11月が終わりました!

母の介護から再入院で混乱しまくった11月も終わりました!

さて、最近のこのブログと言えばおおむねこの3つなのですよね!
・自分の無気力/過眠問題
・ブログ休止についての話題
・母の状態についての話題

今月はこの月末記事を除くとブログを2回だけ更新していて、
一方は母の話題、一方はブログ休止の話題だったのですよね!

ということで、今回はまず無気力問題のところから始めたいです!

まず10月の頭ぐらいにまた無気力/過眠状態に入ったのですが、
「これはヤバイ」と考えたことで改善に取り組んだのですよね!

そこでのキーワードはとにかく「起きろ!」ということに尽きました!

無気力過眠状態に入るまでは、24時間起きて24時間寝るという、
これはこれでどうなんだと言えるような状態だったのですが、
これは「24時間という起きる時間を確保することで活動的にしたい」
という狙いもあって、そこは悪くなかったと思うのですよね!

でもって、そうなったきっかけの一つはブログだったのですよね!

普通に1日の生活を送るとブログを書く時間が上手く取れなかったり、
でも24時間あればそうしたことで困ることがなくなるというわけです!

でも今はブログが休止状態で、書くといっても1ヶ月に数記事程度です!

となると、休みの日に24時間起きるなどすると余剰時間ができるのです!(●・ω・)

ここをいかに活用するかが今後の無気力問題の一つの鍵になるでしょう!

実際には11月の中でブログとは別のウェブ活動のほうにおいて、
やりたかったことを一つ形にするなど成果も挙げられていて、
無気力問題からの脱出は徐々に進んでいるとは言えそうです!

この余剰時間でもたもたすると「あーまた寝るかなー」とかなるので、
「やれることはあるんだから徹底的にそれをやれ!」というふうに、
自分のお尻をビシビシと叩くというふうに何とか頑張っています!

まぁ、それだけでなく母の介助の手伝いとかも入ってくるので、
「休みだからと言って寝てばかりも無理だな」とかもなったり、
いずれにしても悪いサイクルから抜けるようにはなってますね!

逆に介助で忙しくなりすぎたりするのもそれはそれで心配ですが;

そしてこの無気力問題で大きかったのはにゃんこの一周忌ですね!(^・ω・)

この1年間はある意味では「死について考え尽くして、
にゃんこの死をいつも考えて悩んでいること」が
この子にとっての一つの供養のような思いもあったのですよね!

でも今年の10月22日に1周忌を迎えたときに少し見えるものが変わって、
「このままだったら、お空にいるにゃんこを悔ませてしまうんだろうか」
というふうに思うようになったのですよね!

「私が空に帰ってしまったらお兄ちゃんが上手く動けなくなってしまった」と、
そういつまでも思わせてしまっていいのだろうかと思ったのですよね。

いつまでも「にゃんこがいないと何もできない自分」のままでいいのかと、
それがカッと自分の目を覚まさせてくれたところは間違いないくありました。

「にゃんこがいない中での新しい生活」を空にいるあの子に見せてあげるのが、
あの子に対する最大の恩返しなのではないかと考えるようになってきました!

もっとも母のことがあるので、「死」は相変わらず重要なテーマですが;


ブログ休止についての考察は前回記事がもう完結編だと思います。
おそらくこれ以上頭をひねってもあれ以上のものは出ない気がしますね!

この1年の間にブログの中で何があったのかを考えていくと、
結局はああした結論に至るしかなかったように思います。

「死」というテーマと、そこから来た自分を出したいという思い、
一方で起きたそれまでのブログが続けられなくなってきた問題、
そしてもう一つ、他のウェブ活動をより充実させたいという思い、
このブログがそれらの答えになりきらなかったのでしょうね。

ただブログを休止してからもありがたいと思うことはあって、
たとえばブログ村とかで少数とはいえ今も来てくれる人がいたり、
記事更新をするとブログ村から来てくれる人はそこそこいるのですよね。

「え、もうカップ麺のブログじゃないのにいいのかな」と
むしろこっちが恐縮してしまうところもあるのですが、
それでも来てくださる人には強い感謝の念を持ってますね。


そして今月最大の事件だった、前回の退院からたった2週間での
母の再入院でしたが、今回は退院も早く30日に戻ることになりました!

ただ喜んでばかりはいられないというのが正直なところですね;

なんせ前回は退院してから2週間で再入院になった記憶があるわけです。

当然「また同じようになったどうしよう」と考えるようになりますし、
2週間ってことはなくても、今までよりは再発しやすいだろうと思いますし、
安定した日々が今後は戻ってくる、とはちょっと思いにくいのですね。

これまでの何度かの入退院を振り返ると、
入退院のたびに肺が少しずつ弱る、おそらく肺が少しずつ壊れる、
そういうことが繰り返されてきたので、それは今回もそうなのでしょう。

だからこそ今回は入院の際にまずHCUへと入ったわけですからね。
「今の肺の状態を考えれば、COPD増悪も軽視できない」という判断でしょうから。

そう考えると、再入院したときは「今後は入院が頻繁に続くかもしれない」
と思いましたが、むしろもう入院はあと2,3回が限界なのかもしれません。

そのあたりになると、もう血液から二酸化炭素が抜けなくなる段階に入り、
普通の治療では回復させられないという領域に入るように思うのですね。

そう考えると、運良く入院せずに数ヶ月過ごせた場合はいいのですが、
そうでもない限りは余命は数ヶ月という覚悟は必要なのでしょうね。

「覚悟しつつ、できる限りのことはしてあげる」、
これはにゃんこのときにも同じことは考えましたが、
母に関してもそういうときが来たということでしょう。

相変わらず悩み深い日々ですが、どうか12月もどうぞよろしくお願いいたします。

Alice in Chains - Sunshine (1990) [Grunge]

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ブログのあり方についてまだ考えてみる

ブログを休止することを決め、すでに休止に入っているこのブログですが、
今でも「このブログはどうあるべきだったのだろうか」とよく考えています。

そして今年たどってきたブログの経過とは何だったのか、
そうしたことをいろいろと考えたりします。

このブログの進むべき道はいくつもあったと思います。

(1)現状を維持し、アクセス数増加も望まずカップ麺ブログとして継続する
(2)カップ麺ブログとして継続しつつ、アクセス数アップを模索する
(3)続けることを最優先し、カップ麺以外の記事も取り入れていく
(4)「自分自身」をブログに出すことに力を入れ、それと現状をミックスしていく
(5)(4)をさらに進行させ、カップ麺が減ってでも「自分自身」を強く打ち出していく
(6)カップ麺以外でアクセス数が稼ぎやすいテーマを取り入れて変化をしていく

たぶん今年1月時点での読者の人達が望んでいたのは(1)でしょう。
「そのままのブログ」で進んでいくのがおそらく一番だったのでしょう。

一方で自分は昨年10月のにゃんこの死を抱え、死について考えることが増え、
そうした「生々しい自分自身」を表現したいという意欲が強まっていきます。

その結果、このブログは1月あたりから(4)のような道をたどるようになります。
それが最も反映されたのが「Mr.Children『深海』『BOLERO』」シリーズでした。

これが結果的にアクセスにも結びつき、(4)と(6)のミックスになれば、
ブログは変化しつつも休止ではなくソフトランディングできたかもしれません。

ただ(6)の効果は小さく、かといって(6)を単独で目指すほど、
この時点においては「ブログでのアクセス」へのモチベーションはありませんでした。

逆に読者の立場からすると、「(2)はできなかったの?」と感じるでしょう。

自分はアクセス数至上主義者ではなかったもののどこかでアクセスは気にしていた、
ならその折衷的なアイデアとして(2)はありえたはずなのです。

ですが、(2)は物理的に不可能で完全に詰んでいたのですよね。

要は「(1)のままであり続けるか、変化していくかしかない」状態だったのです。

というのも、カップ麺ブログはSEO的に非常に強いブログがすでに3つあり、
今更このブログがWordpressなどに移転してSEOに力を入れたところで、
かなうはずがないし、「今更そんなことしたくもなかった」のですね。

そうなると、理想は(4)の道を続けて「自分自身」をブログに打ち出しつつ、
それをさらに前に進める(5)の道ぐらいしか残っていなかったのですね。

しかしこれは5~6月ぐらいの段階でだんだんと頓挫していきます。

「Mr.Children『深海』『BOLERO』」シリーズの筆の進みも遅くなり、
それ以外の部分で自分自身を強く打ち出す企画を出すこともできず、
(1)へと戻っていき、(1)を続けるのも苦しくなり(3)へと移行します。

一見すると、ブログが休止に至った一つの大きな原因は、
カップ麺を安定的に継続して食べるリズムがだんだん崩れ、
パンの記事などを取り入れないと続けられないようになり、
それが読者とのニーズで乖離が生まれ休止に追い込まれた、
とも言えるのですが、このブログはもともと今年の1月から
変化を模索していて、それによるマイナスは受け入れるつもりだったのです。

だから「変化に伴うアクセスなどの何らかのマイナス」は直接の要因ではなく、
また自分がブログ休止の決断をしたのは「完全に続けることだけが目的化していて、
これ以上は続けても意味がない」と気付いたところにあったのを考えると、
本当の休止の理由は「必要な変化を完遂できなかった」ことだったのでしょう。

やっぱり何度考えてもあのとき休止を決めたことは間違いとは思えず、
今年1月から自分自身を生々しく表現すると考えたことも間違いとは思えない、
とすると、ここから導かれる結論は一つしかなくなるのですよね。

それは「模索はしたけど生々しくなり切れなかったこと」こそが本当の失敗だった、と。

もう自分が2022年にブログを続けるには、その変化によって
これまでの殻を打ち破るということが必須だったのでしょう。

だけどそれが頓挫してだんだんと元の(1)に戻って行ってしまって、
さらには「ただ続いてるだけ」と(3)にまで漂流していってしまった、
本当は変化を見据えた時点で「いずれはカップ麺ブログではなく、
自分自身を素直に出すブログにする」と腹を括るしかなかったのです。

でもそこまでの勇気を持てなかったのが、この1年間だったのでしょう。

再び休止を決めたあたりの時点での心境に戻って考えると、
「もしこの延長線上でブログを続けていった場合、
自分自身もこのブログも『自分』からどんどん離れて行ってしまう」、
そういうことを自分は感じ取ったんじゃないかと思うんですよ。

あそこまで自分とブログが乖離するようになってしまうと、
ブログを続ける中において自分らしさを追求できなくなるし、
ブログの中から自分自身を表現することもだんだんできなくなる、
「それだったら休止しよう」ということだったように思います。

そこで軌道修正の道が見つかればそれで良かったのでしょうが、
ある意味で休止を決めたタイミングは
「自分とブログが離れて行ったピークの瞬間」だったのでしょうね。

それを食い止められる唯一の道が「休止」だったのでしょう。


うちのブログは自分が望むか望んでなかったかにかかわらず、
結果的に「カップ麺ブログ」として運用されていたわけですが、
では「カップ麺ブログでなくなったこのブログ」は何かと問えば、
それは「自分自身の素を出すことのできる場所」なのですよね。

皮肉なことですが、ブログを休止したことによって、
今年1月から求めていたものが手に出来たわけです。

それはある意味ではさみしいことではあるのですけれども。
継続的なブログ更新とそれを両立できるのが理想できたからね。

でも理想とは完全に同じではなくても、
良くも悪くも今のここも自分には十分に意味のある場所になりました。

もちろんこれをもうちょっと再構築したいという思いはありますが。

でも当分の間はこんなふうに自分が今考えていることや、
自分の素をそのまま出すための場として使いたいと思っています。

せっかくやっと自分自身とブログが一つに戻ったわけですからね。

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まだ混乱中

相変わらず混乱の渦の中でもがき続けているかーとでございます;

8月15日にCOPD増悪で入院した母が10月29日に退院し、
そこから要介護5の母を介助する生活が始まりましたが、
11月13日に再びCOPD増悪が起きて母がまた入院しました。

9年前に大きな肺炎になって、そこから退院して以降、
「まだ肺炎の兆候は出てないけどSpO2(血中酸素飽和度)が
急激に下がるなどするCOPD増悪」で入院することは何度かありましたが、
それが退院してからほんの2週間で起きることは完全に予想外でした。

「ん、なんかここ数日怪しいぞ」とかそうした兆候もなく、
父に呼ばれてSpO2を確認したら「在宅酸素してるのにこの数字!?」
となって、即行で救急車を呼んで入院ということになりました。

10月末に母が退院してから、訪問看護師さんなどを家に呼びつつ、
「要介護5の母を介助する生活」が始まったばかりで、
それがここから日常になっていく、と思っていたタイミングで、
首根っこを掴まれてまた入院前の状態への戻された感覚です。

しかしながら同じ症状でも2回連続で起きると不安の大きさも違います。

前回の入院時は「よくあるCOPD増悪」というふうにとらえていて、
内科的な治療も問題なく終わり、そこは軽く流されたのですよね。

主治医の先生からも特に深刻になるような話も聞かされませんでしたし、
むしろメインは入院時以降の意欲低下などの介護の話の方でした。

でも今回は「退院から2週間後の再発」ということで、
主治医の先生からの話も肺そのものが長年のCOPDによって
かなり弱っていて、末期状態に近いことがメインになりました。

COPD増悪の直接的な要因は細菌か何かではあると思われるものの、
血中二酸化炭素濃度は前回入院時よりも高い数字を示しており、
在宅酸素導入がこれらの問題の解決にほとんど寄与していない、
むしろ何らかの悪くなる要因が生じていることも示唆していました。

いくつかの原因は推察できますが、全部書くと長くなるので割愛し、
メインになりそうな部分のみにしぼってちょっと書くことにします。

前回入院前ぐらいから、母は移動した直後のSpO2低下が激しかったのですよね。
それが前回退院後にはさらに顕著になるという傾向が見られました。

ベッドから椅子に移る、椅子からベッドに移るという小さな移動でも、
在宅酸素ありでもSpO2が70台後半まで下がってしまうということがあり、
こうした現象があればあるほど、血中二酸化炭素濃度も高くなります。

本来はそこを在宅酸素の調整でカバーすべきでもあるのですが、
その方法がわからず十分な管理ができなかった面もあるでしょう。

ただこれだけ血中二酸化炭素濃度がたまりやすい状況にあるとするなら、
もう足腰のリハビリや普通にトイレまで歩かせるのは不可能になります。

動きを最小限に抑えることで血中二酸化炭素濃度が高まる機会を減らし、
呼吸の回数を上手く増やすことで二酸化炭素を排出できるようなリハビリをし、
在宅酸素の数値の調整で身体に呼吸を上手く促すような酸素供給をし、
さらに他の面でもそうしたことをサポートする状況を作ることが必要です。

でもこれって、普通の生活に戻すことは諦めて半分寝たきりになるのを受け入れ、
ギリギリの血中二酸化炭素のラインを保つことだけを考えた生活にする、
というかなり諦めの色の強い選択肢を取るしかないことでもあるのですよね。

とはいえ、最も大きいのは身体に細菌やウイルスが入らないようにすることですが、
それがなくてもCOPDがかなりの段階まで進んでしまった人の場合は

COPDの悪化→呼吸する筋肉の衰弱→二酸化炭素排出の減少→・・・

という悪循環に入り、どこかで亡くなることになるのですよね。

それゆえ今回の入院そのものは退院にこぎつけることはできそうですが、
それなりに近い時期に死がやってくることを意識せざるをえませんでした。

あるいは今回のように頻繁な入院をくり返す可能性も大きいでしょう。

なので、今回ばかりは「またCOPD増悪での入院か」のように、
軽く受け流すということが全くできなかったのですよね。

前回の退院から2週間でおもいっきりハンマーで頭を叩かれた感覚です。

自分自身の心の問題もまだ整理しきれてないような状態の中で、
母の介護の話が飛び込んできて、今度は死も意識しないといけない、
そしてそれを回避するためにはギリギリの道を通っていくしかない、
こんなことが立て続けに起こるとぶっ倒れてしまいそうになりますね。

もっともこれに関しては運による部分もかなり大きくて、
細菌やウイルスを避けられればCOPD増悪になる可能性は下がるものの、
風邪をひかずに済むかどうかは神のみぞ知る部分がありますからね。

今回もCOPD増悪時には38℃を超える発熱が起きていたので、
やはり何らかの細菌かウイルスの感染があったのはたしかでしょうし。

だから、次の退院以降はCOPD増悪を長く避けられる可能性もある一方で、
目の前で「前回の退院2週間後での再発」を見せつけられてしまうと、
不安感の方ばかりが増大してしまうというのは間違いなくありますね。

それに肺の状態そのものはやはり徐々に悪くなり続けているわけですし。

ということで、いまだ混乱しっぱなしの近況報告となりました。

ストレスから解放されていい意味で活動的になれるのは遥か先のようです。

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10月が終わりました!

今月はもういろんなことがありすぎて、書くことが多いですね;

先月は書きたいことがあったものの、書けなかったのですよね;

というのも、9月の月末の時点ではブログ休止はすでに決めていたけど、
報告は10月中旬にすることになっていたので、そこには触れられない、
それゆえにいつもに比べると9月末の記事は短文になったのですよね!

まずはブログ休止について振り返るところからいきましょうか。

ブログ休止の報告記事にも書いたように、これは10月に決めたことではなく、
9月13日の段階でプチッと気持ちの糸が切れて、その日に決心したのですよね。

とはいえ、13年も続けたブログです。
心が揺らぐかと思いきや、それが全く逆だったのですよね。

というのも、この日からカップ麺が食べられなくなったのです。

もともとはカップ麺が好きでカップ麺ブログになっていったのに、
休止を決めて以降はカップ麺を思い出すと「うっ」となったのです。

たしかに思えば6月ぐらいからか、食べたいカップ麺は喜んで食べながらも、
一方で義務感だけで食べているようなカップ麺も多くありましたからね。

もうカップ麺というものに自分が思っている以上に飽きていたのです。

かといって、解放感のようなものがあったわけではないのですが、
「も、もう当分カップ麺はいいや」という気持ちでしたね。

あと以前にも書きましたがカップ麺を毎日無理に食べていることで、
1日の食事のバランスが崩れているということに触れましたが、
それが元に戻ったということについては大いにほっとしましたね。

で、10月の中旬ぐらいですかね、父が食べてる袋麺の香りに誘われて、
「あれ、なんだかおいしそうに感じるようになってきたぞ」と思って、
スーパーでサッポロ一番の塩や味噌、カップヌードルを買ってきたのですよね。

そして約1ヶ月ぶりに食べたインスタント麺(サッポロ一番の塩)、
これがもううまいのなんの、評価するなら余裕の★★★★★5.0でしたね!

義務感から解放されてただ素直に食べるインスタント麺ってこんなにおいしいんだ、
とやっと本当のただの「インスタント麺好き」へと戻ってこれてうれしかったですね!

今はまだ新作のカップ麺のブログ記事を書くだけの気力は戻ってないので、
今はとにかくレギュラー系の好きな商品を食べるようにしています。

これだと記事化する必要がないので、そのストレスがないですからね。

でもほんとひさびさのサッポロ一番の塩、今年一番の即席麺の味でしたね!

「もう当面は即席麺を食べるのは無理かな」と思っていたところに、
この感激でしたから、やっぱり根っこから即席麺好きなのでしょうね!

そんな自分でも追い詰められてしまうと飽きてしまう、
やっぱり好きなものはちゃんと楽しめる範囲で楽しむべきですね!

ブログについてはこれまでとは全く違う新しい企画も考えているのですよね!

いずれはカップ麺も週に1回ぐらいのペースで復活はするでしょうし、
ずっと休眠状態というわけではないだろうなと今は予測しています。

ただ今すぐ復活というのは無理そうですけども。
どうもやっぱりブログへの気力が全然向かないのですよね。

と言いながら、今書いてるこれがブログじゃないかって話なんですが。笑

まぁ、月末記事に関しては特別なので、これは今後も普通に続けていきます。


さて、今度は6月からの悩みの種である過眠と無気力についていきますかね。

5月ぐらいまでもある種の過眠で、時間が取れる日は24時間寝て24時間起きる、
という48時間態勢という奇妙な生活をしていたのですよね。

とはいえ、これは普通のリズムではないものの、過眠でも寝不足でもない、
一応は一つの生活リズムとして成立はするものだったのです。

これが崩れてしまったのが6月だったのですよね。

どういう経緯で崩れたのかは自分の中でも明確な記憶がないのですが、
・睡眠時間が24時間を超えて36時間や48時間などになる
・ちゃんと起きずに暗い部屋でパソコンをして軽く眠くなったら寝るの繰り返し
・仕事の時間以外は家でずっと寝ている感じ

要は用事のある時間帯だけ起きて、他はずっと寝てるのですよね。

かといって、そんなことが本当にできるわけはないのですよね。

こうなると「寝すぎて寝られない」という状態に入っていきますから。

だから暗い部屋でパソコンをつけて12時間パソコンをやっているとか、
「いや、そんなことするならちゃんと起きろよ」みたいな生活になるのです。

まだ12時間起きるならまだしも、これが4時間程度にとどまってしまうと、
「過眠で眠くならないから布団でゴロゴロしてイライラしてくる」
みたいな本当に馬鹿馬鹿しい悪循環に入っていきます。

ほんとこの過眠は危険で、人間は普通に生活をしている限りは、
「あと数時間後に寝て、何時間ほど睡眠を取ればいい」
ということが把握できますが、それがなくなりますからね。

「自分が何時間後に寝るべきで、何時間睡眠すべきかわからない」
となって、自分の睡眠に関する位置付けがわからなくなるのですよね。

その状態を客観的に見ると「これは本当に危険だ」と思いますよね。

そして何より普通に起きている時間がほとんどなくなってくるので、
生きてるという実感がなくなるのも、別の意味で危険なのですよね。


それが10月の頭ぐらいにまた復活してきて「いい加減これはダメだ」と。

この慢性過眠は一種の病のようにとらえて計画的に治すしかないと考え、
自分の過眠の状態を分析し、何が必要かを徹底的に考えたのですね。

そこで出た結論は単純でした。「起きろ」ということに尽きます。

24時間寝て24時間起きる48時間態勢も決して良くはないのですが、
とにかくやることがないときでもきちっと起きておかないといけない。

暇でもいいから起きろと。それを自分に徹底して叩き込んだのです。

眠くなれば1回の睡眠時間も自然と延びるので市販睡眠薬に頼る必要性も下がるし、
強引に寝ようとしなくて良くなるというだけでリズムは良くなってくるのですよね。

これで過眠問題については2段階ぐらいは改善されたように思います。

もう一つは無気力問題なのですよね。
これもどうも過眠とセットのような感じがするのですが。

でもって、ブログの休止などとも関わっていますよね。

無気力や過眠がブログのリズムを大きく崩してしまって、
これがブログ休止につながった側面があるのは事実ですしね。

でもブログ休止については前向きにとらえてはいるのですよね。
他にやるべきことがいっぱいあって、そちらに力を振り向けられますから。

でも他にやるべきことがあっても、無気力が足を引っ張るのですよね。

このモチベーションの低さはなかなか厳しいものがありますね。

ちょっとコロナが収まり気味の間に友人といろいろ予定を入れて、
モチベーションの補充を行っていきたいなと考えているところです。

実際にブログ休止宣言のすぐ後にブロ友のたういさんと食事に行きましたし。

またその後の土曜日にはひさしぶりに大泉緑地でくつろいできました。
どちらも心をリフレッシュするうえで非常にいい機会になりましたね。

となると、11月の大きな目標は「無気力からの脱出」でしょうかね。


実は今月(というか9月)はもう一つ奇妙な悩みがあったのですよね。

ちょうどブログ休止を決めた9月13日前後あたりだったと思うのですが、
この時期にずいぶんと右下の歯の痛みに悩まされていたのです。

「歯医者行けや」の一言で終わってしまうことではあるのですが、
最初は夏に冷たいものを飲んでしみるような感じだったのですね。

それがときどきズキンとするような歯痛になってきたのです。
このときは冷たいものにしみるという現象は変わりませんでした。

でもこのときはロキソニンを飲めばすぐに収まってくれました。

そしてこれが数日経つと、奇妙な逆転現象が起きてきたのです。

熱いものやぬるいものにしみるようになり、氷水だとしみないのです。
でも氷水を歯から離してしまうとまたしみるという繰り返しです。

それが3日間ぐらい続いたのですかね。この3日間は寝るのが大変でした。

しかもこれ、ロキソニンも他の鎮痛剤も効かないので拷問のようでした。

でも4日目ぐらいになると、しみても15分程度で痛みは抜けるようになり、
日を追うごとに痛みそのものがなくなり、今では正常に戻っています。

最初は虫歯かと思ったのですが、どうも右下の親知らずが欠けたことで、
右下の歯の神経への刺激が一時的に伝わりやすくなっていたみたいです。

カップ麺離れになったもう一つの原因が実はこれだったのですね。
「とても今は熱いものは食べられない」という状態でしたので。


さて、今月の最大のイベントと言えば、やはり母の退院でしょう。

基本的に今の病院は面会謝絶ですが、退院が近づいてきて、
退院の準備のために顔を合わせるのはOKとなっています。

そのため10月中旬からは病院で何度か顔を合わして会話などもしました。

1ヶ月前に見たときの上の空っぽかった雰囲気もずいぶんと改善し、
食事はまだペースト状ながらも、全体的に上向き調子なのは感じました。

会話については多少たどたどしいものの1ヶ月前よりは遥かに良かったです。

入院前から尿意や便意に関しての感覚は鈍りつつあったので、
それに対応するためにおむつもパンツ型からテープ型に変えました。

他にもおしりふきなども導入してできるだけ万全の態勢を整えています。

介護の認定が来たのは10月の頭で「要介護5」と最も重いものでした。
要は「一人では何もできないぐらいの状態」というわけです。

介護認定チェックは9月5日だったので、少しはマシになってる感じです。

もちろんケアマネージャーさんとも話をして訪問看護の導入も決めています。
また心不全の予防も兼ねて在宅酸素も導入することになりました。

在宅酸素(家でも病院のように酸素を吸えるシステム)については、
入院前から徐々に考えてはいたので驚きはなかったですね。

「そろそろ在宅酸素にしてあげたほうが楽かもな」とも思ってましたし。

移動のたびにSpO2(酸素飽和度)が大幅に下がるのも気の毒でしたからね。

そして何と言っても最大の課題は食事と嚥下ですね。

今ペースト状のものを食べていることを考えると、
いきなり硬いものを食べるというのは不可能でしょう。

食べたとしてもむせて誤嚥性肺炎を起こしては何にもなりません。

でも母の不調は精神性なので、家に帰って時間をかけてほぐしてあげれば、
食事についてもきっと上向きになっていくと思えるのですよね。

問題はそこまでの食事ですよね。
そこを急がずしっかり慎重にしてあげないといけない。

むせるかむせないか、噛めるか噛めないか、そこをよく見るべきですよね。

幸いにも今はドラッグストアにたくさんの介護食品、
やわらか食品などが売っているのでそれも使えますし、
使えるものはなんでも使いながら支えていこうと思います。

そして実際に母が退院してきた29日からの生活ですが、
まず食事の調子は事前に予想していたよりもかなり良好です。

退院初日の夜にはあえて蕎麦(かけそば)を食べさせたのですが、
食べたのは7割程度の量でしたがちゃんと食べたのですよね!

最初は「もしかするとペースト状か、ムース状タイプの
やわらかごはんしか無理かもしれない」と思っていたので、
まず普通の料理が食べられたというのは大きかったです。

そして翌日の朝は入院前の朝食によく食べていた、
かにかまぼこをあえて出してみたのですよね。

するとまぁ積極的に食べるんでこちらが驚きました。

これで「あ、これは思ったよりも食べられるな」となりましたね。
もちろんむせたりはしてません。そこが一番大事ですからね。

普通の食事でもむせないのであれば、食事の回復は進みそうです。

そして次は姿勢の変化や立つ、移動といったところですよね。

ここはかなりたしかに力が落ちているというのは感じますね。

でも全くダメってことはなく、一定程度の姿勢の移動、
起き上がりも軽い手伝いをすれば普通にできますし、
自分の足でグッと立つということもできなくはないです。

最初は全部このあたりは介助が必要かと思っていたので、
一定程度はできるということで多少の安心はありました。

そしてトイレなのですが、やはり尿意の感覚が緩くなっており、
基本的にはおむつの中にすることが多いということにはなります。

でもおむつの付け方も看護師さんからプロ流のやり方を教えてもらい、
尿取りパッドの上手な活用法なども教えてもらって重宝しています。

そんなトイレですが、ときどき本人が「トイレに行きたい」と言うのです。

これはほんとに良い意思だなと思いましたね。

もう本人が自分でトイレに行く意思をなくすと良くないのです。
それって要するにトイレに関してはほぼ寝たきりになりますから。

もちろん自力で100%トイレに行く力はありません。

だから父や自分の介助が必要になりますし、
歩行についてはまだまだたどたどしさがありますが、
「しんどくても頑張っていきたい」と思えるのは良かったです。

母の退院後の生活は今のところそんな感じですね!

ではでは、11月もどうぞよろしくお願いいたします!(゚x/)モシッ

Bee Gees - Spicks and Specks (1966) [Psychedelic Rock]

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天使が空に帰って1年が経ちました

にゃんこが亡くなった昨年10月22日から1年が経ちました。

現在ブログはお休みしていますが、こうした大事な日や
月末記事については今後も普通に続けていこうと思います。

金魚さんが亡くなった6月4日は亡くなるまでの経緯であったり、
お互いの気持ちの触れ合いであったりを振り返ったりして、
ある種の大きなイベントとして過ごすのが習慣化していますが、
この10月22日に関してはそうした過ごし方は今のところは考えていません。

これは自分の中で10月22日という1日が心に刻まれているというより、
それ以降の「にゃんこのいない日々」のほうにより重みを感じていて、
この日だけが、この期間だけが特別という思いになり切れないからですね。

逆に言うと、今もなおにゃんこのいない日々にどこか慣れないままですし。

にゃんこの思い出はほんとにいろいろありますが、
やはり一番大きいのは家へと連れて帰って来たときですね。

この点については金魚さんとは大きく違う点ですね。

金魚さんは連れて帰ってきたときの思い出がやや薄くて、
逆に亡くなったときの記憶はものすごく重く残ってるのですよね。

にゃんこさんは亡くなるその日に関してはどこか覚悟がありましたからね。
かといって、時間が経ってもその痛みは消えてくれるわけではなかったですが。

にゃんこと出会ったのは18年前の9月8日の午前0時ぐらいでしたね。

当時はちょくちょく夜に散歩するということがあったのですね。
考えごとをしながら散歩すると頭がすっきりしましたので。

すると、ひたすら「みゃあ!みゃあ!」と延々と鳴き続ける仔猫がいたのです。

あんなにひっきりなしに鳴き続ける猫は他に見たことがありません。

たしかに野良猫でも仔猫は大人の猫に比べると鳴く頻度は高いですが、
それでも普通は人の気配を感じたら鳴くのをやめるものです。

でもこのにゃんこはそんなのお構いなしに何時間も鳴き続けてるのです。

これは最近になって改めて思ったことなのですが、
猫というのは喧嘩でもしない限りは普通は鳴かない動物なのだそうですね。

それが飼い猫になったり、人に懐いたりすると、
「鳴くことで人が反応する」ということをおぼえて鳴くようになるそうです。

とすると、この子はもともと飼い猫から生まれたのかもしれません。

飼い猫から生まれて、生後1ヶ月ぐらいに家から脱走してしまって、
ドブにはまってしまって出られなくなり、助けを呼ぶために鳴いていた、
というのが自分とにゃんこが出会ったときの真実だったのかもしれません。

だからあのときの鳴き声は「ただよく鳴く子だった」というのではなく、
全身全霊で緊急信号を発していたということだったように思います。

とにかくひっきりなしに鳴いていたので、「どうなってるんだ?」と思って、
声の聞こえる方向に耳をやると、どうも下のほうから聞こえてくるのですね。

それで「あ、これはドブにはまってるな」とわかり、
しかも数時間後に台風が来るという予報になっていたので、
台風が来たら確実にドブが増水してこの子は死んでしまう、
それを考えたら「助ける」以外の選択肢は頭からなくなりました。

そしていったん家に帰って懐中電灯や軍手を用意したうえで、
猫の鳴き真似をして呼び寄せ、保護して家に連れ帰ったのですね。

この家に連れ帰る途中も、家に着いてすみっこに隠れていたときも、
まだ延々と「みゃあ!みゃあ!」と鳴き続けていたのですよね。

おそらく7~8時間ぐらいはずっと鳴き続けていたように思います。

今思うと「すごい耐久力で鳴き続けていたのだな」と思うと同時に、
それだけ強い緊張感にさらされて、落ち着くのに時間がかかったのでしょうね。

要は鳴きやんだということは、「あ、このおうちは安心していいんだ」
とにゃんこが認識してくれたということですからね。

さすがにこのときほどではないですけど、よく鳴く子ではありましたね。

強制給餌をするようになってからも、お腹がすいたりすると、
僕が寝てるのにわざわざ耳元に来て「にゃーん!!」ですからね。

そして「はい、はい、わかりました、まんまやな」と起きるのです。
こうやってわがままをしてもらえるのもほんと幸せだったなと思います。

家に来てすぐの頃のにゃんこ

これはこのブログでは初公開になる仔猫時代の写真ですね。

おそらく全部1歳になる前のもので、
初代のガラケーで撮影したものなので写真も小さいです。

左上が一番古く、以降は中上→右上→左下→中下→右下の順です。

左上はほんとに初日に撮ったものですね。
9月8日の午前4時ぐらいの写真ではないですかね。

写真を画像掲示板に貼ってアドバイスをもらうために撮ったものでしたから。

猫を飼った経験がなかったので、人に聞かないとわからなかったので、
まずはそれを最優先にということで、撮った写真ですからね。

この写真の中では1枚目と2枚目がとりわけお気に入りですね。

ペットが亡くなると、亡くなったときのことばかりが頭を巡りますが、
こうして初めて出会った頃の写真を見て当時のことを振り返ると、
「そうか、この日から17年も生きてくれたんだよな」というふうに、
「生きてくれた時間の長さ」というものも感じることができますね。

たしかにどうやっても「にゃんこのいない日々」は重いのですよね。

でも17年も生きてくれたことも絶対に忘れちゃいけないのですよね。
そして17年間も自分にいろんな喜びや楽しさを与えてくれたことも。

ほんとこの子は天使のように自分のところに舞い降りてきてくれて、
そして17年間かけて役割を終えて帰って行った感じなんだろうなぁと。

でもそうは思っても、悲しいものはやっぱり悲しかったりするわけですが。

にゃんこさんに捧げるアレンジフラワー(2022年10月22日)

にゃんこの命日にはアレンジフラワーをお骨の壷の横に飾ることにしています。
右に見えるピンク色の布に包まれた壷がにゃんこのお骨の壷ですね。

これはにゃんこが亡くなった次の日に動物病院に連れて行ってあげたとき、
病院から帰ってきたときに先生がアレンジフラワーをにゃんこのために贈ってくれて、
そこから「にゃんこの記念日にはアレンジフラワーを送ってあげよう」
という気持ちになったからですね。

アレンジフラワーが家に来ると「あぁ、にゃんこの日が来たなぁ」という気持ちになります。

そして今日は偶然ではあるのですが、大泉緑地にくつろぎに行ってきました。

こうした大事な日に心が優しくなるような過ごし方をできたのはすごく良かったです。

そんな1日の中でふと思ったのですが、
金魚さんに対しては、亡くなってから辛い気持ちを抱えながらも、
「ずっと思い続けるから、天国から自分のことを支えていてほしい」
という思いが強くありましたが、この1年間、にゃんこに対しては
いなくなってしまってぽっかりと心に穴が開いたという思いばかりが強く、
お空に行ったにゃんことどう繋がり続けるかを考えられなかったのですよね。

でも今日、「あぁそうだ、いい意味で自分の心を支えるためにもっと
お空にいるにゃんこに頼らないとな」というふうに思うことができて、
「そうしないと、自分のもとから旅立ったことをいつまでも悔ませてしまうよな」
というふうに思いました。

にゃんこがお空に帰ったことによる空虚さは完全には消えないでしょうが、
いつもにゃんこが自分を優しい目でも厳しい目でも見ているぞ、という
そういう思いをこれからの1年は心に置いておかないといけないかなと感じました。

にゃんこさん、あまりにもフラフラな1年を過ごしてきた僕ですが、
どうかこれからもお空から僕のことを見て、その気持ちを支えてください。

今でもずっとずっと君のことを愛してますから。

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