18年目の記念日

にゃんこがおうちに来て18年目の記念日がやってきました。

いつもだったら「にゃんこ18周年!」と勢いのあるタイトルで、
にゃんこがその日まで元気でいたことをお祝いする日なのですが、
もちろんみなさんご存じの通り昨年10月22日ににゃんこは亡くなり、
そうした「明るくお祝いをする」という日にはなりませんでした。

いつものはこの9月8日はすごく特別な日で、
「よし、これでさらに1年長く生きさせてあげられたぞ」
というふうに思える大事な記念日だったのですよね。

でも今年はこの9月8日が近づいていくるにあたって、
「この日をどういうふうに受けて止めればいいのだろう」
とわからなかったのですよね。

「おめでとう」ではないし、
「お祝いしよう」でもないし、
「もう18年経ったんだなぁ」も何だか違う、
ただ確実に「この日に来てくれてありがとう」だけは言える。

だからこの9月8日をどう迎えればいいか本当にわからなくて。

お花をこの日に飾るのもなんか違う気がするのですよね、
それはどちらかというと、10月22日にすべきことのように思うのです。

それにお花屋さんにフラワーアレンジを頼むときに、
「猫をお迎えした記念日です」と言うと、それ自体が一つの誤解を生むし、
やっぱり花は何かが違うような気がしてしまうのですよね。

過去の17年間もこの日を花でお祝いすることはなかったですし。


やはりどうしても身体がこの世から旅立つと、
旅立った日(10月22日)のほうが意味が大きくなるのですよね。

それと同時に来てくれた日(9月8日)の受け止め方がわからなくなる。

思いを色々伝えるのはきっと10月22日のほうがいいだろうと思いますし。

来年以降、この日はいったいどういう意味を持つ日になるのだろう。

果たしてもう一度ある種の喜びを感じる日になるのだろうか。
そうはならず、あくまでしんみりした日にしかならないのかもしれない。

今はほんと「この9月8日が何なのかわからない」ままなのですよね。

こうした「にゃんこのことを十分に受け止めきれてない感覚」が
この1年のふわふわ漂うような感覚や無気力にも繋がってるのでしょうね。

そんなふうに「9月8日の意味付けがわからない」という思いから、
9月8日に記念日記事を書くのは今年で最後にしようと今は思っています。

でも来年どう思っているかはわからない、
これが今の思いの最大の特徴なのですよね。

思いが固まってないのですよね。まだ漂ったままなのですよね。

この記事を書くことで、心の整理がまだついてないのが今更ながらわかります。

わからないことはたくさんありますが、
ただこの日に天使が降ってきてくれたことだけはたしかです。

ドブの中にハマってしまっていた生後1ヶ月の仔猫が
台風がきそうな中で延々と大声で「ニャーニャー」と鳴き続け、
「おにいちゃん、助けろ!」とまるで僕に命令していたような、
そして保護してだっこしながらもずっと「ニャーニャー」と鳴き続けていた、
そんなかわいい天使さんが僕のもとにやってきた日。

その様子を思い出して微笑む日、それが今出せる最大の答えかもしれません。

天使さん、今は役割を果たして空へと帰っていってしまったけど、
僕のもとに降りてきてくれた日のかわいさは一生心に残っています。

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にゃんこが空に旅立ちました (4/4)

(3 から続く)

そして改めて考えさせられたのは、
金魚さんを失ったときとの自分の感じ方の違いでした。

死に対しての感じ方を比較するのはいいことではないのですが、
ただこれは自分にとって避けて通れない話でもあるのですよね。

自分が死や命に対してどう向かい合っているのかという話でもありますから。

金魚さんを失ったときは、自分の感情を全くコントロールできず、
ただひたすら混乱の渦に巻き込まれてしまう感覚だったのですよね。

でもれいんちゃんに関しては、思い入れはものすごく強いにもかかわらず、
何度も泣きはしながらも、自分を完全に失ってる感覚とは違うのです。

今思うと、金魚さんを亡くしたときは、無念、悔しさ、申し訳なさ、
そうした思いに完全に自分の心が覆われてしまったのですよね。

襲撃されるのを防いであげることができなかった無念さと申し訳なさ、
そしてその5ヶ月後に病気を発症してから何もしてあげられなかったこと、
この「何もできなかった」ことへの申し訳なさから逃れられなかったのですね。

むしろ襲撃から約半年の間、生きてくれた赤い金魚さんに対しては、
襲撃のときに空っぽになってしまった自分の心の穴を埋めてくれて、
もう一度思い出が作れるように頑張ってくれたということもあって、
「自分は何もしてあげられず、金魚さんに助けてもらうばかりだった」
ということが感謝と申し訳なさばかりに結びついたのですよね。

その無念さはずっと引きずっていて、今も少なからず続いています。

だから金魚さんを失ったときには「ありがとう」という言葉しか出なかった、
そしてその「ありがとう」は「ごめんなさい」の裏返しでもあった、
そうしたことを今回改めて感じさせられることになったのですよね。


それに対してれいんちゃんのときは、今年の1月に大きな危機を迎え、
もしそこでそのまま失っていたら、きっと同じ感情に覆われたと思います。

でもそこから必死で、強制給餌の技術を1週間ぐらいで完全に身につけ、
1月中旬から始め、2月中旬にはそれだけで全ての栄養を賄えるとこまで来た、
そして10月22日までの約10ヶ月間、ずっと走ってくることができたのですよね。

先生によると、強制給餌以外でほぼ食べられない状態になってから、
状態が安定して体重が増加傾向に入るのは非常に珍しいそうです。

実際に1月のときには数日の間で亡くなる危険性がありましたし、
2月の最初の段階でも血液検査の数字は改善していなかったので、
この時点では「良くて2・3ヶ月」という状態だったのでしょう。

そして普通はここまで肝臓の状態が悪くなっていると、
強制給餌をしても嘔吐などが続いて上手くいかないことが多いそうです。

言うなれば、自分が必死で強制給餌をマスターして、
さらにカロリー計算などもして適切な給餌ができたことと、
れいんちゃんがあまり嘔吐することなく強制給餌を受け入れてくれて、
だんだんと体調が改善して、それに伴いさらに嘔吐が少なくなるという、
自分とれいんちゃんのお互いの努力でこの10ヶ月を走れたのですよね。

自分としても、れいんちゃんとしてもやれることはやり尽くせた、
もちろん可能であるならばそれをもっともっと長くしたかった、
でも可能な限り、れいんちゃんの体が許す限りのことはできたように思うのです。

だって肝臓には腫瘍があって、それはおそらく2年前の秋頃にはできていて、
そこから体重減少と食欲低下が始まっていて、腫瘍も大きくなってきていたのに、
強制給餌をしながらとはいっても、2年も頑張ることができたわけですからね。

寂しいし、悲しいし、思い出すたびにどうしても涙は出てしまうけど、
だけど無念さや「何もしてあげられなかった」という気持ちとは違う、
心のどこかに自負がある、そこが大きな違いにはなっているのですよね。

だから「ありがとう」という言葉だけしか出せなかった金魚さんのときとは違って、
出てくるのは「ずっと愛してるよ」という言葉なのですよね。

この10ヶ月間、強制給餌をしながられいんちゃんに何度「愛してるよ」と言ったか、
それと変わらず、「これからもずっとそうだ」ということを何より伝えたい、
だからそうした言葉が何より出てくるのだと思うのですよね。


れいんちゃんが亡くなった直接的な要因ははっきりとはわからないのですが、
おそらくは10月下旬の急な気温の低下が大きかったのでしょう。

すでに9月頃から体調は下降気味にあって、
食事量を確保することで何とか保ってはいたものの、
何かきっかけがあれば崩れてしまうギリギリのラインだったのでしょう。

そこで急に寒くなったことで、一気に崩れていったのでしょう。

気温変化や雨が体調に与える影響は先生からも聞かされていましたし、
葬儀の人も季節の変わり目に亡くなる子が多いことは触れていましたし、
実際に気温が急に下がったときににゃんこが寒いとアピールしてたので、
体調に大きく関わってくるぐらいの変化だったのでしょうね。


思い返すと、数年前はれいんちゃんの老後が、
れいんちゃんが亡くなる前の数ヶ月がどうなるのか、すごく怖かったのですよね。

れいんちゃんが少しでも体調を崩したり、怪我をするだけで、
いてもたってもいられなくなってパニック状態になってしまう自分が
そうした時期を耐えることなんてできるのかと思っていたのです。

そして亡くなる前に大きな病気などになればお金もかかる、
それがどのくらいになるのかも全く予想できなかったですからね。

でも実際に訪れたこの10ヶ月間はものすごく意義のあるものになりました。

たしかに毎日4~8回の強制給餌をするということは、
普通に考えれば大きな負担ではあるのでしょう。

でも実際に始めてからは、それは当たり前の日常になり、
そしてれいんちゃんに愛情を注げる大事な機会になったのですよね。

れいんちゃんのことが好きで好きでたまらない心配性の自分が
最後の最後に「もうゆっくり眠っていいんだよ」と思ってあげられたのは、
数年前の自分だったら全く想像できなかったことでしょう。

そしてれいんちゃんは最後まで本当に偉かったと思います。

普通だったら、死を迎えるときは、少しずつ体が衰弱して、
1~2ヶ月ぐらいかけて一つ一つできないことが増えていく、
そしてその中でトイレもできなくなりおしっこやうんちも
どうしても垂れ流しの状態になる子も多いと思うのですね。

でもれいんちゃんはたしかに食事は自力でできなくなったものの、
トイレに行けなくなったのは最後の12時間ぐらいだけで、
その間も決してそれを垂れ流すようなことはしなかったのですよね。

言い換えるなら、れいんちゃんは衰弱する姿は数日だけしか見せなかった、
衰弱することによって与える不安や負担は最小限にとどめてくれた、
急に訪れながらも、どこか温かさをもって見送ってあげられたのは、
そうしたれいんちゃんの最後の数日があったからこそでもありました。


17年間、2004年という遥か前からずっと一緒に暮らしてきたので、
今でも自分に染みついた習慣は抜けずに残っています。

つい「あの子は今どこの部屋にいるのかな」とふと思ったり、
部屋のドアは完全に閉めずにあの子が通れる隙間を必ず開けていたり、
ひざに何か感触をおぼえると「ん、あの子が乗りに来たか」と思ったり、
そのたびに「あぁ・・・」と思ってしまうことが何度もあります。

それはさみしくもあるのですが、
でもそうした習慣も無理に全部なくさなくてもいいのかもしれません。

見えないけど、見えない姿であの子はまだ家の中にいて、
いつものドアの隙間を通ったりしているのかもしれません。

そんなふうに思っていてもいいのかもしれないなと感じたりもします。


公開はしませんが、なきがらの写真も何枚か撮ってはいます。

それを見ると「この姿にもう触れることはできないんだ」と悲しくなると同時に、
たとえなきがらであっても、自分には愛しくて愛しくてたまらないのですよね。

ずっとずっと自分にとって、そこにいるのが当たり前の姿でしたからね。


ほんと何度思い返しても、この子との出会いは運命的だったのですよね。

猫は大好きだけど、猫を飼うことは意識していなかった自分を
ひたすら呼び続けて飼う決心をさせて保護へと導いていった
偶然のはずなのに、必然だと思えるような出会いでした。

まるでこの子は自分に飼われるために
空から降りて来たんじゃないかなんて思えてしまうほどに。

そしてそんな天使のような子はかけがえのない17年を僕にくれて、
後悔させないように最後の10ヶ月を一緒に走り抜けてくれて、
衰弱する姿をできるだけ見せないようにして眠るように旅立っていった、
それはまるで金魚さんのときに自分が感じた苦痛を少しでも感じなくても済むように、
そんな愛情をたくさん感じさせてくれる数日であり、10ヶ月であり、17年間でした。

れいんちゃんは間違いなく世界一のにゃんこでした。
この子以上に愛しいにゃんこは二度と出会うことはないでしょう。

この子を一生、これからも愛していくことは自分の責務だと思っています。

愛しくて愛しくてたまらない、かけがえのない17年間を本当にありがとう。
僕を見つめて「にゃあ!」と大声で鳴いてわがままを言うあの可愛い姿は絶対に忘れません。

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にゃんこが空に旅立ちました (3/4)

(2 から続く)

夜が明けて、その日の診療時間の終わり頃にれいんちゃんを病院に連れて行きました。
最後にれいんちゃんを先生に診てもらって、お別れの挨拶をするためでした。

自分はもう治療をしてもらうわけではないので、
他の患者さんが来ている時間帯に行って時間を圧迫すると迷惑なので、
それを考慮したうえでもう患者さんがいないであろう時間を選んで行きました。

れいんちゃんが亡くなったことを伝えると驚きをもって受け止められました。
たしかに前回の診察の段階では、ほんの数日で亡くなるようには見えなかったですし。

そこの動物病院に初めて行ったのもれいんちゃんを保護したその日でした。
なので、この病院とも17年間ずっと通っていたということになります。

先生もれいんちゃんと僕が初めて来た日のことはよくおぼえていました。

先生はなきがらになったれいんちゃんをきれいにブラッシングして、
強制給餌の際に体に少しこびりついたご飯などを取ってくれるとともに、
硬直した体を少しほぐしてきれいな姿勢にしてくれ、体全体を拭いてくれました。

亡くなると眼球がどうしてもくぼんでくるなどの変化が出てくるのですが、
それをできるだけ防ぐための薬なども塗ってもらいました。

そのときに先生が言ってくれた「れいんちゃんは亡くなっても、
どうしてもお兄ちゃんのことを見つめていたいんやね」という言葉は特に胸に残っています。

そして先生にこの4日間にどういう変化があったのかなどを伝えつつ、
17年間の思い出、そして足繁く通ったこの10ヶ月の話などをしました。

この日、先生は自分とれいんちゃんのために無料で30分ほども時間を取ってくれ、
僕とれいんちゃんが帰るときには、外まで出て見送ってくれました。

自分とれいんちゃんはここの動物病院以外に通うことは全くなかったので、
こちらの先生には17年間、最後まで本当にお世話になりました。

そして家に帰って30分ほどすると、電話がかかってきたので、
何だろうと思って取ってみると、お花屋さんからの電話で
先生がれいんちゃんのために花を贈ってくれたとのことでした。

すごくきれいなお花が届き、れいんちゃんの横にすぐに飾ってあげました。

動物病院の先生がれいんちゃんに贈ってくれたお花
(動物病院の先生がれいんちゃんに贈ってくれたお花)

れいんちゃんには、最後に必ずちゃんとしたお葬式をしてあげたかったので、
そこからは自分が納得できるペット葬儀社を探し始めました。

病院からも一つ紹介してもらったのですが、
そこは少し遠くまでこちらから行くか、
出張でもれいんちゃんだけを預けなければならず、
希望の条件とやや合わなかったので改めて探すことにしました。

そして徹底して3時間ほど調べたうえで、
火葬車で出張してくれるところで、信頼できそうなところを選びました。

ただどうしても実際に電話しようとすると戸惑いが出てきます。

電話をして予約するということは、
命が失われながらもまだそばにあるれいんちゃんの体と
完全にお別れする日を決めるということでもあります。

その踏ん切りをつけるのに、どうしても数時間はかかりました。
ですが、夕方には電話をかけ、翌日(10月24日)の午後3時に予約を取りました。


これぐらいの時間になると、れいんちゃんの体に少し変化が出てきました。

お腹の中にあるものの発酵が進むことでお腹がパンパンに張ってきて、
その影響か、鼻から少し体液が出てくるようになりました。

それに対応するために、れいんちゃんの体はペットシートに乗せました。

そして明日の火葬の際に一緒に供えるために、
お花とれいんちゃんが好きだったまぐろを買ってきました。

れいんちゃんの体と少しでも長い時間一緒にいたいと思いながらも、
体の変化を見ると、「もうお空に返してあげるべき時間が来てるのだな」
という実感も強まってきました。

だけどやはり「もう半日ぐらいしかこの姿を見てあげることはできない」
と思うと辛く、動かなくなったれいんちゃんの目を見ながらいろいろと話しかけ、
また涙を流しながら、今も、そしてこれからも愛していることを伝えました。


れいんちゃんは布団の横に寝かせて自分も眠りにつき、葬式の日を迎えました。

午後3時に火葬車が到着し、れいんちゃんをまず台に寝かせて、
その近くにお供えするためのものを簡単に並べました。

そして火葬車は本来はここで単独で人のいない空き地などに移動して、
そこで45分ほどかけて火葬をするという段取りになるのですが、
自分の要望で火葬する場所まで自分もついていくことにしました。

ずっと火葬車の横にいて、手を合わせながら見送ってあげたかったのです。

火葬する場所に到着してから、お供え物をきれいに整えたうえで、
れいんちゃんにお別れのお話をし、頬や頭に最後のキスをしてあげました。

火葬が終わると、自宅近くまで戻ってそこでお骨上げをします。

動物の火葬に立ち会ったのは初めてだったのですごく驚いたのですが、
それぞれの骨の部位がどこなのかわかるほど形がきれいに残るものなのですね。

まず僧侶さんがそれぞれの部位がどこにあたるのか説明してくださり、
全てのお骨を自分が骨壺へと入れていく作業が始まりました。

お骨になってしまったことには寂しさももちろんありましたが、
ただの灰になったわけではなく、れいんちゃんの面影がはっきりとあり、
それゆえにどこか温かい気持ちを持ちながらお骨上げをしていきました。

そして最後から二番目に頭の骨を入れ、最後に喉ぼとけの骨を収めました。

少し驚いたのが、骨だけでなく、うんちも炭化して残ることでした。

それによって、「あぁ、やっぱり最後はあまりうんちが出なくなっていて、
お腹の中にけっこう残っていたのだな」ということがわかりました。


1年ぐらい前には、もしれいんちゃんが亡くなったらどうしようかと考え、
亡くなった後で剥製葬にするということも考えたのですよね。

でも、実際にこうしてなきがらになってからの数日を過ごしてみると、
剥製にするということは決して生きていたときの姿を残すのではなく、
この命が失われた体の状態を永遠に続けさせてしまうことなのだと、
そしてそれは自分としては何か違うことのように感じました。

命が失われたなきがらと過ごすのはほんの数日だからこそ意味がある、
この数日間はそうしたことを感じさせてくれるものでもありました。

なので、火葬してお骨になったのは、
あるべき形に帰してあげられたことなのだとも思っています。

(4 に続く)

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にゃんこが空に旅立ちました (2/4)

(1 から続く)

そんなにゃんこの状態に少し妙だと感じたのは10月9日のことです。

病院に連れて行くときは、いつも大声でにゃーにゃーと鳴くのですが、
大声で鳴いているはずが、微妙に声の出方が悪いように感じたのです。

ただこの時点では、まだちょっと不思議に感じたぐらいでした。

そして強い危機感をおぼえたのは10月15日の夜のことでした。

やはり鳴き声が小さくなっていることが気になり、
そこからいろいろと頭を巡らせると、
少しずついろんな活動性が落ちてきていることに気付いたのです。

今思うと、9月ぐらいの段階から少しずつ変化が出ていました。

以前は強制給餌を終えてネットから出すと、
必ず早足で2階に上って僕の部屋で待っていました。

しかしそうしないときが9月頃からときどき見られるようになり、
その頻度が日を追うごとにだんだんと高くなってきていました。

またトイレの失敗や、それまでならしないおしっこのミスが
9月に入ってからだんだんと見られるようになっていました。

今考えると、特に変だったのは僕の布団におしっこをしたことでした。

猫という動物は自分が寝床だと認識してる場所ではトイレをしないそうです。
トイレのミスをするとしても、寝床以外の場所でするのが普通だそうです。

それなのに、にゃんこ自身も寝床に利用している僕の布団で
9月だけで2回もおしっこをしてしまったのですよね。

このときは「年老いてきたし仕方ないだろうな」としか思いませんでしたが、
それまでと比べていろいろな機能が衰えてきてる表れでもあったのでしょう。

またお風呂場でペタンと座っていることや、
今のテーブルの上でお腹を置いて座ることが増えてきました。

そしてその頻度は日を追うごとにだんだんと高まってきました。

これもこのときは「暑いのかな」ぐらいに軽く考えていましたが、
おそらくはこれも状態の悪化を示唆していたのでしょう。

というのも、猫は死期が近づくと冷たいところに行きたがるそうです。
少しずつそうした傾向が出てきていたということなのでしょう。

単に絶対的な暑さの問題であれば、そうした行動は最も暑い8月に出るはずが、
実際には9月以降に徐々に増えるという点で奇妙なところがありましたので。

「自分の考え過ぎだろうか」「気のせいなのだろうか」と思いながらも、
この10月15日の夜にはそうしたことを感じて強く不安になっていました。

またこのあたりで急に室温が下がりましたが、
にゃんこは「寒い寒い」とアピールしていて、
こたつをすぐに出してあげたところちゃんと入っていたので、
「いや冷たいところに行きたがるというのは思い過ごしかな」
と思えるところもありました。

10月18日にも病院に連れて行きましたが、
この時点では確実に言えることはまだ鳴き声が小さいことぐらいで、
そこまで死期が近づいていると言えるようには見えなかったので、
特別は対処はしてもらわずに、いつも通りの治療を受けました。


しかしこの週に入ってから、急速ににゃんこの状態に変化が出てきました。

日に日に鳴き声は小さくなり、次第ににゃーんと鳴けなくなり、
良くて「にゃ、にゃ」と小さな声を出すだけで、
僕に対して積極的に鳴くこともなくなっていきました。

そして最大の変化は足腰が急に弱っていったことでした。

というか、実際には9月から徐々に弱っていたのでしょう。

強制給餌の後に2階に上らなくなってきたのも、
2階に上るのがだんだんと辛くなってきたからだったのでしょう。

この週に入ってからは明らかに足腰が立たなくなってきて、
ピンと足を立てることが難しくなり、
歩くのも徐々によたよたとしてきて、
普段はもうペタンと座っていることが増えてきました。

そしてこれまでは嘔吐は空腹時か、うんちの直後のみでしたが、
この週に入ってからそれとは違うタイミングでの嘔吐が出てきました。

多い回数ではなかったものの、これまでと明らかに変化が出ていました。

日に日に活動性は弱まり、2階にはほぼ上ってこなくなり、
上ってくるときも明らかにそれまでよりも時間がかかって、
かなり苦労しながら階段を上っているのがわかりました。

自分はこの子のことについてはひどく心配性なので、
いつもであればこうした変化が出れば急いで病院に連れていくのですが、
このときに関してはなぜかそうした思いは出てきませんでした。

今年に入ってからは、これまでに何度も死を覚悟してきましたし、
つねにそれを意識してきた自分にとって、
このとき起きていたことはいわゆる一時的な変化であったり、
治療できるような新しい病気が出てきたのとは全く違う、
もう対処はできない、来るべき時が来たことを理解していたのだと思います。

もう病院でしてもらえることは全てしてもらっていましたし、
新しい病気にかかった気配はない、急速に状態は落ちたものの、
それは9月から延長線上にあって、治せるものではないと感じていました。

10月21日にはほぼ自分でトイレにも行けなくなってきて、
一度抱っこしてトイレに連れて行ったものの、
トイレの砂の上でも足を立てられずペタンと座ってしまう、
「あぁ、もうこういう状態まで来たのだな」と感じました。

そして夕方以降はもうトイレにも行かなくなり、
これ以上は自分で排便することもできない気配でした。

ただそれでも強制給餌は頑張って受け入れてくれていました。

もうこの状態だったら、強制給餌も全て吐き出してもおかしくないはずです。
でも、全く苦労する素振りは見せず、あげた分は自然に食べてくれました。

そして10月22日の夜明け前と午前中に強制給餌をしたときは、
ネットの中で足を立てることはできずペタンと座っていて、
目も半分閉じている感じで、うつらうつらとしていました。

でもそんな状態なのに、強制給餌は時間もかからずきれいに食べてくれました。

だけどそのときに見せていた眠るような仕草は、
もう普通の眠りではない、永遠の眠りを示唆していることはわかっていました。

でも自分もすでに覚悟はできていて、
最後の強制給餌の後には、「おやすみなさい」という思いを込めてこたつに入れてあげました。

そしてその約3時間後に、れいんちゃんはこたつの中で硬くなっていました。

でも不思議とそのときには涙は出ませんでした。

「これ以上は無理をしなくていいんだよ」という思いがあったので、
無事に旅立たせてあげられたことに安堵した面もあったと思います。

ただ仕事前の時間だったので、感情を抑えてもいたとは思います。

硬くなったれいんちゃんはすぐに2階の自分の部屋に連れて行って、
僕の布団の上で寝かせてあげました。


家に帰ってきてれいんちゃんを撫でてあげると、
生きていたときとは違う、ふわっとした感じはなくなり、
冷たく、硬くなってしまったことを強く感じました。

目は開いていたので、抱っこしてあげながら見つめてあげると、
それまで我慢していたものが決壊して涙が止まらなくなりました。

飼い主であっても、
なきがらの姿や生きているときとは違う雰囲気の目を嫌がる人もいるそうです。

でも自分はその硬く冷たくなった体も、
開いている目も愛しいという以外の気持ちは感じませんでした。

冷たくなってもまだいつものように自分の目を見つめてくれる、
そして自分もまだこの子の目を見つめてあげることができる、
そうした時間をまだ少しでも過ごせることへの感謝しかありませんでした。

(3 に続く)

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にゃんこが空に旅立ちました (1/4)

にゃんこが10月22日に空に旅立ちました。

17年前の9月8日に保護してこの家にお迎えしたので、
17年と1ヶ月半の間、この子のことを飼っていたことになります。

保護したときにおよそ生後1ヶ月だったので、
年齢としては17歳と2ヶ月半ぐらいになります。

本名はれいんちゃんだったのですが、両親は別の名前で呼んでいて、
自分も家ではほぼ「姫ちゃん」と呼んでいることが多かったので、
本当の名前がよくはっきりしていない感じにはなっていますが。

ただ病院などではれいんちゃんと呼ばれていたので、
れいんちゃんと呼ばれることがなかったわけではないのですが。

自分は別にもともと猫をどうしても飼いたいと思っていたわけではなく、
17年前の9月8日の午前0時ぐらいにたまたま気晴らしに散歩していたのですね。

すると道路よりも下のところから引っ切り無しに鳴く仔猫の声が聞こえたのです。

「これはどうもドブのところに迷い込んでしまってるみたいだ」と思い、
またこの日は数時間後には台風が来て大雨になることがわかっていたので、
ここで助けない限りはドブは増水してその子は確実に死んでしまう、
それを見捨てる気にはなれず、懐中電灯や軍手を取るために家に戻り、
この子を助けるためにその場所へとまた戻ってきたのですよね。

もちろんこのとき、ドブから助けたうえで近くに放すこともできました。

でもなぜか、このとき「この子は助けることができたらそのまま連れて帰る」
という決心が自分の中で完全に固まっていて、動くことはありませんでした。

今思えば、そのとき他の仔猫とは比べ物にならないぐらいに鳴き続けていたこの子と、
台風が近づいていて放っていくことができなかったこと、その日にたまたま散歩したこと、
自分とこの子の出会いは運命的なものと行っていいものだったのかもしれません。

そして無事に保護することに成功し、家へと連れ帰り一緒の生活が始まりました。

「れいん」と名付けたのは、雨の日に助けたこと、
そして自分の好きな猫好きのミュージシャンの名前がレインだったこと、
この2つを合わせて「れいん」としたのでした。


れいんちゃんの健康に少し不安が出てきたのは2年前の秋頃でした。

でもその頃は自分は何も気付いておらず、夏の検査では体重も血液検査も良好で、
その次の春までは変化が出ていることにはほとんど気付いていませんでした。

ただこのあたりから、少しご飯の吐き戻しの回数が増えてはいたのですが。

そして次の春(1年前の春)に体重を量ると3.8kgまで減っていたのですよね。
2年前の秋の段階では4.4kgまで増えていたので、急に0.6kg落ちたことになります。

今年の2月の検査で肝臓に腫瘍が見つかりましたが、
おそらくは2年前の秋からその次の春の間ぐらいにできていて、
それによって徐々に食欲の低下や嘔吐が起き始めていたのでしょう。

その春の病院での診察の際に体重低下について指摘を受けたので、
そこからは厳密に食事量管理を行い、量を増やすことに努めました。

それによって夏にかけて4.2kgまで体重が回復していきましたが、
そこからは再び低下傾向に入り、10月ぐらいにはさらに食事量が減り、
それをウェットフードによって補うという形になっていきました。

そして昨年の12月末にはウェットフードを食べる量も減ってきて、
ドライフードも含めて全体の食事量が危険水域へと入りました。

猫は他の動物と異なり、食事量が大幅に減ったときの状態悪化が激しいのです。

というのも、猫は絶食が約36時間、あるいは食事量の少ない状態が続くと、
肝臓に脂肪が急速に集まって脂肪肝となり、黄疸などが出始めてしまい、
そこから数日の間に命を落としてしまうという危険が出てきてしまいます。

他の動物の場合は、食事量が危険な状態にまで減ってきても、
急速に危険にはならず、体重が減少して衰弱してくる感じですが、
猫という動物はそうした余裕がほとんどないのですよね。

今年1月の最初に病院を受診した際の血液検査は非常に悪く、
「連れてくるのが遅かったかもしれない」と先生にも言われ、
下手すればもう数日で亡くなるという危険な状態でした。

しかしこの段階ではまだ自分は強制給餌に踏み切る覚悟はできておらず、
病院の先生に頼んで食欲増進剤の処方によって凌ごうとしました。

それによって2・3週間ほどは何とかやり過ごすことはできましたが、
それでも食事量は少なく、徐々に食欲増進剤の効果もなくなってきました。

ただこの食欲増進剤に頼っていた時期に、少しだけシリンジによる
強制給餌を試してみると、意外に上手くいきそうな感じだったのですよね。

今年1月の最初は食欲増進剤と禁じ手であるかにかまぼこのおやつで凌いでましたが、
その間に少しずつ強制給餌の割合を増やして、そちらへの移行を進めていました。

しかし2月最初の血液検査も非常に悪い数字であったため、
血液検査に悪い影響を与えるかにかまぼこはこの段階でストップし、
食欲増進剤は継続しながらも強制給餌の割合を大幅に増やしました。

そして2月中旬の検査で肝臓に腫瘍が見つかり、
この頃には食欲増進剤の効果も切れてきつつあったので取りやめ、
もう完全に強制給餌のみに移行するということになりました。

1月から2月中旬頃までは本当に状態が悪く、
毛も艶がなくなり、嘔吐することも少なくはなく、
元気もなくいつも自分の部屋で僕に引っ付いてばかりいました。

れいんちゃんはもともと肝臓の血液検査の数字があまり良くなく、
一定程度の負担が肝臓にずっとかかってしまっていたのでしょう。

それが肝臓の腫瘍とそれによる食欲低下につながったのでしょう。


そんな厳しい状況でしたが、2月下旬からは状態が上向いてきました。

この段階で出せる薬は完全にベストなものを処方してもらい、
また食事も療養食にしたことで最良なものにしたのですよね。

そして食事も強制給餌のみなので余計なものは与えなくなり、
さらに食事量も安定し、それによって状態が良くなってきました。

3月から6月ぐらいにかけて体重も増加して、
1月最初には3.5kgまで落ちていたのが4.2kgまで上がりました。

これ以降は太り過ぎてもいけないので、安定するように心がけ、
それからは体重は4.05~4.20kgの間で推移するようになりました。

そして7月の血液検査では1・2月に比べて数字も良好になり、
以前ほどではないものの、1・2月よりは家での活動性も上がり、
それなりに安定した状態になってきたことがわかりました。

(2 に続く)

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にゃんこ17周年!

にゃんこがうちの家に来てからついに17年となりました!

この1年はほんとにほんとに大きな1年となりましたね!(*・ω・)

ここ数年は毎年のようにこの記念日をお祝いしていますが、
今年の記念日の大きさはここ数年とは比較にならないです!

ドブに落ちて迷い込んでいた生後1ヶ月の仔猫を保護してから、
すっかり我が家に慣れ、自分に甘え倒しながら17年が経ちました!

今年の1月頃は、今年の記念日を迎えるのは無理だろうと思ってましたからね。

食欲が落ちるという傾向は一昨年の夏ぐらいに始まったのですかね。

ただ昨年の春までは体重の減少にはほとんど気付いていなくて、
ワクチン接種の少し前に「あれ、体重が減ってる」と知ったのですね。

それで食欲が落ちてることに気付いて、体重を綿密な管理を始めました。
それがちょうど昨年4月ぐらいからということになるのですよね。

その後はいったん食欲が回復し、7月ぐらいまでは体重も回復傾向、
3.8kgまで下がっていたのが、4.2kgぐらいまで戻ったのですかね!

うちの子はもともと体重は比較的軽いタイプではあるので、
4.0kg前後であればおおむね標準体重ではあるのですよね!

ただ夏の終わり頃からまた徐々に食べる量が減ってきて、
カリカリを食べる減少量をウェットフードで補ったり、
いろんな手を尽くしていましたがやはり徐々に痩せてました。

そして危機が来たのが、昨年の12月の末だったのですよね。

カリカリもほぼ食べなくなり、ウェットを食べる量も大幅に減少、
1日の摂取カロリー量が標準量の4分の1ぐらいにまで下がってきて、
「このままでは危ない」と判断して正月明けに病院に連れていきました。

この時点で体重は大人になって以降、最も軽い3.5kgになっていました。

血液検査の数字は非常に悪く、軽い黄疸も出ているという状態で、
「ちょっと連れてくるのが遅かった」と先生にも告げられました。

このときは自分は食欲増進剤に頼って乗り切ろうと考えていたのですね。

それでまずは食欲増進剤を出してもらい、それで少し食事量が増えて、
標準量には満たないものの、最悪の状態は一応は脱しはしたのでした。

ただ食欲増進剤の効果も徐々に落ちてきているのは目に見えていて、
ここを脱するには自分が強制給餌を習得して踏み切るしかありませんでした。

そこで1月中旬ぐらいに強制給餌を試すと、いい感触がつかめたのですよね。

そのときはまだサブ的に強制給餌を始めたぐらいで、基本は食欲増進剤の効果、
そしておやつにあえてかにかまぼこをあげることで凌いでいる状態でした。

そして2月の最初に血液検査を受けると、やはり数字は非常に悪いものでした。
これはおやつに採用していたかにかまぼこの悪影響もおそらくあったでしょう。

この数字を受けて、先生からは「腫瘍の可能性がある」というふうに告げられ、
2月中旬に超音波検査を受けて、実際に肝臓の腫瘍が見つかりました。

余命は告げられませんでしたが、「半年、1年と延ばすのはおそらく難しい」と言われました。

このときからとにかくベストを尽くそうと、かにかまぼこをあげるのはやめ、
食欲増進剤もストップし、強制給餌だけで標準量を完全にまかなってあげる、
という方針に切り替えて、薬の種類もベストのものに増やしてもらいました。

ただ2月の段階では、まだ定期的に嘔吐があり、安定しているとは言えず、
毎日不安になりながら強制給餌をさせて過ごしているという感じでした。


ここに光明が差してきたのが3月に入ってからぐらいになります。

コツコツと強制給餌を続け、栄養状態が安定してきたことによって、
にゃんこの普段の活動性なども全体的に向上してきたのですよね!

それは診察の際にもわかるようで、元気になっていることが先生にも伝わり、
病院に行く頻度を徐々に減らしていけるというふうに先生から提案され、
夏頃には「もっと長寿を目指しましょう」と提案されるようにもなりました!

要するに「余命数ヶ月」という状態からは脱することができたのですよね!(●・ω・)

家の中での活動性も高くなり、さすがに若い頃のように
家の中をドタドタと走るようなことはもうないのですが、
ちょっとやんちゃなしぐさをしたり、鳴き方も元気になったり、
「あぁ、だいぶ状態が回復してるな」と実感できるようになりました!

それで5月か6月には、2月上旬時点では半ば諦めていた
この9月の記念日は十分に迎えられるという自信が出てきました!

2月頃は「もう先は短いから、せめてそれまでは全力で」という思いでしたが、
夏が近づく頃には「まだまだ長生きさせる!」と前向き度が高まりましたね!

思えば昨年12月末から2月ぐらいまではだんだん毛がボサボサになり、
栄養が少なくて、毛のツヤがなくなってきていたのですよね;

それも4月ぐらいには回復し、だんだんと毛がしっとりしてきて、
見た目もずいぶん若くなり、体重も4.1~4.2kgで安定しています!

もう3.5kgまで落ちていた頃とは全く違い、むしろ増えすぎないように、
ほどよい食事量を意識しながら体重を安定させる状態になっています!

持ったときに「あぁ、ふっくらしてきてる」とわかりますからね!(=゚ω゚)

育てるうえでの不安感もずいぶんと安定してきた感がありますね!

昨年は「どれだけ食べてくれるか」を毎日不安に思っていましたが、
今はもう自分がきちんと強制給餌であげればいいだけなので、
食事量に対する不安を持つ必要は全くなくなったのですよね!

これが嘔吐が増えてくるようになるとまた不安も出てきますが、
今は特殊なとき以外は嘔吐もないので、そうした不安はないですね!

「自分が頑張れば食事量は確保できる」という状態ですからね!

にゃんこ17周年!(美猫さん)
(2021年2月7日に撮影)

これはまだ状態が良くない、痩せていた頃に撮った写真ですね。

この頃は「せめて記念写真を撮っておきたい」という思いがあって、
それでいくつか写真を撮って、その中でもっときれいに撮れたものですね。

きれいに撮れていることもあって、体調が悪そうには見えないですね。

でも実際にはこちらの気持ちもにゃんこの体調もどん底のときでしたね。

にゃんこ17周年!(お休み中)
(2021年2月19日に撮影)

こちらも先の写真とほぼ同時期に撮影したものですね。
2月19日ということは、腫瘍の診断をされて数日後ぐらいですね。

今年の1月はじめぐらいから、にゃんこは自分へのべったり度が高まり、
寝るときも含めてずっと自分の近くにいるということが増えています!

ただその後に体調が良くなるにつれてやや移動も増えましたが、
それでもやっぱり自分の近くにいるのが最も落ち着くようですね!

こうやってひっついてくれる機会も大事にしないといけませんね!(*゚ー゚)

こうした時間はもう決して何十年も続くわけではないのですから。

にゃんこ17周年!(タオルの上で)
(2021年9月4日撮影)

これはごく最近、この記事向けに撮影したものですね!

この写真は今のこの子の元気さが伝わるように思います!
目の輝きが一時期に比べるとずいぶんと改善していますね!

体もふかふかして表情もいい、なかなかいい写真だと思います!(`・ω・´)

この表情を見ると、「まだまだ頑張れるな」と思いますね!

にゃんこ17周年!(ご飯中)
(2021年9月4日撮影)

これは強制給餌をする際に撮った写真ですね!

砕いたカリカリを流動食でふやかして作った強制給餌用のご飯を
シリンジに入れてあげるのですが、普通にあげようとすると当然動くので、
強制給餌の際にはネットに入れて、顔だけを外に出してあげています!

あとは左手で後ろから頭をつかみ、右手でシリンジでご飯をあげます!(*゚◇゚)

「強制給餌」という文字を見ると、なんだかかわいそうに見えますが、
別にそんなに嫌がるわけでもなく、人間で言うなら赤ちゃんやお年寄りに
スプーンでご飯を食べさせるような、そういう感覚に近いと言えますね!

ただちょっと表情にしょんぼりとした感じが出てはいますが!

でもこのご飯によって、こうして今も元気でいるわけですからね!


こうして強制給餌で過ごすのは、これからずっと続くでしょうし、
肝臓の急激な悪化や、嘔吐でご飯を受け付けなくなったりしなければ、
まだまだ頑張れるんじゃないか、そういう思いで今は過ごしています!

こうやってなんとか来年の18周年の記念日も迎えたいですね!(゚x/)モキュニャニャニャ

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にゃんこ16周年!

にゃんこが我が家にやってきてからついに16年が経ちました!
まずは今年もこの日を迎えることができたことに感謝ですね!

この年齢になると、とにかく1年1年を過ごせることが大事ですからね!
次の年を一緒に迎えられるかどうかも未知数な時期になってきましたし!

うちのにゃんこさんはもともと自分が仔猫時代に保護してきました!(*・ω・)

たしか16年前の9月8日の午前0時ぐらいだったと思いますが、
ちょっと考えごとをしながら散歩していると仔猫の鳴き声が聞こえて、
しかもあまりにも連続で鳴き続けるのですごく気になったのですよね!

そして声のほうに近づいていくと、なぜか下のほうから声がしていて、
ドブに落ちてしまってそのあたりで迷っているのがわかったのですよね!

その日は台風が近づいていて、雨が降ればすぐにドブは増水してしまう、
そうなってしまうとその子は確実に流されてしまって助かることができない、
そこで「これはもう自分が助けるしかない」とその場で決めたのですよね!

そこでいったん家に帰って軍手や懐中電灯など必要なものを用意したうえで、
その場所に来て、ドブのどのあたりにいるのかを細かく探したのですよね!

もしかするともう自分のいるところに来られない場所にいるかもしれないですし、
そうしたことも気にかけながら探すと、どうもそこまで危険な場所にはおらず、
ドブからは出られないものの、行ったり来たりをくり返しているみたいでした!

「これだったら上手くこちらに呼べば助けることができる」と思えたので、
とりあえずドブの奥のほうに行って、猫の鳴き真似をして呼び寄せました!

1回目は近くまできたものの自分がドブに降りた瞬間に逃げられたので、
2回目はにゃんこが自分よりも奥のほうまで行ったのを確かめたうえで
ドブに降りてしっかりとにゃんこを確保することができました!(*゚ー゚)

まぁそれにしてもほんとひっきりなしに鳴くにゃんこさんでしたね!
抱っこされながら一切途切れることなくずっと「にゃあ!にゃあ!」と鳴いてました!

さすがに保護して家に連れて帰ってからは延々と鳴きはしなくなりましたが、
それでも他のにゃんこさんに比べればよく鳴く子であることはたしかでしょう!

特に自分の顔を見たときの鳴きっぷりは今でもなかなかのものです!

拾ったときは生後1ヶ月ぐらいで、授乳期はもう終わってはいました!
なので、すぐに普通にふやかしたカリカリなどをあげることができました!

とはいえ、自分はそれまで猫を飼った経験が全くなかったことから、
保護した数時間後にすぐに病院に行ってアドバイスをもらいましたが!

こういうときはとにかく専門家に話を聞くことが一番ですからね!

病気やけがはなく、栄養不良で少しだけ足の動きが悪かったですが、
それも栄養が改善した数日後にはしっかりと完治してくれましたしね!

にゃんこ16周年!(ごろりん)

台風による増水で助かるかどうか瀬戸際だったときに保護されたこの子も、
今ではすっかりと家のお姫様として我が物顔でのんびりと暮らしています!

三毛猫ということもあって、もちろんこのにゃんこさんの性別は女の子です!(*゚◇゚)

思い返すとこの16年の間にいろいろあったなぁと思わされますね!

とにかく最初の数年間はやんちゃ尽くしという印象が残っています!

最初に病院に連れて行ったときに「この子はやんちゃになるよ」と宣言され、
実際にそのとおりの大暴れを家の中でどんどん発揮してくれていましたね!

夜中に一人で運動会を始めて睡眠を邪魔されることもしばしばでした;

自分はもともとこの子は外に出さず室内飼いをしたかったのですが、
親は古い世代ということもあり「猫は外飼いするもの」という意識が強く、
自分としては不本意ながらも最初の数年ぐらいは外にも出してたのですね;

ただ何歳の頃だったか、お腹に怪我をして帰ってきたことあって、
「もう外には出さない」と宣言して室内飼いに切り替えましたね!

外飼いは危険であると同時に他の人にも迷惑をかけますからね;

そういえば外飼いのときは夏になるとよくGをつかまえて持ってきてました;
そのおかげで自分もGに慣れて、Gとの戦いにずいぶんと強くなりましたが!

ピンチだったのは、母が肺炎での入院から帰ってきてすぐぐらいのときに、
うっかり脱走されて、そのときに近所の野良猫と喧嘩になったときですね;

脱走するとやむなくドアをある程度開けておいておかざるをえないのですが、
そのときに金魚さんの水槽を襲ったあの猫がうちに侵入してエサを勝手に食べ、
それを見たうちの子が「縄張りを荒らされた」と激怒して飛び掛かったものの、
そのときはうちの子はもうシニア猫で、相手はまだ若くて体の大きいオス猫、
とても勝てるはずはなく耳のあたりを思いっきり噛まれてしまったのです;

これがほんとに危なくて、噛まれたあたりがあと少しズレてしまっていたら、
おそらく目がやられてしまって、失明していた可能性があったのですよね;

そしてその日は土曜日の午前で、ギリギリ病院が開いていたので連れて行って、
すぐに抗生物質を打ってもらって膿んでしまう危険性を回避できたことで、
2週間ぐらいできっちりと回復してくれて何とか危機を凌ぐことができました!

その後は「あぁ、年を取ったんだなぁ」というトラブルが多かったですね;

2017年には口の中の歯周病がひどくなって、その細菌が鼻にまで影響して
くしゃみが止まらなくなるという症状が起きて抜歯手術をしたのですよね;

これも年齢による歯の劣化が原因ですし、年を重ねると難しいことが増えますね;

これによってうちの子はもう5本ぐらいしか歯は残っていないのですよね!
そのためカリカリに関しても噛むことはなく完全に丸飲みになっています!

そして2018年には爪が伸びすぎて、その爪が自分の肉球に刺さるという、
「なんでそんなことが?」と思うようなトラブルにも見舞われましたね;

これも要は爪とぎをあまりしなくなったことが原因だったのですよね;

本来であれば自分で爪とぎをすることで古い爪の皮は取れてしまって、
爪があまり過度に伸びすぎてしまうということは起きないのですが、
年を取って爪とぎをしなくなるとこういう問題も起きるのですよね;

なので、今では爪を定期的にチェックして切るようにしています!(=゚ω゚)

にゃんこ16周年!(夏の仰向け)

そして今年の夏もいつものようにお腹を丸出しにして寝ています!
ただ例年に比べるとこの格好で寝ている頻度は減った気はしますね!

以前は夏になると「とりあえずお腹丸出しで寝る」のが定番でしたしね!

にゃんことしてはお腹を出すほうが多少熱が発散するのでしょうね!

そして数年前からお腹を中心に毛がずいぶん薄くなっていましたが、
今年の4月ぐらいからそれが改善して、今は見ての通りふわふわです!

お腹の毛が薄くなったのも「年齢で仕方ないのかな」と思っていたので、
そのあたりがこうして改善してくれたのは非常にうれしいことですね!

そしてこれとも関係しているのが4月に発覚した体重減少問題ですね;
今年はもうこの問題と向き合うことに全力を注いでいると言えますね!

抜歯手術をして以降は基本的に体重は増加傾向にあったのですが、
どうも昨年夏から今年の春にかけて体重が下がっていたのですよね;

自分はそのことに全く気付いてなかったのですが、今年の4月に
体重をはかってみると一気に0.6kg落ちていて驚いたのですよね;

人間で言うと9ヶ月で自然に6kg落ちたようなものですからね;

そこからいろんな工夫をしましたが、最初は苦戦しましたね;

まずはご飯を置く場所を増やしたり、ご飯を食べるのを促したり、
いろいろして「一定の効果が得られたかな」と思ったりしたものの、
逆にストレスを招いてそれまでのご飯を食べなくなったのですよね;

そこでカリカリの種類を変えて、かつお節などのふりかけを導入し、
にゃんこのある性質に気付いたあたりから状態が好転していきました!(●・ω・)

どうもうちの子は「寝ている状態から起きた瞬間」に近くにご飯があると、
ご飯に向かって食べに行くという変わった癖を持っているのですよね!

これはカリカリを変える少し前にもけっこう気になっていたのですよね!

「なんでこの子は寝起きに『にゃにゃっ』と言いながらご飯を食べに行くのだろう」、
「なんかこの子って、起きた瞬間にご飯に飛んでいくことが多いな」と思っていて、
後になって「あぁ、これがこの子の癖なのか」というふうに気付いたのですよね!

一方で時間帯にもよりますが、自分が近くにいないときはあまりご飯を食べません;

そうすると「できるだけ一緒にいてあげて、近くにご飯を準備したうえで、
ひざの上などで寝かせてあげると1日のご飯量も増える」ことになるのですよね!

以前は「そういえば今日はあまり顔を見てないな」という日もありましたが、
最近は自分が部屋にいるときはできるだけ連れてくるようにしていますね!

そのため自分の部屋で一緒に過ごしている時間が前よりも増えました!
おかげで以前と比べてもベッタリ度がずいぶんと増していますね!

そうした甲斐もあって、7月には3.8→4.2kgと体重も大きく増えました!

にゃんこ16周年!(こちらを見上げて)

ただ8月の月末記事にも書きましたが、夏になって少し苦戦してますね;

夏になると、どうも猫は食欲が約25%ほど落ちるらしいのですよね;

それはたしかににゃんこの生活スタイルを見てると理解できますし、
おそらくは涼しくなるにつれてリズムも食欲も改善するとは思うのですが、
ここまで食事量をきっちりとチェックしていたことは以前はなかったので、
今の微妙な食欲低下を安心していいのか、不安になったほうがいいのか、
そこの判断が完全にはつかないのがなかなか大変ではあるのですよね!

ただ1年しっかり見れば季節によるバイオリズムは把握できるので、
ここは1年かけてじっくりと見ていくのが大事なのでしょうね!(`・ω・´)

あと少し気になるのは上の折れた歯のところが歯周病ぽくなってる点ですね!

折れたのはおそらく抜歯手術をするよりも前のはずなのですよね!

でもって、抜歯手術の時点ではそこは歯周病ではなかったはずなのですが、
とすると折れて数年経ってからそこが歯周病になったのでしょうかね;

とはいえ、それってなんだかちょっと非現実的な感じもするのですよね;

そう考えるともしかすると1年以内ぐらいに折れた歯なのかもですが;
ちょっとこのあたりがよくわからないのは困ったところですね;

とにもかくにもこの年齢になると、つねに何か悩みはありますよね!

あとはもう1年1年を元気に乗り切ってくれることを祈るしかないですし、
自分としてはそのためにできることを全力でしてあげることでしょうね!

この宝物のにゃんこさんと1年でも長く一緒に過ごしていきたいですね!(゚x/)モニュニュッ

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にゃんこ15周年!

我が家ににゃんこがやってきたから今日で15年になりました!

15年前のこの日、夜にふと散歩をしたくなったので歩いていたら、
あるドブのあたりから仔猫の鳴き声が何度も聞こえてきたのですよね!

その日は数時間後に台風が近づいているという状況だったので、
放置すると確実に数時間後に増水して死んでしまう状況でした;

それまでは猫好きではありながらも飼うという意識はなかったのですが、
このときは「これはもう自分で助けて飼うしかない」と決意を固めて、
助けるのに必要な道具を家に取りに帰ってから再びその場に戻りました!

そして猫の鳴き真似などを駆使しながら何とか自分の近くへと呼び寄せ、
そこで保護して家に連れて帰って来て、それから15年になるのですよね!

当時は生後1ヶ月ぐらいで、人間に対しては全く慣れてなかったので、
2日ぐらいは部屋のすみっこのほうで一人隠れているばかりでしたが、
3日ぐらいすると自分には慣れてどんどん懐いてくれるようになりました!

連れて帰ってきた初日に今も通う動物病院に連れて行ったところ、
「この子はかなりやんちゃになるよ。それでも大丈夫?」
と聞かれたことが今も記憶に残っていますね!

ただ実際はやんちゃながらもかなりの甘えんぼうにもなりましたが!
もっとも甘えんぼうになったのは自分の甘やかしが原因ですけども!(*゚ー゚)

ここ数年はこの記念日記事のトーンも暗くなりがちなのですよね;

2年前は闘病中・・・と言っても抜歯しただけではあったのですが、
そういうこともあって暗くなるのはやむをえない面もありましたが、
やはり15歳ともなると「この先」をどうしても考えるのですよね!

にゃんこの寿命は長く見積もって20年ぐらいというふうに言われますし、
仮に20年まで生きると見ても、もうその3/4が過ぎたわけですからね;

実際には17歳や18歳ぐらいまでというケースもかなり多いでしょうし、
そうしたことを意識するとやはり胸が締め付けられてくるのですよね;

ただこの1年に関してはかなり平和に暮らしてくれたのはたしかです!

首のあたりにほんのちょっと小さい傷ができたことはありましたが、
それを除けば特に何事もなく、わがままなお姫様として過ごしてます!

もちろん年を取ったので、若い頃に比べれば活発さは落ちましたが、
自分が帰ってきたら出迎えてくれたり、移動すると追いかけてくれたり、
リビングに行くといつものように「なでなさい」と背中を向けて座ったり、
いつものお姫様らしい姿を見せてくれるという日常を送ってくれてます!(*゚◇゚)

ちなみに今はベランダに出て気ままに外を眺めたりして過ごしてます!

まったくこの子は15年経っても自分の好きなように暮らしていますね!
でもそうした姿こそがかわいくてたまらないわけでもありますが!

今のところ食欲なども全く問題なく、むしろ体重は少し増えてますし、
ちょっと吐く回数は若い頃に比べると増えましたが別に病的ではなく、
運動能力が年相応になったのを除けば十分元気にしてくれていますね!

これぐらいの年齢になると持病が出てくるにゃんこもいるでしょうし、
この先は未知数ながら、現段階でそれがないのは感謝しないとですね!

数年後のことまで考えようとするとどうしても不安がよぎりますが、
「今一緒に過ごせるこの時間を大事にする」の思いでいたいですね!

にゃんこ15周年!(座椅子に座るお姫様)

ということで、今年も最近撮ったうちの子の写真を紹介していきます!

自分がいつも使っている座椅子ですが、よくこうやって奪われます!笑
人間の座っているところを取るのはにゃんこの得意技ですからね!

そしてにゃんこに取られると、それを無理やりどかすわけにもいかず、
人間が遠慮しながら椅子の端っこに座るということになるのですよね!(=゚ω゚)

そうして遠慮しながらもたまに「邪魔!」とにゃんこに蹴られますが!笑

にゃんこ15周年!(座椅子に座りながら鳴くお姫様)

こちらはそのちょっと後ぐらいに「にゃーん」と鳴いてきた場面ですね!

にゃんこの口が見えますが、以前に比べると歯もずいぶん減りましたね!
一昨年の抜歯手術を経て、今では全部で5本ぐらいしか残ってないはずです!

なので、ごはんを食べるときはもう全部丸飲みになってるのですよね!
吐く回数が以前より多少増えたのもそれが理由の1つなのでしょうね!

でも丸飲みで食べること自体には慣れてくれているみたいなのですが!

にゃんこ15周年!(のんびりと寝そべるお姫様)

こちらは部屋の床に寝そべってのんびりとしている姿ですね!

お腹のあたりを見るとちょっと毛が薄くなっているのですよね!

数年ほど前からお腹の毛が薄くなって、昨年秋ぐらいから改善しましたが、
また今年の夏が近づいたあたりから毛が薄くなってきてしまったのですよね;

これ、年の関係もあって毛が抜けやすくなってる面もあるのかもですね!

毛が薄くなったとはいえ、別にそれで怪我しているわけではないので、
実害はないのですが、やっぱりちょっと気にかけてはしまいますよね!

にゃんこ15周年!(おひざに乗ってるお姫様)

自分のおひざに乗った写真を撮るのはけっこうひさしぶりな気がします!(`・ω・´)

この写真を見ると15歳とは思えないぐらいにいい顔をしてますよね!
自分のにゃんこだからひいき目に見ているところもあるでしょうけども!

今年の記念記事向けに撮った写真の中ではベストショットだと思います!
かわいいだけでなく、わがままなお姫様オーラもよく出ていますね!笑

自分でこの写真を見ても「ああぁかわいい!」とうなってしまいます!(*・ω・)

そういえば今年は例年ほど写真を撮るのに苦労しなかったのですよね!

これまではカメラを向けるとあからさまに顔をそらしたりしましたが、
今年はあまりそういうこともなく、素直に写真を撮らせてくれましたね!

このブログでにゃんこの写真を公開するのはこの記念記事のときだけですが、
よくよく考えれば月末記事の中でにゃんこ写真を紹介してもいいのですよね!

毎年8月の終わり頃になると急いでにゃんこの写真を撮っているのですが、
そうして普段から撮っておけば9月前に急ぐこともなくて済みますしね!

これからもこのかわいいにゃんこさんと楽しく暮らしていきたいと思います!(゚x/)モキニャンッ

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にゃんこ14周年!

にゃんこがうちの家にやってきたから14年になりました!

いやぁ、気付いたらもうにゃんこも14歳になってたのですね;
13歳のイメージが強かったので「あれっ」と思ってしまいました!

14年前のこの日に生後1ヶ月ぐらいのこのにゃんこさんが
ドブの中に落ちてしまっていたのを保護して連れ帰りました!

その日はあと数時間後に台風がやってくる状況だったので、
そのときに助けてあげなかったら確実に死んでいたのですよね;

というか、助けた時点ですでに雨が降り始めてましたからね;
2・3時間後にはドブが増水していたことはもう確実でした;

その日の夜にたまたま散歩に行ったことで、この出会いが生まれました!(*゚ー゚)

連れてきてから1週間ぐらいのことは今もはっきりおぼえていますね!

人間に慣れていないので、最初はずっと部屋の隅に隠れていたのですが、
3日ほど経ったら自分にだけは引っついてくるようになったのですよね!

今ではもう完全にこの家のお姫様としてふんぞり返っていますが!笑

自分に対して甘えまくるというのは昔から全く変わってませんが、
それと同時にたくさん命令されまくってこき使われてもいます!

何でも言うことを聞くうちに、完全にしもべにされていますね!

ちなみに今は自分のひざの上で気持ち良さそうにぐっすり寝ています!

昨年は闘病中だったことでこの記念記事もちょっと暗かったのですよね(;゚ω゚)

暗いというよりは、病気のことで自分の頭が一杯になってる感じでしたが!

歯周病がひどくなって、歯茎のあたりで増えてしまった細菌が、
鼻にまで進出してくしゃみが止まらなくなるという症状でした;

それに対応するための抜歯手術をしたのが昨年の9月1日で、
昨年のこの日は症状が治まるのをじっと待ってる状態でした!

9月8日の時点ではそれなりに症状も治まりつつありましたが、
やはり完全に治るまではこちらの不安は残ってしまいますしね!

その後は順調に治っていき、再び平和な日が訪れてくれました!

なので、昨年に比べれば今年は遥かに気持ちが穏やかではありますね!

今年も8月初旬頃にちょっとしたトラブルがありはしたのですけども!

爪とぎが上手くいっておらず、右手の爪が厚くなって伸びすぎ、
その伸びた爪が自分の肉球に刺さってしまっていたのですよね;

これは爪とぎの回数が減る年を取った猫によく起きるそうです!

そんなことが起きるなんて自分は全く知らなかっただけに、
出血に気付いて右手を確認したときにはびっくりしましたね;

「なんだこの異様に分厚くなって伸びすぎた爪は」と思いましたし;

ただそれは病院で爪を切ってもらって抗生物質を飲めば治りますし、
1週間ほどカラーをつけることになったのは少々かわいそうでしたが、
今は肉球もすっかりきれいになって、全く問題なく過ごしています!

爪とぎはいつでもできるよう家の中に3つ設置してはいるのですが、
昨年は交換をあまりきちんとできていなかったところがあったので、
これからはいつでもしっかりととげるようにしてあげたいですね!

また、ときどきは爪の状態も確認してあげないといけませんね!
「分厚くなりすぎてる」と思ったら病院で切ってもらえばいいわけですし!(*゚◇゚)

昨年とは違って、おおむね平和に迎えられた今年ではありますが、
やはり年を取ってくると少しずつ何らかの問題は出るのですよね;

ちょっと毛が薄くなってきている箇所が増えてきていますしね;

ストレスが原因で体を舐めすぎて毛が薄くなることはありますが、
今はおそらくそうしたストレスを感じる状況ではないですので、
このあたりも年齢から来る何らかの影響ではあるのでしょうね!

ただ皮膚に傷がついたりはしていないので大丈夫なようですが!

それにしても14歳という年齢には「年を取ったなぁ」と感じますね!

仮に21歳までというかなりの長生きをすると仮定したとしても、
14歳はそのうちの2/3を過ごしたということになるわけですからね!

そうすると、長く見ても残りはもう1/3になるのですよね;
終わりが少しずつ近づいてきているのはやはりさみしいですね(´・ω・)

この子が10歳を迎えたときに「もう折り返し地点ぐらいまで来たから、
これからは後悔しないようにもっともっと優しくしよう」と思いましたが、
そこからもう4年も経って、残り1/3の地点まで来たわけですからね;

そして来年15歳になると、20歳までの3/4に到達することになるのですよね;

頑張って元気に暮らしてくれていることを喜ぶべきなのですが、
どうしてもこういうときは残りの日々のことを考えてしまいますね;

実際に今はまだまだこうしてかわいく甘えてくれているわけですし!

ただいつかお別れの日が来るとしたら、できることならその日まで
慢性的な病気を抱えることなく元気に老いていってほしいですね!

もし慢性的な病気を抱えたら、たぶん自分の気持ちがもたないですからね;

昨年の比較的軽い鼻の病気ですら、頭の中が不安で一杯になったので、
病気のこの子を抱えて気持ちを保てそうな気が全くしないのですよね;

愛情が深くなりすぎて、すぐに強い不安を抱えてしまいますからね;

それにしても今年は昨年と違って元気に過ごしてくれているのだから、
文章も元気にいこうと考えていたのに、何とも内向きになってますね;

そういえば血液検査に関しては年々数値が改善してるのですよね!

昨年までは肝臓の数値にちょっとだけ問題があったのですが、
今年は完全に正常値に戻るなどいい流れも多く見られます!(●・ω・)

なので、全体としては「この調子で」というところなので、
これからもにゃんこをしっかりとケアしてあげたいですね!

にゃんこ14周年!(美人なお姫様)

さて、ここからは最近撮ったにゃんこの写真を公開していきます!
やはりせっかくの記念記事は楽しく書いていかないとですしね!

何だか自撮りしてる女の人みたいな表情になっていますね!笑

ちょっとだけ顔を傾けて、つぶらな目がきれいに映えてますね!
この写真はかわいいというよりは、美人さんという雰囲気ですね!(`・ω・´)

このにゃんこさんは写真を撮られるのがあまり好きでないので、
毎年この記事を書くのを意識し始める8月後半ぐらいになると、
チャンスをうかがって写真をたくさん撮って選んでいます!

動物はどうしても自分の意思で動くので撮影が難しいのですよね;
好きに撮影できるカップ麺とは撮る難しさは全く違いますね!

にゃんこ14周年!(ころんとしたお姫様)

なでていると、ときどきこんなふうにコロンとなるのですよね!
そしてシュッと猫パンチを出してきて遊ぼうとしてきます!

この表情はいかにも遊びたくてやんちゃになってるものですね!

爪が伸びているときはこの体勢になるとパンチを食らわないよう
警戒が必要ですが、今は爪が短いのであまり危険性はないです!

年は取りましたが、やんちゃな性格と甘えん坊は変わらないですね!
さすがに若かった頃に比べるとあまりバタバタはしないですが!

とにかく暇があったら今も自分について回ってますしね!

にゃんこ14周年!(おねむなお姫様)

これは寝ていたところにお邪魔して写真を撮ったものですね!
なので、心なしかちょっと眠そうな表情に見えますね!

数年前は寝ているときの写真を撮ることが多かったですが、
そういえば今年は例年ほど寝ている場面を見てませんね!

どうも自分が起きるとこの子も一緒に起きるようなのですかね!
それだけ自分の行動をこの子が監視してるわけでもありますが!

とにかく自分が帰宅したときや、2階から降りようとしたときなど、
自分の動きを察知する能力にはものすごく長けていますからね!

2階から降りようとすると、1階にいるときは階段の下にちゃんと来ていて、
2階の向かいの部屋にいるときは同じタイミングで出てきて一緒に降りる、
そして帰宅するときちっと玄関のところまで来て待っていますからね!

その後は「こっちに来なさい」という目をしながら鳴かれて、
リビングへと連れて行かれていつものなでろ命令が下ります!

そんないつもの生活もしっかりと大事にしていかないとですね!
そうした当たり前の日々がかけがえのないものになりますからね!

これからもまだまだ長くこの子と楽しく暮らしてまいります!(゚x/)モキュキッ

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にゃんこ13周年!

にゃんこさんがうちにやってきてから今日で13年になりました!

毎年書いてはいますが、このにゃんこさんと出会ったのは
家から徒歩15分ぐらいにあるドブのあたりだったのですよね!

そこに迷い込んでいた生後1ヶ月ぐらいのこの子を保護して、
それからこうして13年の間、仲良く一緒に暮らしております!(`・ω・´)

拾ったときの経緯は2011年のときの記事が最もくわしいです!

しかし13年にもなると、いろいろと衰えも見えてくるのですよね;

高いところにジャンプするというのが難しくなってきますし、
ベッドに上るにも途中で段に乗ってから上ったりしてますし!

ただ、2階のベッドは高いのに普通にジャンプしてるっぽいのですが!

2階のその部屋は父が寝るときぐらいしか人が入らないので、
そこにいるときの詳しい動きがイマイチわからないのですよね;

ただ、以前に比べると足を踏み外すような機会も増えてきたり、
寝る時間が若かった頃に比べて増えるなど変化は見えますね!

というのも、猫の13歳って人間で言えばもう68歳ですからね!
そりゃあ動きに何らかの衰えが出てきても不思議じゃないわけです!

その割に甘えんぼうっぷりに関しては今も全開ではありますが!(=゚ω゚)

歯磨きをしてるとドアのすき間から鏡に映るように顔を覗かせて、
口をゆすぎ終わると「待ってました」とばかりに鳴くですよね!

口をゆすぐ→出てくる→撫でてもらえる、とわかっているのです!

ほんと自分の行動を研究しつくしてるなぁと思わされますね!
撫でを催促するためならいろんな手段を尽くしてきますからね!

そのたびに撫でてあげるからそうした手が続出するわけですが!

ちなみに普段から名前ではなく「姫」と呼んでいたこの子ですが、
最近はなぜか「姫ちゃん」と呼ぶ機会のほうが増えてきました!

自分でもなぜちゃんづけになったのかよくわかってないのですが、
いつのまにか癖のような感じでそのようになっていたのですよね!

しかし人間でいうと68歳で「姫ちゃん」なのも妙な話ではありますが!

でも仕草でいうと、今でも小さい子どもみたいに見えてきますし、
いつになっても自分にとってはお姫様のイメージなのですよね!(*゚ー゚)

にゃんこ13周年!(5月28日撮影)

これは調べてみると5月ぐらいにふと撮影した写真ですね!

この子は写真を撮られるのがあまり好きではないタイプなので、
この記事向けの写真を撮るのも案外一苦労だったりします!

寝てる場面だったらそれなりに写真に撮りやすくもありますが、
できれば起きているときのほうが写真としては映えますからね!

にゃんこ13周年!(8月24日撮影)

これは8月後半の暑い日にベッドで伸びて寝ているところを撮ったものですね!

猫はもともとクーラーがあまり好きでない子が多いらしくて、
それゆえにクーラーのかかってない部屋に行きたがるのですよね!

なので、夏になるとこの無人の部屋で寝ていることが多くなります!
「熱中症大丈夫かな」と心配になってしまったりもしますが!

さて、そんなこの子ですが、今は病気と闘ってる最中でもあります;

できることならこの記事はそれが完治してから書きたかったのですが、
記念日である9月8日の更新を外すわけにもいかなかったですからね;

8月22日に「なんだかいやにくしゃみが多いな」と気付いたのが始まりで、
ただくしゃみ以外には特に症状らしい症状が見当たらなかったこともあり、
いったん自分だけで病院に行って、くしゃみしにくい環境づくりについて
軽くアドバイスを受けていったんはくしゃみの推移を様子見していました。

8月の月末記事に書いた「様子見しつつ適切な対処が必要」というのは、
実はこの子のくしゃみから始まった症状に関する話だったのですよね。

その後、くしゃみについては日によって多少の波はあるものの治まらず、
一方で食欲低下、下痢、目やに、色の濃い鼻水といった症状は出てこず、
どのように動くべきなのかを迷ってしまう状況が数日続いたのですよね;

そして8月27日の日曜日の夜、右目がちょっと涙で潤んでいるのを見て、
これは一連の症状が微妙に悪化しているサインなのではないかと考え、
先生からも「くしゃみが続くようなら連れて来て」と言われてたのを踏まえ、
その翌日の早朝に早速かかりつけの病院へと連れて行くことにしました。

ちなみに目の涙はくしゃみと連動して起きやすい症状のようで、
涙が流れる管を鼻水がふさぐことで目に出てきやすくなるそうです。

とすると、鼻水の量が徐々に増えてきていたのかもしれません。

くしゃみと透明の鼻水、それと連動した涙、ただし活動性や食欲低下はない、
症状としては軽く見えますが、何か自分には嫌な兆候に見えたのですよね;

人間のくしゃみの連発と猫のそれとは同じではないと直感できましたし!

そして病院の診察室で見せてもらったのは、この子の歯の状態でした。

この子には毎日肝臓にいいサプリメントをあげているので、
口を開けて中を一瞬見るというのは毎日してたのですよね。

でも、やはり病院の先生は口の開け方の技術が全く違います。
そのときに見た奥歯の状態は背筋が寒くなるようなものでした。

歯はグラグラなのに歯石が多くつきすぎていて抜け落ちられず、
歯茎からはつねに出血、下の歯の歯周病で歯茎が口内炎の状態、
「よくこれでご飯を食べていたな」と思えるようなものでした(*;ω;)

たしかに数年前から口臭の悪化は気にはなっていたのですよね;

とはいえ、犬に比べると猫は歯磨きをするのが難しいですし、
手をこまねいたままこういう状態を招いてしまったのですよね。

その過程で自然に歯が抜け落ちることもけっこうあったようですが、
その中で一部が歯石のつきすぎで抜けることができなくなってしまい、
そこに細菌が繁殖し、鼻炎へとつながったと見られるとのことでした。

上あごの歯周病→鼻炎というのはけっこうよくある症状だそうです。

これがもし悪化していると、鼻炎だけでなく副鼻腔も炎症を起こし、
そこに膿がたまって人間でいう蓄膿症の状態にまでなるのですよね;

くしゃみ+水鼻という症状の段階で動いたのは良かったのでしょう。
とにかく無性に心配で静観する気にはなれなかったのですよね。

そして一時的に細菌の増殖を抑えるべく抗生剤を打ってもらって、
その日のうちに抜歯手術の日程(9/1)まで一気に決めてしまいました。

もう可能な限り早く抜歯手術が行える日を選んだのですよね。

歯の症状がひどくて、早く処置させてあげたいと思ったのも理由ですが、
同時に自分自身が精神的に待つことに耐えられなかったのもありました;

もっとも手術の前日と当日は自分が緊張でガチガチになっていましたが;

抗生剤をいったん打ったとはいえ、大量の歯石は細菌の温床なわけで、
日々増殖して症状が悪化するリスクの最大要因でもありましたからね;

それを抱えた状態で悪化しないことを願いながら日々様子を見ていく、
この子が好きすぎるだけにそれだけでも精神的に辛かったですからね;

まず抜歯手術をして細菌の温床を倒して悪化要因をなくしたうえで、
残っている症状についてはきちっと腰を据えて先生と対応していく、
そういう形をできるだけ早く作ってしまいたかったのですよね。

そして何とか抜歯手術も終わり、その日はさすがに元気はなかったですが、
歯は少なくなったものの食欲はむしろ増え、毎日活動的に過ごしてくれてます。

くしゃみについては現段階ではまだ完治には至っていないのですが、
抗生剤を打って数日後に涙が出なくなり、鼻のあたりをこすることで
鼻水でカピカピになっていた前足も徐々にきれいになってきました。

ただこのにゃんこさんのことが好きすぎて、心配性な飼い主なだけに、
一歩ずつ前に進んでるように見えても不安がたくさん募るのですよね;

少しずつ少しずつと頭ではわかっていても、心のほうは焦ってしまい、
状態の微妙な変化の流れを冷静に見つめられてないと自分でも思います;

いいほうの「もしかして」を考えては勇み足になって後で落胆し、
悪いほうの「もしかして」を考えては自分の中の不安を大きくする、
自分としても何とも困った性格だなと思わされてしまいますね。

にゃんこ13周年!(8月26日撮影:その1)

これは病院に連れて行く数日ほど前の段階で撮影したものですね!
ちょうど自分に向かって「にゃあ」と鳴いているときですね!(*゚◇゚)

この状態だけを見ると病気のようには見えないのですよね!
だからこそ最初の頃は連れて行くべきか迷ったわけですが;

実際に日々の活動性だけで言えば特に落ちてなかったですからね!
ただ、今から見るとごく微妙に落ちていたような気もしますが!

にゃんこ13周年!(8月26日撮影:その2)

これもさっきの写真からそのまま連続して撮ったものですね!

動物ってどうしても写真を撮ってる間もいろいろと動くので、
一気に何枚も撮ってそこから使えるのを選ぶしかないですからね!

こちらは何だか前のほうを見据えてるような感じになってますね!

といっても、実際は何かを見つめていわわけではなかったですが!

にゃんこ13周年!(8月26日撮影:その3)

うちの子は凛々しいというか、ちょっとキリッとした表情なのですよね!
なので、「気の強そうな女の子」という雰囲気がよく出ていますよね!

実際は気が強いというよりは「気ままでわがままなお姫様」という感じですが!

この見た目だけだと、それほど年を取った猫には見えないですからね!(●・ω・)

ちなみに毎日過ごしている自分としてはあまり気付かないのですが、
猫も年を取ってくると白い毛の割合が徐々に増えてくるそうです!

先生によると顔の白い毛の割合も以前より増えているみたいですし!

今年は例年と違って、まだ病気と闘っている最中ということもあって、
いつもに比べるといくぶんトーンが暗めの記事にはなってしまいました;

ただ、自分が感じている不安もにゃんこさんの病気に関することも、
元をたどれば自分のこの子への強い愛情から来てるわけですからね。

だから、いつも以上に愛情の深い記事という側面もあるのかもです!

母が死の淵をさまよっていた5年前は本気で暗い記事でしたからね;

これからも1日1日を無駄にせず、できるだけ長くこの子と一緒暮らしたいですね!(゚x/)モキニュッ

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