にゃんこが旅立ってから2年が経ちました

17年飼っていたにゃんこが空に旅立ってから2年が経ちました。

今年はこの記事を書くべきかどうか少し迷ったのですよね。

どうしても今は母のことで頭が一杯になっていますし、
その中でにゃんこのことをどう語れるのかなと思って、
結果的に母の話にばかりなっても意味がないということで、
「ちゃんとした記事が書けるかな」と迷いがあったのですね。

ただ今日になってこの記事について頭を巡らせているうち、
言葉にしたいものがいくつかポンポンと思いついてきたので、
「じゃあそれで記事にしよう」というふうになりました。

自分は他の人以上に金魚さんやにゃんこへの思い入れが強いというか、
この子達が亡くなったことを強く引きずっているところがありますが、
それはこの子達が自分にとって大きな「死なない理由」だったからなのですよね。

自分はもう根幹の人生観の部分において、
「生きていることには意味はなくて、
自分が生きていなくても特に何も変わらない」
と思っているのですが、そんな中でも金魚さんやにゃんこは
「でもこの子達は自分のことを純粋に必要としてくれるし、
自分がいなくなるとこの子達は生きていけなくなるんだよな」
と「生き続けておく理由」になってくれていたのですよね。

その自覚があったから、失うことがものすごく怖かったし、
にゃんこさんを失ってから強烈な虚無感に覆われ続けたのですよね。

その問題自体は何も解決はしていないのですが、
まぁまだ自分としてやっておきたいことはいろいろありますし、
にゃんこがいたときのような確固たる「死なない理由」はないのですが、
そうしたものを探している中でその理由が見つかるかもしれないですし、
自分の中で「もうやるべきことは何もないかな」と思うまでは
フラフラしながらも何とかやっていくだろうとは思っています。

一方でにゃんこを失ったことで生じていた強烈な虚無感は
今年5月の巨大な転落から回復して以降はマシになった感覚はあります。

昨年のこの日の記事を見ると、その虚無感に覆われてる感じが強いですが、
今年は特にそういうこともなく、にゃんこを思い出しても辛くなるというよりは
「あの子はほんと面白かったよなぁ」と楽しい思い出が出てくる感じですね。

なので、その点については一歩前に進んだと言っていいのでしょう。

自分がにゃんこを失ったことへの辛い気持ちが解消されてきて、
楽しかった日々を思い起こせるようになった大きなきっかけの一つは
最近とあるにゃんこのyoutubeチャンネルを見てるのが大きいですね。

そのにゃんこはもう超をいくらつけても足りないほどの甘えん坊で、
その子を見てると「あぁ、うちの子もほんと甘えん坊だったなぁ」って、
うちの子がくれた楽しかった日々をいい意味でよみがえらせてくれるのですよね!

いろんな人のコメントとかを見てると、甘えん坊のにゃんこもいれば、
やはり一般に思われるような甘えないタイプのにゃんこもいるようで、
それを思うとうちの子がものすごい甘えん坊だったのは
すごく幸せなことだったんだなというふうに思いますね。

甘えん坊のにゃんこって、本当にかわいいんですよ。

「猫は甘えない」なんてのは本当に全く違っていて、
でも犬の甘え方のようなくどさはあまりないというか、
甘えん坊の猫の甘え方ってものすごくストレートなのですよね。

足音に反応してストーニャーしてくるのは定番中の定番ですし、
こちらの行動が終わるのを見計らってなでなでを催促したり、
まぁもう思い出すだけでかわいさがあふれかえってきますね。

そのチャンネルのおかげで、
「あぁやっぱり甘えん坊のにゃんこって最高だな」と
にゃんこの良さを再確認できています。

にゃんこに贈る花(2023年)

こちらは今日の日に合わせて買ってきたアレンジフラワーです。
もちろんこれはにゃんこに捧げるためのものですね。

数日前は花を買ってくるかどうか少し迷いもあったのですが、
やっぱりこの日は花で彩ってあげたいというのがありますね。

なので、買ってきて良かったなと思っています。

自分にとってにゃんこの特別な日はずっと
保護して家に連れて帰ってきた9月8日だったのですが、
やはり旅立って以降は命日のほうが大事になってきますね。

一緒に暮らしていた頃は9月8日が近づくとそわそわしてきて、
「よし、ことしも周年記念日を一緒に過ごせたぞ」
という感じだったのですが、
やはり空に旅立って以降はその感じ方は変わってきますね。

そのかわり、この10月22日はすごく大事な日になりました。

これからも「あいつはかわいかったなぁ」と思っていってあげたいですね。

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天使が空に帰って1年が経ちました

にゃんこが亡くなった昨年10月22日から1年が経ちました。

現在ブログはお休みしていますが、こうした大事な日や
月末記事については今後も普通に続けていこうと思います。

金魚さんが亡くなった6月4日は亡くなるまでの経緯であったり、
お互いの気持ちの触れ合いであったりを振り返ったりして、
ある種の大きなイベントとして過ごすのが習慣化していますが、
この10月22日に関してはそうした過ごし方は今のところは考えていません。

これは自分の中で10月22日という1日が心に刻まれているというより、
それ以降の「にゃんこのいない日々」のほうにより重みを感じていて、
この日だけが、この期間だけが特別という思いになり切れないからですね。

逆に言うと、今もなおにゃんこのいない日々にどこか慣れないままですし。

にゃんこの思い出はほんとにいろいろありますが、
やはり一番大きいのは家へと連れて帰って来たときですね。

この点については金魚さんとは大きく違う点ですね。

金魚さんは連れて帰ってきたときの思い出がやや薄くて、
逆に亡くなったときの記憶はものすごく重く残ってるのですよね。

にゃんこさんは亡くなるその日に関してはどこか覚悟がありましたからね。
かといって、時間が経ってもその痛みは消えてくれるわけではなかったですが。

にゃんこと出会ったのは18年前の9月8日の午前0時ぐらいでしたね。

当時はちょくちょく夜に散歩するということがあったのですね。
考えごとをしながら散歩すると頭がすっきりしましたので。

すると、ひたすら「みゃあ!みゃあ!」と延々と鳴き続ける仔猫がいたのです。

あんなにひっきりなしに鳴き続ける猫は他に見たことがありません。

たしかに野良猫でも仔猫は大人の猫に比べると鳴く頻度は高いですが、
それでも普通は人の気配を感じたら鳴くのをやめるものです。

でもこのにゃんこはそんなのお構いなしに何時間も鳴き続けてるのです。

これは最近になって改めて思ったことなのですが、
猫というのは喧嘩でもしない限りは普通は鳴かない動物なのだそうですね。

それが飼い猫になったり、人に懐いたりすると、
「鳴くことで人が反応する」ということをおぼえて鳴くようになるそうです。

とすると、この子はもともと飼い猫から生まれたのかもしれません。

飼い猫から生まれて、生後1ヶ月ぐらいに家から脱走してしまって、
ドブにはまってしまって出られなくなり、助けを呼ぶために鳴いていた、
というのが自分とにゃんこが出会ったときの真実だったのかもしれません。

だからあのときの鳴き声は「ただよく鳴く子だった」というのではなく、
全身全霊で緊急信号を発していたということだったように思います。

とにかくひっきりなしに鳴いていたので、「どうなってるんだ?」と思って、
声の聞こえる方向に耳をやると、どうも下のほうから聞こえてくるのですね。

それで「あ、これはドブにはまってるな」とわかり、
しかも数時間後に台風が来るという予報になっていたので、
台風が来たら確実にドブが増水してこの子は死んでしまう、
それを考えたら「助ける」以外の選択肢は頭からなくなりました。

そしていったん家に帰って懐中電灯や軍手を用意したうえで、
猫の鳴き真似をして呼び寄せ、保護して家に連れ帰ったのですね。

この家に連れ帰る途中も、家に着いてすみっこに隠れていたときも、
まだ延々と「みゃあ!みゃあ!」と鳴き続けていたのですよね。

おそらく7~8時間ぐらいはずっと鳴き続けていたように思います。

今思うと「すごい耐久力で鳴き続けていたのだな」と思うと同時に、
それだけ強い緊張感にさらされて、落ち着くのに時間がかかったのでしょうね。

要は鳴きやんだということは、「あ、このおうちは安心していいんだ」
とにゃんこが認識してくれたということですからね。

さすがにこのときほどではないですけど、よく鳴く子ではありましたね。

強制給餌をするようになってからも、お腹がすいたりすると、
僕が寝てるのにわざわざ耳元に来て「にゃーん!!」ですからね。

そして「はい、はい、わかりました、まんまやな」と起きるのです。
こうやってわがままをしてもらえるのもほんと幸せだったなと思います。

家に来てすぐの頃のにゃんこ

これはこのブログでは初公開になる仔猫時代の写真ですね。

おそらく全部1歳になる前のもので、
初代のガラケーで撮影したものなので写真も小さいです。

左上が一番古く、以降は中上→右上→左下→中下→右下の順です。

左上はほんとに初日に撮ったものですね。
9月8日の午前4時ぐらいの写真ではないですかね。

写真を画像掲示板に貼ってアドバイスをもらうために撮ったものでしたから。

猫を飼った経験がなかったので、人に聞かないとわからなかったので、
まずはそれを最優先にということで、撮った写真ですからね。

この写真の中では1枚目と2枚目がとりわけお気に入りですね。

ペットが亡くなると、亡くなったときのことばかりが頭を巡りますが、
こうして初めて出会った頃の写真を見て当時のことを振り返ると、
「そうか、この日から17年も生きてくれたんだよな」というふうに、
「生きてくれた時間の長さ」というものも感じることができますね。

たしかにどうやっても「にゃんこのいない日々」は重いのですよね。

でも17年も生きてくれたことも絶対に忘れちゃいけないのですよね。
そして17年間も自分にいろんな喜びや楽しさを与えてくれたことも。

ほんとこの子は天使のように自分のところに舞い降りてきてくれて、
そして17年間かけて役割を終えて帰って行った感じなんだろうなぁと。

でもそうは思っても、悲しいものはやっぱり悲しかったりするわけですが。

にゃんこさんに捧げるアレンジフラワー(2022年10月22日)

にゃんこの命日にはアレンジフラワーをお骨の壷の横に飾ることにしています。
右に見えるピンク色の布に包まれた壷がにゃんこのお骨の壷ですね。

これはにゃんこが亡くなった次の日に動物病院に連れて行ってあげたとき、
病院から帰ってきたときに先生がアレンジフラワーをにゃんこのために贈ってくれて、
そこから「にゃんこの記念日にはアレンジフラワーを送ってあげよう」
という気持ちになったからですね。

アレンジフラワーが家に来ると「あぁ、にゃんこの日が来たなぁ」という気持ちになります。

そして今日は偶然ではあるのですが、大泉緑地にくつろぎに行ってきました。

こうした大事な日に心が優しくなるような過ごし方をできたのはすごく良かったです。

そんな1日の中でふと思ったのですが、
金魚さんに対しては、亡くなってから辛い気持ちを抱えながらも、
「ずっと思い続けるから、天国から自分のことを支えていてほしい」
という思いが強くありましたが、この1年間、にゃんこに対しては
いなくなってしまってぽっかりと心に穴が開いたという思いばかりが強く、
お空に行ったにゃんことどう繋がり続けるかを考えられなかったのですよね。

でも今日、「あぁそうだ、いい意味で自分の心を支えるためにもっと
お空にいるにゃんこに頼らないとな」というふうに思うことができて、
「そうしないと、自分のもとから旅立ったことをいつまでも悔ませてしまうよな」
というふうに思いました。

にゃんこがお空に帰ったことによる空虚さは完全には消えないでしょうが、
いつもにゃんこが自分を優しい目でも厳しい目でも見ているぞ、という
そういう思いをこれからの1年は心に置いておかないといけないかなと感じました。

にゃんこさん、あまりにもフラフラな1年を過ごしてきた僕ですが、
どうかこれからもお空から僕のことを見て、その気持ちを支えてください。

今でもずっとずっと君のことを愛してますから。

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18年目の記念日

にゃんこがおうちに来て18年目の記念日がやってきました。

いつもだったら「にゃんこ18周年!」と勢いのあるタイトルで、
にゃんこがその日まで元気でいたことをお祝いする日なのですが、
もちろんみなさんご存じの通り昨年10月22日ににゃんこは亡くなり、
そうした「明るくお祝いをする」という日にはなりませんでした。

いつものはこの9月8日はすごく特別な日で、
「よし、これでさらに1年長く生きさせてあげられたぞ」
というふうに思える大事な記念日だったのですよね。

でも今年はこの9月8日が近づいていくるにあたって、
「この日をどういうふうに受けて止めればいいのだろう」
とわからなかったのですよね。

「おめでとう」ではないし、
「お祝いしよう」でもないし、
「もう18年経ったんだなぁ」も何だか違う、
ただ確実に「この日に来てくれてありがとう」だけは言える。

だからこの9月8日をどう迎えればいいか本当にわからなくて。

お花をこの日に飾るのもなんか違う気がするのですよね、
それはどちらかというと、10月22日にすべきことのように思うのです。

それにお花屋さんにフラワーアレンジを頼むときに、
「猫をお迎えした記念日です」と言うと、それ自体が一つの誤解を生むし、
やっぱり花は何かが違うような気がしてしまうのですよね。

過去の17年間もこの日を花でお祝いすることはなかったですし。


やはりどうしても身体がこの世から旅立つと、
旅立った日(10月22日)のほうが意味が大きくなるのですよね。

それと同時に来てくれた日(9月8日)の受け止め方がわからなくなる。

思いを色々伝えるのはきっと10月22日のほうがいいだろうと思いますし。

来年以降、この日はいったいどういう意味を持つ日になるのだろう。

果たしてもう一度ある種の喜びを感じる日になるのだろうか。
そうはならず、あくまでしんみりした日にしかならないのかもしれない。

今はほんと「この9月8日が何なのかわからない」ままなのですよね。

こうした「にゃんこのことを十分に受け止めきれてない感覚」が
この1年のふわふわ漂うような感覚や無気力にも繋がってるのでしょうね。

そんなふうに「9月8日の意味付けがわからない」という思いから、
9月8日に記念日記事を書くのは今年で最後にしようと今は思っています。

でも来年どう思っているかはわからない、
これが今の思いの最大の特徴なのですよね。

思いが固まってないのですよね。まだ漂ったままなのですよね。

この記事を書くことで、心の整理がまだついてないのが今更ながらわかります。

わからないことはたくさんありますが、
ただこの日に天使が降ってきてくれたことだけはたしかです。

ドブの中にハマってしまっていた生後1ヶ月の仔猫が
台風がきそうな中で延々と大声で「ニャーニャー」と鳴き続け、
「おにいちゃん、助けろ!」とまるで僕に命令していたような、
そして保護してだっこしながらもずっと「ニャーニャー」と鳴き続けていた、
そんなかわいい天使さんが僕のもとにやってきた日。

その様子を思い出して微笑む日、それが今出せる最大の答えかもしれません。

天使さん、今は役割を果たして空へと帰っていってしまったけど、
僕のもとに降りてきてくれた日のかわいさは一生心に残っています。

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にゃんこが空に旅立ちました (4/4)

(3 から続く)

そして改めて考えさせられたのは、
金魚さんを失ったときとの自分の感じ方の違いでした。

死に対しての感じ方を比較するのはいいことではないのですが、
ただこれは自分にとって避けて通れない話でもあるのですよね。

自分が死や命に対してどう向かい合っているのかという話でもありますから。

金魚さんを失ったときは、自分の感情を全くコントロールできず、
ただひたすら混乱の渦に巻き込まれてしまう感覚だったのですよね。

でもれいんちゃんに関しては、思い入れはものすごく強いにもかかわらず、
何度も泣きはしながらも、自分を完全に失ってる感覚とは違うのです。

今思うと、金魚さんを亡くしたときは、無念、悔しさ、申し訳なさ、
そうした思いに完全に自分の心が覆われてしまったのですよね。

襲撃されるのを防いであげることができなかった無念さと申し訳なさ、
そしてその5ヶ月後に病気を発症してから何もしてあげられなかったこと、
この「何もできなかった」ことへの申し訳なさから逃れられなかったのですね。

むしろ襲撃から約半年の間、生きてくれた赤い金魚さんに対しては、
襲撃のときに空っぽになってしまった自分の心の穴を埋めてくれて、
もう一度思い出が作れるように頑張ってくれたということもあって、
「自分は何もしてあげられず、金魚さんに助けてもらうばかりだった」
ということが感謝と申し訳なさばかりに結びついたのですよね。

その無念さはずっと引きずっていて、今も少なからず続いています。

だから金魚さんを失ったときには「ありがとう」という言葉しか出なかった、
そしてその「ありがとう」は「ごめんなさい」の裏返しでもあった、
そうしたことを今回改めて感じさせられることになったのですよね。


それに対してれいんちゃんのときは、今年の1月に大きな危機を迎え、
もしそこでそのまま失っていたら、きっと同じ感情に覆われたと思います。

でもそこから必死で、強制給餌の技術を1週間ぐらいで完全に身につけ、
1月中旬から始め、2月中旬にはそれだけで全ての栄養を賄えるとこまで来た、
そして10月22日までの約10ヶ月間、ずっと走ってくることができたのですよね。

先生によると、強制給餌以外でほぼ食べられない状態になってから、
状態が安定して体重が増加傾向に入るのは非常に珍しいそうです。

実際に1月のときには数日の間で亡くなる危険性がありましたし、
2月の最初の段階でも血液検査の数字は改善していなかったので、
この時点では「良くて2・3ヶ月」という状態だったのでしょう。

そして普通はここまで肝臓の状態が悪くなっていると、
強制給餌をしても嘔吐などが続いて上手くいかないことが多いそうです。

言うなれば、自分が必死で強制給餌をマスターして、
さらにカロリー計算などもして適切な給餌ができたことと、
れいんちゃんがあまり嘔吐することなく強制給餌を受け入れてくれて、
だんだんと体調が改善して、それに伴いさらに嘔吐が少なくなるという、
自分とれいんちゃんのお互いの努力でこの10ヶ月を走れたのですよね。

自分としても、れいんちゃんとしてもやれることはやり尽くせた、
もちろん可能であるならばそれをもっともっと長くしたかった、
でも可能な限り、れいんちゃんの体が許す限りのことはできたように思うのです。

だって肝臓には腫瘍があって、それはおそらく2年前の秋頃にはできていて、
そこから体重減少と食欲低下が始まっていて、腫瘍も大きくなってきていたのに、
強制給餌をしながらとはいっても、2年も頑張ることができたわけですからね。

寂しいし、悲しいし、思い出すたびにどうしても涙は出てしまうけど、
だけど無念さや「何もしてあげられなかった」という気持ちとは違う、
心のどこかに自負がある、そこが大きな違いにはなっているのですよね。

だから「ありがとう」という言葉だけしか出せなかった金魚さんのときとは違って、
出てくるのは「ずっと愛してるよ」という言葉なのですよね。

この10ヶ月間、強制給餌をしながられいんちゃんに何度「愛してるよ」と言ったか、
それと変わらず、「これからもずっとそうだ」ということを何より伝えたい、
だからそうした言葉が何より出てくるのだと思うのですよね。


れいんちゃんが亡くなった直接的な要因ははっきりとはわからないのですが、
おそらくは10月下旬の急な気温の低下が大きかったのでしょう。

すでに9月頃から体調は下降気味にあって、
食事量を確保することで何とか保ってはいたものの、
何かきっかけがあれば崩れてしまうギリギリのラインだったのでしょう。

そこで急に寒くなったことで、一気に崩れていったのでしょう。

気温変化や雨が体調に与える影響は先生からも聞かされていましたし、
葬儀の人も季節の変わり目に亡くなる子が多いことは触れていましたし、
実際に気温が急に下がったときににゃんこが寒いとアピールしてたので、
体調に大きく関わってくるぐらいの変化だったのでしょうね。


思い返すと、数年前はれいんちゃんの老後が、
れいんちゃんが亡くなる前の数ヶ月がどうなるのか、すごく怖かったのですよね。

れいんちゃんが少しでも体調を崩したり、怪我をするだけで、
いてもたってもいられなくなってパニック状態になってしまう自分が
そうした時期を耐えることなんてできるのかと思っていたのです。

そして亡くなる前に大きな病気などになればお金もかかる、
それがどのくらいになるのかも全く予想できなかったですからね。

でも実際に訪れたこの10ヶ月間はものすごく意義のあるものになりました。

たしかに毎日4~8回の強制給餌をするということは、
普通に考えれば大きな負担ではあるのでしょう。

でも実際に始めてからは、それは当たり前の日常になり、
そしてれいんちゃんに愛情を注げる大事な機会になったのですよね。

れいんちゃんのことが好きで好きでたまらない心配性の自分が
最後の最後に「もうゆっくり眠っていいんだよ」と思ってあげられたのは、
数年前の自分だったら全く想像できなかったことでしょう。

そしてれいんちゃんは最後まで本当に偉かったと思います。

普通だったら、死を迎えるときは、少しずつ体が衰弱して、
1~2ヶ月ぐらいかけて一つ一つできないことが増えていく、
そしてその中でトイレもできなくなりおしっこやうんちも
どうしても垂れ流しの状態になる子も多いと思うのですね。

でもれいんちゃんはたしかに食事は自力でできなくなったものの、
トイレに行けなくなったのは最後の12時間ぐらいだけで、
その間も決してそれを垂れ流すようなことはしなかったのですよね。

言い換えるなら、れいんちゃんは衰弱する姿は数日だけしか見せなかった、
衰弱することによって与える不安や負担は最小限にとどめてくれた、
急に訪れながらも、どこか温かさをもって見送ってあげられたのは、
そうしたれいんちゃんの最後の数日があったからこそでもありました。


17年間、2004年という遥か前からずっと一緒に暮らしてきたので、
今でも自分に染みついた習慣は抜けずに残っています。

つい「あの子は今どこの部屋にいるのかな」とふと思ったり、
部屋のドアは完全に閉めずにあの子が通れる隙間を必ず開けていたり、
ひざに何か感触をおぼえると「ん、あの子が乗りに来たか」と思ったり、
そのたびに「あぁ・・・」と思ってしまうことが何度もあります。

それはさみしくもあるのですが、
でもそうした習慣も無理に全部なくさなくてもいいのかもしれません。

見えないけど、見えない姿であの子はまだ家の中にいて、
いつものドアの隙間を通ったりしているのかもしれません。

そんなふうに思っていてもいいのかもしれないなと感じたりもします。


公開はしませんが、なきがらの写真も何枚か撮ってはいます。

それを見ると「この姿にもう触れることはできないんだ」と悲しくなると同時に、
たとえなきがらであっても、自分には愛しくて愛しくてたまらないのですよね。

ずっとずっと自分にとって、そこにいるのが当たり前の姿でしたからね。


ほんと何度思い返しても、この子との出会いは運命的だったのですよね。

猫は大好きだけど、猫を飼うことは意識していなかった自分を
ひたすら呼び続けて飼う決心をさせて保護へと導いていった
偶然のはずなのに、必然だと思えるような出会いでした。

まるでこの子は自分に飼われるために
空から降りて来たんじゃないかなんて思えてしまうほどに。

そしてそんな天使のような子はかけがえのない17年を僕にくれて、
後悔させないように最後の10ヶ月を一緒に走り抜けてくれて、
衰弱する姿をできるだけ見せないようにして眠るように旅立っていった、
それはまるで金魚さんのときに自分が感じた苦痛を少しでも感じなくても済むように、
そんな愛情をたくさん感じさせてくれる数日であり、10ヶ月であり、17年間でした。

れいんちゃんは間違いなく世界一のにゃんこでした。
この子以上に愛しいにゃんこは二度と出会うことはないでしょう。

この子を一生、これからも愛していくことは自分の責務だと思っています。

愛しくて愛しくてたまらない、かけがえのない17年間を本当にありがとう。
僕を見つめて「にゃあ!」と大声で鳴いてわがままを言うあの可愛い姿は絶対に忘れません。

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にゃんこが空に旅立ちました (3/4)

(2 から続く)

夜が明けて、その日の診療時間の終わり頃にれいんちゃんを病院に連れて行きました。
最後にれいんちゃんを先生に診てもらって、お別れの挨拶をするためでした。

自分はもう治療をしてもらうわけではないので、
他の患者さんが来ている時間帯に行って時間を圧迫すると迷惑なので、
それを考慮したうえでもう患者さんがいないであろう時間を選んで行きました。

れいんちゃんが亡くなったことを伝えると驚きをもって受け止められました。
たしかに前回の診察の段階では、ほんの数日で亡くなるようには見えなかったですし。

そこの動物病院に初めて行ったのもれいんちゃんを保護したその日でした。
なので、この病院とも17年間ずっと通っていたということになります。

先生もれいんちゃんと僕が初めて来た日のことはよくおぼえていました。

先生はなきがらになったれいんちゃんをきれいにブラッシングして、
強制給餌の際に体に少しこびりついたご飯などを取ってくれるとともに、
硬直した体を少しほぐしてきれいな姿勢にしてくれ、体全体を拭いてくれました。

亡くなると眼球がどうしてもくぼんでくるなどの変化が出てくるのですが、
それをできるだけ防ぐための薬なども塗ってもらいました。

そのときに先生が言ってくれた「れいんちゃんは亡くなっても、
どうしてもお兄ちゃんのことを見つめていたいんやね」という言葉は特に胸に残っています。

そして先生にこの4日間にどういう変化があったのかなどを伝えつつ、
17年間の思い出、そして足繁く通ったこの10ヶ月の話などをしました。

この日、先生は自分とれいんちゃんのために無料で30分ほども時間を取ってくれ、
僕とれいんちゃんが帰るときには、外まで出て見送ってくれました。

自分とれいんちゃんはここの動物病院以外に通うことは全くなかったので、
こちらの先生には17年間、最後まで本当にお世話になりました。

そして家に帰って30分ほどすると、電話がかかってきたので、
何だろうと思って取ってみると、お花屋さんからの電話で
先生がれいんちゃんのために花を贈ってくれたとのことでした。

すごくきれいなお花が届き、れいんちゃんの横にすぐに飾ってあげました。

動物病院の先生がれいんちゃんに贈ってくれたお花
(動物病院の先生がれいんちゃんに贈ってくれたお花)

れいんちゃんには、最後に必ずちゃんとしたお葬式をしてあげたかったので、
そこからは自分が納得できるペット葬儀社を探し始めました。

病院からも一つ紹介してもらったのですが、
そこは少し遠くまでこちらから行くか、
出張でもれいんちゃんだけを預けなければならず、
希望の条件とやや合わなかったので改めて探すことにしました。

そして徹底して3時間ほど調べたうえで、
火葬車で出張してくれるところで、信頼できそうなところを選びました。

ただどうしても実際に電話しようとすると戸惑いが出てきます。

電話をして予約するということは、
命が失われながらもまだそばにあるれいんちゃんの体と
完全にお別れする日を決めるということでもあります。

その踏ん切りをつけるのに、どうしても数時間はかかりました。
ですが、夕方には電話をかけ、翌日(10月24日)の午後3時に予約を取りました。


これぐらいの時間になると、れいんちゃんの体に少し変化が出てきました。

お腹の中にあるものの発酵が進むことでお腹がパンパンに張ってきて、
その影響か、鼻から少し体液が出てくるようになりました。

それに対応するために、れいんちゃんの体はペットシートに乗せました。

そして明日の火葬の際に一緒に供えるために、
お花とれいんちゃんが好きだったまぐろを買ってきました。

れいんちゃんの体と少しでも長い時間一緒にいたいと思いながらも、
体の変化を見ると、「もうお空に返してあげるべき時間が来てるのだな」
という実感も強まってきました。

だけどやはり「もう半日ぐらいしかこの姿を見てあげることはできない」
と思うと辛く、動かなくなったれいんちゃんの目を見ながらいろいろと話しかけ、
また涙を流しながら、今も、そしてこれからも愛していることを伝えました。


れいんちゃんは布団の横に寝かせて自分も眠りにつき、葬式の日を迎えました。

午後3時に火葬車が到着し、れいんちゃんをまず台に寝かせて、
その近くにお供えするためのものを簡単に並べました。

そして火葬車は本来はここで単独で人のいない空き地などに移動して、
そこで45分ほどかけて火葬をするという段取りになるのですが、
自分の要望で火葬する場所まで自分もついていくことにしました。

ずっと火葬車の横にいて、手を合わせながら見送ってあげたかったのです。

火葬する場所に到着してから、お供え物をきれいに整えたうえで、
れいんちゃんにお別れのお話をし、頬や頭に最後のキスをしてあげました。

火葬が終わると、自宅近くまで戻ってそこでお骨上げをします。

動物の火葬に立ち会ったのは初めてだったのですごく驚いたのですが、
それぞれの骨の部位がどこなのかわかるほど形がきれいに残るものなのですね。

まず僧侶さんがそれぞれの部位がどこにあたるのか説明してくださり、
全てのお骨を自分が骨壺へと入れていく作業が始まりました。

お骨になってしまったことには寂しさももちろんありましたが、
ただの灰になったわけではなく、れいんちゃんの面影がはっきりとあり、
それゆえにどこか温かい気持ちを持ちながらお骨上げをしていきました。

そして最後から二番目に頭の骨を入れ、最後に喉ぼとけの骨を収めました。

少し驚いたのが、骨だけでなく、うんちも炭化して残ることでした。

それによって、「あぁ、やっぱり最後はあまりうんちが出なくなっていて、
お腹の中にけっこう残っていたのだな」ということがわかりました。


1年ぐらい前には、もしれいんちゃんが亡くなったらどうしようかと考え、
亡くなった後で剥製葬にするということも考えたのですよね。

でも、実際にこうしてなきがらになってからの数日を過ごしてみると、
剥製にするということは決して生きていたときの姿を残すのではなく、
この命が失われた体の状態を永遠に続けさせてしまうことなのだと、
そしてそれは自分としては何か違うことのように感じました。

命が失われたなきがらと過ごすのはほんの数日だからこそ意味がある、
この数日間はそうしたことを感じさせてくれるものでもありました。

なので、火葬してお骨になったのは、
あるべき形に帰してあげられたことなのだとも思っています。

(4 に続く)

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にゃんこが空に旅立ちました (2/4)

(1 から続く)

そんなにゃんこの状態に少し妙だと感じたのは10月9日のことです。

病院に連れて行くときは、いつも大声でにゃーにゃーと鳴くのですが、
大声で鳴いているはずが、微妙に声の出方が悪いように感じたのです。

ただこの時点では、まだちょっと不思議に感じたぐらいでした。

そして強い危機感をおぼえたのは10月15日の夜のことでした。

やはり鳴き声が小さくなっていることが気になり、
そこからいろいろと頭を巡らせると、
少しずついろんな活動性が落ちてきていることに気付いたのです。

今思うと、9月ぐらいの段階から少しずつ変化が出ていました。

以前は強制給餌を終えてネットから出すと、
必ず早足で2階に上って僕の部屋で待っていました。

しかしそうしないときが9月頃からときどき見られるようになり、
その頻度が日を追うごとにだんだんと高くなってきていました。

またトイレの失敗や、それまでならしないおしっこのミスが
9月に入ってからだんだんと見られるようになっていました。

今考えると、特に変だったのは僕の布団におしっこをしたことでした。

猫という動物は自分が寝床だと認識してる場所ではトイレをしないそうです。
トイレのミスをするとしても、寝床以外の場所でするのが普通だそうです。

それなのに、にゃんこ自身も寝床に利用している僕の布団で
9月だけで2回もおしっこをしてしまったのですよね。

このときは「年老いてきたし仕方ないだろうな」としか思いませんでしたが、
それまでと比べていろいろな機能が衰えてきてる表れでもあったのでしょう。

またお風呂場でペタンと座っていることや、
今のテーブルの上でお腹を置いて座ることが増えてきました。

そしてその頻度は日を追うごとにだんだんと高まってきました。

これもこのときは「暑いのかな」ぐらいに軽く考えていましたが、
おそらくはこれも状態の悪化を示唆していたのでしょう。

というのも、猫は死期が近づくと冷たいところに行きたがるそうです。
少しずつそうした傾向が出てきていたということなのでしょう。

単に絶対的な暑さの問題であれば、そうした行動は最も暑い8月に出るはずが、
実際には9月以降に徐々に増えるという点で奇妙なところがありましたので。

「自分の考え過ぎだろうか」「気のせいなのだろうか」と思いながらも、
この10月15日の夜にはそうしたことを感じて強く不安になっていました。

またこのあたりで急に室温が下がりましたが、
にゃんこは「寒い寒い」とアピールしていて、
こたつをすぐに出してあげたところちゃんと入っていたので、
「いや冷たいところに行きたがるというのは思い過ごしかな」
と思えるところもありました。

10月18日にも病院に連れて行きましたが、
この時点では確実に言えることはまだ鳴き声が小さいことぐらいで、
そこまで死期が近づいていると言えるようには見えなかったので、
特別は対処はしてもらわずに、いつも通りの治療を受けました。


しかしこの週に入ってから、急速ににゃんこの状態に変化が出てきました。

日に日に鳴き声は小さくなり、次第ににゃーんと鳴けなくなり、
良くて「にゃ、にゃ」と小さな声を出すだけで、
僕に対して積極的に鳴くこともなくなっていきました。

そして最大の変化は足腰が急に弱っていったことでした。

というか、実際には9月から徐々に弱っていたのでしょう。

強制給餌の後に2階に上らなくなってきたのも、
2階に上るのがだんだんと辛くなってきたからだったのでしょう。

この週に入ってからは明らかに足腰が立たなくなってきて、
ピンと足を立てることが難しくなり、
歩くのも徐々によたよたとしてきて、
普段はもうペタンと座っていることが増えてきました。

そしてこれまでは嘔吐は空腹時か、うんちの直後のみでしたが、
この週に入ってからそれとは違うタイミングでの嘔吐が出てきました。

多い回数ではなかったものの、これまでと明らかに変化が出ていました。

日に日に活動性は弱まり、2階にはほぼ上ってこなくなり、
上ってくるときも明らかにそれまでよりも時間がかかって、
かなり苦労しながら階段を上っているのがわかりました。

自分はこの子のことについてはひどく心配性なので、
いつもであればこうした変化が出れば急いで病院に連れていくのですが、
このときに関してはなぜかそうした思いは出てきませんでした。

今年に入ってからは、これまでに何度も死を覚悟してきましたし、
つねにそれを意識してきた自分にとって、
このとき起きていたことはいわゆる一時的な変化であったり、
治療できるような新しい病気が出てきたのとは全く違う、
もう対処はできない、来るべき時が来たことを理解していたのだと思います。

もう病院でしてもらえることは全てしてもらっていましたし、
新しい病気にかかった気配はない、急速に状態は落ちたものの、
それは9月から延長線上にあって、治せるものではないと感じていました。

10月21日にはほぼ自分でトイレにも行けなくなってきて、
一度抱っこしてトイレに連れて行ったものの、
トイレの砂の上でも足を立てられずペタンと座ってしまう、
「あぁ、もうこういう状態まで来たのだな」と感じました。

そして夕方以降はもうトイレにも行かなくなり、
これ以上は自分で排便することもできない気配でした。

ただそれでも強制給餌は頑張って受け入れてくれていました。

もうこの状態だったら、強制給餌も全て吐き出してもおかしくないはずです。
でも、全く苦労する素振りは見せず、あげた分は自然に食べてくれました。

そして10月22日の夜明け前と午前中に強制給餌をしたときは、
ネットの中で足を立てることはできずペタンと座っていて、
目も半分閉じている感じで、うつらうつらとしていました。

でもそんな状態なのに、強制給餌は時間もかからずきれいに食べてくれました。

だけどそのときに見せていた眠るような仕草は、
もう普通の眠りではない、永遠の眠りを示唆していることはわかっていました。

でも自分もすでに覚悟はできていて、
最後の強制給餌の後には、「おやすみなさい」という思いを込めてこたつに入れてあげました。

そしてその約3時間後に、れいんちゃんはこたつの中で硬くなっていました。

でも不思議とそのときには涙は出ませんでした。

「これ以上は無理をしなくていいんだよ」という思いがあったので、
無事に旅立たせてあげられたことに安堵した面もあったと思います。

ただ仕事前の時間だったので、感情を抑えてもいたとは思います。

硬くなったれいんちゃんはすぐに2階の自分の部屋に連れて行って、
僕の布団の上で寝かせてあげました。


家に帰ってきてれいんちゃんを撫でてあげると、
生きていたときとは違う、ふわっとした感じはなくなり、
冷たく、硬くなってしまったことを強く感じました。

目は開いていたので、抱っこしてあげながら見つめてあげると、
それまで我慢していたものが決壊して涙が止まらなくなりました。

飼い主であっても、
なきがらの姿や生きているときとは違う雰囲気の目を嫌がる人もいるそうです。

でも自分はその硬く冷たくなった体も、
開いている目も愛しいという以外の気持ちは感じませんでした。

冷たくなってもまだいつものように自分の目を見つめてくれる、
そして自分もまだこの子の目を見つめてあげることができる、
そうした時間をまだ少しでも過ごせることへの感謝しかありませんでした。

(3 に続く)

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にゃんこが空に旅立ちました (1/4)

にゃんこが10月22日に空に旅立ちました。

17年前の9月8日に保護してこの家にお迎えしたので、
17年と1ヶ月半の間、この子のことを飼っていたことになります。

保護したときにおよそ生後1ヶ月だったので、
年齢としては17歳と2ヶ月半ぐらいになります。

本名はれいんちゃんだったのですが、両親は別の名前で呼んでいて、
自分も家ではほぼ「姫ちゃん」と呼んでいることが多かったので、
本当の名前がよくはっきりしていない感じにはなっていますが。

ただ病院などではれいんちゃんと呼ばれていたので、
れいんちゃんと呼ばれることがなかったわけではないのですが。

自分は別にもともと猫をどうしても飼いたいと思っていたわけではなく、
17年前の9月8日の午前0時ぐらいにたまたま気晴らしに散歩していたのですね。

すると道路よりも下のところから引っ切り無しに鳴く仔猫の声が聞こえたのです。

「これはどうもドブのところに迷い込んでしまってるみたいだ」と思い、
またこの日は数時間後には台風が来て大雨になることがわかっていたので、
ここで助けない限りはドブは増水してその子は確実に死んでしまう、
それを見捨てる気にはなれず、懐中電灯や軍手を取るために家に戻り、
この子を助けるためにその場所へとまた戻ってきたのですよね。

もちろんこのとき、ドブから助けたうえで近くに放すこともできました。

でもなぜか、このとき「この子は助けることができたらそのまま連れて帰る」
という決心が自分の中で完全に固まっていて、動くことはありませんでした。

今思えば、そのとき他の仔猫とは比べ物にならないぐらいに鳴き続けていたこの子と、
台風が近づいていて放っていくことができなかったこと、その日にたまたま散歩したこと、
自分とこの子の出会いは運命的なものと行っていいものだったのかもしれません。

そして無事に保護することに成功し、家へと連れ帰り一緒の生活が始まりました。

「れいん」と名付けたのは、雨の日に助けたこと、
そして自分の好きな猫好きのミュージシャンの名前がレインだったこと、
この2つを合わせて「れいん」としたのでした。


れいんちゃんの健康に少し不安が出てきたのは2年前の秋頃でした。

でもその頃は自分は何も気付いておらず、夏の検査では体重も血液検査も良好で、
その次の春までは変化が出ていることにはほとんど気付いていませんでした。

ただこのあたりから、少しご飯の吐き戻しの回数が増えてはいたのですが。

そして次の春(1年前の春)に体重を量ると3.8kgまで減っていたのですよね。
2年前の秋の段階では4.4kgまで増えていたので、急に0.6kg落ちたことになります。

今年の2月の検査で肝臓に腫瘍が見つかりましたが、
おそらくは2年前の秋からその次の春の間ぐらいにできていて、
それによって徐々に食欲の低下や嘔吐が起き始めていたのでしょう。

その春の病院での診察の際に体重低下について指摘を受けたので、
そこからは厳密に食事量管理を行い、量を増やすことに努めました。

それによって夏にかけて4.2kgまで体重が回復していきましたが、
そこからは再び低下傾向に入り、10月ぐらいにはさらに食事量が減り、
それをウェットフードによって補うという形になっていきました。

そして昨年の12月末にはウェットフードを食べる量も減ってきて、
ドライフードも含めて全体の食事量が危険水域へと入りました。

猫は他の動物と異なり、食事量が大幅に減ったときの状態悪化が激しいのです。

というのも、猫は絶食が約36時間、あるいは食事量の少ない状態が続くと、
肝臓に脂肪が急速に集まって脂肪肝となり、黄疸などが出始めてしまい、
そこから数日の間に命を落としてしまうという危険が出てきてしまいます。

他の動物の場合は、食事量が危険な状態にまで減ってきても、
急速に危険にはならず、体重が減少して衰弱してくる感じですが、
猫という動物はそうした余裕がほとんどないのですよね。

今年1月の最初に病院を受診した際の血液検査は非常に悪く、
「連れてくるのが遅かったかもしれない」と先生にも言われ、
下手すればもう数日で亡くなるという危険な状態でした。

しかしこの段階ではまだ自分は強制給餌に踏み切る覚悟はできておらず、
病院の先生に頼んで食欲増進剤の処方によって凌ごうとしました。

それによって2・3週間ほどは何とかやり過ごすことはできましたが、
それでも食事量は少なく、徐々に食欲増進剤の効果もなくなってきました。

ただこの食欲増進剤に頼っていた時期に、少しだけシリンジによる
強制給餌を試してみると、意外に上手くいきそうな感じだったのですよね。

今年1月の最初は食欲増進剤と禁じ手であるかにかまぼこのおやつで凌いでましたが、
その間に少しずつ強制給餌の割合を増やして、そちらへの移行を進めていました。

しかし2月最初の血液検査も非常に悪い数字であったため、
血液検査に悪い影響を与えるかにかまぼこはこの段階でストップし、
食欲増進剤は継続しながらも強制給餌の割合を大幅に増やしました。

そして2月中旬の検査で肝臓に腫瘍が見つかり、
この頃には食欲増進剤の効果も切れてきつつあったので取りやめ、
もう完全に強制給餌のみに移行するということになりました。

1月から2月中旬頃までは本当に状態が悪く、
毛も艶がなくなり、嘔吐することも少なくはなく、
元気もなくいつも自分の部屋で僕に引っ付いてばかりいました。

れいんちゃんはもともと肝臓の血液検査の数字があまり良くなく、
一定程度の負担が肝臓にずっとかかってしまっていたのでしょう。

それが肝臓の腫瘍とそれによる食欲低下につながったのでしょう。


そんな厳しい状況でしたが、2月下旬からは状態が上向いてきました。

この段階で出せる薬は完全にベストなものを処方してもらい、
また食事も療養食にしたことで最良なものにしたのですよね。

そして食事も強制給餌のみなので余計なものは与えなくなり、
さらに食事量も安定し、それによって状態が良くなってきました。

3月から6月ぐらいにかけて体重も増加して、
1月最初には3.5kgまで落ちていたのが4.2kgまで上がりました。

これ以降は太り過ぎてもいけないので、安定するように心がけ、
それからは体重は4.05~4.20kgの間で推移するようになりました。

そして7月の血液検査では1・2月に比べて数字も良好になり、
以前ほどではないものの、1・2月よりは家での活動性も上がり、
それなりに安定した状態になってきたことがわかりました。

(2 に続く)

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にゃんこ17周年!

にゃんこがうちの家に来てからついに17年となりました!

この1年はほんとにほんとに大きな1年となりましたね!(*・ω・)

ここ数年は毎年のようにこの記念日をお祝いしていますが、
今年の記念日の大きさはここ数年とは比較にならないです!

ドブに落ちて迷い込んでいた生後1ヶ月の仔猫を保護してから、
すっかり我が家に慣れ、自分に甘え倒しながら17年が経ちました!

今年の1月頃は、今年の記念日を迎えるのは無理だろうと思ってましたからね。

食欲が落ちるという傾向は一昨年の夏ぐらいに始まったのですかね。

ただ昨年の春までは体重の減少にはほとんど気付いていなくて、
ワクチン接種の少し前に「あれ、体重が減ってる」と知ったのですね。

それで食欲が落ちてることに気付いて、体重を綿密な管理を始めました。
それがちょうど昨年4月ぐらいからということになるのですよね。

その後はいったん食欲が回復し、7月ぐらいまでは体重も回復傾向、
3.8kgまで下がっていたのが、4.2kgぐらいまで戻ったのですかね!

うちの子はもともと体重は比較的軽いタイプではあるので、
4.0kg前後であればおおむね標準体重ではあるのですよね!

ただ夏の終わり頃からまた徐々に食べる量が減ってきて、
カリカリを食べる減少量をウェットフードで補ったり、
いろんな手を尽くしていましたがやはり徐々に痩せてました。

そして危機が来たのが、昨年の12月の末だったのですよね。

カリカリもほぼ食べなくなり、ウェットを食べる量も大幅に減少、
1日の摂取カロリー量が標準量の4分の1ぐらいにまで下がってきて、
「このままでは危ない」と判断して正月明けに病院に連れていきました。

この時点で体重は大人になって以降、最も軽い3.5kgになっていました。

血液検査の数字は非常に悪く、軽い黄疸も出ているという状態で、
「ちょっと連れてくるのが遅かった」と先生にも告げられました。

このときは自分は食欲増進剤に頼って乗り切ろうと考えていたのですね。

それでまずは食欲増進剤を出してもらい、それで少し食事量が増えて、
標準量には満たないものの、最悪の状態は一応は脱しはしたのでした。

ただ食欲増進剤の効果も徐々に落ちてきているのは目に見えていて、
ここを脱するには自分が強制給餌を習得して踏み切るしかありませんでした。

そこで1月中旬ぐらいに強制給餌を試すと、いい感触がつかめたのですよね。

そのときはまだサブ的に強制給餌を始めたぐらいで、基本は食欲増進剤の効果、
そしておやつにあえてかにかまぼこをあげることで凌いでいる状態でした。

そして2月の最初に血液検査を受けると、やはり数字は非常に悪いものでした。
これはおやつに採用していたかにかまぼこの悪影響もおそらくあったでしょう。

この数字を受けて、先生からは「腫瘍の可能性がある」というふうに告げられ、
2月中旬に超音波検査を受けて、実際に肝臓の腫瘍が見つかりました。

余命は告げられませんでしたが、「半年、1年と延ばすのはおそらく難しい」と言われました。

このときからとにかくベストを尽くそうと、かにかまぼこをあげるのはやめ、
食欲増進剤もストップし、強制給餌だけで標準量を完全にまかなってあげる、
という方針に切り替えて、薬の種類もベストのものに増やしてもらいました。

ただ2月の段階では、まだ定期的に嘔吐があり、安定しているとは言えず、
毎日不安になりながら強制給餌をさせて過ごしているという感じでした。


ここに光明が差してきたのが3月に入ってからぐらいになります。

コツコツと強制給餌を続け、栄養状態が安定してきたことによって、
にゃんこの普段の活動性なども全体的に向上してきたのですよね!

それは診察の際にもわかるようで、元気になっていることが先生にも伝わり、
病院に行く頻度を徐々に減らしていけるというふうに先生から提案され、
夏頃には「もっと長寿を目指しましょう」と提案されるようにもなりました!

要するに「余命数ヶ月」という状態からは脱することができたのですよね!(●・ω・)

家の中での活動性も高くなり、さすがに若い頃のように
家の中をドタドタと走るようなことはもうないのですが、
ちょっとやんちゃなしぐさをしたり、鳴き方も元気になったり、
「あぁ、だいぶ状態が回復してるな」と実感できるようになりました!

それで5月か6月には、2月上旬時点では半ば諦めていた
この9月の記念日は十分に迎えられるという自信が出てきました!

2月頃は「もう先は短いから、せめてそれまでは全力で」という思いでしたが、
夏が近づく頃には「まだまだ長生きさせる!」と前向き度が高まりましたね!

思えば昨年12月末から2月ぐらいまではだんだん毛がボサボサになり、
栄養が少なくて、毛のツヤがなくなってきていたのですよね;

それも4月ぐらいには回復し、だんだんと毛がしっとりしてきて、
見た目もずいぶん若くなり、体重も4.1~4.2kgで安定しています!

もう3.5kgまで落ちていた頃とは全く違い、むしろ増えすぎないように、
ほどよい食事量を意識しながら体重を安定させる状態になっています!

持ったときに「あぁ、ふっくらしてきてる」とわかりますからね!(=゚ω゚)

育てるうえでの不安感もずいぶんと安定してきた感がありますね!

昨年は「どれだけ食べてくれるか」を毎日不安に思っていましたが、
今はもう自分がきちんと強制給餌であげればいいだけなので、
食事量に対する不安を持つ必要は全くなくなったのですよね!

これが嘔吐が増えてくるようになるとまた不安も出てきますが、
今は特殊なとき以外は嘔吐もないので、そうした不安はないですね!

「自分が頑張れば食事量は確保できる」という状態ですからね!

にゃんこ17周年!(美猫さん)
(2021年2月7日に撮影)

これはまだ状態が良くない、痩せていた頃に撮った写真ですね。

この頃は「せめて記念写真を撮っておきたい」という思いがあって、
それでいくつか写真を撮って、その中でもっときれいに撮れたものですね。

きれいに撮れていることもあって、体調が悪そうには見えないですね。

でも実際にはこちらの気持ちもにゃんこの体調もどん底のときでしたね。

にゃんこ17周年!(お休み中)
(2021年2月19日に撮影)

こちらも先の写真とほぼ同時期に撮影したものですね。
2月19日ということは、腫瘍の診断をされて数日後ぐらいですね。

今年の1月はじめぐらいから、にゃんこは自分へのべったり度が高まり、
寝るときも含めてずっと自分の近くにいるということが増えています!

ただその後に体調が良くなるにつれてやや移動も増えましたが、
それでもやっぱり自分の近くにいるのが最も落ち着くようですね!

こうやってひっついてくれる機会も大事にしないといけませんね!(*゚ー゚)

こうした時間はもう決して何十年も続くわけではないのですから。

にゃんこ17周年!(タオルの上で)
(2021年9月4日撮影)

これはごく最近、この記事向けに撮影したものですね!

この写真は今のこの子の元気さが伝わるように思います!
目の輝きが一時期に比べるとずいぶんと改善していますね!

体もふかふかして表情もいい、なかなかいい写真だと思います!(`・ω・´)

この表情を見ると、「まだまだ頑張れるな」と思いますね!

にゃんこ17周年!(ご飯中)
(2021年9月4日撮影)

これは強制給餌をする際に撮った写真ですね!

砕いたカリカリを流動食でふやかして作った強制給餌用のご飯を
シリンジに入れてあげるのですが、普通にあげようとすると当然動くので、
強制給餌の際にはネットに入れて、顔だけを外に出してあげています!

あとは左手で後ろから頭をつかみ、右手でシリンジでご飯をあげます!(*゚◇゚)

「強制給餌」という文字を見ると、なんだかかわいそうに見えますが、
別にそんなに嫌がるわけでもなく、人間で言うなら赤ちゃんやお年寄りに
スプーンでご飯を食べさせるような、そういう感覚に近いと言えますね!

ただちょっと表情にしょんぼりとした感じが出てはいますが!

でもこのご飯によって、こうして今も元気でいるわけですからね!


こうして強制給餌で過ごすのは、これからずっと続くでしょうし、
肝臓の急激な悪化や、嘔吐でご飯を受け付けなくなったりしなければ、
まだまだ頑張れるんじゃないか、そういう思いで今は過ごしています!

こうやってなんとか来年の18周年の記念日も迎えたいですね!(゚x/)モキュニャニャニャ

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にゃんこ16周年!

にゃんこが我が家にやってきてからついに16年が経ちました!
まずは今年もこの日を迎えることができたことに感謝ですね!

この年齢になると、とにかく1年1年を過ごせることが大事ですからね!
次の年を一緒に迎えられるかどうかも未知数な時期になってきましたし!

うちのにゃんこさんはもともと自分が仔猫時代に保護してきました!(*・ω・)

たしか16年前の9月8日の午前0時ぐらいだったと思いますが、
ちょっと考えごとをしながら散歩していると仔猫の鳴き声が聞こえて、
しかもあまりにも連続で鳴き続けるのですごく気になったのですよね!

そして声のほうに近づいていくと、なぜか下のほうから声がしていて、
ドブに落ちてしまってそのあたりで迷っているのがわかったのですよね!

その日は台風が近づいていて、雨が降ればすぐにドブは増水してしまう、
そうなってしまうとその子は確実に流されてしまって助かることができない、
そこで「これはもう自分が助けるしかない」とその場で決めたのですよね!

そこでいったん家に帰って軍手や懐中電灯など必要なものを用意したうえで、
その場所に来て、ドブのどのあたりにいるのかを細かく探したのですよね!

もしかするともう自分のいるところに来られない場所にいるかもしれないですし、
そうしたことも気にかけながら探すと、どうもそこまで危険な場所にはおらず、
ドブからは出られないものの、行ったり来たりをくり返しているみたいでした!

「これだったら上手くこちらに呼べば助けることができる」と思えたので、
とりあえずドブの奥のほうに行って、猫の鳴き真似をして呼び寄せました!

1回目は近くまできたものの自分がドブに降りた瞬間に逃げられたので、
2回目はにゃんこが自分よりも奥のほうまで行ったのを確かめたうえで
ドブに降りてしっかりとにゃんこを確保することができました!(*゚ー゚)

まぁそれにしてもほんとひっきりなしに鳴くにゃんこさんでしたね!
抱っこされながら一切途切れることなくずっと「にゃあ!にゃあ!」と鳴いてました!

さすがに保護して家に連れて帰ってからは延々と鳴きはしなくなりましたが、
それでも他のにゃんこさんに比べればよく鳴く子であることはたしかでしょう!

特に自分の顔を見たときの鳴きっぷりは今でもなかなかのものです!

拾ったときは生後1ヶ月ぐらいで、授乳期はもう終わってはいました!
なので、すぐに普通にふやかしたカリカリなどをあげることができました!

とはいえ、自分はそれまで猫を飼った経験が全くなかったことから、
保護した数時間後にすぐに病院に行ってアドバイスをもらいましたが!

こういうときはとにかく専門家に話を聞くことが一番ですからね!

病気やけがはなく、栄養不良で少しだけ足の動きが悪かったですが、
それも栄養が改善した数日後にはしっかりと完治してくれましたしね!

にゃんこ16周年!(ごろりん)

台風による増水で助かるかどうか瀬戸際だったときに保護されたこの子も、
今ではすっかりと家のお姫様として我が物顔でのんびりと暮らしています!

三毛猫ということもあって、もちろんこのにゃんこさんの性別は女の子です!(*゚◇゚)

思い返すとこの16年の間にいろいろあったなぁと思わされますね!

とにかく最初の数年間はやんちゃ尽くしという印象が残っています!

最初に病院に連れて行ったときに「この子はやんちゃになるよ」と宣言され、
実際にそのとおりの大暴れを家の中でどんどん発揮してくれていましたね!

夜中に一人で運動会を始めて睡眠を邪魔されることもしばしばでした;

自分はもともとこの子は外に出さず室内飼いをしたかったのですが、
親は古い世代ということもあり「猫は外飼いするもの」という意識が強く、
自分としては不本意ながらも最初の数年ぐらいは外にも出してたのですね;

ただ何歳の頃だったか、お腹に怪我をして帰ってきたことあって、
「もう外には出さない」と宣言して室内飼いに切り替えましたね!

外飼いは危険であると同時に他の人にも迷惑をかけますからね;

そういえば外飼いのときは夏になるとよくGをつかまえて持ってきてました;
そのおかげで自分もGに慣れて、Gとの戦いにずいぶんと強くなりましたが!

ピンチだったのは、母が肺炎での入院から帰ってきてすぐぐらいのときに、
うっかり脱走されて、そのときに近所の野良猫と喧嘩になったときですね;

脱走するとやむなくドアをある程度開けておいておかざるをえないのですが、
そのときに金魚さんの水槽を襲ったあの猫がうちに侵入してエサを勝手に食べ、
それを見たうちの子が「縄張りを荒らされた」と激怒して飛び掛かったものの、
そのときはうちの子はもうシニア猫で、相手はまだ若くて体の大きいオス猫、
とても勝てるはずはなく耳のあたりを思いっきり噛まれてしまったのです;

これがほんとに危なくて、噛まれたあたりがあと少しズレてしまっていたら、
おそらく目がやられてしまって、失明していた可能性があったのですよね;

そしてその日は土曜日の午前で、ギリギリ病院が開いていたので連れて行って、
すぐに抗生物質を打ってもらって膿んでしまう危険性を回避できたことで、
2週間ぐらいできっちりと回復してくれて何とか危機を凌ぐことができました!

その後は「あぁ、年を取ったんだなぁ」というトラブルが多かったですね;

2017年には口の中の歯周病がひどくなって、その細菌が鼻にまで影響して
くしゃみが止まらなくなるという症状が起きて抜歯手術をしたのですよね;

これも年齢による歯の劣化が原因ですし、年を重ねると難しいことが増えますね;

これによってうちの子はもう5本ぐらいしか歯は残っていないのですよね!
そのためカリカリに関しても噛むことはなく完全に丸飲みになっています!

そして2018年には爪が伸びすぎて、その爪が自分の肉球に刺さるという、
「なんでそんなことが?」と思うようなトラブルにも見舞われましたね;

これも要は爪とぎをあまりしなくなったことが原因だったのですよね;

本来であれば自分で爪とぎをすることで古い爪の皮は取れてしまって、
爪があまり過度に伸びすぎてしまうということは起きないのですが、
年を取って爪とぎをしなくなるとこういう問題も起きるのですよね;

なので、今では爪を定期的にチェックして切るようにしています!(=゚ω゚)

にゃんこ16周年!(夏の仰向け)

そして今年の夏もいつものようにお腹を丸出しにして寝ています!
ただ例年に比べるとこの格好で寝ている頻度は減った気はしますね!

以前は夏になると「とりあえずお腹丸出しで寝る」のが定番でしたしね!

にゃんことしてはお腹を出すほうが多少熱が発散するのでしょうね!

そして数年前からお腹を中心に毛がずいぶん薄くなっていましたが、
今年の4月ぐらいからそれが改善して、今は見ての通りふわふわです!

お腹の毛が薄くなったのも「年齢で仕方ないのかな」と思っていたので、
そのあたりがこうして改善してくれたのは非常にうれしいことですね!

そしてこれとも関係しているのが4月に発覚した体重減少問題ですね;
今年はもうこの問題と向き合うことに全力を注いでいると言えますね!

抜歯手術をして以降は基本的に体重は増加傾向にあったのですが、
どうも昨年夏から今年の春にかけて体重が下がっていたのですよね;

自分はそのことに全く気付いてなかったのですが、今年の4月に
体重をはかってみると一気に0.6kg落ちていて驚いたのですよね;

人間で言うと9ヶ月で自然に6kg落ちたようなものですからね;

そこからいろんな工夫をしましたが、最初は苦戦しましたね;

まずはご飯を置く場所を増やしたり、ご飯を食べるのを促したり、
いろいろして「一定の効果が得られたかな」と思ったりしたものの、
逆にストレスを招いてそれまでのご飯を食べなくなったのですよね;

そこでカリカリの種類を変えて、かつお節などのふりかけを導入し、
にゃんこのある性質に気付いたあたりから状態が好転していきました!(●・ω・)

どうもうちの子は「寝ている状態から起きた瞬間」に近くにご飯があると、
ご飯に向かって食べに行くという変わった癖を持っているのですよね!

これはカリカリを変える少し前にもけっこう気になっていたのですよね!

「なんでこの子は寝起きに『にゃにゃっ』と言いながらご飯を食べに行くのだろう」、
「なんかこの子って、起きた瞬間にご飯に飛んでいくことが多いな」と思っていて、
後になって「あぁ、これがこの子の癖なのか」というふうに気付いたのですよね!

一方で時間帯にもよりますが、自分が近くにいないときはあまりご飯を食べません;

そうすると「できるだけ一緒にいてあげて、近くにご飯を準備したうえで、
ひざの上などで寝かせてあげると1日のご飯量も増える」ことになるのですよね!

以前は「そういえば今日はあまり顔を見てないな」という日もありましたが、
最近は自分が部屋にいるときはできるだけ連れてくるようにしていますね!

そのため自分の部屋で一緒に過ごしている時間が前よりも増えました!
おかげで以前と比べてもベッタリ度がずいぶんと増していますね!

そうした甲斐もあって、7月には3.8→4.2kgと体重も大きく増えました!

にゃんこ16周年!(こちらを見上げて)

ただ8月の月末記事にも書きましたが、夏になって少し苦戦してますね;

夏になると、どうも猫は食欲が約25%ほど落ちるらしいのですよね;

それはたしかににゃんこの生活スタイルを見てると理解できますし、
おそらくは涼しくなるにつれてリズムも食欲も改善するとは思うのですが、
ここまで食事量をきっちりとチェックしていたことは以前はなかったので、
今の微妙な食欲低下を安心していいのか、不安になったほうがいいのか、
そこの判断が完全にはつかないのがなかなか大変ではあるのですよね!

ただ1年しっかり見れば季節によるバイオリズムは把握できるので、
ここは1年かけてじっくりと見ていくのが大事なのでしょうね!(`・ω・´)

あと少し気になるのは上の折れた歯のところが歯周病ぽくなってる点ですね!

折れたのはおそらく抜歯手術をするよりも前のはずなのですよね!

でもって、抜歯手術の時点ではそこは歯周病ではなかったはずなのですが、
とすると折れて数年経ってからそこが歯周病になったのでしょうかね;

とはいえ、それってなんだかちょっと非現実的な感じもするのですよね;

そう考えるともしかすると1年以内ぐらいに折れた歯なのかもですが;
ちょっとこのあたりがよくわからないのは困ったところですね;

とにもかくにもこの年齢になると、つねに何か悩みはありますよね!

あとはもう1年1年を元気に乗り切ってくれることを祈るしかないですし、
自分としてはそのためにできることを全力でしてあげることでしょうね!

この宝物のにゃんこさんと1年でも長く一緒に過ごしていきたいですね!(゚x/)モニュニュッ

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にゃんこ15周年!

我が家ににゃんこがやってきたから今日で15年になりました!

15年前のこの日、夜にふと散歩をしたくなったので歩いていたら、
あるドブのあたりから仔猫の鳴き声が何度も聞こえてきたのですよね!

その日は数時間後に台風が近づいているという状況だったので、
放置すると確実に数時間後に増水して死んでしまう状況でした;

それまでは猫好きではありながらも飼うという意識はなかったのですが、
このときは「これはもう自分で助けて飼うしかない」と決意を固めて、
助けるのに必要な道具を家に取りに帰ってから再びその場に戻りました!

そして猫の鳴き真似などを駆使しながら何とか自分の近くへと呼び寄せ、
そこで保護して家に連れて帰って来て、それから15年になるのですよね!

当時は生後1ヶ月ぐらいで、人間に対しては全く慣れてなかったので、
2日ぐらいは部屋のすみっこのほうで一人隠れているばかりでしたが、
3日ぐらいすると自分には慣れてどんどん懐いてくれるようになりました!

連れて帰ってきた初日に今も通う動物病院に連れて行ったところ、
「この子はかなりやんちゃになるよ。それでも大丈夫?」
と聞かれたことが今も記憶に残っていますね!

ただ実際はやんちゃながらもかなりの甘えんぼうにもなりましたが!
もっとも甘えんぼうになったのは自分の甘やかしが原因ですけども!(*゚ー゚)

ここ数年はこの記念日記事のトーンも暗くなりがちなのですよね;

2年前は闘病中・・・と言っても抜歯しただけではあったのですが、
そういうこともあって暗くなるのはやむをえない面もありましたが、
やはり15歳ともなると「この先」をどうしても考えるのですよね!

にゃんこの寿命は長く見積もって20年ぐらいというふうに言われますし、
仮に20年まで生きると見ても、もうその3/4が過ぎたわけですからね;

実際には17歳や18歳ぐらいまでというケースもかなり多いでしょうし、
そうしたことを意識するとやはり胸が締め付けられてくるのですよね;

ただこの1年に関してはかなり平和に暮らしてくれたのはたしかです!

首のあたりにほんのちょっと小さい傷ができたことはありましたが、
それを除けば特に何事もなく、わがままなお姫様として過ごしてます!

もちろん年を取ったので、若い頃に比べれば活発さは落ちましたが、
自分が帰ってきたら出迎えてくれたり、移動すると追いかけてくれたり、
リビングに行くといつものように「なでなさい」と背中を向けて座ったり、
いつものお姫様らしい姿を見せてくれるという日常を送ってくれてます!(*゚◇゚)

ちなみに今はベランダに出て気ままに外を眺めたりして過ごしてます!

まったくこの子は15年経っても自分の好きなように暮らしていますね!
でもそうした姿こそがかわいくてたまらないわけでもありますが!

今のところ食欲なども全く問題なく、むしろ体重は少し増えてますし、
ちょっと吐く回数は若い頃に比べると増えましたが別に病的ではなく、
運動能力が年相応になったのを除けば十分元気にしてくれていますね!

これぐらいの年齢になると持病が出てくるにゃんこもいるでしょうし、
この先は未知数ながら、現段階でそれがないのは感謝しないとですね!

数年後のことまで考えようとするとどうしても不安がよぎりますが、
「今一緒に過ごせるこの時間を大事にする」の思いでいたいですね!

にゃんこ15周年!(座椅子に座るお姫様)

ということで、今年も最近撮ったうちの子の写真を紹介していきます!

自分がいつも使っている座椅子ですが、よくこうやって奪われます!笑
人間の座っているところを取るのはにゃんこの得意技ですからね!

そしてにゃんこに取られると、それを無理やりどかすわけにもいかず、
人間が遠慮しながら椅子の端っこに座るということになるのですよね!(=゚ω゚)

そうして遠慮しながらもたまに「邪魔!」とにゃんこに蹴られますが!笑

にゃんこ15周年!(座椅子に座りながら鳴くお姫様)

こちらはそのちょっと後ぐらいに「にゃーん」と鳴いてきた場面ですね!

にゃんこの口が見えますが、以前に比べると歯もずいぶん減りましたね!
一昨年の抜歯手術を経て、今では全部で5本ぐらいしか残ってないはずです!

なので、ごはんを食べるときはもう全部丸飲みになってるのですよね!
吐く回数が以前より多少増えたのもそれが理由の1つなのでしょうね!

でも丸飲みで食べること自体には慣れてくれているみたいなのですが!

にゃんこ15周年!(のんびりと寝そべるお姫様)

こちらは部屋の床に寝そべってのんびりとしている姿ですね!

お腹のあたりを見るとちょっと毛が薄くなっているのですよね!

数年ほど前からお腹の毛が薄くなって、昨年秋ぐらいから改善しましたが、
また今年の夏が近づいたあたりから毛が薄くなってきてしまったのですよね;

これ、年の関係もあって毛が抜けやすくなってる面もあるのかもですね!

毛が薄くなったとはいえ、別にそれで怪我しているわけではないので、
実害はないのですが、やっぱりちょっと気にかけてはしまいますよね!

にゃんこ15周年!(おひざに乗ってるお姫様)

自分のおひざに乗った写真を撮るのはけっこうひさしぶりな気がします!(`・ω・´)

この写真を見ると15歳とは思えないぐらいにいい顔をしてますよね!
自分のにゃんこだからひいき目に見ているところもあるでしょうけども!

今年の記念記事向けに撮った写真の中ではベストショットだと思います!
かわいいだけでなく、わがままなお姫様オーラもよく出ていますね!笑

自分でこの写真を見ても「ああぁかわいい!」とうなってしまいます!(*・ω・)

そういえば今年は例年ほど写真を撮るのに苦労しなかったのですよね!

これまではカメラを向けるとあからさまに顔をそらしたりしましたが、
今年はあまりそういうこともなく、素直に写真を撮らせてくれましたね!

このブログでにゃんこの写真を公開するのはこの記念記事のときだけですが、
よくよく考えれば月末記事の中でにゃんこ写真を紹介してもいいのですよね!

毎年8月の終わり頃になると急いでにゃんこの写真を撮っているのですが、
そうして普段から撮っておけば9月前に急ぐこともなくて済みますしね!

これからもこのかわいいにゃんこさんと楽しく暮らしていきたいと思います!(゚x/)モキニャンッ

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テーマ : | ジャンル : ペット

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