ゆりかごのある丘から / Mr.Children 深海・BOLERO歌詞意味解説

ゆりかごのある丘から / Mr.Children 深海・BOLERO歌詞意味解説

◎映画「マリアの恋人」をモチーフに作られたアマチュア時代の曲


古くからのファンにはよく知られていることだろうが、
この“ゆりかごのある丘から”は『深海』『BOLERO』期に作られたものではなく、
アマチュア時代にもっとシンプルなアレンジで作られた曲であった。

もともとはナスターシャ・キンスキーが出ていた「マリアの恋人」[1]という映画を
モチーフに書かれた[2]もので、戦争による長い別離によって心に溝ができてしまう
そうした2人の恋愛関係を描いたものであった。

しかし「マリアの恋人」では女性が戦争中に別の恋人を作ることはなく、
これは“ゆりかごのある丘から”を作った際の桜井氏のアレンジである。

この“ゆりかごのある丘から”が『深海』に収録された理由はおよそ3つある。

◎“マシンガンをぶっ放せ”からの接続と男女の世界への復帰


“マシンガンをぶっ放せ”が戦争をイメージして作られた曲であり、
また社会的な方向に向かったアルバムの流れを恋愛のテーマに戻す必要があり、
そこにハマったのが「戦争からの帰還」と恋愛をテーマにしたこの曲であった。

またこの「戦争の帰還」には、「安らげる場所への帰還」の意味も込められている。

そのためアマチュア時代の歌詞では2番で草原がひどく破壊されていたのだが、
『深海』版では「草原はあの日のままの優しさで」[0]と草原はそのまま残っており、
単なる「戦争からの帰還」ではなく「安らげる場所」が伝わりやすいようになっている。

もっとも何より求めていた安らぎの存在である恋人は離れていってしまっているのだが。

また草原が破壊されていたアマチュア版は「戦争の不条理」が強く打ち出されていたが、
こちらは草原をそのままにし、恋愛に関する歌詞をより重厚にすることによって、
「愛の不条理」をより浮上させるという形を取っている。

これはアマチュア版の歌詞の「戦争」を「戦場」に変えたこととも関係しており、
そうすることに聴く者が「職場などの自分にとっての『戦場』」に
感情移入して聴くことができるようにと意識したということである。[2]

◎“ありふれたLove Story”の対極として


桜井氏は“ありふれたLove Story”を作った際にインタビューで次のように答えている。

「“ありふれた──”を書いたときに思ったのは、“ゆりかごのある丘から”っていう
詞を僕はずっと前から好きだったし、ああいう映画的な詞が最近少なくなってきたなと
思ってた部分もあったし、同じ別れを描くものでも1つは本当にありきたりの日常のもので、
1つは現実とはすごい遠い世界だけれど、どこかにリアリティーがあるっていう、
その両極を見せていけたらなと思って。」[2]

「“手紙”と“ありふれた~”の詞を書き始めた時に、
その反対側に“ゆりかご~”があるのがいいんじゃないかって。
ふと思ったんですけど。」[3]

すなわち、「ありふれた別れ」と「現実とは遠いけどリアリティーのある別れ」
を書くことで、「あらゆる恋愛は別れに行き着く」という事実を
より幅広さを持って伝えられるようにしたことが考えられる。

それと同時にたとえば“シーラカンス”と“深海”のように、
“ありふれたLove Story”と“ゆりかごのある丘から”を対にすることで、
アルバム全体の楽曲が網のように有機的に結びつく構造を作ったのだろう。

そしてこの点を意識しながらアマチュア版との歌詞の変化を見ていくと、
「一度だけ君がくれた 手紙を読み返したら
気付けなかった寂しさが降ってきて
ごめんねとつぶやいても もうどうなる訳でもなく
切なさがギュッと胸をしめつける」[0]
という“手紙”という言葉を入れた新たな歌詞が大きく加えられていることに気付く。

“手紙”はアルバム『深海』においては「別れ」を象徴する言葉である。

この“ゆりかごのある丘から”においても、
かつてもらった手紙を読み返すことによって2人の別離は決定的なものとなる。

このあたりの“手紙”という言葉のチョイスはほぼ確実に意図的なものであろう。

◎景色が浮かぶ曲が欲しかった


桜井氏はこのテーマについてインタビューで、
「今回のアルバムって、詩が生々しくなっている分、景色が思い浮かぶようなものが
欠如しているような気がしたんです。」
「景色が浮かび、かつ生々しさという、そのバランスが欲しかった。」[4]

たしかにこの曲の持つ景色を連想させる力は強く、
変わらずにポツンとあるゆりかごが寂しさを増幅させ、
一方で恋人に捨てられても大きな草原は何も変わらない、
「風景によって生々しい感情を動かす」ことに成功している。

◎愛せよ目の前の不条理を 憎めよ都合のいい道徳を


桜井氏がこのことを意識して作ったのかは全くわからないが、
しかし私はこの曲を聴くたびに前曲のこのフレーズが浮かぶのである。

この曲のストーリーはひどく不条理だ。
しかし同時に「でも仕方ないよね」と思わされてしまう曲でもある。

だが不条理でありながら仕方ないと人間が思ってしまうことこそ、
「都合のいい道徳」に他ならないのではないのだろうか。

“マシンガンをぶっ放せ”流に言うなら、
「人間なんてそんなものだから、都合のいい道徳など捨てればいい」
となるし、ピュアなものを求めるのであれば、
「これを仕方のない行為だと思ってしまう人間の愚かさを見つめよ」
ということになるだろうか。

いずれにしても、考えさせられる「愛の不条理」の物語ではあるし、
決して「戦場に行ってたのだから仕方ない」で流すべきではないだろう。

◎「She love again」それとも「シーラカンス」


この曲の最後に「シーラカンス」のように何度かつぶやく箇所があるが、
これについては「She love again」「シーラカンス」「両方をかけたもの」
というおおよそ3つの説が知られている。

桜井氏がインタビューで「“ゆりかご~”の後半でも『シーラカンス』は
ちらっと出てきますが……。」[4]と答えているので、
少なくとも「シーラカンス」か「両方をかけたもの」のどちらかではあるようだ。

◎『深海』の中での位置付け - 恋愛の話への復帰


“ありふれたLove Story”の対極的な位置付けという意味合いもあるが、
『深海』全体で見るなら、“So Let's Get Truth”から社会的な方向に向かったのを、
再び恋愛のテーマへと戻ってこさせるのがこの曲の最大の目的であっただろう。

次曲の“虜”は『深海』というアルバムのハイライトになるので、
この曲に入る前にどうしてももう1曲恋愛の曲が必要になるうえ、
アルバム全体に各楽曲に複合的な関係性を持たせられることも含め、
そこにこの曲のテーマがきれいにハマったのが非常に大きかったのだろう。

◎音楽的に見て


アマチュア時代のバージョンはまるでThe Replacementsなどの影響を受けた
80年代後半~90年代前半のアメリカのインディーギターバンドのようなサウンドだったが、
『深海』版では大幅にテンポも落とし、プログレ色が非常に強いアレンジになっている。

それが大きく変貌したきっかけはエンジニアのヘンリー・ハッシュの貢献だったという。

桜井氏のインタビューによると、
「“ゆりかごのある丘から”なんていうのは、最初はああいう、ドラムに
ディレイとかかける感じじゃなかったんです。それを録ってるうちに、
ヘンリーさんが自分で、『これはジョン・レノン・サウンドだ』とか言いだして、
突然ディレイをかけて。で、あの曲はもともとアマチュアの頃からやってたから、
これまでにも何パターンかアレンジ試してたんですけど、なんかしっくりこなかったんです。
でも、ヘンリーがディレイをかけてくれた時に、『あ、このバランスだったら絶対にいける!』って。」[3]
とのことである。

もともと古い曲であるがゆえに、アレンジがしにくい面があったところを、
エンジニアの方の思い切った発想から一気に曲が化けていったんだろう。

また、ドラムの鈴木氏はこの曲のギターサウンドを、
「Pink Floydのデイヴ・ギルモアをイメージしたよう」と表現している。[4]

◎おわりに


「愛は本当にあると言えるのか」というテーマは“名もなき詩”で一つの完結を見て、
その後社会的なテーマとしては“マシンガンをぶっ放せ”で大きなピークを迎えた。

そして次曲である“虜”からはアルバムはクライマックスに入っていく。

ある意味ではこの“ゆりかごのある丘から”はクライマックスに入るために
聴く者を深海の奥深くにまで誘い込んでいくような役割の曲とも言えるだろう。

『深海』はここからの最後の3曲で急速にあるキーワードに向かっていく。
ここまで「愛は果たして信じられるのか」を問うた先にあるのは何なのか。

◎出典


[0] “ゆりかごのある丘から”の歌詞より
[1] 映画「マリアの恋人」より
[2] 『PATi・PATi』 1996年7月号より
[3] 『WHAT's IN?』 1996年7月号より
[4] 『月刊カドカワ』 1996年7月号より
[5] “マシンガンをぶっ放せ”の歌詞より

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